『SHOW BY ROCK!!』

馬鹿脚本。

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SHOW BY ROCK!! - Wikipedia
SHOW BY ROCK!!(アニメ)とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2015年。サンリオ原作・ギークス制作のスマホゲーム『SHOW BY ROCK!!』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は池添隆博。アニメーション制作はボンズ。異世界に召喚された女子高生がバンド活動をしながら悪の組織と戦う音楽ファンタジー。サンリオが初めて取り組んだハイティーン向けのキャラクタービジネスでありながら、サンリオ全体のキャラクター人気投票で上位に食い込むという偉業を達成した。

・第一話


 主人公はアコースティックギターの演奏が趣味の女子高生。だが、生来の人見知りが災いして、高校の軽音部に入部したくてもできない日々を過ごしていた。その日も勇気が出ずに傷心で帰宅し、気分転換でやったスマホゲームでハイスコアを出した時、突然、眩い光に包まれて彼女はゲームの中へ引きずり込まれてしまう。……展開が唐突過ぎないか? 普通、この手の異世界召喚物は、現実世界で何らかの事件、例えば、新しくギターを買ったとか、軽音部に演奏を馬鹿にされたとかがきっかけで事態が推移する物だろう。気分転換ってお前。まぁ、それはともかく、彼女が連れて来られた世界の名は「サウンドワールド」。音楽が全てを支配し、楽器を演奏するとなぜか演者が二頭身になるという不思議な空間だった。そこで主人公は言葉を話すピンク色のギターと出会い、彼の導きで大盛り上がり中のロックバンドのライブ会場に辿り着く。すると、突然、謎の巨大モンスターが会場に現れ、主人公はバンドメンバーと共に音楽スキルを持つ者しか入れない異空間へと飛ばされる。異世界に召喚されて、そこからさらに異空間へ飛ぶのか? それなら、最初から現実世界の物語で何も問題ないだろう。そして、その巨大モンスターに対して、ロックバンドはなぜか「物理攻撃」で対抗するが、全く歯が立たない。一方、主人公がピンクギターの言うままにエレキギターでギターソロを「演奏」すると、モンスターは呆気なく消滅する。敵と戦う方法は一つに統一して欲しいのだが。そもそも、主人公が練習していたのはアコースティックギターではなかったか。その後、主人公は演奏技術が認められて芸能事務所にスカウトされ、その場の流れで三人の女の子とガールズバンドを組むことになる。人見知り設定はどこに消えた?
 このように、本作は典型的なツッコミどころ満載の「馬鹿アニメ」である。しかも、上述したのは全て第一話内で起こったこと。他に類を見ない高速展開で馬鹿っぷりに拍車がかかる。ただし、その無茶苦茶さに笑えるのは最初だけで、その後も似たようなミスが延々と続くと、次第にうんざりしてくる。わざとやっているわけでも天然ボケでもなく、ただの手抜きであることに気付くからだ。一生懸命やった上でのミスなら微笑ましいが、緻密に設定を組み立てるという面倒臭い作業を放棄して、その場のノリと勢いで全てを誤魔化そうとする姿は醜い。そんな人々が劇中で主人公に夢や希望を語らせても白々しいだけだ。

