『極黒のブリュンヒルデ』

奇跡の条件。

公式サイト
極黒のブリュンヒルデ - Wikipedia
極黒のブリュンヒルデとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2014年。岡本倫著の漫画『極黒のブリュンヒルデ』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は今泉賢一。アニメーション制作はアームス。人為的に作られた超能力者であるヒロインを守るため、高校生の主人公が活躍するダークSFファンタジー。タイトルの読み方は「ごくこくのブリュンヒルデ」。設定こそ違うが、同原作者の手がけた『エルフェンルート』と同じテーマ・同じ世界観を共有しており、姉妹作と呼んでもいい作品である。

・キャラクター


 本作の欠点、それはお世辞にも上質とは言い難い作画と脚本、そして、演出にある。全般的に映像のクォリティが低いせいで、シリアスなシーンのはずなのに思わず吹き出してしまうようなコミカルシーンに変化するという残念な事態が頻発する。第一話を例に挙げると、プールの排水溝にクラスメイトが吸い込まれるシーンや、土砂崩れに主人公が飲み込まれそうになるシーンなど。いずれも生命の危険に晒される白熱したシーンのはずだが、緊迫感の欠片もなく喜劇かコントとしか思えない。ハプニングが突然なのは当たり前だが、その前兆や予兆の描き方が演出的に稚拙なせいで、唐突感が過分なのだ。他にも、知り合ったばかりのヒロインといきなり腕相撲を始めるという謎のシーンも存在する。また、主人公を筆頭に登場人物のモノローグが異常なほど多い。キャラクターの細やかな仕草や表情で感情を伝えるということをせず、設定や状況説明までも全てを台詞で語ってしまう。そのため、全体的に展開が早めである。
 こう書くと、どれほどまでのクソアニメかとワクワクする方もいらっしゃるかと思うが、大変申し訳ないが本作はそういった部類には当てはまらないと考える。もちろん、そう受け取る人もいるだろうし、その感覚を否定するつもりはないが、これらの欠点を覆すほどの良点も本作は有しているからだ。それは登場人物の心情が十分に理解できることである。特に主人公は非常に優秀な人間であり、極めて論理的で思慮深い。何らかの不測の事態に出くわすと、とにかく考えるだけ考えて、今できることの中から最善の手段を選ぼうとする。そのため、思想と行動に一貫性があり、人間的に信用できる。他の深夜アニメだと、そもそも考えていなかったり、考える振りだけして行動は支離滅裂といった人間が多い中、本作の主人公は異色である。他のキャラクターにしても、なぜそのような考えを持つに至ったかの過程が十分に描かれているため、主人公同様に共感できる。この辺りは現実の対人関係と同じだ。キャラクターを近くに住む隣人として信用できなければ、共感することもできないし自分自身を重ね合わせることもできない。そうすると、物語自体もつまらない物になってしまう。結局、アニメにとってキャラクターの人間性こそが命なのであろう。作画や演出などその添え物に過ぎないということだ。

・ストーリー


 本作の主人公は天文部に所属する高校生。ライトワンスという一度覚えた記憶を絶対に失わない特殊能力を持っている。そのおかげで学年トップの成績を維持しているが、それは同時に幼馴染の死に関与したという十年前のつらい記憶が一生消えないことも意味していた。そんなある日、彼は一人の転校生の少女に命を救われる。十年前の幼馴染みとそっくりな彼女は、自らを施設から逃げ出してきた「魔法使い」だと名乗った。魔法使いとは、謎の研究機関によって人為的に生み出された超能力者のこと。超人的な能力を持っているが、ある特殊な薬を服用し続けないと体中から血を吹き出して死んでしまう。しかし、彼女達の手持ちの薬は数日分しか残されていなかった……。
 本作の趣旨は、自らの意志とは関係なく魔法使いにさせられてしまった可哀想な少女達をどうすれば救済することができるかである。彼女達の命は残り数日。すでに覚悟を決め、自分自身の幕引きを始めている。それを知った我らが主人公は立ち上がる。まず、彼女達の生活を支援し、薬を手に入れるために製造工場へ侵入する。それで思うような効果が挙げられないと、今度は親戚の科学者に頼んで薬を分析してもらい、薬の複製に尽力する。その間、追っ手の魔法使いから彼女達を守るために奔走する。これらを持ち前の頭脳とバイタリティを武器に、時には命の危険を顧みず体を張って実行する。いわゆる深夜アニメが大好きな「自己犠牲」だが、これがただの正義感や同情心による物だったらリアリティに欠けるし、ストーリー的にも面白くない。しかし、彼にはヒロインに命を助けられたという感謝の気持ちがあり、彼女が十年前の幼馴染みであったらいいという個人的な感情もある。何より、彼にはかつて幼馴染みを助けられなかったというライトワンスによって決して拭えない強い負い目がある。そのため、主人公の感情に共感でき、話の流れに説得力が生まれるのである。
 特筆すべきは、本作はヒロイン達の寿命を決める薬の扱い方が格別に上手いことだろう。薬の残り数がすなわちタイムリミットであるため、常に画面内に緊張感が満ちている。工場で薬を手に入れたところで、寿命が数日伸びるだけ。薬の複製ができるかできないかで一喜一憂する様は、まさにサスペンスドラマの醍醐味だ。最終的に「今を生きる」という結論に辿り着くのも理に適っており、本作は設定とストーリーとテーマが高いレベルで一体化している好例と言えよう。

