概説

本項はアニメを批評する個人趣味ブログです。

深夜アニメ・萌えアニメを中心に、独自の視点で簡潔かつ濃厚なレビューをお届けします。
サイトタイトルは「Anime + Commentary」になります。

映画や文学に比べ、公的な批評活動があまり機能していないアニメ業界に対する警鐘という大義があったりなかったりします。
ごめんなさい。たぶん、ないです。

星1個~10個の十段階評価です。
平均点は星7個になります。
完全なる独断と偏見です。脚本重視(ストーリー・シナリオ・設定等)です。
ただし、明らかに業界に悪影響を与えていると思われる作品(いわゆるクソアニメ)に関しては、マイナスポイントを付けることもございます。

その他、
・ネタバレ上等です。
・敬称略です。
・作品タイトル等の固有名詞はwikipedia準拠です。
・2001年以降に公開された男性向けアニメが対象です。
・現在、放送中の作品は取り扱いません。(再放送は除く)
・評価はあくまで暫定であり、後に変動することがございます。
『アウトブレイク・カンパニー』は敵です。
・アフィです。
・ステマじゃないです。
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by animentary  at 10:31 |  お知らせ |   |   |  page top ↑

『最終兵器彼女』

悪影響。

公式サイト(消滅)
最終兵器彼女 - Wikipedia
最終兵器彼女とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2002年。高橋しん著の漫画『最終兵器彼女』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は加瀬充子。アニメーション制作はGONZO DIGIMATION。戦場となった日本を舞台に最終兵器のヒロインと高校生の主人公が愛を重ねる終末系SF。略称はサイカノ。原作者の高橋しんは、本作の前に『いいひと。』というハートフルラブコメを連載しており、両者のギャップの大きさが話題となった。

・ヒロイン


 本作は『新世紀エヴァンゲリオン』の流れを汲み、その破滅的なイメージをさらに先鋭化させたことで、後世に多大な影響を与えた作品である。正確に言うと、多大な「悪影響」を与えた作品である。その特徴を一言で言うと「純真無垢なヒロインを徹底的に悲惨な目に遭わせる」だ。
 ヒロインは、自らの意志とは関係のないところで「最終兵器」と呼ばれる機械の体に改造され、他国との戦いを強要された女子高生。その肉体はまさに完全無欠であり、空を飛ぶことも無からミサイルを生み出すこともでき、一つの街ぐらいなら簡単に滅ぼせる。そんな体では当然、普通の日常生活を送ることはできず、生殖機能も奪われているため、恋愛もできない。しかも、寿命が短く、常に怪しい薬を飲んでメンテナンスしないとすぐに死んでしまう。また、その影響は体だけではなく、心にまで及ぶ。凄惨な戦場で心を病んだからか、それとも脳まで機械になったからか、徐々に戦闘狂の非人道的な性格になっていく。そして、ついには記憶まで失い、完全に別人になってしまう(ただし、劇中では二重人格のような描き方をしているため、心理劇としては弱い)。映像を見ている間は気付き難いが、こうやって改めて文章にすると恐ろしい。我々が普段、当たり前のように享受している基本的人権を根本的に否定された人間の姿がそこにある。いくらフィクションでも、やっていいこととダメなことがある。
 なぜ、ここまで執拗にヒロインを痛め付けるのか。例えば、『おしん』に代表されるかつてのヒロインがひたすら苦難に耐え続ける奮闘努力物の作品では、世の中を理不尽さを自戒を込めて描きつつ、最後には逆転してカタルシスを得ることで希望を共有していたのだが、本作及び本作の派生作品では何のカタルシスもないまま終わる。これと言って社会批判もなければ人生訓もない。では、ただヒロインをいじめて悦に入っているだけなのかと問われると、そうではない。視聴者は確かに不幸なヒロインに同情し、彼女を悲惨な目に遭わせた敵に対して憤っているのだ。だが、根本的な問題として、本当に心優しい人はそもそもこんな作品は見ない。つまり、ヒロインに同情している心優しい自分自身に酔うという偽善的なメカニズムが裏で働いているということである。はたして、それは正しいことなのだろうか? その答えは分からないが、以後、本作のフォロワーが次々と生まれている。特に十八禁美少女ゲームでは定番の設定になり、そこ出身のシナリオライターによってアニメ業界にも伝播されている。そう考えると、本作の歴史的な価値がよく分かるだろう。