・第二話~第四話


 こうして結成された主人公のバンド「プラズマジカ」の記念すべき初ライブは、他事務所のバンドとの対バン(バンド同士の対決)に決定した。リハーサルではあまり上手く行かなかったが、次第に自分達らしさを取り戻し、結果的に本番では他バンドに敗北したものの、バンドの結束はより高まった。こう書くと何の変哲もない普通の物語に見えるが、実際には物語すら成立していない。と言うのも、そこに「友達を作るという目的でバンドに入ったが、気弱な性格ゆえにメンバーとも打ち解けられず、自分のせいで他のバンドにも勝てないと思い込み、ネガティブな言動をするバンドメンバーの成長物語」という明らかに余計なノイズを加えているからである。
 そもそも「物語とは何か?」であるが、それは「気付きを得ること」と定義することができる。もっと分かり易い言葉を使うと「悟りを開くこと」でもいい。バンドメンバーの件で言うなら、「言葉ではなく音楽で通じ合える」という気付きを彼女が得たことで、他のメンバーと仲良くなるという「結果」が生じる。ただし、当然大事なのはその過程に論理的な整合性があるかどうかだ。そのために、世の物語はわざわざ大きな事件を起こしたり、正反対の思想を持った人物を登場させたりして、論理を補強するのである。だが、本作にはそれがない。主人公が楽曲のアレンジをしたというほんの一分ほどの短いエピソードでは、彼女の歪んだ思考を覆すだけの力がない。それ以前に、この回でメインにすべきなのは主人公の初ライブの方なので、本来なら彼女に構っている暇は全くない。すると、特に整合性もないまま訳が分からない内にバンドメンバーが改心するという謎の結果だけが残される。
 本作のストーリーは全般的にそういった物ばかりである。第四話。他バンドに勝つには個性が大事だと思って衣装にこだわっていると、すぐに同事務所のバンドに説教されて考えを改める。第六話。バンドメンバーの一人が自分が宇宙人であることを告白すると、すぐに他のメンバーも納得して水に流される。第九話。ライブにはパフォーマンスが大事だと思って試行錯誤していると、すぐに自分達の昔の写真を見て笑顔が武器だと理解する。いずれも本来なら何らかのドラマが発生するはずのところが、何の過程もなく登場人物が気付きを得て終了する。これはもう単純に脚本の質が悪いと言わざるを得ない。設定の不備ぐらいならノリと勢いで誤魔化せても、物語まではどうにかできる物ではない。それができるなら、こんなブログはいらないのである。

・第五話~第十一話


 「そう言えば、巨大モンスターはどうなったんだ?」と皆が思い始めるであろう第五話、思い出したように巨大モンスターがロックバンドのライブを襲う。急いで駆け付ける主人公であったが、すでにバンドは退避した後でモンスターもいなくなっていた。その後、二度ほどモンスターは現れるのだが、いずれも他のバンドの物理攻撃によって退治されている。主人公いらないじゃないか。モンスターを倒すために召喚されたんじゃないなら、何のためにこの世界にいるんだよ。ところが、ピンク色のギターはそんな主人公に対して「世界を救えるのはお前しかいない」と甘い言葉を囁き続ける。何この詐欺師の常套手段。お前は妻を働かせて飲んだくれているDV夫か。普通の作品なら、ピンクギターは間違いなく黒幕の一味である。
 ちなみに、このモンスターを送り込んでいる犯人はとっくの昔に判明しており、某大手芸能事務所の社長である。目的はライブを襲って優秀な人材を確保すること。完全に刑事事件じゃねーか! 警察を呼べ! また、主人公をこの世界に呼び寄せたのもその黒幕であり、主人公が自室でギターを弾いているところを次元を超えて目撃し、その演奏に聞き惚れたということらしい。何という壮大な変態行為だ。その能力をくれ。と言うか、やっぱりピンクギターの発言は嘘じゃないか。こいつ、絶対に黒幕と裏でつるんでるだろう。そもそも、そんなことができるなら、プロのミュージシャンをさらってくれば済む話では? 主人公は同年代の中では上手い方かもしれないが、別に天才設定ではない。ただの女子高生が伝説級なら、この世界のミュージシャンはどれだけレベルが低いのかという話である。
 第十話。バンドメンバーの一人がそんな主人公の才能に嫉妬して、いわゆる闇落ちをする。元々、彼女はどんな手段を使ってでも世界一のミュージシャンになるという野望の持ち主だった。そこに黒幕が付け込み、自分の事務所にスカウトする。それに気付いた主人公達が急いで音楽を演奏すると、すぐにメンバーは改心してバンドに復帰する。そして、なぜか「黒幕に洗脳されていた。洗脳した黒幕が悪い」という流れになる。違ぇーわ! 一から百まで全て自分の意志だろうが。むしろ、主人公側の方がよっぽどカルト宗教臭いわ。これでは、珍しく正攻法でスカウティングしようとした黒幕があまりにも哀れである。