・終盤


 そうして、幾つもの出会いと別れを経て辿り着いた第十一話。ヒロインを抹殺するために最強の刺客が動き出し、ストーリーが最終章に突入すると、本作は俄然と盛り上がる。と同時に、展開が急激に加速する。新キャラクターや新事実が怒涛のように押し寄せ、次から次へと場面が切り替わる。視聴者の理解が追い付かないほどに。元々、全十八巻にも及ぶ長編漫画をたったの十三話に無理やり落とし込んでいるのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、もう少し丁寧に描けなかったのだろうか。例えば、ヒロインが本当に生き別れの幼馴染みだったという作品の根底を成す大きな謎が、パーティー中に飲み物をこぼすというとんでもなく些細な出来事により発覚したり、ずっと謎だった敵の秘密研究所がネット検索であっさりと見つかったりする。終盤のストーリーも、さらわれた仲間を助けるために敵の本拠地に乗り込んで決戦するというように大幅に簡略化され、なぜかそこに待ち構えている敵が一人しかいなかったり、ラスボスを倒すと全ての事件が解決したりする等々、やっつけ仕事感が甚だしい。前半の貯金があるから何とか許されているが、ここだけ見ると致命的な駄作扱いされても文句は言えまい。少なくとも、急に出てきて重要な役割を担ったレジスタンス組織の内情はもっと深く掘り下げるべきだっただろう。ちなみに、原作ではちゃんとレジスタンスと主人公が事前に接触するシーンが存在するため、アニメ版ほどの唐突感はない。
 もっとも、これだけの高速展開へ移行しておきながら、ストーリー的な矛盾点がほとんどない点は評価に値する。例えば、ヒロインは最強の刺客に唯一対抗できる力を持っているという設定、レジスタンスが突然主人公達の所へ現れた設定、全身不随の仲間が実は動こうと思えば動けるという設定、これらは一見見過ごしがちだが、全て劇中で伏線が用意されている。また、再生の能力を持つ魔法使いを上手く使うことによってサスペンス感を醸成している。よって、俗に言う超展開とは一線を画しており、脚本家の頑張りは称賛すべきだ。まぁ、そんなに大変な苦労をするぐらいなら、最初から2クールにしておけということだし、そもそもなぜアニメ化したのかという話なのだが。

