『コメット・ルシファー』

頭おかしい。

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・はじめに


 2015年。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は菊地康仁。アニメーション制作はエイトビット。謎の少女を守るために少年が戦うロボットアニメ。監督の菊地康仁は『マクロスF』『IS 〈インフィニット・ストラトス〉』『武装神姫』などを手掛け、メカ物には定評がある人物だが……。

・劣化コピー


 第一話。主人公がエアバイグで街中を走っていると、いきなり謎の力で空中に投げ出される。すると、たまたま通行中の幼馴染みにぶつかる。彼女は許嫁との結婚式の準備から逃げ出そうとしていた。そこで、二人は一緒にバイクで逃走する。すると、操作を誤って崖から落ちてしまう。なぜか無事だった二人は、暗い穴の底で不思議な赤い鉱石を見つける。すると、主人公が持っていた赤い石が輝き、鉱石の中から女の子が出てくる。そこへ新エネルギー源を探していた軍隊のロボットが現れる。よく分からないが、とりあえず女の子を連れて逃げる。すると、なぜか主人公の右手に紋章が浮かび上がり、そこからロボットが現れる……脚本家の頭の中はどうなってるんだ? これをシラフでやっているなら、手遅れになる前に病院へ行った方がいいのではないか?
 本作の最大の特徴、それはオリジナリティがまるでないことである。あらゆる場面がどこかで見たシーンの流用で、視聴者は皆、観賞中に激しい既視感に襲われるだろう。その中でも特に目立つのは、冒険ファンタジーの金字塔『天空の城ラピュタ』である。特に、第一話は何から何までラピュタのプロットを踏襲している。だが、パクったのは表面だけで、肝心の中身をパクり切れていない。例えば、本作の主人公達が謎の少女を匿った理由は「軍隊が絡んでいるから」である。軍隊が関わっているなら、むしろ率先して保護を申し出るのが普通の人間だろう。現に、ラピュタの主人公はそうしようとしたが、ヒロインが軍を見て逃げ出したことで状況を察し、自分の手で守ろうと決意したのである。そういった人間の感情を理解せず、表面的な行動だけを模倣しようとするから、悪しき劣化コピーにしかならないのだ。
 要するに、本作は制作者が個人的にやりたいシチュエーションを並べることが最優先であり、その間の繋ぎとなる設定やキャラクターの言動が極めて杜撰で適当なのである。物語の軸となる「主人公が赤い石を拾ったこと」「地下でヒロインと出会ったこと」「軍隊と鉢合わせしたこと」「主人公に紋章が移ったこと」「ラスボスがこの一件に関わっていたこと」といった複数の事象に何の関連性もなく、確率的に言うと数億分の一の偶然が積み重なければ本作のストーリーは成立しない。その結果、「キャラクターが常識外れの奇怪な行動をする」もしくは「キャラクターが本来やるべきことをやらない」といった事態が頻発し、それが強烈な視聴ストレスを生む。もっと分かり易く言うと、見るも無残なクソアニメになるのである。

・ストーリー前半


 こうして、鉱石から生まれたヒロインと一緒に暮らし始めた主人公。だが、そこへ彼女こそが新エネルギー源だと気付いた軍隊の魔の手が迫る!……はずなのだが、ピンポイントで彼女の位置が分かるレーダーの所持という絶対的なアドバンテージがあるはずなのに、攻めてくるのは頭のおかしいサイコパス野郎ばかりである。やる気がないならやめればいいのに。ところが、第五話、戦闘に力を使い過ぎたヒロインが大人に成長するという事件が発生する。彼女に付き従うマスコットキャラクターによると、覚醒中に彼女が見た光景は「深淵の祭壇」と呼ばれる場所で、そこの泉に触れれば成長が止まるらしい。全く意味が分からないが、彼の言葉を信じて主人公達は旅立つ。
 第八話。旅を続ける主人公達に物語の真実が明らかになる。と言っても、登場人物がペラペラと自分の口で語るのだが。それによると、各惑星には天使と呼ばれるエネルギー源とその守護者が一人ずついる。ヒロインはこの星の天使。だが、祭壇で力を補わない限り、彼女はいつか枯れて消えてしまう。また、主人公の母親はその天使エネルギーの研究者であり、自らの手で赤い石を作り出したが、軍に殺されてしまった。主人公の目標は、母の遺志を継いで赤い石を探すこと……そういう大事なことは、旅立つ前に言え! 電波少年か! これに限らず、本作はエピソードの順番が無茶苦茶である。伏線が伏線の体を成しておらず、何の脈絡もなく回想が挿入されたり、あるべきシーンがなかったりする。その結果、ただのモブキャラだと思われていたレストランの親父やパン屋の娘が、中盤では完全に主人公に伸し上がる。何だこのアニメ。
 第十話。主人公一行はとうとう深淵の祭壇に辿り着く。そこは同じ惑星上とは思えないぐらいファンタジックな土地だった。こんなにファンタジックな場所が世間に知られていないはずがないと思うのだが。そもそも、この遺跡は誰が作ったんだ? それはともかく、祭壇は扉が閉まっており、主人公達は中に入れない。すると、突然、床に穴が開き、ヒロインだけが落ちる。慌てて主人公達が追いかけると、彼女は赤い鉱石の中で力を補充されていた。そこに黒いロボットが現れて、ヒロインを吸収する。演出が下手過ぎて分かり難いのだが、どうやら悪の組織が横から彼女をかっさらったようだ。すぐに主人公はロボットを呼び出す。激しい空中戦。形勢不利の主人公。ヒロインは彼を助けるために黒ロボと取り引きし、彼に向かってこう告げる。「付いて来ないで。私のことはもう放っておいて」。ラピュタじゃねーか。