・最終話


 そんなこんなで、伝説のライブ「グレイトフルロックフェス」に参加することになった主人公達。出演バンド目当てで巨大モンスターが襲ってくるのは必至だが、そこはなぜか「音楽で倒さなければ意味がない」というピンクギターの訳の分からない論理により、開催が強行される。客の安全など知ったこっちゃない。案の定、開演中にモンスターが現れて会場は大混乱。何とか他バンドの物理的な活躍により撃退するも、今度は怒りに震える黒幕が自ら巨大モンスターとなって襲いかかってくる。何じゃそりゃ! そんなことができるなら、最初から自分でどうにかしろよ。そもそも、この期に及んで黒幕の目的は「主人公を自分の事務所にスカウトすること」である。交渉しろ! それ相応の移籍金を用意しろ! だが、主人公は皆を守るため、黒幕に従うことを決意する。そこへ監禁されていた伝説のギターリストが現れ、自分がピンクギターの正体であることを明かし、嫌がる主人公を無理やり元の世界へ送り返す。勝手だな、おい。今まで散々「世界を救えるのはお前しかいない」と煽てていたのはお前だろう。一方、主人公を失った黒幕は、自暴自棄になって「全員を始末してやる」と謎の目標変更。すると、なぜか天使に変身した主人公がサウンドワールドに帰還し、ピンクギターを弓に変化させ、矢を撃って黒幕を物理的に退治する。伝説のギターリストは言う。「お前のギター、グレイトだったぜ」もう、意味が分からん。
 真面目に批判するが、音楽をテーマにしたアニメで、音楽ではなく物理攻撃で敵と戦うのはご法度である。仮にそれが演奏のメタファーであったとしても。例えば、『超時空要塞マクロス』では、音楽で敵を倒すというギミックを成立させるためだけに、わざわざ敵は文化を失った種族であると設定し、音楽兵器に説得力を持たせている。それがプロの仕事だ。そこまでやって初めて商業作品として金を取れる。本作にしても、それこそ原作のリズムゲームの演出を流用するなど他に幾らでもやり様はあっただろう。この辺りは、脚本家というより監督のセンスの無さが如実に表れるポイントである。
 ちなみに、エピローグでは、いつの間にか元の世界に戻っていた主人公が、めでたく軽音部に入部する。この手の異世界召喚物は、仲間との別れのシーンが最大のクライマックスだと思うが、そんな物はどこにもない。柔軟な感性を持つ本作は、最後まで常識に捉われないのである。まぁ、一般的にはそれを「夢オチ」と言うのだが。

・総論


 脚本の壊れっぷりは過去最狂クラスだが、第一話と最終話はあまりの酷さに爆笑できるので、その分を少しおまけ。

星:★★★★★★(-6個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 11:23 |  ★★★★★★ |   |   |  page top ↑

『ガリレイドンナ』

ダ・ヴィンチ・コード。

公式サイト
ガリレイドンナ - Wikipedia
ガリレイドンナとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2013年。オリジナルテレビアニメ作品。全十一話。監督は梅津泰臣。アニメーション制作はA-1 Pictures。ガリレオ・ガリレイの遺産を巡って、その末裔である三姉妹が世界を飛び回るアクションSF。ガリレオ・ガリレイは、十六世紀から十七世紀にかけて活躍したイタリアの物理学者・天文学者で、近代科学の創始者の一人と言われている。これぐらいはまぁ常識として。

・理系


 エネルギー問題が深刻化し、貴重なメタンハイドレードを独占する大企業とそれを奪わんとする空賊との争いが日常茶飯事となった近未来のイタリア。そこにはガリレオ・ガリレイの末裔である三姉妹が暮らしていた。ある日、彼女達はガリレオの遺産「ガリレオテゾロ」を巡って空賊に命を狙われる。ガリレオテゾロは夢のエネルギー源、それさえあれば、世界はエネルギー危機から救われるのだ。空賊に捕らわれた家族を救うため、中学生の三女は地下室に隠していた金魚型の飛行艇を起動させる。それはガリレオ(もしくはその子孫。劇中の描写からは分からず)が設計し、彼女が三年かけて独力で復元した最新鋭の戦闘兵器だったのだ。
 荒唐無稽にも程があるだろう。よくもこんな馬鹿馬鹿しい企画が通った物だ。もちろん、フィクションの世界なのだから、ガリレオ・ガリレイがあらゆる科学分野に精通した天才科学者で、時代を超越した新技術と新兵器を開発したというトンデモ設定は許せる。その設計図を元に中学生の少女が一人で復元したというのも、まぁ、ギリギリ許せなくもない。材料も家の中に転がっていたのだろう。だが、その兵器が「武装」されているのは絶対にあり得ない。完全に超えてはいけないラインを超えてしまっている。それとも何だ? 中学生の女の子が闇の商人と取り引きして武器弾薬を購入したのか? そんなはずはない。後のストーリーを見れば分かる通り、彼女は平和を愛する心優しい女の子のはずだ。そんな彼女が防犯のためとは言え、自分の作ったメカを実弾で武装する訳がなかろう。それなら、最初は無防備で旅立ったが、姉妹に促されて嫌々武装を施したとした方が余程論理的だ。つまり、いい加減な科学考証がキャラクターの人格さえも歪めてしまっているのである。
 本作は最初から最後までこの調子である。ガリレオ・ガリレイという誰もが知る科学者を題材にしているのに、全く科学的ではない。よく「十分に発達した科学技術は魔法と見分けが付かない」という格言を額面通りに捉える人がいるが、あれはフィクションの世界は一歩間違えると何でもありになってしまうため、科学の力によって制限を加えなければならないという意味だ。このままでは、三女は科学者ではなく超人的な魔法使いになってしまう。そうなれば、生き残る道は『タイムボカン』シリーズのようなギャグコメディーしかない。当然、そちらの道もSFに負けず劣らずのいばら道であることは言うまでもない。

