『風夏』

ハリボテ。

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風夏とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2017年冬瀬尾公治著の漫画『風夏』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は草川啓造。アニメーション制作はディオメディア。バンド活動を通して三人の男女の恋と友情を描いた青春ラブコメ。ヒロインの秋月風夏は、同原作者の漫画『涼風』の主人公の娘である。原作では途中でヒロインが交通事故死するが、アニメ版では事故を回避するIFルートが描かれる。

・導入


 本作の主人公は、両親の仕事の都合で東京に引越しした男子高校生。自他共に認めるスマホ依存症で、いつもSNSに身の回りに起こったことを書き込んでいる。上京した日のこと、街を歩いていると突然、一人の少女の体当たりを受けて地面に倒される。だが、彼女は主人公がパンツを盗撮したと難癖を付けて、彼のスマホを投げ捨てた上に、頬を殴り飛ばして去っていく。これがヒロインとの出会いだった……って、いや、それはどう見ても「犯罪」だろ! 傷害に器物損壊に名誉棄損じゃねーか! 訴えろよ! よくラブコメで「第一印象は最悪だった」というパターンがあるが、これは幾ら何でもやり過ぎだ。どんなに後でヒロインがデレたとしても、過去の犯罪行為が帳消しになるわけではない。と言うより、こんな人間と恋愛したくない。

 その後、転校先の学校の屋上でヒロインと再会する。すかさず、主人公はヒロインのパンツを盗撮する。前言撤回、主人公も犯罪者だった。それに気付いたヒロインは再び主人公に詰め寄り、彼はショップから借りたスマホを地面に落としてしまう。なぜか一緒にスマホを探す二人。公衆電話を使って探せよ。そこで、主人公は先日暴行を受けた時に拾ったCDをヒロインに返す。すると、なぜかヒロインは主人公に好意を抱く。後日、たまたま主人公が二枚の映画のチケットを持っていたので、二人で映画を見に行く。なぜ一緒に行く? それがきっかけで二人は恋人のようになる。別の日のデートの帰り道、ヒロインは歌が上手いことが判明する。そこで、ヒロインは主人公を無理やり誘ってバンドを結成する……やべぇ、全く意味が分からねぇ。

 本作の特徴として、根本的な作劇能力が恐ろしく低いことが挙げられる。はっきり言うと、商業作品として金を取っていいレベルにない。どこかで見た既存のシチュエーションを適当に並べただけで、前後のストーリーの繋がりが希薄、そのため、キャラクターが何を考えているのか全く分からない。その最たる例が、第三話の人工呼吸と第八話の人探しである。ストーリーに必然性がなく、多くの選択肢があるはずなのに、キャラクターが何も悩まずに即決する。登場人物が全員天才で、何をやっても凄い凄いと絶賛され、周りの人が全てお膳立てしてくれるという『BanG Dream!』に負けず劣らずのご都合主義。しかも、ハーレムアニメなので、主人公にとっては完全にパラダイスである。パラダイスということは不平不満がなく、不平不満がないということは成長がない。つまり、本作のストーリーには日常系アニメ程度の価値しかない。これで青春ラブコメを名乗ろうと言うのだから、視聴者も舐められた物である。

・幼馴染み


 主人公には、小さい頃に離れ離れになった仲の良い幼馴染みがいた。それから約十年、彼女はテレビ画面の中にいた。人気沸騰中の新進気鋭の女性シンガーソングライター、それが今の彼女である。そして、彼女はずっと主人公に対して片思いをしており、これまで作った歌は全てその気持ちを描いた物だった……という、ちょっと無理のあり過ぎる設定を、何の捻りもなく、物語と擦り合わせることなく、そのまま強引に捻じ込んでいるのが本作である。それゆえ、彼女の存在は本編から明らかに浮いており、非常に残念なことになってしまっている。

 まず、幼馴染みが主人公を好きな理由だが、子供の頃の主人公は確かに優しくて頼りがいのある少年だったため、彼女が惚れるのも分からなくない。だが、それだけでは、恋心を十年間も引きずる理由としては弱いし、アイドルが一般人に片思いするという非現実感に対する説得力もない。なぜなら、今の主人公は昔とは似ても似つかないスマホ中毒の冴えない男だからだ。それなら、「なぜ、主人公の性格が変わったのか?」を具体的に示さないといけないし、それに対する幼馴染みの反応(注:幼馴染みは主人公をSNSで発見した)も詳細に描かなければならない。そういった描写が何もないまま、盲目的な愛情を主人公=視聴者へぶつけるため、見ている方は訳が分からず混乱する。一方、主人公の幼馴染みに対するリアクションも非常に淡白である。十年振りに現役アイドルの幼馴染みからメールが来たのに、他のことに気を取られて丸一日放置。会ったら会ったで、まるで兄妹か何かのように普通に会話する。十年前とは比べ物にならないぐらい可愛くなった幼馴染みと話す緊張感や、国民的アイドルを独り占めする背徳感のような物が一切ない。そういった感情は、この物語における最大のアピールポイントではないのか。それをやらないのなら、幼馴染みはただのクラスメイトで何の問題もない。

