『境界の彼方』

主役の不在。

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境界の彼方とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2013年。鳥居なごむ著のライトノベル『境界の彼方』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は石立太一。アニメーション制作は京都アニメーション。不死身の半妖である少年と妖夢狩りを生業とする少女が偶然出会ったことから始まる学園ファンタジー。『中二病でも恋がしたい!』『Free!』に続く京都アニメーション大賞アニメ化企画第三弾。

・主人公


 本作の主人公は男子高校生。彼には二つの大きな特徴がある。一つは、人間の心の闇が具現化した存在である「妖夢」とのハーフで、どんなに傷付けられても決して死ぬことのない不死身の能力を持っていること。もう一つは、無類の眼鏡フェチで自称「眼鏡美少女のためなら何でもできる変態」であること。ただ、こうやって文字で並べてみると確かに特徴だが、実際の映像を見てみると本当にこれを特徴と言ってしまっていいのかどうか疑問を覚える。
 まず、不死身の件だが、その能力が発揮されたのは物語冒頭だけである。その後は、不死身の肉体が活かされるようなエピソードもなければ、ギャグとして使われることもない。不死身であることが日常生活に支障を来たすこともなく、それについて悩んでいる描写もない。一応、子供の頃に半妖であることをいじめられたというほんの数秒間の回想シーンが挿入されたりするが、そのことが彼の人格形成に影響を与えたという様子は見えない。また、物語の終盤で不死身能力を失うのだが、その前後で彼の性格も行動原理も全く同じである。つまり、作り手も主人公自身もそれを人格的な特徴として認識していないということである。もう一つの眼鏡の件にしても、なぜ眼鏡好きになったのかという理由が描かれないのはまだしも、そのことを平然と公言する歪んだ性格になった理由が分からない。誰彼構わず性癖をオープンにするお調子者かと思えば、冒頭のモノローグでは他人と距離を置きたがる慎重な性格を思わせる。オープンな人間なら、もっとクラスの人気者になっているのではないだろうか。そもそも、彼は主人公とは思えないほど出番が少なく、日常的な光景は全く描かれないため、たまに登場しては眼鏡眼鏡と言っているだけの変な人になってしまっている。これでは、そこら辺にいるモブキャラと何ら変わりない。
 結局、これらは彼のパーソナリティを彩る特徴ではなく、ただの「設定」なのである。そのため、主人公でありながら何の人間的魅力もない空気のような存在になってしまっている。原作は一人称の小説で、物語を進行させるストーリーテラーとしての役割を与えられていたため、こんな彼でも主人公然としていられたが、アニメ化に当たってその役割を剥奪されると何もなくなってしまう。例えば、同制作会社の手がけた『涼宮ハルヒの憂鬱』では、巻き込まれ型主人公のキョンにうざいぐらいにナレーションさせて彼が主役であることを視聴者に認識させていたが、本作でもそういった工夫が必要だったのではないだろうか。

・ヒロイン


 そんな薄っぺらい主人公に対して、ヒロインの方はやたらと充実している。彼女は妖夢退治を生業とする「異界士」の生まれで、強い戦闘能力を持つが、生来の気弱な性格とドジっぷりが災いして、今まで一度も妖夢を退治したことがない。異界士は妖夢の亡骸を売って生計を立てているという設定なので、彼女は常に貧乏である。学食で一番安いかけうどんばかり食べている。性格は内気で引っ込み思案、転校したてという事情もあるが、友達の一人もいない孤独な少女で、趣味はそれを象徴するかのような盆栽。そんな彼女は非常に「可哀想」なので、視聴者の多くは彼女に同情するだろう。特に、孤独というキーワードはアニメファンの心に強く訴えかける物があるはずだ。つまり、彼女は主人公よりも何十倍も主人公的である。視聴者はひたむきに頑張る彼女の姿に自分自身を重ね合わせて、一緒に理不尽な社会を冒険する。彼女が成長すると自分も成長したような気分になれる。ただし、例の如く、彼女は物語の途中で男性主人公に惚れて恋に落ちる。つまり、男性視聴者が男性キャラクターに求愛する状態になるわけで、やはり、根本にあるのは潜在的なホモセクシャルなのであろう。そうでなければ、自分の分身が自分自身を愛でる強烈な自己愛ということになり、どちらにしても普通とは言い難い。
 さて、そんな主人公的ヒロインと比べて明らかに影の薄い本来の主人公だが、第三話や最終話などで自虐的になるヒロインに対して、いきなりキレて上から目線で熱い説教をする。ライトノベル原作アニメでは毎度お馴染みの光景だが、この不可思議な現象についてそろそろ真面目に定義付けした方がいいのではないだろうか。ティーン向け萌えアニメにおいて、影の薄い男性主人公が主人公的ヒロインを説教するという展開が必ず含まれるのは、いわゆるオタクは本質的にダメな自分を叱ってくれる人を欲しているということなのだろう。現実で頼りになる大人が周りにいないから、フィクションの世界にそれを求めるのだ。では、ここで説教している男性主人公は誰なのかという疑問が生じるが、これは当然、自分の中にある父性のイメージ、もっと分かり易く言うと「父親」だと思われる。不要な物を極端に排除する萌えアニメにおいて、自身の生存を脅かす敵の象徴である両親は長期出張などで不在なことが多いが、こういうところで思い出したように顔を出す。そう言えば、本作も母親は登場するが父親は影も形もない。それがこのように形を変えて表出したと考えれば興味深い。