・文系


 では、本作は科学考証を蔑ろにしてまで文芸を重視した文系アニメなのかと言われると、残念ながらそれも怪しい。むしろ、そちらの方が多くの問題を抱えている。と言うのも、本作はとにかく全体的に説明不足・描写不足が深刻で、作劇が非常に稚拙なのである。
 ざっと問題点を並べると、なぜ今になって企業や空賊がガリレオの遺産を探し始めたのかの明確な理由がない。命の危険に晒されたのに、全く危機感がないガリレオの子孫達。パワードスーツを着た侵入者にリボルバーピストルを乱射し続ける警官達。しかも、銃の構え方がおかしい。カットの繋がりが悪く、いつの間にか敵が倒されていたり、いつの間にか脱出していたり、いつの間にか怪我をしていたりする。第三話で早くも正体がバレる黒幕。ガリレオの遺産のヒントが書かれたスケッチ集めが子供の宝探しレベル。三姉妹の手助けをしてくれる女性の行動があからさまに怪しく、案の定、敵のスパイ。だが、なぜか三姉妹は気付かない。世界規模の物語のはずなのに、三姉妹を付け狙う敵がたったの二人。生身で襲いかかってきた空賊に何の躊躇もなく発砲する三女。話の導入が第四話と全く同じ第六話。「人間は増え過ぎた」と言って、いきなり拳銃で一人ずつ虐殺を始めるラスボス。大破したはずなのに次の回では綺麗に直っている飛行艇。誰も気付かない間に三女がすり替えておいた重要アイテム。誰も気付かない間に三女がすり替えておいた金魚。ネタ被りな上に、後者はする必要が全くない。
 なぜ、このような事態になっているかと言うと、それはもちろん「要素の詰め込み過ぎ」である。全十一話しかないアニメなのに、いろいろなことを一度にやろうとし過ぎなのだ。もっとテーマを絞らないと作り手の許容量を超えてしまう(注:元々は2クールアニメの予定だったらしい)。では、本作が重点的に描くべきテーマとは何か、それは当然「家族愛」だろう。特に三姉妹の絆である。確かに、バラバラだった家族が絆を取り戻すという基本的な流れ自体はよく描けているが、それだけだ。年齢も性格も特徴も違う仲の悪い三姉妹が、非常事態に協力し合って一つの飛行艇を運用する、これこそが本作の最も描くべきことだが、残念ながら本作はそこが一番描けていない。こう言っては悪いが、三人が赤の他人でも全く差し障りのないストーリーである。実際、他人どころか敵のスパイが一人紛れていても、何も支障がないのだから。姉妹とは何か、家族とは何か、文系アニメならばこれぐらい一言で答えられないと失格である。