・ストーリー後半


 その後、物語はさらに混迷化し、最終的に完全に崩壊する。これからその概要を書いて行くが、「文章を読んでも話が理解できない」と言われても困る。本当にこのままなのだから。むしろ、こちらが聞きたい。
 黒ロボに連れ去られたヒロインは、事件の黒幕である諮問会の長官に捕えられる。彼の目的は新しいエネルギーで星を発展させること。普通にいい人じゃないか。主人公はヒロインを助けるためにロボットで行政府に突入する。だが、なぜかエリアシールドなるバリア発生装置が働いており、研究施設に侵入できない。そこで、ロボットの両手でバリアをこじ開けて入る。すると、なぜかマスコットがロボットに変身できなくなり、代わりに美少女になる。敵は長官一人だけなのだが、なぜか軍隊が立ちはだかる。すると、パン屋の娘が助けに来る。続いて、サイコパス野郎が敵を裏切って助けに来る。その頃、長官は謎の巨大な機械を使ってヒロインを鉱石に戻そうとしていた。誰が何のためにその機械を作ったんだ? 主人公、落とし穴に落ちる。だが、なぜか生きている。その頃、長官は秘書にナイフで刺されていた。秘書の正体は黒ロボだったのだ! 主人公、鉄パイプで機械を壊そうとするが壊れない。その時、何の打ち合わせもしていないのに幼馴染みと許嫁がバリア発生装置を破壊し、ロボットが復活する。意味もなく浮上する研究施設。黒ロボ、ヒロインの力を解放する方法を知らないことが発覚する。だったら、長官に任せておけよ。主人公はそんな黒ロボを攻撃して、ヒロインを救い出す。だが、今度は黒ロボが主人公を吸収してパワーアップする。最初からそうしろ! 宇宙空間での戦闘中、黒ロボは事件の真相をペラペラとしゃべる。頭上に浮かぶ月こそがかつての地球であり、自分はその天使の守護者だった。だが、人間が天使を殺して地球は滅んだ。黒ロボの目的は、ヒロインの力を使って自分自身が天使になり、地球を復活させること。だが、その言葉に反して地球は惑星に接近し、街は大洪水に襲われる。惑星同士がここまで接近したら互いの引力で粉々になると思うが、本作は基本的にあらゆる物理法則を無視しているので問題ない。何より街の人々が大して困ってない。そんなこんなでヒロインが主人公にキスをして、なぜか黒ロボは敗北し、ヒロインは消滅し、地球が復活する。
 内容に関してはもう語ることがないので、これとは別の問題を取り上げるが、本作の一番の欠陥は「途中で視点が逆転する」ことである。終盤はなぜかヒロインの方が主役になり、敵に捕らわれた主人公をヒロインが助けに行くという異常な展開になる。しかも、ヒロインが主人公に恋をして、その気持ちに彼は気付かないという萌えアニメのテンプレをここでやる。本作は冒険物語ではなかったのか? 主人公が惚れた女の子を命懸けで守るから面白いのであって、なぜその最大の旨味を自ら捨て去るのかさっぱり分からない。