 その後、この二人にヒロインを含めた三角関係が成立するのだが、自分は未だかつてこれほどお粗末な三角関係を見たことがない。あの『魔法戦争』よりも酷いと書けば、本作の危険度をご理解頂けるだろう。三人共、自分のことしか考えていないため、嫉妬や妬みといった感情の衝突が発生しない。ヒロインは幼馴染みの大ファンであるという設定は、ストーリー的に何の意味も持たない。結局のところ、「自分がそのような特殊なシチュエーションに置かれたらどうするか」という脳内シミュレーションが、特にこのアニメ版では、全くと言っていいほど行われていないのである。創作の基礎中の基礎というより、何が面白くてこの作品を作っているのかというレベルである。日本語では、それを「やっつけ仕事」と言う。

・リテラシー


 第六話。主人公と幼馴染みが路上で話しているところを盗撮され、ネットに拡散される。途端、大炎上し、主人公のSNSまで特定される。騒ぎを鎮めるため、幼馴染みは生放送のテレビ番組で、相手は子供の頃からの友人であること、彼にずっと片思いをしていたことを告白するが、当然、さらに炎上が加速する。ちょうどその時、主人公達のバンドの初ライブが行われる学園祭が間近に迫っていた。バンド仲間は「主人公は被害者。何も悪くない」と擁護し、主人公も「リアルには仲間がいる。負けてたまるか」と言って、ライブを強行する。学園祭当日、悪意を持った観客が講堂に殺到し、ビール瓶を投げるなど暴徒化する。しかし、主人公達が演奏を始めると、そのクオリティに皆が聴き惚れ、一気に暴動が終息する。その結果、ヒロインは芸能界からスカウトされる。一方、幼馴染みは事務所より謹慎処分を受け、ショックで声が出なくなり、一人で傷心旅行に出る。主人公は、謎の愛情パワーで彼女の行き先が江ノ島であることを突き止め、一瞬の間にワープして彼女の前に現れる。こうして、愛を確かめ合った二人は付き合い始める。

 相も変わらず無茶苦茶なストーリーである。主人公も幼馴染みも言動があまりに軽く、大衆の反応も極めて安直。このような状況下で学園祭ライブが決行されるはずがなく、しかも、傷害事件まで発生している。現場の責任者はどこにいるのか。そもそものシチュエーションにリアリティがないのに、バンド演奏で暴動が治まるというファンタジーに論理性が生まれるはずがない。幼馴染みも幼馴染みで、事務所に大損害を与えているのに、よく謹慎だけで済んだ物だ。その後の江ノ島の流れなどは、完全に論外、脚本家はもう廃業した方がいいというレベルの大失態である。

 さらに言うと、一番の問題はそこではない。今回の一件がこれほど大きくなったのは、主人公がSNSに個人情報を書いていたから、幼馴染みが公共の電波でプライベートを垂れ流したから、要するにネットを含めた「メディアリテラシー」の問題である。公と個の区別が付いておらず、社会構成員としてあまりにも未熟だったから起こったことだ。それなのに「主人公は被害者。何も悪くない」は通らない。別に自己責任論を謳うつもりはないが、主人公はもっと自らの考えの甘さを反省すべきではなかったか。少なくとも、スマホ中毒を悪と断罪しなければ、劇中でこのような事件を起こした意味がないだろう。一応、SNSは以後、ほとんど画面に出てこなくなるが、そうやって大事なことを詳しく描かず、適当に誤魔化しているのが本作の最大の欠点であることに、制作者は一刻も早く気付いて欲しい。

・スカスカ


 それにしても、アニメ業界における軽音楽に対する蔑視は何なのだろうか。軽音楽とは、素人の高校生がほんの数ヶ月練習しただけでプロレベルになれる「軽い音楽」であるという偏見が、さも当たり前のようにまかり通っている。素人の高校生がほんの数ヶ月練習しただけでプロレベルのアニメを作ったらどう思う?

