『ハイスクール・フリート』

意味不明。

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ハイスクール・フリート - Wikipedia
ハイスクール・フリートとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2016年。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は信田ユウ。アニメーション制作はプロダクションアイムズ。架空の日本を舞台に女性だけの海上保安部隊隊員を目指して奮闘する女子高生達の活躍を描いたSFアクション。放送開始まで詳しい内容を伏せるというプロモーション手法を取ったため、日常系アニメ風の内容を想像していた視聴者から批判を浴びた。

・設定


 本作の特徴を簡単に解説すると、『ガールズ&パンツァー』に影響を受けた制作者が、軍艦+女子高生+日常系アニメという座組を作ってみたものの、作り手にそのノウハウもそれを補うセンスもなかったため、ただ単に複数の要素を一つに集めただけの訳の分からない物が出来上がってしまったという作品である。
 舞台は架空の日本。メタンハイドレードの過剰採掘により平野部が沈没したことで、人々は巨大なフロート艦を建造し、そこに居住していた。結果的に海洋大国となった日本は、かつての軍艦の多くを民間に払い下げし、それを戦争に使わないようにとの希望を込めて、女性が艦長を務めるという風習が生まれた。そのことが、後に女性だけの海上保安部隊「ブルーマーメイド」を設立する要因となったのである。時は流れ、ブルーマーメイドを養成する横須賀女子海洋学校に一人の女の子が入学する。彼女の名は岬明乃。幼い頃からブルーマーメイドになることを夢見ていた少女である。と、これだけ見ると、荒唐無稽ではあるが『ガールズ&パンツァー』の「戦車道」に比べたらましといったところで、まだ楽しめそうな気配がする。だが、自分で作った設定を制作者自ら全力で破壊するのが本作のスタイル。最終的に我々の想像を遥かに超えた場所に着地する。
 横須賀女子海洋学校に入学した主人公達は、なぜかいきなり艦長や機関長といった役職に振り分けられる。普通は共通コースから専門コースに分かれた後、厳しい訓練と実習を経て選抜されないだろうか。一体、何を基準に彼らは決めているのだ。そして、入学式当日、これという授業風景もないまま、なぜかいきなり海洋実習が始まる。その船はなぜか昔の軍艦で、なぜか指導教官が誰も乗っておらず、なぜか完全武装されている。なのに、なぜか操艦は完璧で、なぜか戦闘すら卒なくこなす。どうやら、中学時代にある程度の教育は受けていたようだが、具体的な描写はどこにもないし、そもそもそういう問題ではない。何なのだ、これは。初期設定と実際の光景が何一つ噛み合っていないではないか。女性艦長は平和の象徴と言いながら、思いっ切り武力解決する気満々なのはどういった摂理なのか。やっつけ仕事にも程がある。こんな物を商業作品として堂々と世に出すという神経が全く理解できない。狂っているのかこの世界は。

・日常系アニメ


 放送前、そして、第一話の段階での本作のタイトルは『はいふり』であった。如何にも『けいおん!』のような日常系アニメを彷彿とさせる柔らかい題名に、皆が本作こそ第二の『ガールズ&パンツァー』になる作品だと確信した。だが、その期待はすぐさま裏切られることになる。いざ蓋を開けてみると、その内容は実習中の主人公達の乗る船に突然、教員船が発砲し、防衛のためにそれに反撃したところ、なぜか反乱とみなされて追っ手から逃げ回るというハードなSFアクションであった。そして、気が付いたら、タイトルも『ハイスクール・フリート』に変わっていた。これはもう完全に意図的な「ジャンル詐欺」である。わざと内容と異なる情報を事前に流し、炎上商法的に注目を集めようとしたわけである。その道義的な是非に関しては問わないが、感心できることではない。
 だが、安心して欲しい。本作にはちゃんと皆が待望した日常系アニメ的なテイストが残されている。複数の可愛らしい女の子が狭い空間に閉じ籠もって、悩みなど何もないようにキャッキャウフフと楽しい時間を過ごす。視聴者はその幸せな光景を遠くから微笑ましく見守る。ただ、本作の問題は、それを「非常事態」の中でやることである。敵艦艇に捕捉され、殺傷力のある実弾がバンバンと飛んできて、明らかに生命の危機に瀕しているのに、呑気に悪ふざけをする。しかも、コミカルなBGMをバックにして(本作は全体的にBGMのチョイスがおかしい)。意味が分からない。これが他のアニメのように、精神性が未熟なせいで状況判断ができていないというなら話は分かる。だが、本作は脚本的にも演出的にも危機的な状況であることは、全員が十分に把握しているのである。なのに、ふざける。意味が分からない。彼女達は何かやばいクスリでもキメているのではないだろうか。そうでなければ、どのような状況にも決して心が揺るがない歴戦の兵士ということになってしまう。
 本ブログでは度々「ミリタリーと日常系アニメの噛み合わせは悪い」と主張してきた。本作は図らずもそれを証明する格好の教材になっている。正反対の物を何の調整もせず一つにまとめると、世にもおぞましい異常な物が出来上がるのは自明のこと。ギリシア神話では、それを「キマイラ」の怪物と呼んだが、なるほど本作はキマイラアニメと呼ぶに相応しい。