・ガリレオ


 第九話。敵に襲われてピンチに陥った三女は、無意識にガリレオの遺産の力を解放する。すると、突然時間が止まって、三女は過去に飛ばされる。先に結末を書くが、この現在から過去へと繋がる一連のシークエンスは、設定的にも物語的にも全くの無意味である。作り手の頭の中だけで成立したトンデモストーリーだ。事実、時間を止めなくとも彼女達は助かっていたし、彼女が過去に行くことで歴史が大きく変動したということもない。じゃあ、何のために過去に行ったのか? それこそ深く考えるだけ時間の無駄である。
 さて、三女は過去の世界で一人の青年と出会う。自作の人力飛行機で空を飛ぼうとしていた彼こそが、三女のご先祖様であるガリレオ・ガリレイ本人であった。マジかよ……。ガリレオが若い頃、飛行機に興味を持っていたなどという話は聞いたことがないし、ライト兄弟より五百年も早く有人飛行に成功していたなどという歴史も初耳だ。故人で遊ぶのはあまり感心しない。もしや、ガリレオとレオナルド・ダ・ヴィンチを取り違えているのではないか。あり得る。それはそれとして、彼は三女が未来から来た人間であるとすぐに認識し、彼女を元の世界へ帰すための飛行機作りを行う。その際、他の作品で見られるような未来の技術を伝授して飛行機が完成するといったタイムパラドックス展開がなく、ガリレオがほぼ自力で飛行機を完成させるため、彼女が過去に来た意味がまるでない。ちなみに、ガリレオの遺産のスケッチに書かれていた文章は、実は彼が三女に宛てたラブレターだったというのが本作のメイントリックになる。しかし、ガリレオが月のスケッチをしたのは四十代だし、三女はまだ幼さの残る中学生。このエピソードが正しければ、ガリレオはロリコンだということになってしまう。故人で遊ぶのはあまり感心しない。
 もっとも、気になるのはそこではない。一番気になるのは、アニメの制作者が徹底してガリレオのことを「少年の心を持ったロマンチスト」として描いている点だ。驚くべきことに、彼に「愛やロマンが一番。科学は二の次」といったニュアンスの発言までさせている。いや、それはおかしい。もちろん、そういった側面も持っていただろうが、彼はどこまでも純粋な科学者である。例の地動説裁判で最後まで自説を主張したのも、別にロマンを追い求めたからではなく、それが論理的に証明できるからだ。だからこそ、彼は近代科学の創始者と呼ばれているのである。要するに、本作はガリレオ・ガリレイの人物像を180度歪めているのだ。それは最もやってはいけないことだろう。もう故人で遊ぶとかいうレベルではない。

・裁判


 そんなこんなでピンチを脱した三姉妹だが、結局、追いかけてきた警察に捕まってしまう。そして、ラスボスの策略により、メタンハイドレード強奪の濡れ衣を着せられ、あっと言う間に起訴される。地動説裁判のオマージュをやりたいのは分かるが、幾ら何でもお粗末過ぎないだろうか。元ネタは科学と宗教、二つの価値観が真正面からぶつかり合う中、自分の信じる正義をどこまで貫き通せるかという話である。しかし、こちらは捏造された罪状で起訴されているのだから、自分の正義を押し通すに決まっているではないか。こんな物は法廷闘争でも何でもない。ただの学級裁判だ。あまりに作り手にとって都合の良いディストピア像は、一歩間違えると本作のように「登場人物が全員馬鹿」という事態を招いてしまう。で、最終的にこの裁判がどうなるかと言うと、行方不明だった両親が突如復活し、大企業の悪事の証拠を突き付けて見事に逆転勝訴する。つまり、三姉妹は何もやっていない。これまでの長い旅は何だったのか。ガリレオの遺産が裁判の決定的な証拠になるのではないのか。形式的な家族愛を描くことに注力し過ぎて本編を疎かにするようでは、本末転倒この上ない。
 ここまで書けば十分に理解して頂けると思うが、本作の最大の欠点はガリレオ・ガリレイという歴史上の人物を全くリスペクトしていないことである。仮にもタイトルにその名を拝借しているのに、対象の人物像を全く調べていない。思想を全く理解していない。何より、科学を全く愛していない。実在の偉人・有名人をモチーフにしたアニメの中でも、最悪に近い部類である。これに比べれば、戦国武将の女性化など可愛い物だ。ちなみに、血眼になって探していたガリレオの遺産はどうなったのかと言うと、何も詳細が分からないままエンディングを迎える。次回作があるのか映画版があるのか知らないが、どうせくだらない物だろう。なぜなら、科学に興味のない人間が想像する革新的なエネルギー技術などたかが知れているからだ。そして、その時、ガリレオは間違いなく科学者ではなく魔法使いにさせられているだろう。

・総論


 どう考えても、レオナルド・ダ・ヴィンチと人違いしている。

星:★★★★★★(-6個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 11:46 |  ★★★★★★ |   |   |  page top ↑
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