 ストーリーの続きだが、ヒロインは主人公と幼馴染みが交際しているのを見て、ようやく自分の胸のもやもやが恋心であることに気付く……え、マジで? あれだけ散々思わせ振りな態度を取っておいて、気付いてなかったの? それをやるなら『宙のまにまに』のヒロインぐらい天真爛漫じゃないと成立しないと思うが、ともかく、自暴自棄になったヒロインは、バンドを抜けてソロでプロデビューすることを決心する。落ち込む主人公。気になった幼馴染みは、彼の家に行って性的に誘惑しようとするが、それを主人公は拒否。なぜ!? 主人公はヒロインのことが好きだと気付く。なぜ!? そこで、主人公は自分で曲を作ってバンドメンバーに配り、バンド再結成を要望する。すると、彼の気持ちに心打たれたメンバーは再び集結する。なぜ!? だが、ライブ当日になってもヒロインだけが集まらない。彼女がいるのは学校の屋上に違いないと思った主人公は、そこで彼女を発見する。なぜ!? 主人公は「僕に打ち込める物を、音楽を、バンドを、楽しさを教えてくれたのは秋月だから。だから、僕にとっては大切で、一緒にいたいって言うか、その……あーもう、そうじゃなくって、大好きなんだ!」と一人ボケツッコミのような愛の告白をする。こうして二人の恋はハッピーエンドを迎え、幼馴染みは特にフォローもないまま、静かに物語からフェードアウトする。なぜ!?

 本作は、一見するとそれなりにまとまっているように見えるが、その中身はスカスカである。あるべき物がそこにない。それはキャラクターの感情である。一番の例として、最後の最後まで、主人公がなぜヒロインを好きなのか分からないことが挙げられる。感情の小さな変化を丹念に積み重ねるという行為を放棄しているのだから当然だ。そういった面倒な作業をサボり、見かけだけ一丁前に仕上げようとしても、ただのハリボテアニメにしかならない。それでは視聴者の心を揺さぶることは不可能だ。

・総論


 バンドアニメの三振率の高さは異常。

星:★★★★★★★★(-8個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 08:53 |  ★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑

『BanG Dream!』

サイコホラー。

公式サイト
BanG Dream! - Wikipedia
BanG Dream!とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2017年冬ナカムラコウ著の小説『BanG Dream! バンドリ』のテレビアニメ化作品。全十三話+OVA。監督は大槻敦史。アニメーション制作はISSENXEBEC。ガールズロックバンドに青春を燃やす女子高生達の夢を描いた学園ドラマ。ブシロード製作のメディアミックスプロジェクトの一環であり、漫画やゲームなど多方面に展開されている。タイトルの読み方は「バンドリ」であって、「バンドリーム」ではない。

・キラキラ


 主人公は無邪気で夢見がちな少女。常に自己中心的で、一度思い込んだら他人の目などお構いなしに突っ走る面倒臭い性格。そんな彼女の生きる目標、と言うか「座右の銘」を自身の台詞から引用してここに記そう。「私、小さい頃、星の鼓動を聞いたことがあって、キラキラドキドキして、そういうのを見つけたいです。キラキラドキドキしたいです!」……きっつ。ドキドキは分かるが、キラキラって何だよ。それはあくまで他人の評価だろうが。そんなに光りたいなら、アルミホイルでも体に巻いてろよ。それはともかく、彼女はキラキラドキドキしたい人間で、ガールズロックバンドにそれを見つけたというのが本作のストーリーになる。タイトル通り、何の捻りもない。この時点で見る気をなくす人間が大半だと思うが、頑張って付いてきて欲しい。

 物語冒頭で主人公は高校に入学する。中高一貫のお嬢様系の女子高である。そこで主人公は数多くの友人を作り、何の悩みも苦しみもない楽しい学生生活を過ごす。その段階で、誰がどう見ても彼女はキラキラしている。作画的にも演出的にも、文字通り画面がキラキラしている。それでもなお、主人公はキラキラドキドキを求めて止まない。完全に「キラキラ中毒」である。別に、どんよりとした学生生活を描けとは言わない。しかし、バンド活動にキラキラドキドキ感を求めようと思うのなら、現状に対する不満や放課後の鬱屈を事前にしっかりと描かなければ、話に説得力も何もないだろう。すでに欲しい物を全て手に入れているのに、さらに無い物をねだる、このような主人公に誰が共感できると言うのだろうか。