・ミリタリー


 さて、そんな命懸けのオチャラケ逃避行も、第四話というかなり早い段階で人の脳を狂わせる未知のウィルスが原因と分かり、無事に疑いが晴れて原隊復帰する。その後、主人公達の乗る船は、同じようにウィルス感染して反乱した実習船「武蔵」の捜索を命じられる。その船には主人公の親友が艦長として乗っていたのだ……という展開にするなら、主人公達が反乱と間違われて逃げ回るという一連のシークエンスは全く不要ではないだろうか。最初から反乱した武蔵を追えば済む話だ。敵=物語の目標をコロコロ変更して話の道筋が分からなくなるのは、駄作の特徴の一つである。
 さらに、ここで浮上した新たな問題は、本作戦の指揮系統が無茶苦茶なことだ。なぜか全体の指揮を横須賀女子海洋学校の校長が執っているのである。百歩譲って校長はただの名誉職であり、本職はブルーマーメイドの総司令官だったとしても、未知なるウィルスの感染拡大という国全体を巻き込む大事件なのだから、もっと上の方が指揮を執るはずだ。ブルーマーメイドは国家機関の一組織に過ぎず、しかも、主要任務は海難救助であることも劇中でも明言されている。明らかに分不相応である。また、なぜ主人公達の船が武蔵の捜索に当たるのかもよく分からない。あらゆる理由が「たまたま彼女達が一番近くにいるから」で済まされているが、彼女達はただの学生であり、今回が初の海洋実習なのだ。幾ら人手不足だとしても、役に立つ立たない以前に間違いなく作戦の足を引っ張るだろう。ブルーマーメイドにプロとしての誇りはないのか。もし、これで学生に死者が出たら、校長はどう責任を取るつもりなのか。そもそも、実習船が武装していなければ、これほどの大事になることもなかったのである。その決定をしたのが校長だとしたら、彼女は無能というレベルではない。
 結局、どういうことかというと、主人公を活躍させるためだけにわざと周囲の知能レベルを下げているのである。探偵小説で主人公を際立たせるために警察を無能にするのと同じやり方だ。作り手にとっては便利な手法だが、やればやるほど作品としての質が低下するのは免れない。特に、本作のように組織としての軍隊をモチーフにしていると、リアリティは地に落ちる。それではどんなに緻密な艦隊戦を描こうとも意味がない。

・商業主義


 そんなこんなで第十一話、ようやく武蔵との直接対決が開始される。それまでの長い間、主人公達は何をやっていたかと言うと、他の船を救助したり、呑気に水遊びやお祭りで楽しんだりしていた。武蔵には主人公の親友が乗り合わせており、今なお生死不明であるにも関わらずだ。平時で上からの命令を待っている状態ならまだしも、積極的に助けに行こうとしている状況でこの心理は理解できない。困っている人々を見過ごせないと言うのなら、最初から海難救助のアニメにしておけという話である。(ちなみに、親友は武蔵の艦橋に籠城していたという設定だが、その間の食事やトイレや操艦はどうしていたのかという疑問に誰も答えてくれない)
 ともかく、この第十一話を境に本作は急激に「普通のアニメ」になる。巨大な敵を前にして怖気づく主人公。しかし、仲間に励まされて勇気を取り戻し、皆で力を合わせて困難に立ち向かう。そして、荘厳なBGMを背景に熱いシリアスバトルが交わされる。人によっては感動的なクライマックスシーンに感じるだろう。だが、思い出して欲しい。彼女達は命の危険に脅かされているにも関わらず、陽気に悪ふざけができるメンタリティの持ち主だということを。そんな人間が何をやろうと空々しいだけだ。長期連載シリーズの途中で路線変更したなら分かるが、たった十二話のアニメでこれは通らない。ちゃんとラストから逆算した全体の統括ができないような人間に重要な役割を与えてはならない。
 最後に要点をまとめよう。本作の問題点は大きく分けて二つある。一つ目は「物語が入学式から始まる」こと、二つ目は「第一話に大きな事件が起こる」ことだ。セオリー通り、ある程度訓練を受けたところから開始し、最初の方はのんびりと楽しい日常を過ごさせていれば、何も問題はなかった。では、なぜこのようなことになっているのか。物語が入学式から始まるのは、それが日常系アニメのテンプレートだからだ。第一話に大きな事件が起こるのは、それがジャンル詐欺のテンプレートだからだ。要するに、本作は極めて商業主義的な判断で作られた作品で、その判断が作品を無茶苦茶にしているのである。古今東西、数え切れないほどの娯楽作品が世の中に存在するが、ここまで酷い例はあまり類を見ない。しいて言うなら、一時期流行したテレビドラマを安易に映画化する低質な作品群に匹敵する。映画業界はそれで大変なことになったが、アニメ業界もそうならないよう祈るしかない。

