概説

本項はアニメを批評する個人趣味ブログです。

深夜アニメ・萌えアニメを中心に、独自の視点で簡潔かつ濃厚なレビューをお届けします。
サイトタイトルは「Anime + Commentary」になります。

映画や文学に比べ、公的な批評活動があまり機能していないアニメ業界に対する警鐘という大義があったりなかったりします。
ごめんなさい。たぶん、ないです。

星1個~10個の十段階評価です。
平均点は星7個になります。
完全なる独断と偏見です。脚本重視(ストーリー・シナリオ・設定等)です。
ただし、明らかに業界に悪影響を与えていると思われる作品(いわゆるクソアニメ)に関しては、マイナスポイントを付けることもございます。

その他、
・ネタバレ上等です。
・敬称略です。
・作品タイトル等の固有名詞はwikipedia準拠です。
・2001年以降に公開された男性向けアニメが対象です。
・現在、放送中の作品は取り扱いません。(再放送は除く)
・評価はあくまで暫定であり、後に変動することがございます。
『アウトブレイク・カンパニー』は敵です。
・アフィです。
・ステマじゃないです。
・飽きたら止めます。
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by animentary  at 09:54 |  お知らせ |   |   |  page top ↑

『ようこそ実力至上主義の教室へ』

地獄。

公式サイト
ようこそ実力至上主義の教室へ - Wikipedia
ようこそ実力至上主義の教室へとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2017年夏衣笠彰梧著のライトノベル『ようこそ実力至上主義の教室へ』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は岸誠二橋本裕之。アニメーション制作はLerche。奇妙な慣習のある国立エリート進学校におけるクラス間闘争を描いた学園ドラマ。原作を手掛けているのは、十八禁美少女ゲーム『こんな娘がいたら僕はもう…!!』や『暁の護衛』でお馴染みのシナリオライター・衣笠彰梧である。誰だよ。

・実力至上主義


 実力至上主義って何だよ……。「実力主義」という言葉ならあるが、それは年齢やコネや学歴といった抽象的な力が評価される従来の社会ではなく、その人の持っている能力を正当に評価しましょうという試みのことだ。つまり、虚に対する実という意味である。それに対し、「至上」などというマイナスのイメージを持つ単語を付けるということは、本作の訴えたいことはその逆、つまり、年齢やコネや学歴をもっと重視すべきだということなのだろう。何だそりゃ。そんなアニメ、見たいとも思わないのだが。

 とは言え、このままでは埒が明かないので実際に見てみると、本作の舞台は異常なほど高い進学率・就職率を誇る国立の全寮制エリート養成高校。生徒は卒業するまで学外に出ることができない。一学年にクラスは四つあり、(入試の?)成績によって生徒はA~Dに振り分けられ、Dクラスには「不良品」と呼ばれる落第生が集められる。毎月、学内のみで使えるポイントという形で食費とは別に十万円が生徒に支給される。だが、それは日々の生活態度や学業成績によってクラスごとに査定され、適宜減額される。それを「Sシステム」と呼称する。何それ? しかも、そのことは入学時には秘密にされ、一ヶ月後のポイント支給日に初めて明らかになる。そして、文句を言う生徒達に対し、教師は「疑問に思わなかったお前達が悪い」と言い放つ。これを見たら分かる通り、本作の元ネタは明らかに『賭博黙示録カイジ』である。何のことはない、エスポワールの利根川をやりたいだけだ。つまり、本作で言う実力至上主義とは、カイジの世界のような強い者だけが勝ち残る弱肉強食の成果主義・選民主義のことを言いたいらしい。

 だが、カイジと本作は全く違う。カイジのエスポワールは、社会の落伍者である債務者達が訳も分からず連れて来られているのに対して、本作の生徒は最初から全寮制のエリート養成学校であることを理解した上で入学しているはずだ。狭き門を突破して入学できた時点でエリートだろうし、一般人とは根本的に意識が違うだろう。そんな学校にDクラスのような「不良品」がいるわけがないし、十万ポイントに浮かれて怠惰な生活を送るわけがない。向上心のない人間は元より合格させるなという話だ。そもそも、彼らが最も問題にすべきことは、Sシステムよりも卒業まで学外に出られないことではないのか? あまりにも設定が杜撰過ぎる。本当にこの作品はプロのクリエイターが作っているのだろうか。初期設定の段階でこれほどツッコミどころがあるのは、かの『Angel Beats!』以来である。そう言えば、同じ監督だった。