 本作に限らず、萌えアニメでは無邪気で天真爛漫な女の子がよく主人公に選ばれる。なぜなら、一般的にオタクと呼ばれる人達は、自分の優位性を保持するために、より精神年齢の低い女性を好む傾向があるからだ。だが、本作の主人公の場合は、無邪気と言うより、ただ自分の世界の中だけで生きている頭のおかしな人である。そのため、何事においても自分勝手かつ自己中心的で、声優の演技の下手さも相まって、非常に不快感を覚えるキャラクターになってしまっている。そんな人間がどれほど傷付き苦しんだところで、「ざまぁみろ」という感想しか生まれない。本作はあまり世間の評価が芳しくない作品だが、その最大の要因は間違いなくこの主人公の性格にあるだろう。

・ホラー


 ある日の放課後、キラキラ中毒患者の主人公は道端で星のシールを見つけ、それを追いかけて一軒の古い質屋に辿り着く。主人公は迷わず不法侵入し、蔵の中で一台のエレキギターを発見する。そこに登場する質屋の娘。口論の末、なぜか二人でライブハウスに行くことになる。主人公は蔵から勝手にギターを持ち出してライブハウスに行き、そこでガールズバンドの前奏を聴いただけで「凄い!」と絶賛して、質屋の娘にバンドをやろうと提案する。その後、主人公は勝手に質屋に上がり込んで朝食を食べたり、勝手に蔵の片付けを手伝ったりと、執拗なまでに質屋の娘に付きまとってバンドメンバーへ勧誘する。質屋の娘は「どうせギター目的だろう」とその行動を看破するが、主人公はそれを否定しつつ、ギターへの興味を隠そうともしない。すると、主人公は誤って三十万円もするギターを壊してしまう。二人は雨の中をずぶ濡れになって楽器店へ走り、修理してもらう。その結果、なぜか質屋の娘の態度が軟化し、ギターを五百円で主人公に譲り渡した上で、バンドへの加入を決心する。

 信じられないだろうが、これが本作の第一話と第二話である。今まで多くのアニメを見てきたつもりだが、背中がぞっとするような本物の「恐怖」を覚えたのは、これが初めてである。最早、サイコホラー以外の何物でもない。そう感じる一番の原因は、言うまでもなく「主人公が何を考えているのか分からない」からだ。前述したように「なぜ、キラキラドキドキを求めるのか?」も分からないし、「バンドの何に対してキラキラを感じたのか?」も分からない。そして、何より「なぜ、そこまで質屋の娘に固執するのか?」がさっぱり分からない。ついさっき出会ったばっかりで相手のことなど何も知らないし、彼女が音楽好きという描写もない。主人公が勝手に運命を感じているだけだ。実際、一番の友人であるパン屋の娘には、バンドへの参加を断られるとあっさり諦める。これではただのストーカーである。

 本作のやりたいこと・やろうとしたことは、内向的な人間の心が純粋無垢な人間の積極的な行動によって解放されるという作劇の王道パターンである。しかし、相手が何かに困っているという事実を示さないまま、主人公だけが勝手に動き回るため、彼女の考えが全く理解できず、温もりではなく恐怖感を覚える結果になってしまっている。キャラクターの心情を何でもかんでも台詞で語ってしまうのは三流だが、かと言って何も語らないのは論外だ。主人公は物語の案内役であると同時に、視聴者の分身であることを理解しないと、ただのホラーになるということを本作が体を張って証明してくれる。

・ご都合主義


 その後も主人公の暴走は続く。さすがに質屋の娘よりはましとは言え、残りのバンドメンバーに対する勧誘もかなりの強引さを極める。なぜ、そのような暴挙が許されるかと言うと、結局のところ、あらゆる事象が主人公にとって都合良く配置されているからに他ならない。質屋の娘にしても、「実は友達が欲しかった」という非常に都合の良い理由により、主人公のストーカー行為は不問にされる。主人公の周りには都合良く楽器経験者が集まり、音楽面のサポートをしてくれる。何の話し合いもないまま、主人公がボーカル兼リズムギターに就任する。質屋の蔵の地下が練習スタジオになる。明らかにモラルに反した行動を取っても、周りの人が笑って見過ごしてくれる。気持ち悪いのは、それらを徹底的に「いい話」として描いているところである。そんな物は美談でも何でもなく、ただ単に主人公を甘やかしているだけだ。