・嘘


 閑話休題。いつも通り、本作のストーリーを簡単に紹介しよう。人間と妖夢のハーフの主人公と妖夢退治が仕事のヒロイン、本来なら敵同士の二人が学校の屋上で偶然に出会ったことから物語が始まる。ヒロインは異界士としての役割に従って主人公を抹殺しようとするが、彼が不死身であること、害のない半妖であることを知って剣を収める。ただ、その後も「妖夢退治の練習台」と称して何度も主人公の命を狙う。しかし、主人公の充実した日常に比べて自分の孤独さに劣等感を覚えたヒロインは、自ら主人公を拒絶するようになる。一方、そんな彼女に興味を持った主人公は積極的にアプローチし、ヒロインも徐々に心を開いて行く。といった感じのストーリーで、徹底的に可哀想なヒロインに同情させるような作りになっている。その「可哀想」が一瞬でも「可愛い」に変換されれば作り手の勝ちだ。正直、方法論としては支持し難いが、さりとて批判することでもない。
 ところが、第十話において全ての真実が解き明かされる。主人公が身に宿している妖夢こそが世界を滅ぼす力を持った最強の妖夢「境界の彼方」であり、ヒロインは最初からそれを退治するためにこの街にやってきたのだと。だから、初期の謎行動は、妖夢退治の練習台という天然ボケの行動ではなく、本気で彼を殺そうとしていた。退治を諦めたのは、自分の孤独さに耐えられなくなったからではなく、敵である主人公に惚れてしまったから……って、いやいやいやいやいやいや! 要するに、彼女は「嘘をついていた」ということである。ヒロインが主人公に対して嘘をつく作品はよくあるが、本作のそれは主役級の役割を持った主人公的ヒロインである。あれだけ孤独で不幸な境遇に同情させておいてこの裏切りはない。この先、彼女の言葉を信じることは不可能である。ただでさえ主人公不在の作品でヒロインまで嘘つき女だったら、視聴者は誰に自分を重ね合わせれば良いのか。
 では、どうすべきだったのか。「ヒロインの真の目的は主人公を殺すこと。しかし、個人的な感情により失敗する」というプロット自体は悪くない。時代劇などにはそういったキャラクターがよく出てくる。だが、それを隠す言い訳が妖夢退治の練習台では苦しいし、ヒロインがこの街に来た理由やそれまで何をしていたかが劇中で触れられない等、伏線の組み立て方にも問題がある。もし、このプロットにこだわるなら、ヒロインには絶対に暗殺を決行させてはならない。命の重みに苛まれて寸前で思い止まり、自分の不甲斐なさを嘆く。そうすることで彼女の不幸をより際立たせる。すなわち、本作に最も不要なのは、命の価値を著しく低下させる主人公の不死身設定である。