・エルフェンリート


 冒頭にも書いた通り、本作は『エルフェンリート』と世界観を共有した姉妹作のような作品である。具体的に言うと、本人の意思とは無関係に超人的な能力を身に付けた少女達、暗躍する秘密研究組織、命を蔑ろにした非人道的な人体実験、主人公とヒロインの過去の邂逅、身体切断などのグロテスクな描写の数々、画面を染める大量の鮮血、文脈を無視してまで挿入されたセクシャルなシーン等々。テーマ的にも、人工的に作られた超能力者が温かい愛情を欲すという正統派の人造人間譚と共通点が非常に多い。また、捻くれた見方をするなら、それらは全て綺麗事で本当は可愛い女の子が苦しんでいる様を見たいだけなのではないかという疑問点も同じだ。
 ただし、アニメ版を見比べてみると、両者はよく似ているようでかなりの違いがある。その中でも一番の相違点は、後発であるこの『極黒のブリュンヒルデ』の方が、より「希望」に満ち溢れていることであろう。『エルフェンリート』の主人公がただ事件に巻き込まれて右往左往するだけの置き物なのと違い、本作の主人公は残酷な現実を良しとせず、自らの手で運命を変えようと奔走する。タイムリミットまで後一週間という状況でも、最後まで希望を失わない。そんな彼の姿を見て、自分達の運命を受け入れようとしていた魔法使い達も徐々に前向きになり、笑顔を取り戻す。それは何事にも代えがたいことだ。そして、最終回、薬の複製法に劇的な発見があり、量産が可能になって彼女達の命が救われる。SF的に考えると、かなりのご都合主義だ。いわゆる安っぽい「奇跡」であり、今まで積み重ねてきた科学的な描写を全て無駄にしてしまう。だが、奇跡は僅かな希望を信じて努力を続けてきた者にこそ訪れる。それゆえ、彼らには非科学的な奇跡を受領する資格がある。
 前述のように、本作はアニメーションとしての質は低い。終盤はクソアニメと誹られても仕方ない出来栄えだし、可愛い女の子が苦しんでいるのを見て悦に入っているだけという批判もある。ただ、本作と『エルフェンリート』のどちらを他人に薦めるかと言われると、間違いなく本作である。フィクションである以上、少しぐらいはこの残酷な現実に希望があってもいいはずだ。そう願いたい。

・総論


 主人公が魅力的であるかどうかが、作品の評価を決定するバロメータになるということ。他が酷くても、そこさえしっかりしていれば、まぁ何とかなる。

星:☆☆☆(3個)
スポンサーサイト
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 13:18 |  ☆☆☆ |   |   |  page top ↑

『放課後のプレアデス』

宇宙ヤバイ。

公式サイト
放課後のプレアデス - Wikipedia
放課後のプレアデスとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2011年、2015年。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は佐伯昭志。アニメーション制作はGAINAX。友好的な宇宙人から力を授かった女子中学生達が、彼らの宇宙船のエンジンのカケラを探し集める魔法少女アニメ。富士重工業(スバル)のプロモーションアニメなのに、処々の事情によって車ではなく魔法少女がメインになっている。その代わり、魔法のほうきが車のドライブシャフトになっていたり、飛行音が車のエンジン音になっていたりするが、正直、強引にも程があると思う。

・YouTube版


 本編とは直接関係ないのだが、やはり先に2011年発表のYouTube版を紹介しておかなければならない。上述した通り、本作はスバルブランドでお馴染みの富士重工業の宣伝アニメである。そのため、本来は車をテーマにしたアニメでなければならないところを、紆余曲折の末、なぜか複数の美少女が可愛らしい衣装に身を包んで空を飛び回る大人向け魔法少女アニメとして制作され、ウェブ上で公開されることになった。そのストーリーもいわゆる典型的な魔法少女物で、遠い宇宙からやってきた異星人が普通の女子中学生五人に力を与え、彼女達は変身して魔法少女になる。そして、五人が力を合わせて異星人の宇宙船の修理を手伝うという非常に分かり易い話だ。それだけなら、自動車と一切関係がないということ以外、何もおかしなポイントはない。ただ、問題なのは、そのアニメの尺が極めて短いことである。一話五分の四話構成なので、実質一話分しかない。その短い尺で話の導入から友人との仲直り、ラスボスとの最終決戦まで全てをやろうとするため、1クールアニメの総集編のようなとんでもない高速展開になってしまっている。しかも、その敵は根っからの悪人ではないので、主人公は単純な殴り合いでは決着させず、戦闘中に説得して平和的に解決しようする。結果、非常に観念的で、会話が噛み合わず、謎のパワーが飛び交い、なのに全てが自己解決するという訳が分からない物ができあがる。最近はあまり聞かなくなったが、一昔前なら「電波」と呼ばれていた物に該当するだろう。第三者的に見ると滅茶苦茶面白いのだが、はたして、これは本当に自動車会社のプロモーションになっているのだろうか。スバルの車に乗っている人がみんなこうだと思われたら、迷惑極まりないのだが。
 それはさておき、このYouTube版『放課後のプレアデス』は、我々に非常に大事なことを教えてくれる。すなわち、映像作品を構成するに当たって、何が足りないと物語が成立せずに電波が発生するのかということである。まず、主人公に何らかの背景を持たせなければならない。友人といがみ合っている理由を設定しなければならない。魔法少女になる動機を明確にしなければならない。同種の摩訶不思議な事象を二回連続で出してはならない。他人の話を聞かず、一方的に自分の意見を口にする奴を出してはならない。時間と場所を急に移動させてはならない。安易に自己犠牲を入れてはならない。そして、尺がないのに無駄なドラマを組み込んではならない。特に最後、敵が主人公の説得で改心するというプロットを成り立たせるためには、その何倍もの量の過程と伏線が必要になる。そこを省くと楽しいコントになってしまうということを、本作は体を張って視聴者に伝えている。