・ロボット


 このように、物語は壊滅状態である。とは言え、本作はロボットアニメ。ロボットによるバトルさえ面白ければ文句はない。そういう意味では、確かにCGで描かれた戦闘シーン自体は熱くて見応えがあるのだが、その一方でロボットアニメとしては致命的な欠点も存在する。それは「主役ロボットが完全自律行動する」ことである。
 一応、設定的には、主役ロボットはマスコットキャラクターの変身した姿なのだが、明確な意志を持っているわけでもなく、戦闘中は常に無言である。攻撃を食らって悲鳴を挙げることもない。そのため、何の武器や技で戦っているのかがよく分からない。では、ロボットが勝手に戦っている間、肝心の主人公は何をしているかと言うと、呼び出すだけ呼び出しておいて、具体的な命令を与えることもなく別の場所で別のことをしていたりする。そんなバトルが面白くなるわけがない。『鉄腕アトム』『鉄人28号』の時代から、人間同士の戦いをロボットで代行するからロボットバトルは面白いのだ。物言わぬ戦闘兵器が自動で戦ったところで、それはオンラインゲームにおけるBOTと大して変わりない。しかも、本作は幼馴染みの許嫁が自家用ロボットを操縦して助けに来るという展開を何度も繰り返すため、さらに異常性が浮き彫りになる。どう考えても、そちらの方が主役ロボットに相応しい。
 これでは不味いと気付いたのか、第九話になってようやく主人公がロボット内に乗り込む展開になる。古今東西、様々なロボットアニメが存在するが、途中で操作方法が自動から手動に切り替わる作品は初めて見た。ただ、なぜ乗り込めたのかがよく分からないし、乗り込んだところで操縦も命令もしない。それなのに、ロボットがダメージを食らうと主人公もダメージを食らう。ただの馬鹿じゃないか。自殺志願者か。もっとも、原理は不明だが、主人公がロボットに乗り込むとなぜか本体がパワーアップする。つまり、主人公の存在は電池のような物だ。人間の力を吸収して強くなる自動操縦の殺戮兵器、それ、どう考えても人類の敵だろう。

・総論


 調べてみると、本作の原案・シリーズ構成・脚本を務めた野村祐一は、これが初作品だったようだ。なるほど……二度目はないな。

星:★★★★★★★★(-8個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 09:59 |  ★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑

『乱歩奇譚 Game of Laplace』

何をやりたいのか?

公式サイト
乱歩奇譚 Game of Laplace - Wikipedia
乱歩奇譚 game of laplaceとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2015年。オリジナルテレビアニメ作品。全十一話。監督は岸誠二。アニメーション制作はLerche。小林少年と明智探偵のコンビが怪人二十面相に立ち向かう怪奇ミステリー。「江戸川乱歩没後50年作品」と銘打ち、その一連の作品群を原案にしたオリジナルアニメということになっているが、はたしてその真相は如何に。

・深夜アニメ


 深夜アニメの視聴者ターゲットは何か? これは簡単そうに見えて非常に難しい問題である。ご存じの通り、今や小学生から高齢者まで幅広い年齢層が深夜アニメを視聴している。単純に数だけを集計すると、やはり一番多いのは中高生になるはずだが、それでは中高生をメインターゲットにすればいいのかと問われると難しい。DVD等のグッズを販売して制作費を回収するというビジネスモデルになっている以上、財布に余裕のある社会人を対象にしなければ生計が成り立たないからだ。よって、中高生向けを装いつつ、同時に大人も楽しめるという作品に仕上げなければ、群雄割拠の深夜アニメ界では生き残れないだろう。
 さて、本作は、怪人二十面相シリーズでお馴染みの江戸川乱歩の作品群をそんな深夜アニメ風にアレンジした作品である。その結果、どうなったかと言うと、舞台は現代、明智探偵は日本政府公認の天才高校生探偵、小林少年は女性にしか見えない中学生の男の娘、羽柴少年は小林少年に道ならぬ恋をする御曹司、担任教師はフリフリの服に身を包んだ萌えキャラ、影男はロリコンの変態で変装の達人、黒蜥蜴は色狂いのSM女王様、怪人二十面相は革命家気取りの連続殺人犯となる。良く言えばデフォルメだが、要は深夜アニメで何度も使い回されているアバターを流用して乱歩キャラに当てはめただけだ。また、作風はなぜかコメディタッチになり、原案の持つ怪しげな雰囲気などどこにもない。そのコメディにしても、映画風の喜劇でもなければ、少年漫画風のギャグでもない。登場人物が常にボケとツッコミで会話することでストーリーを進めるという深夜アニメ風としか言い様のない独特のノリだ。不自然だし、そもそも大して面白くない。そして、大元の設定は、一つの数式が世界を動かすという陰謀論やらセカイ系やらをごちゃまぜにした純然たる中二病。もし、登場人物の名前が別人だったら、誰も乱歩作品を題材にしているとは気付かないだろう。
 では、本作の視聴者ターゲットは何なのだろう。どう贔屓目に見ても、本作が大人の鑑賞に耐えられるとは思えない。ならば、採算を度外視し、江戸川乱歩を世に広めることだけを目的とした純粋な中高生向けアニメということになるのだろうか? ただ、ここで一つ留意しなければならないのは、江戸川乱歩にはすでに小学生向けにアレンジされた「少年探偵団シリーズ」というレパートリーがあり、それらに比べて本作は明らかに幼稚だということである。そう考えると、本作のコンセプトに疑いの目を向けざるを得ない。一体全体、本作は何をやりたいのだろうか?