・精神世界


 そして、時は流れ、本作は境界の彼方に捕えられたヒロインを主人公が助けに行くという王道のヒロイックファンタジー展開に発展する。ただし、その内実は、何の思い入れのないモブ主人公が嘘つきヒロインを救出するという非常に残念なお話である。さらに残念なのは、そこが主人公の精神世界である点だ。精神世界は夢の空間である。誰にって、当然、作り手にとっての。なぜなら、作り手のやりたいことを全て思うがままに表現できる場所だからだ。実際、主人公は自らの心の弱さが具現化した何かに邪魔され、それを倒すことで心の成長を示すという極めて分かり易い話になる。もう、バナナの皮で転ぶレベルのベタなストーリーである。この主人公が精神世界で自分自身の影と戦い、コンプレックスを乗り越えるという展開は、同脚本家が手がけた『ローゼンメイデン』の最終回と全く同じなのだが、あちらは以前からずっと主人公の心の弱さや闇を描き続けているからこそ意味がある。一方、本作は短い回想シーン自体は存在するが、それ以外はずっと眼鏡眼鏡と言っているわけである。はっきり言って、比べ物にならない。それなら、最初から最後までヒロイン可哀想で貫き通した方が余程ましだ。
 結局、最初から懸念されていた「主役の不在」問題が最後まで足を引っ張るのである。本作は設定もストーリーもなかなかよくできている。途中のどんでん返しも悪くない。だが、それは主人公ではなくヒロインにスポットライトを当て続けるギャルゲー的なテンプレートと致命的に適合していない。ならば、アニメ化に際して、ストーリーかテンプレートのどちらかを変更するのが筋だと思うが、何の考えもなくそのまま制作し、結果的に非常に残念な出来に仕上がっている。なぜ変更できないのか、なぜこう作らざるを得ないのか、という点に深い業を覚える。
 ちなみに、主人公の命と引き換えに死んだはずのヒロインは、ラストシーンでなぜか蘇って主人公の前に現れる。もちろん、そこに論理的な理由など何もない。きっと、精霊会議に頼んで生き返らせてもらったのだろう。アニメ業界の闇は深い。

・総論


 もう、この手のお説教アニメはどうでもいいから、見ていてドキドキするような普通のボーイミーツガール物を視聴したいなぁ。

星:★★★(-3個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:46 |  ★★★ |   |   |  page top ↑

『おおかみかくし』

狼なんか怖くない。

公式サイト
おおかみかくし - Wikipedia
おおかみかくしとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2010年。コナミデジタルエンタテインメント製作のPSPゲーム『おおかみかくし』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は高本宣弘。アニメーション制作はAIC。ある奇妙な風習が残る山奥の町で、高校生の主人公が恐ろしい事件に巻き込まれる怪奇ホラーミステリー。原作・原案は『ひぐらしのなく頃に』『うみねこのなく頃に』で知られる竜騎士07。キャラクターデザイン原案は『ローゼンメイデン』でお馴染みのPEACH-PIT。

・ヒロイン


 ある夏の日、高校生の主人公は、親の仕事の都合で山奥のニュータウンへと移住する。引っ越し当日、彼は隣に住むクラスメイトのヒロインと顔見知りになる。すると、彼女は出会った瞬間から主人公に対して強い好意を抱き、まるで十年来の恋人のように濃密なスキンシップを要求する。また、クラスメイトも転校生に対して非常に好意的で、彼は一躍クラスの人気者になる。と、ここまで書けば、誰もがどこの三流ハーレムアニメかと感じるだろう。世の中にはフレンドリーな女の子もいるし、転校生に一目惚れする女の子もいる。だが、相手がどのような人間なのかも分からず、ましてや相手の意志も確かめずに一方的な愛情を押し付けるような女の子はいない。もしいるとしたら、それはある種の狂気の産物であり、恐怖の対象である。本作はホラーアニメであるが、まさかこんなところで身の毛もよだつ恐怖感を演出してくるとは予想の範囲外だった。
 ……と、勢いでこう書くと作者の「してやったり」という表情が目に浮かびそうだ。実はこれは「伏線」である。詳しくは後述するが、ヒロイン達は生まれ付き特定条件下で性的衝動を抑えられなくなるという特異体質を持っており、一方、主人公も特定の人間の性欲を誘因する十年に一人と言われる天性の素養を有していた。そのため、ヒロインが主人公に見せていた異常な愛情は、ヒロインの意志ではなく主人公の力に誘われた物だったのだ。これは萌えアニメのお約束を逆手に取ったなかなか面白い設定である。やがて、ヒロインは、自分の主人公に対する愛情が性的衝動による物なのか、それとも本当の初恋による物なのか思い悩む。視聴者視点で見るとあまりにも不自然な好意なので、どう考えても性的衝動による物なのだが、今まで恋という物を知らなかったヒロインは何としても初恋だと思い込もうとする。この時のヒロインは意地らしくて可愛らしい。結局、ヒロインは性的衝動に負けて発狂するのだが、主人公の声によりギリギリのところで自我を取り戻す。それは恋心が真実の愛情だったからだろうか。
 ただ、残念ながら、この興味深い設定は第六話で提唱された後、劇中では全く語られなくなる。以後、ヒロインは第十話まで誇張抜きで文字通り「放置」される。そして、事件が全て終わった後のエピローグでは、第一話とまるで変わらない一方的な好意を主人公に見せる。一体全体、この作品は何をやりたいのか。変わらなきゃ。せっかく面白い設定を用意しておきながら、全くそれを生かさないのは情けないとしか言い様がない。