・総論


 映像ソフトの第一巻の売り上げは約九千……。

星:★★★★★★★★★★(-10個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:40 |  ★★★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑

『魔法戦争』

町内運動会。

公式サイト
魔法戦争 - Wikipedia
魔法戦争とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2014年。スズキヒサシ著のライトノベル『魔法戦争』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は佐藤雄三。アニメーション制作はマッドハウス。魔法使い同士の戦争に巻き込まれてしまった主人公の数奇な運命を描いたファンタジー学園ドラマ。最終回のシナリオを書いた脚本家が、その実際の放送を見て驚きのツイートをするという事件が起こった。つまり……どういうことだ?

・幼稚


 ある日、高校生の主人公は放課後の学校で気絶したヒロインと出会う。やがて、彼女が目覚めた時、ひょんなことから二人はキスしてしまう。思わぬハプニングに慌てふためく主人公。こう書くとありがちなラブコメのオープニングのように思えるが、ここに一つの大きな問題がある。なぜなら、普通の人間はキスしたことではなく、彼女が手にしている物騒な拳銃の方に慌てふためくはずだからだ。
 いや、もしかしたら多感な男子高校生にとっては、目の前で硝煙を上げる銃口よりもファーストキスの方が重要なのかもしれない。だが、その直後、物騒な大剣を持って襲いかかってきた敵に対して、主人公が竹刀一本で勇猛果敢に立ち向かったことにより、彼は純情な少年なのではなく、ただ単に危機管理能力が著しく欠落した馬鹿な子供なのだということが分かる。普通の人間なら竹刀では真剣に勝てないことぐらい分かる。剣道の心得があるなら尚更だ。だから、身の危険を覚えて動揺し、何とかその場から逃げ出そうとする。確かに、それはヒーローらしくないカッコ悪さだが、勇敢であることと無謀であることは違う。例えば、五歳ぐらいの子供は平気で道路に飛び出したりするが、彼は精神年齢がその程度で止まっているのだ。そういった主人公が当たり前のように存在できる作品は非常に「幼稚」であり、大人の鑑賞に耐えられる物ではない。
 何度も書いていることだが、「子供向け」と「幼稚」は全く違う概念である。ジブリ映画は子供向けだが、幼稚とは誰も言わない(『ゲド戦記』は除く)。なぜなら、設定も脚本も十分に練り込まれ、キャラクターの行動に論理性と一貫性があるからだ。一方、本作の場合は、全体の整合性やバランスを深く考えず、作者の思うカッコ良さをとりあえず詰め込んでいる。すると、主人公の性格が場面場面によって変化するという異常性を引き起こす。また、平凡な主人公が特に理由もなく重要人物扱いになったりもする。創作の本質はキャラクターだ。親しみのある魅力的なキャラクターがどう行動するか、それが全てである。申し訳ないが、本作の主人公に自分の分身としての役割を与えることは難しい、第一話冒頭のほんの短い時間でそれが判断できてしまう。