・特徴


 本作の最大の特徴、それはいわゆる作劇のセオリーを意図的に避けていることである。ミステリードラマでありながら謎解きのシーンが少なく、雰囲気も無駄に明るい。演劇風の演出やゲーム風の演出を多用する。解説用のギャグキャラだと思っていた人物が実は犯人だったという楽屋オチさえも厭わない。もちろん、人を選ぶが、それ自体は別に悪いことではない。乱歩作品はしばしばセオリーを逸脱する。ただ、脚本までもが作劇のセオリーを無視してしまっては、ちょっと困った事態になってしまう。
 例えば、小林少年は退屈な日常に嫌気が差している時に明智探偵と出会い、裏社会の魅力に引き込まれたという設定になっている。だが、日常に退屈している様子は劇中で全く描かれない。精々、一人で下校するシーンが数秒間描かれる程度だ。こう書くと制作者は必ず反論するだろう。いや、違う。モブキャラをシルエットにすることで少年の孤独な心を表現しているのだ、と。確かにそうかもしれないが、それは後から言われてようやく気付く程度の小さな差異だ。物語は初見で理解できなければ意味がない。何度も何度もリピート再生してくれる心優しい視聴者ばかりではないのだから。そもそも、他人をモブキャラ扱いするほど世間に興味のない人間が、優秀な探偵になれるはずがない。その証拠に、原案の明智小五郎の趣味は「人間の研究」だったではないか。一方、少年が憧れるその明智探偵にしても、本作では何が凄いのかさっぱり分からない。彼が初めて探偵らしい活躍をするのは何と第七話。それまでは自室に閉じ籠もって適当なことを言っているだけで、日本政府公認の天才高校生らしさはどこにも垣間見えない。なぜ、そんな男に小林少年は憧れたのか。探偵なら誰でも良かったのか。結局、小手先の演出にこだわって描くべきシーンを描かないと、こういった根本的な疑問が生じてしまう。
 また、乱歩作品と言えば、人間の心の奥深くに潜む黒く歪んだ感情を白日の下に晒し出す点に特徴がある。では、本作はどうかと言うと、確かに人間の黒い感情は語られる。ただし、それは本人の口からだ。そう、本作の一番の問題点は、登場人物が心情を全て口頭で語ってしまうことである。よく二時間サスペンスドラマで追い詰められた犯人が崖の上で犯行を自供するが、本作はそれをさらにパワーアップさせて、まるで独演会のように長時間ペラペラと自分語りする。第十話などは最初から最後までずっと怪人二十面相のモノローグだ。小説ならともかく、映像作品の脚本としては非常に稚拙であり、評価は厳しい物にならざるを得ない。