・主人公


 本作の主人公は、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の主人公と『アルドノア・ゼロ』の主人公を足して二で割ったような人間である。考え得る限り最悪の組み合わせだ。主義主張は何もなく、常に無表情で無感動。極端な三白眼で、ロボットのような抑揚のない話し方をする。他人に対する興味を全く持っていないので、当然のようにクラス内で孤立する。だが、なぜか困っている人がいると率先して助けに行く。気付けば彼の周りに人が集まっており、特に理由もないのに複数の女性が彼に惚れている。常人離れした洞察力を持っているはずなのに、なぜかその恋心に気付かない。実は彼は天才であり、平穏な学生生活を過ごすためにわざと平均的な点数を取っている。……いやさぁ。こういう人間、死ぬほど嫌いなんだけど、アニメファンはこれを許容できるの? もしかして、これが理想のかっこいい男なの? だとしたら、ちょっと相容れない。目の前にいたら絶対にぶん殴っているが、彼は格闘技の達人という設定なので、おそらく返り討ちに遭うだろう。もう完全に歩く災害のような人物である。

 そんな何を考えているか分からない無表情の人間が、キャラクターの統一性などお構いなしに、その場その場の勢いでトラブルに首を突っ込みまくるのが本作である。地獄のような光景だ。はっきり言って、本作で最もミステリアスな不審者なのは主人公自身である。例えば、第三話で無邪気な博愛主義者だと思っていたヒロインに狂気の裏の顔があることが発覚する。普通なら衝撃の展開のはずだ。しかし、彼女よりも、彼女の豹変を前にしてもノーリアクションの主人公の方が、傍目には圧倒的に異常なのである。遊園地のお化け屋敷で、お化けよりも同行の彼女の方が怖かったら意味がないのと同じで、物語自体が崩壊してしまう。馬鹿だろ、この制作者。また、そんな主人公だから、事あるごとに上から目線で他人に説教をする。第五話に出てくる大人しい眼鏡女子のクラスメイトなどは良いカモで、水を得た魚とばかりに偉そうにご高説を垂れまくる。別にポリコレ趣味はないが、さすがにこれは女性蔑視と怒られても仕方ない。

 世の中には、クールな主人公もいれば裏の顔を持っている主人公もいる。だが、彼らにはそれ相応の人間的魅力があって、視聴者の共感を得られるように工夫している。一方、本作の主人公は端から視聴者と一体化することを拒絶している。だったら、最初から別のキャラを主人公にして、このキャラはヒロインにでもすればいいではないか。なぜ、程度の低い制作者ほど作劇の基本を無視したがるのだろうか、本当に不思議でならない。

・ストーリー


 先立って鳴り物入りで紹介したが、実際のところ、Sシステムはほとんど本編には関わってこない。本編のストーリーは極めてオーソドックスな学園ドラマであり、むしろ古臭ささえ覚える。『スクールウォーズ』とか『3年B組金八先生』とかそっち系だ。第一話~第三話は、成績の悪いヤンキーをクラスの皆で協力して赤点から救う物語。先輩から過去問を譲ってもらうのにSシステムのポイントを使ったり、はたまた教師からポイントで点数を買ったりするところは、まぁ、らしいと言えばらしいが、結局はそれだけの話である。実力至上主義でも何でもない。もっと徹底した管理教育とそれに翻弄される子供達を描き、そのシステムの穴を突いて逆転勝利するという頭脳バトル的な面白さを加えなければ、本作は無価値だろう。

 第四話~第六話は、同じヤンキーが他のクラスの生徒と暴力事件を起こしたため、正当防衛を主張する彼の無実を皆で証明するという物語だ。もうそいつ退学させろよ。この一件においてSシステムは最早何の関係もなく、ただ偽情報で相手側を脅して訴えを取り下げさせるという力業の解決方法を取る。ここで問題になっているのは、むしろ事件の目撃者である眼鏡のクラスメイトの方で、主人公達は人見知りの彼女を何とかして真っ当な方向へ導こうとする。最終的に、ストーカーに襲われそうになった彼女を主人公が助けて一件落着という恐ろしく単純なストーリーで終了する。よくこれを公共の電波に流そうと思った物だ。恥ずかしくないのだろうか。