・テレビアニメ版


 YouTube版から四年後、皆が電波汚染の恐怖を忘れた頃に改めてテレビアニメ版が作られた。大まかな設定とストーリーはYouTube版から継続だが、尺に余裕があるのでかなり丁寧な作りになっている。主人公が孤独な天文少女だったことや友人と疎遠になった原因などもしっかりと語られる。魔法少女達が宇宙人の仕事を手伝う理由も「楽しそうだから」「暇だから」と実にアバウトで、全体的にのんびりとした雰囲気が作品を包む。そのため、序盤だけを見ると、日常系アニメのような万人が楽しめる良質の作品に仕上がっている。
 ところが、他の大人向け魔法少女アニメと同様、第六話辺りから急にきな臭くなる。この回初めて、期間内にエンジンのカケラが集まらないと宇宙船が爆発して地球が滅亡するという真実が明かされる。なぜ、宇宙人はそんな大事なことを今まで黙っていたのか。先に言え馬鹿。もし、これが『ウルトラセブン』だったら、彼は間違いなく地球侵略を狙う凶悪宇宙人である。さすがに、カケラ集めがそんなに切迫した物だと知らなかった魔法少女達の間にも動揺が走り、以降、本作は一気にシリアス化する。いや、シリアスという言い方はおかしいか。正しい言葉を使うと、観念的とか詩的とかセンチメンタルとかになるだろう。とにかく、あらゆる事象に対して、目の前の現実よりもキャラクターの感情が優先され、回りくどくなる。お互いにエゴを肥大化させて、己の世界に入り込み、論理的な会話が成立しなくなる。そのため、尺が十分あるにも係らず、YouTube版と同じく電波な作品と化してしまう。
 その一番の元凶が、本作の「敵」の役割を担う少年である。この物語には敵役の人間が彼一人しかいないため、様々な要素が押し付けられて結果的に非常に濃いキャラになってしまっている。その複雑な設定を整理すると、彼は生まれつきの病気でずっと入院している少年。ある日、宇宙人と出会ったことで魂が二つに分離し、一人は謎の異空間で主人公と邂逅して仲良くなり、もう一人は悪しき魔法使いになってエンジンのカケラの回収を妨害する。彼の目的は「エンジンの力で自分自身をこの世から消し去ること」。と、悪い意味で中二病全開な彼は、誰も聞いていないのに延々と自分語りを続け、作品が一気に香ばしくなる。そんな彼に対して、なぜか主人公が恋心を抱くという、かの『グラスリップ』を彷彿とさせる誰得な展開。しかも、彼は中性的な容姿でCVも女性なので、真っ当な男女交際には到底思えない。さらに、変装も何もしていないのに、なぜかお互いの正体を認識できない。そのため、実に奇怪で珍妙で何をやりたいのかよく分からない混乱状態に陥っている。せめて、状況を分かり易くするために、CVだけでも男性声優を使うことはできなかったのだろうか。