・設定


 本作は稀代のクソアニメである。ただ、中心のストーリー自体はそれほど酷くない。酷いのは作品全体に細かく散らばっている設定や脚本のミスである。そのため、作品に対する評論が非常に書き辛い物になっている。なぜなら、悪い点を全て書き出すと、それだけで膨大な量になってしまうからだ。そこで、本項では三つの大きなポイントに絞って見て行きたいと思う。
 まずは設定である。本作は、魔法使いの一族が人間社会に隠れて暮らしており、地位向上を掲げた急進派と現状維持の穏健派が激しくいがみ合っているという『ハリー・ポッター』シリーズとよく似た世界観を採用している。十六年前、そんな両者の間で魔法大戦が勃発し、世界は物理的に二つに分断された。主人公達の住む現存世界には魔法で戦いができぬように「ギフト」という名の結界が張られ、もう一つの崩壊世界で戦争が継続された。そんなある日、ヒロインの不注意で魔法使いになってしまった主人公達は、崩壊世界にある魔法学院への入学を薦められる。魔法学院は双方にとって利用価値があるため、戦時下でも安全なのだ。兄を助けるために一人で戦い続けるヒロインの境遇に同情した主人公は、魔法学院への転校を決意する。そこで一人前の魔法使いになるための厳しい教育を受けるのだった。
 十六年間も戦い続けられるほどの戦力は両者にないだろう。戦闘行為を禁止するという(作者にとって)都合良過ぎる結界が張れるぐらい強大な魔法力があるなら、戦争自体を止められるだろう。何で世界規模の話なのに全てが東京都内で完結するんだよ。何で最前線の魔法学院に日本人しかいないんだよ。魔法学院が安全だって主張はただの主観だろう。そもそも、崩壊世界にないじゃねーかよ。主人公が転校を決めた理由は、殺伐とした家を出たかったからじゃないのかよ……等々、ツッコミどころは幾らでもあるのだが、それらは所詮、些細なミスに過ぎない。一番の問題は「戦争」についての考え方である。大規模な衝突がないとは言え、今は間違いなく「戦時中」であり、仲間が次々と命を落としているはずなのに、画面にまるで緊張感がない。かつての日本を見れば分かる通り、いくらそこが安全地帯であっても、すぐ隣で戦争が行われているなら日常生活に何らかの大きな影響が出るはずだ。それがないということは、戦争とは名ばかりの「戦争ごっこ」を延々と続けているということである。その証拠に、後日、ギフトが破られて現存世界でも戦争が可能になるのだが、ほんの数秒間の戦闘シーンが描かれただけで後は綺麗さっぱり忘れ去られる。まるで暴力団の抗争レベルの話である。魔法戦争が聞いて呆れる。結局、制作者が戦時中という状況を具体的に上手くイメージできないため、描きたくても描けないのだろう。それは非常に情けないことである。

・時間


 ダメな映像作品の特徴の一つに、シーンごとに時間と場所がワープするという物がある。前後のカットが上手く繋がらないせいで状況判断に支障を来たし、最悪の場合、ストーリーが理解できなくなるという残念な状況を生み出す。ただ、それは言っても一分・一時間単位である。一方、本作の場合は一日単位、下手すると一ヶ月単位で時間が飛びまくる。そのため、つい先程描いたことが、次のシーンではもう完全に過去のことになっているという事態が頻発する。
 また、時間が飛ぶということは、その間に描くべきことが何も起こらなかったということである。それは「平和」であることを意味し、戦時中という現状と矛盾する。結果、作品の雰囲気を意図しない物に作り変えてしまう。そもそも、そこまでして時間を飛ばさなければならない理由がよく分からない。例えば、劇中でボスが封印から目覚めるのは六月十五日だと敵の占い師が予言する。すると、回を跨いだ次のシーンではもう六月十五日になっているのである。だったら、最初から予言したその日に目覚めてもいいのではないだろうか? 普通はその間に何らかの事件が起きる物ではないのか? 本作のストーリーは一年にも渡る長い物語だが、こうやって不要な空白時間を削除していけば、一ヶ月程度に短縮できるはずだ。そうすれば、もっと濃密で緊迫した物語になっていただろう。
 なぜ、このようなことになっているか。その理由は至極簡単で、敵味方、双方の陣営に「戦略」がないのである。大規模な戦争において、どのような行程で軍を進め、どのようなスケジュールで兵を展開するか、司令部が事前に協議してアウトラインを定めるのは当然のことだが、本作にはそういった物がどこにも感じられない。現場の兵士が勝手に作戦を決め、勝手に行動に移している。だから、各種のイベントの発生時期が何の規則性もなく飛び飛びになる。そこに組織という物は存在しない。まさに幼稚な戦争ごっこである。上記のギフト破壊にしても、ボスの復活を喜んだ敵の指揮官が復帰祝い代わりに独断で行っている。そんなに簡単に破壊できるなら、十六年前にやれという話である。
 ちなみに、戦略がないなら、当然「戦術」もない。謎の人質交換作戦とか謎の主人公推し作戦とか。捕まえた捕虜を洗脳して人格改造した上で解放するという、どう考えても人道的にアウトなことさえ行っている。指揮官は子供なのか、と思ったら本当に子供だった。そういうところにリアリティを求めていない。