・設定


 近未来の日本。数年前より勃発した大規模な戦争により国土の大半が焦土と化し、今なお戦線は徐々に後退しつつあった。そんな中、情報が完全に遮断された北海道の小さな田舎町に住む高校三年生の主人公は、どこか違和感を覚えつつも偽りの平和な日々を謳歌していた。ある日、彼はクラスメイトの女の子に告白されて付き合い始める。彼女はドジでノロマで「成長したい」が口癖の冴えない女の子だった。だが、札幌で空襲があった日、主人公は図らずも彼女の秘密を知ってしまう。彼女は政府により「最終兵器」に改造され、日夜、敵と戦っていたのだった。戸惑いつつも恋人関係を続ける二人。しかし、兵器として成長するにつれて、心身共に壊れていく彼女に対し、主人公は少しずつ恐怖を覚え始める。終わり行く世界の片隅で、はたして二人は真実の愛を貫けるだろうか。
 本作は創作テクニックの「大きな嘘」を上手く生かした作品である。具体的に言うと、「戦争」と「最終兵器」の詳細については、劇中ではほとんど触れられない。日本はどこの国と戦っているのか。どの場所で戦っているのか。戦況はどうなっているのか。組織はどうなっているのか。お互いの兵力や軍事技術はどうなっているのか。また、最終兵器とは何なのか。なぜ、ヒロインが選ばれたのか。どのようなテクノロジーで動いているのか。といったストーリー上なくてはならない疑問を全て流している。もちろん、それは意図的な行為だ。描こうと思ったら、描けなくもない。しかし、そのためには膨大な時間と量のカットが必要になり、ジャンルもSF寄りになる。それでは本作が一番描きたいこと、主人公とヒロインの恋愛にまつわる細やかな心理描写が薄まってしまう。ゆえに、大まかな設定を視聴者の空想に委ねているのである。舞台劇で背景美術を簡略化するのと似たような理由だ。
 ただし、一点だけ、大きな嘘では誤魔化し切れない疑問点が存在する。それは「なぜ、ヒロインは戦闘後にわざわざ北海道の田舎町に戻るのか?」である。最初期なら分かるが、かなり戦闘が激化した頃になっても、ヒロインは頻繁に故郷へ帰っている。その行動はあまりに不自然で、論理的な説明を付けることは難しい。事実、ヒロインが帰ることで度々田舎町が事件に巻き込まれている。結局、ストーリーの都合上、舞台を「戦争から隔絶された平和な田舎町」に設定してしまったせいで、そうせざるを得ないのである。要は、大きな嘘も決して万能ではなく、完全にロジックを放置してはいけないということだ。