・ストーリーその1


 名目上、本作は江戸川乱歩の小説を原案にしたオリジナルアニメということになっている。だが、実際のところはどうかと言うと、共通しているのはサブタイトルとちょっとした小ネタぐらいで、後は似ても似つかぬ物だ。例えば、『人間椅子』というサブタイトルの付いた第一話・第二話で用いられている題材は「人間の死体で作った椅子」である。流行に乗り遅れた田舎の駄菓子屋だろうか。原理主義的な乱歩ファンが聞いたら怒り狂いそうだが、中高生向けの深夜アニメに多くを求めても無駄だ。少年探偵団シリーズを読んでいるかどうかすら怪しい層が視聴者である。
 それでは、本作の中心的なストーリーは何かと言うと、『DEATH NOTE』と『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を足して何倍にも薄めた物である。すなわち、世の中には法律で裁けない犯罪者が何人も野放しになっている。その悪しき状況を是正するためには、自分自身が「怪人二十面相」となって彼らを成敗し、犯罪の抑止力になるしかない。そうしている内に必ず追従者が自然発生し、二十面相ムーブメントが出来上がるはずだ。というように、明らかに『DEATH NOTE』のキラと『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の笑い男を意識している。それは別にいい。不変不朽のテーマだ。だが、本作はそこに上記の中二病要素をプラスしているせいで、非常に陳腐な物になってしまっている。
 簡単に説明すると、明智探偵と彼の友人は数年前に一つの数式を発明した。カオス理論を用いて作られたその数式は、世界中のあらゆる事象を数値化して予言することができる。そして、友人はその数式が導き出した解答に従って怪人二十面相になり、世界に革命を起こそうとした、という分かるような分からないような話である。いや、嘘を付いても仕方ない。全く分からん。数式の詳細については、劇中で何も描かれない。明智探偵が狂ったようにパソコンのキーボードをタイピングするシーンがあるが、何を入力しているのかは分からない。当然だ。なぜなら、具体的に描こうと思ったら、監督・脚本・演出・作画スタッフ全員がカオス理論を理解していないといけないのだから。もっとも、本当に理解していたら、このような馬鹿げた設定は持ち出さないだろう。聞き齧った知識で世の中全てを分かったつもりになるのが中二病の特徴である。そもそも、元ネタの二作品は、人間の心理上、模倣犯が自然発生するのは当たり前だとしているのに対して、本作はそれだと納得できないから何らかの大きな力が裏で働いているに違いないとしている。どちらが人間の心と真摯に向き合おうとしているかは言うまでもない。

・ストーリーその2


 また、この設定を成立させるためには、我々の住む社会が如何に歪で理不尽であるかを劇中で明確に示さなければならない。一応、本作もそれを試みているのだが、何とテレビニュースというストレートにも程がある演出で表現している。しかも、そこで取り上げられているのは、雇用情勢やらブラック企業やら小学生新聞並みの分かり易いニュースだ。真面目に批判するが、ここで描くべきは現代人が漠然と抱えている「不安感」である。深い哀しみが世界を覆っている。将来がどうなるか分からない。人々の絆が薄れかかっている。そういった得体も知れぬ不安感が具現化して怪人を生み出すのだ。その感情が何一つ伝わって来ない本作は、社会派ドラマとしてあまりにも低レベルである。
 その後、死んだはずの友人が真の怪人二十面相として復活し、明智探偵と衆人環視の中で対決する。実は数式には大きな欠陥があり、このままでは友人か探偵のどちらかが死んでしまう。だが、あくまで数式にこだわる友人は、自ら死ぬことで数式の正しさを証明しようとする。それを阻止する探偵。と、そんな鬼気迫る状況なのだが、肝心の場が一向に盛り上がらない。これも簡単な話で、要は「思想の対立」がないからである。友人は世の中に絶望して自分の手で幕引きをしようとしている。探偵は彼を助けようとしている。それだけだ。ストーリーを盛り上げるためには、怪人二十面相と逆の思想を持った人間を登場させて、真正面からぶつかり合わなければならない。その人間とは、世の中の酷さを十分に理解しているが、自分の生活のため、そして、家族のために感情を捨てて毎日頑張っている人、すなわち「大人」だ。だが、明智探偵は国のお墨付きをもらって、学校にも行かずに悠々自適の生活を過ごしている子供。本来、議論の輪に入る資格のない人間だ。これでは何の説得力もない。実際、劇中でも明智探偵が「根深いんだよ。子供が考えている以上にな、社会ってのは」と語った後、すぐに羽柴少年に「自分だって子供でしょ?」と突っ込まれるシーンがある。ボケとツッコミで会話を進めるのが深夜アニメ、などと言っている場合ではない。
 結局、本作は何をやりたかったのだろうか? 「平凡な日常に退屈していた少年が、怪しげな探偵と出会ったことで裏社会に足を踏み入れる」、この定番のプロットを普通に映像化すればいいだけの話なのに、それを嫌って特殊なことをやろうとした結果、訳の分からない物が出来上がる。それを中高生向けと言い張るのは勝手だが、作り手が中高生レベルでは意味がない。もう一度、江戸川乱歩作品を読み直し、創作の基本に立ち返ってもらいたい物である。

・総論


 深夜アニメの悪いところを集約したような作品。視聴者を心の底から馬鹿にしていなければ作れない作品。それはつまり、江戸川乱歩を馬鹿にしているということ。

星:★★★★★★★★(-8個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:14 |  ★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
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