・恋愛


 本作はメインストーリーと並行して男女四人の四角関係が描かれる。キャストは主人公・ヒロイン・主人公の彼女・主人公の弟の四人。その愛憎が複雑に絡み合った人間関係が新たなる悲劇を生む……ということらしいが、まぁ、御多分に漏れず出来が悪い。「なぜ、好きになったのか」や「将来的にどうなりたいのか」が具体的に描かれていないせいで、彼らの考えがいまいち理解し難く、視聴者の感情移入を妨げる。特に酷いのが主人公である。美少女二人に言い寄られているのに、彼は何の感情も示さない。他のギャルゲー主人公のように優柔不断というわけでもなく、『School Days』の伊藤誠のように保身に走っているわけでもない。ひたすら、その場その場で思ったことをそのまま口に出している。結果的に二股のような形になっているが、それが二股であることすら気付いていないようだ。二重人格だと言われたら納得するし、感情のないロボットだと言われても納得する。それぐらい彼の行動には一貫性がなく、人として支持し難い。
 設定自体は深い。主人公の彼女は、かつて暴行を受けたことから男性恐怖症になり、そのトラウマを克服するために幼馴染みの主人公と偽りの恋人関係になった。それを主人公が弄んでいると勘違いした弟が横恋慕し、一方的に恨みを抱く。その結果、兄弟の関係に亀裂が生じ、弟は心を狂わせる。だが、恋愛ドラマで大事なのは設定ではなく、そこから派生する人間の感情の「変化」である。一方、本作のキャラクターの感情は初登場時からずっと変わらない。ヒロインはいつ主人公を好きになったのかさえ分からず、主人公の彼女も当たり前のように主人公を慕っている。主人公の弟に至っては、過去のいざこざの時からすでにサイコパスな性格である。もっと言うと、敵の幹部は全員、弟と同じ性格である。どれだけ引き出しが少ないのか、この作者は。こんなどこかから拾ってきたようなステレオタイプのキャラクターを並べて、複雑な恋愛ドラマをやろうと言うのだから、視聴者も舐められた物である。いや、本当にアニメを愛しているなら、ここは真面目に批判しなければならない場面だろう。恋愛ドラマを何だと思っているのだ。クソアニメうんぬんで看過できるような問題ではない。

・最終回


 以上、誰がどう見てもダメなアニメであり、特に語る価値もない作品である。だが、話はまだ終わらない。なぜなら、そこに最終回が控えているからだ。この回を持って、本作は「作品としてダメ」から「商品としてダメ」に降格する。つまり、金を取ってはいけないレベルということである。
 詳しく書こうとも思わないが、本作は最終回に入るといきなり話が飛ぶ。前回、敵の城に乗り込んだところで終わったはずのに、それらは全てなかったことにされ、突然の新展開へと移行する。そして、いろいろあって主人公が過去に飛ばされたところでいきなり物語が終了する。意味が分からない。さらに、その内容も酷く、自宅玄関前で弟と戦ったかと思うと、何の脈絡もなく空を飛び、なぜか皆が集まって迫力の欠片もない魔法バトルを行い、何だか分からない内に大爆発して終了する。まるで町内運動会である。今までは曲がりなりにも正統派ファンタジーをやろうと試みていたが、最終回はその意志すら見えない。視聴者を馬鹿にするにも程がある。
 一体全体、現場では何が起こっていたのだろうか。その事情を部外者は知りようもないが、どうやら土壇場でストーリー構成に重大な変更があったようだ。きっと無理やりにでも続編に繋げなければならない何らかの大きな力が働いたのだろう。ただ、それにしても、だ。上手く脚本を編集して余計なシーンをカットすれば、ちゃんとストーリーも繋がっていたはずである。なぜ、そんな簡単なことを怠るのか。誰か指摘する人はいなかったのか。結局、2016年9月現在、第二期についての情報は何もない。

・総論


 中学生の黒歴史ノートをそのまま形にしたような物。そういうのは押入れの奥にしまっておこう。

星:★★★★★★★★★★(-10個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 09:30 |  ★★★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
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