・ストーリー


 上記の通り、本作は大きな嘘によって戦争や最終兵器についての詳細がぼかされているせいで、本来、メインストーリーになるべき物が存在しない。そのため、主人公とヒロインの高校生らしい不器用な恋愛模様を延々と繰り返しながら、少しずつ状況を変化させていくという手法を取っている。具体的に述べると、主人公とヒロインが仲良くなる→ヒロインの体調が悪化する→二人の仲がギクシャクする→ヒロインが出撃する→帰ってきて仲直りするのループだ。メロドラマ的手法と言われればそうかもしれないが、どちらかと言うと、トランプの「ババ抜き」の方が本作の実態を正確に指し示した表現になるだろう。ジョーカーがプレイヤーの間をグルグルと回っている内に段々とカードの枚数が減り、最後にはジョーカーだけが手元に残る。ここで言うカードの枚数が、日本の戦局であったり知人の生死であったりヒロインの体調であったりする。では、何がジョーカーなのかと言うと、それはヒロイン自身に他ならない。最終兵器となった彼女は、戦いを重ねる度に兵器として成長し、最終的には誰にも制御できなくなって、地球すら破壊してしまう。それを防ぐには、事前にヒロインを殺すしかないのだが、日本を守らなければならない自衛隊にそれができるはずもなく、ヒロインを愛する主人公も寸でのところで躊躇してしまう。それゆえ、ループは絶えることなく、一直線に終末へと向かって突き進む。
 最終話は、今まで吐いてきた大きな嘘に対して、少しだけ解答を与えている。地球は何らかの巨大な敵(詳細不明。SF的に考えると惑星を捕食する宇宙生物か)によって滅亡の危機に瀕しており、日本で起きていた戦争は地球上に残された数少ない土地を巡る争奪戦だったのだ。そして、ついに敵は日本にまで押し寄せる。世界を守るために出撃するヒロイン。だが、彼女の奮闘もむなしく、とうとう敵は地球を食らい尽くしてしまう……いや、ちょっと待て。地球はヒロインのせいで滅ぶのではなかったのか? だからこそ、二人は悩んでいたのではないのか? 今までやってきたことは一体何だったのか。もちろん、これも大きな嘘の範囲内なので、強引に論理的な解釈を付けようと思えば付けられる。例えば、最終兵器は敵の肉体の一部であり、ヒロインの成長に合わせて敵も成長していたとか。ただ、我々が画面から知り得る情報は「地球は滅んだ」の一点のみである。夢も希望も伏線もない。正直、これをストーリーと呼んでいいかは判断に迷う。それゆえ、本作の手法は決して褒められた物ではないことを認識する必要があるだろう。

・愛


 本作のメインテーマは、当然ながら「真実の愛とは何か?」である。それを確かめる実験として平凡な高校生カップルを極限状態に配置し、真の愛の形を探ろうとしている。ただ、先に結論を書くと、その回答は「よく分からない」になる。主人公は確かにヒロインを愛しており、地球最後の日まで彼女の側にいる。だが、なぜ好きなのかの明確な理由はない。だからこそ、未知の生物へと化していくヒロインの元から何度も逃げ出して、他の女性と逢瀬を重ねる。だが、結果的にはいろいろと口実を付けて元の鞘に戻る。だから、「分からない」。しいて言うなら、主人公は視聴者と同じくヒロインの不幸な境遇に同情しているのだろう。それは「愛」ではなく「情」の範疇だが、別におかしなことではない。愛を押し付ける方がより偽善的だ。
 一方、ヒロインが主人公を好きな理由は明白で、街を破壊する死神のように扱う他の人とは違って、自分をちゃんと人間扱いしてくれるからだ。気持ちのすれ違いでケンカすることはあっても、それもまた人間らしい行動の一つである。つまり、彼女にとって愛とは自己の存在の証明であり、主人公及び視聴者とは次元の違う位置にいるのだ。もっとも、我々が完全にアイデンティティを確立できているかと問われると回答に窮すため、ある意味、ヒロインこそが視聴者の代弁者なのかもしれない。地球を台無しにしてでも一人の人間に愛されたいと願う彼女の気持ちは、決して否定できない。問題は、なぜそれを主人公でやらずにヒロインでやるのかということである。そこにいわゆるオタク層の歪んだ自己を見て取れる。
 また、本作の良い点は、性にまつわる事象をしっかりと描いている点である。愛が深まれば性行為に辿り着くのは当然の流れであり、それを否定するの自然の摂理に反している。また、極限状態であれば、子孫を残したいと考えるのは人として当たり前の権利だ。その点、本作は深夜アニメであるメリットを十分に活かしていると言える。だが、これが後年の作品になると、同じ深夜アニメなのに、やれパンチラだとか、やれ巨乳の水着だとか、やれラッキースケベだとか、やれ疑似性行為だとかと一気に幼児化する。本作の悪い点を見習うのではなく、もっと良い点を見習って欲しい物である。

・総論


 あくまでパイオニアなので甘い評価とするが、後世に与えた悪影響を想うとマイナスでも文句は言えない。好きか嫌いかで問われると、あまり好きではない。

星:☆☆☆☆☆☆☆(7個)
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