・ホラー


 本作は、奇妙な慣習の残る山奥の町を舞台にした怪奇ホラーミステリーである。同原作者が手がけた『ひぐらしのなく頃に』と同じジャンルだ。ただ、ひぐらしと違って、本作には極めて大きな問題が一つある。それは「ホラーなのにあまり怖くない」ということである。確かに、画面を傾けたり色彩を工夫したり恐怖心を煽る音楽を使ったりと、おどろおどろしい雰囲気を作り上げようとした努力の跡は見られるのだが、さすがにこれを怖がるのは多感な中学生でもちょっと難しいだろう。
 まず、気になるのが、「奇妙な慣習の残る山奥の町」というホラー作品における王道設定の描き方が、本作はあまり上手くないということである。何が悪いって、町人が「町の掟を守らなければならない」とまるで義務感に駆られたように口にすることである。そうではない。奇怪な掟があること自体が怖いのではなく、そういった掟が日常生活の中に溶け込んでいるから怖いのである。町人は一般常識から見ると明らかに歪なルールを当たり前のこととして受け止め、誰もそれを疑ったりしない。そんな閉鎖環境に部外者が立ち入ることで、見た目は同じなのにまるで異世界に迷い込んだような錯覚に襲われ、外ではマジョリティだった自分がマイノリティになる。要するに、今まで普通だと思っていた常識=アイデンティティの危機に直面するからこそ、強い恐怖を覚えるのである。
 また、本作は元々の住民が住んでいる「旧市街」と、新たに他所から移住してきた人々が住む「新市街」が川を挟んで対立しているという面白い設定になっている。だが、その練り込みが極めて甘い。まず、旧市街と新市街の見た目があまり変わらない。住んでいる人もほとんど変わらない。たとえ、表面的には仲良くしていても、心の中には深い溝がある。旧市街の人は新市街の人を余所者扱いし、新市街の人は旧市街の人を不気味に思っている。そういった目には見えない根深い対立構造をしっかりと提示しないと、この設定にした意味がないだろう。
 なお、劇中でも語られないし、それを匂わせるような台詞も小道具もないのだが、本作の舞台は1983年ということになっている。正直、その必要性を一切感じない。確かに、その頃は都市近郊のベッドタウンの開発が進み、元住民との軋轢が問題化した時期ではあるのだが、それならもっと映像に八十年代らしさを出すべきではないだろうか。何も好き好んで自ら「死に設定」を増やす必要もなかろうに。

・狂気


 本作におけるもう一つの大きな欠点は、作品のダークな雰囲気を生み出す重要なガジェットである「狂気」の描き方が非常に稚拙であることだ。タイトルの時点でネタバレなので今更隠す必要もないと思うが、本作の舞台となる嫦娥町は現代に生き残った「狼男」達が暮らす村である。彼らは満月の夜になると(なぜか毎日満月だが)性的衝動が強くなり、あるきっかけで周囲の人を見境なく襲うようになる(主人公はその誘因する力が一際強い)。その際、狂気に蝕まれて内外共に人間離れした姿を見せるのだが……それが黒目を小さく口を大きく描き、奇声を挙げたり「くくくっ」と笑ったりと、実にアニメアニメした狂気なのである。さすがに、これを怖がるのは多感な小学生でもちょっと難しいだろう。
 そもそも、なぜ狂気に捕らわれた人間を見ると恐怖を覚えるかだが、噛み砕いて言えば「合理性がない」からだ。例えば、「美味しい物を見るとよだれが出る」、これは一見すると不思議な現象だが、今では後天的な経験で獲得した条件反射として論理的に説明されている。だが、もし、これが「美味しい物を見ると人を傷付けたくなる」だとどうなるだろう。両者の間には何一つ関連性がない。関連性がない物同士を組み合わせることは、我々の常識からするとあり得ない。だが、狂気に捕らわれた人は無関係の物を平気で組み合わせる。それゆえ、我々の脳が混乱を来たし、そこに恐怖を覚えるのである。では、本作の場合はどうだろう。確かに、様々な人が劇中で発狂するのだが、彼らは「狼男」の末裔なのである。狼男が満月の夜に狂うのは、少なくともフィクションの世界では至極当然のことだ。つまり、そこに合理性が存在するのである。そのため、そういうシーンに直面しても、視聴者は恐怖感を覚えないどころか、「あぁ、可哀想だな」と普通に同情してしまう。そうなると、最早ホラーでも何でもなく、ただのギャグになってしまうのである。
 ちなみに、本作にはもう一つ欠点があって、それはホラーミステリーなのに「主人公の身に危険が及ばない」ということである。基本的に余所者である主人公は常に蚊帳の外におり、好奇心から事件に首を突っ込むだけ。そして、主人公に訪れる最初の危機は、第三話で隣人男性(ヒロインの兄。狼男)に性的に迫られることである。確かに、それは怖いが……いや、違うだろう。