 第八話~第十二話は、何と南国の無人島における特別試験という名のサバイバル訓練である。弱肉強食を描くのに、無人島を舞台にするというあまりにも安直過ぎる発想だ。今時、中学生の黒歴史ノートでもこんなストーリーはやらないだろう。そのサバイバル生活、リアリティの欠片もなく、この作品でやる必要性も感じないが、それ自体はまぁそれなりに面白い。だが、肝心の特別試験の内容はと言うと、サバイバルとは何の関係もなく、他のクラスのリーダーが誰かを当てたらポイントアップ(間違えるとポイントダウン)という謎競技であった。他のクラスは謀略や裏取引を駆使してポイントを稼ごうとするが、我らが主人公はリーダーの体調不良をいいことに「終了目前にリーダーを交代する」という奇策に出て、見事に一位を獲得する。……は? え、ギャグアニメ? 前言撤回。本作の元ネタは『賭博黙示録カイジ』ではなく『一休さん』だったようだ。

 ちなみに、第七話は低俗な水着回である。これ以外にも、本作は脈絡のない性的なカットが異様に多い。中身が空っぽなので、こうでもしないと視聴者を呼べないのだろう。

・テーマ


 結局、本作は何をやりたかったのだろうか。実力至上主義を比判することが目的だったならば、この学校の異常性をもっと強調しなければならないが、そこが全く描き切れていないため、生徒達の切実さ、及び真剣さが何一つ伝わってこないという残念な結果になってしまっている。

 まず目に付くのは、生徒達が躍起になって集めているポイントが、結局のところ、ただの「お小遣い」に過ぎないということだ。全寮制で衣食住は保証されているのだから、日々の生活には何の支障も来たさない。格好付けた意識高い系の優等生が数万円のお小遣いを巡って戦っている光景は、逆に滑稽ですらある。それなら、カイジのエスポワールをそのままパクって、「保有しているポイントを全て失ったら強制退学」ぐらいにしないと話が盛り上がらないだろう。また、クラスごとのランク付けにしても、ヒロインが目の色を変えて昇格しようとしているほどの障害には感じない。どのクラスにいようと、結局は大学入試で良い点数を取ればいいだけの話だからだ。実力至上主義を表現したいなら、例えば、「下のクラスの人間は上のクラスの人間に対して敬語を使わなければならない」といった、もっと具体的で分かり易い格差を付けなければならないだろう。はっきり言って、この程度なら我々が生きている現実世界の学校の方が余程シビアである。実際、主人公達の学園生活は、まるで日常系アニメのように穏やかである。特に、謎の英才学習教室(詳細不明)出身の主人公にとっては、むしろこの学校は自由の象徴のような描き方をしている。つまり、完全に矛盾しているわけだ。それなら、もういっそのこと、主人公をSシステムを徹底的に破壊するジョーカー役として描いた方がいい。そうすれば、地の底に沈んだ好感度も少しは回復するだろう。

 ところが、ラストシーンで主人公がとんでもないことを告白する。「全ての人間は道具でしかない。過程は関係ない。どんな犠牲を払おうと構わない。この世は勝つことが全てだ。最後に俺が勝ってさえいればそれでいい」……は? え、頭おかしいの? いや、制作者が自ら作品を否定するなよ。だから、クソアニメを真面目に考察するのは嫌なんだよ。『Angel Beats!』もそう、『乱歩奇譚 Game of Laplace』もそう、まともな原作がないとまともなアニメを作れないなら、もうアニメ監督なんて辞めてしまえばいいのに。

・総論


 明らかに破綻した設定の中で、無表情の主人公が上から目線で延々と他人に説教し続けるという地獄のようなクソアニメ。視聴ストレスが半端ない。『AKIBA'S TRIP -THE ANIMATION-』の後に、これはキツ過ぎる。

星:★★★★★★★★★(-9個)
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by animentary  at 09:34 |  ★★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
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