・宇宙


 少し話が脇道に逸れるが、本作の最大の特徴は富士重工業(スバル)とのタイアップという事情により、殊更に「宇宙」をフィーチャーしていることだ。普通に空を飛ぶにしても、必ず夜空を背景にするなど宇宙に対する強いこだわりを見せてくれる。その星空は幻想的で美しく、さすがアニメーションというべき仕上がりになっている。ただ、その宇宙への強い憧れが、ストーリーの進展に従って際限なくエスカレートしていくのはどうなのか。第四話には早くも地球を飛び出して月へ向かい、太陽、惑星、外宇宙、別の銀河へと活動範囲を広げる。最終的には宇宙の果てへ到達し、ブラックホールを潜り抜けて別の宇宙へと旅立ってしまう。バトル漫画も顔負けのインフレーションだ。確かに宇宙の壮大さはよく分かるが、幾ら何でもやり過ぎではないだろうか。
 それ以外にも、本作には二つの宇宙にまつわる欠点がある。一つは、主人公の天文好き設定が作品に上手く昇華されていない点だ。主人公は中学校の天文部唯一の部員で、自前の望遠鏡を持ち歩いているぐらいの天体マニア。星に関する知識も豊富。では、そんな人間が実際に魔法少女になって生身で夜空へ飛び立てば、一体どのようなリアクションを取るだろうか? 当然、戦闘などそっちのけで頭上の星座に夢中になるはずだ。なぜなら、ずっと憧れていた宇宙が目の前にあるのだから。いや、逆に理想と現実のギャップに直面して深く失望するかもしれない。どちらにしろ、常人とは全く異なる反応をするはずなのに、本作の主人公はあまりにも素直過ぎる。そんな調子だから、天文学の解説役も他の仲間に取られており、どうにもこうにも影が薄い。敵側の無駄な濃さに比べて、主人公のこのキャラの薄さは致命的であろう。
 もう一つの欠点、それは空中飛行の描き方である。他のSFや魔法少女物と比べても、本作のほうき飛行シーンは圧倒的に浮遊感が足りない。特に宇宙空間は酷い。まるで、星空の書き割りの前でワイヤーアクションをしているような感覚で、無重力空間が生み出す画的な面白さや、宇宙のどこまでも続く広大さ、もっと言えば、宇宙が本質的に有している「自由」のイメージが全く描けていない。何せ、宇宙空間でも普通に風圧で髪がなびいているのである。どうも、ここの制作スタッフにはそれほど宇宙に対する憧れはなさそうだ。それが主人公のキャラクターの薄さに繋がっているのだろう。

・宇宙ヤバイ


 大昔、かのようなコピペがネット上で流行した。宇宙のやばさを小気味良い文章で列記したそれのように、本作は事あるごとに宇宙人が天文学の科学知識を猛烈な早口で披露する。その解説が科学的に正しいのかどうかは無知無学ゆえに分からないが、とにかく「宇宙は凄い」ということだけは伝わってくる。そんなに凄いなら、宇宙には何らかの神秘的なパワーがあるのではないかという考えに辿り着き、その凄いパワーを使えばあらゆる問題が解決するのではないかと夢想する。最終的には、パワーを生み出す源である宇宙その物を神として崇拝する。本作のストーリーは、そういったカルト宗教が形成される過程とよく似ている。
 魔法少女達が宇宙人の仕事を手伝うことになった理由は「楽しそうだから」である。それは劇中ではっきりと明言されている。ところが、終盤になると急に理由が「今までのダメな自分から生まれ変わりたかったから」という青春丸出しの自分探しに変わる。もちろん、それを仄めかす描写はあるし、その中学生の心理にも共感できる。だが、本作がそのテーマに沿って作られている作品かと問われると、残念ながら首を縦には振り難い。なぜなら、魔法少女になることと新しい自分になることが全くイコールになっていないからだ。だが、本作はあくまで謎の宇宙パワーで全てを解決しようとする。それどころか、最終的には魔法少女達の成長を手助けするために、エンジンのカケラや宇宙が存在するかのような扱いになる。そして、エンジンのカケラを集め終えた後、彼女達は生まれたばかりの地球へ飛ばされる。そこで自分自身の内面と向き合い、何やら哲学的なことを話し合った後、自分達で一つの結論を導き出す。「自分達にはこの地球と同じように無限の可能性がある」と。
 これこそ、まさに本ブログで何度も批判した「自己完結」のセオリーである。自分で勝手に問題提起し、自分で勝手に答えを出す。普通は他者が問題を指摘し、他者との関係において答えを導き出す物だ。個人はあくまで世界の一部であって、個人のために世界が存在するわけではない。そこを勘違いすると、物語から論理性が失われてしまう。もっとも、その辺りは制作者も分かっているようで、宇宙人は一連の過程を称して「これは宇宙の理を越えた魔法だ」と断言している。実際の宇宙には個人の悩みを解決する力などないのだから、宗教詐欺師扱いされないよう、そう言うしかないということなのだろう。これもまた一つの自己完結の形である。

・総論


 中学生の自分探しは宇宙レベルというお話。正直、話のネタになるだけyoutube版の方が面白い。

星:☆☆☆(3個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 16:53 |  ☆☆☆ |   |   |  page top ↑
twitter
検索フォーム
最新記事

全記事一覧
評価別一覧
年代別一覧
掲示板
カテゴリ
リンク
カウンター
RSSリンクの表示



にほんブログ村
PR1
PR2