・クライマックス


 こんな本作であるが、第九話ぐらいまではまだ真面目にホラーをやろうとしているので、拙いながらも十分に評価できる。オカルトに興味のある中学生ぐらいなら、特に不満も覚えずに視聴することも可能だろう。問題はその後、劇中で年に一度の八朔祭が始まる第十話以降である。
 旧市街と新市街の間で二重スパイとして暗躍していた男が、かつて狼達に殺された恋人の仇を取るため、嫦娥町全体を滅ぼそうと企む。彼の選んだ手段は、町を流れる川の上流にあるダムを決壊させること。……ダムなんてあったんだ。初耳だ。それならそれで、事前にダムにまつわる伏線を入れるべきでは? そして、男は警官から奪った拳銃でダムの管理人一名(他の人は?)を殺害し、管理装置を操作して「放流」を開始する。途端、川が増水して壊滅の危機に瀕する嫦娥町って、おいおい。ただの放流で下流の街が壊滅するのはお隣の国ぐらいな物です。爆破しろ、爆破。だが、ヒロイン達が至急駆け付けたことで、あえなく放流はストップ。なぜ、立て籠もらない。なぜ、管理装置を壊さない。この時点で計画は失敗したわけだが、男はそのことに対して何の感情も見せない。それ以前に、ダムを決壊させることが目的なら、二重スパイとして暗躍する必要もなかったのでは? その後、男とヒロイン達の命懸けの口論があったり、主人公の身体を張った行動があったり、白狼様(謎)の身を挺した活躍があったりして、とにかく自己犠牲自己犠牲自己犠牲で無理やり話を盛り上げた後、犯人死亡であっさりと物語が終了する。何だか真面目に評論するのも馬鹿らしいぐらい適当な終わらせ方である。おそらく、ゲームをアニメ化するに当たって新たなラストシーンが必要になり、アニメ版の監督主導で急遽付け足された物だろうが、それにしてもお粗末過ぎる。これまでの伏線を全て置き去りにし、エピローグの主人公の台詞で処理してしまう様は壮観ですらある。
 ちなみに、全十二話構成だが物語は第十一話で終結する。では、最終話で何をするかと言うと、本編とは何も関係ないコメディータッチの後日談というまさかの『いつか天魔の黒ウサギ』方式である。視聴者を馬鹿にしているのか? 尺が余っているのなら、もっと描かなければならないことは大量にあるだろう。ヒロインの体質の問題はどうなった? 主人公の処遇は? 神人を救う薬は? 町同士の対立問題は? 何で恋人と白狼様が似てるんだ? 白狼様は何で死を選んだんだ? そもそも、白狼様って何だったんだ!? 以上、何とも幼稚かつ手抜き仕事で商業作品と呼んでいいのかすら迷う作品である。

・総論


 要はクソアニメなのだが、本当にダメになるのは第十話以降であり、それまでは良いとも悪いとも言えない微妙な空気が延々と流れ続けるので、視聴にはかなりの忍耐を求められる。退屈なホラーというのもある意味斬新だが、もう少し上手く視聴者を煽ってくれない物だろうか。

星:★★★(-3個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:32 |  ★★★ |   |   |  page top ↑
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