 その最たる例が前述したパン屋の娘である。実は、彼女は元ドラマーだったというご都合主義にも程がある設定が、第六話になって突然明らかになる。当然、彼女を再びバンドに勧誘する主人公。と言うか、勝手にメンバーに入れる。だが、パン屋の娘は、母親が病弱なので家事を手伝わねばならず、他のメンバーに気を遣うのは嫌だからという理由で申し出を固辞する。それに対し、主人公はこう言って彼女を説得する。「何でも一人で決めちゃうのずるい!」……いや、お前が言うな。また、パン屋の母親はこう言って彼女を励ます。「その優しさをもっと自分に向けて」……いや、主人公はもっと他人に優しさを向けろよ。だが、彼らの言葉に心を打たれたパン屋の娘は、遅刻しそうになって走って学校へ向かい、文化祭のステージに飛び入り参加する。そして、一度も練習していないのに、主人公達と完璧なセッションを披露する。あれだけ「練習していないから皆に迷惑かけるのが嫌」と言っていたのは何だったのか。自虐風自慢か、おい。

 これの何が問題なのか分からない人は、主人公がキラキラを感じた対象が、ガールズバンドではなく「女相撲」だったらどうかと考えてみて欲しい。すると、必ずや「女性は土俵に上がるな」と面倒なことを言ってくる奴が登場するだろう。そういった自分の力だけではどうにもならない都合の悪い敵を乗り越えて、初めて本当のドキドキキラキラを味わえるのではないか。狭い温室の中で人工的な光を浴びるのと、広い世界の中で太陽の光を浴びるのと、どちらがより光り輝くかは考える間もなく自明のことだ。

・エゴイスティック


 第一話で主人公が初めて行ったライブハウスは、「ガールズバンドの聖地」と呼ばれる有名な場所だった。しかし、この度、オーナーの意向により閉鎖が決定する。そこで、主人公は閉鎖前に一度はステージに立ちたいと、バンド結成二ヶ月にも関わらず出演オーディションを受ける。主人公自身はその演奏を「やり切った」と思ったが、結果は不合格。それどころか、後日、オーナーに「アンタが一番できてなかった」と直接ダメ出しされる。それを聞いた主人公は、ショックを受けて激しく落ち込み、なぜか声が出せなくなる。と、リアルなサイコホラー路線に変更する。そこで、他のバンドメンバーは「みんなで歌う」というアクロバティックな解決法を提案し、すぐに主人公も立ち直る。そして、二度目のオーディション、演奏の質は前回と大して変わりないぐらい下手だったが、今度はなぜか合格。実は、オーナーは「技術よりも本人がやり切ることが大事」という思想の持ち主で、前回ダメだったのは、主人公だけが独りよがりだったから。こうして、主人公達は閉店ライブにデビューすることが決定する。

 一見すると過去の主人公を批判し、それによる心の成長を描いているように見えるが、本作には決定的に抜け落ちているポイントがあることに、視聴した人は皆、多かれ少なかれ気付いているだろう。それは第三者の視点である。特に本作の場合は、高校の文化祭だけではなく街のライブハウスを舞台にしているため、当然のことながら「客の視点」が必要不可欠である。料金を取って演奏を聴かせる以上、「技術よりも本人がやり切ることが大事」などという自己中心的な思想は絶対にあり得ない。しかも、このライブハウスは、ガールズバンドの聖地と呼ばれている大切な場所だ。主人公達とは比べ物にならないぐらい思い入れのある人は、日本中に幾らでも存在するだろう。だとすると、結成二ヶ月の下手糞な素人バンドが閉店ライブのステージに上がれるわけがないし、それを客が温かく迎え入れることは100%ない。ブーイングされて、ステージから引きずり降ろされるのがオチだ。

 本作は、最初から最後まで全てにおいてこの思想が貫かれている。すなわち、「他人よりも私が大事」「私さえ楽しければいい」「私を邪魔する物はいらない」というエゴイスティックな思考である。最後のエピソードにしても、結局は「私が」から「私達が」に移行しただけで本質は何も変わっていない。本来、他人の評価である「キラキラしている」を自分自身で使っている時点で確信犯(誤用)なのだろうが、この思想をアニメファンに訴えて、本作は一体どうしようというのだろうか。ただでさえ、オタクは自分の殻に閉じ籠もってエゴを肥大化させていると批判されているのに、それを助成するような行為は決して良いとは思わない。

・総論


 エンターテインメントの本質は客を楽しませることという根本的な視点が抜け落ちている。こんな気持ちで作っているアニメが面白くなるわけがない。

星:★★★★★★★★(-8個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 09:14 |  ★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
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