『SHOW BY ROCK!!#』

糞脚本。

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SHOW BY ROCK!!(アニメ)とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2016年。テレビアニメ『SHOW BY ROCK!!』の続編作品。全十二話。監督は池添隆博。アニメーション制作はボンズ。タイトルの読み方がさっぱり分からないのだが、「ショー・バイ・ロック・シャープ」でいいのだろうか。

・第一話


 プロローグ。前作の舞台である「サウンドプラネット」を包囲する謎の宇宙大艦隊。女首領の号令で巨大なビームが惑星に突き刺さり、壊滅的な被害が発生する。その中心にいるのは闇のオーラを身にまとった三人組のガールズバンド。その光景を見ていた忍者風の集団が呟く。「このままではまずいでござる。闇の女王の陰謀を未然に防ぐのだ。ならば、過去に戻るしかない」そう言って、彼らは時を遡り、現代へとやってくる。
 というわけで、第二期はまさかのタイムスリップ物である。それも制作者自ら「B級のSF映画設定って感じ」だと楽屋オチをするぐらい幼稚なストーリーだ。そもそも、「陰謀」って何だ? 宇宙からビームをぶっ放すのは思いっきり直接的な手段だと思うのだが……。それはそうと、謎の忍者軍団が歴史を変えるために取った方法は二つ。一つは前作でサウンドワールドを救った主人公をもう一度召喚すること。もう一つは主人公達に全てを打ち明けて、街のどこかに潜伏している闇の女王の正体を探らせること。いや、何で隠れているって知ってるんだよ。女王は宇宙から来たんだろう? これだけでもよく分からないのに、さらに話を複雑にしているのは、ちょうど同じタイミングで前作の黒幕が例のガールズバンドを引き連れて復活し、忍者軍団が何の根拠もなく彼女を闇の女王だと断定したことだ。先にネタバレすると、前作の黒幕は闇の女王とは何も関係がない。つまり、意図的なミスリードをやろうとしたのだが、世界の案内役であるはずの忍者軍団が小学生レベルのミスを連発したことで、話の本筋自体が曖昧になってしまったのである。なお、これも後から分かることだが、闇の女王のプロフィールや闇落ちした理由は事務所の社長ですら知っている有名な情報である。もう、設定・ストーリー・演出、全てがお粗末過ぎる。悪いことは言わないから、早めにB級SF映画に謝っておいた方がいい。
 何にしろ、これで期限内に闇の女王を見つけ出し、彼女の「陰謀」を阻止しなければ世界が滅ぶことが確定したわけである。当然、主人公達は世界を守るために闇の女王の捜索に躍起になる……はずもなく、「今、私達にできることはバンドとしてのスキルを磨いて、音楽の力で倒すしかない!(原文ママ)」と言って、何事もなかったかのように芸能活動に精を出す。それもお菓子作り対決や水泳大会といった音楽と直接関係ないことばかり。死ぬのが怖くないのか、この人達は。まぁ、彼女達はミュージシャンであって警察ではないのだから、気持ちは分からないでもない。ろくに自己紹介もしないまま姿を消した忍者軍団が悪いのだ。ただ、迫りくる世界の危機という緊張感の演出をしたくないなら、タイムスリップ設定自体がいらないのである。カオスさを売りにした作品は数多くあるが、ここまで「何をやりたいのか分からない」作品は珍しい。

・メロディシアンストーン


 話がややこしくなるので前回は書かなかったが、本作の重要な基本設定に「メロディシアンストーン」と呼ばれる物がある。簡単に言うと、音楽の力を具象化した水晶のような物体で、人間なら誰しも持っているが、主人公のような音楽センスに秀でた者はより強力になるらしい。これだけなら何もおかしくはない。ただ、本作の場合は、それを物理的なエネルギーと定義しているため、大変に妙なことになっている。そのエネルギーは、前作のように敵との戦いに使うだけでなく、本作ではライトを点けたりロボットの動力源になったりするなど、極めて実用的な扱いになっている。エネルギー不足の惑星を救うために音楽を普及するという珍妙な話も存在する。そのため、この世界のミュージシャンは、より強い音楽エネルギーを拡散して社会に貢献できるよう一生懸命バンドの練習をしている。
 この設定の奇怪な点は何かと言うと、要するに「音楽の良し悪しを数値化している」のである。当たり前だが、音楽に良い悪いはない。もちろん、理論や技法的な意味での出来の良さは判別できるが、結局は気持ちの問題である。その音楽が個々人の心にどう響くかだ。例えば、日常生活で我々は「音楽に力を貰った」という表現をよく使う。これは音楽を聴いて感動し、結果的に生きる勇気やポジティブな感情が湧いたという「比喩表現」である。だが、この世界では違う。「力を貰った」とは文字通りの意味であって、音楽を聴くことで体内に物理的なエネルギーが発生し、メロディシアンストーンが進化する。良い音楽であればあるほど、そのエネルギーは上昇する。逆に言うと、悪い音楽ならエネルギーを減らすこともできる。それはすなわち、音楽を聴いた時に生じる感情の変化すらも数値化できるということである。
 こういった「心の数値化」は作り手にとって非常に便利な道具である。前作のラストのように、主人公が強い音楽エネルギーで物理攻撃することによって、ラスボスに肉体的なダメージを与えると共に、なぜか改心もするという無茶苦茶な流れを強引に処理できるからだ。さらに、本作の場合は、イレギュラーながら闇の力がメロディシアンストーンを増幅させることもできるようになっている。その結果、音楽の良し悪しや努力の有無だけでなく、善と悪までもがたった一つのリソースで処理できるのである。作り手にとってこれほど楽なことはない。もちろん、視聴者はそんな裏事情は知ったことではないので、本作から受ける印象はただの一言、「手抜き」である。

・物語


 上記に関連して、前作を席巻した「気付きを得るのが早過ぎる問題」、それを今作でも踏襲しているどころか、むしろ何倍もパワーアップさせている。何か問題が発生しても、誰かが一つ前向きな発言をしただけで、すぐに当事者が「ハッ!」と気付く。そんなワンパターンな演出を事あるごとに繰り返すため、天丼ギャグか何かに思えてくる。もう少し引き出しを増やさないと、1クールアニメの制作者としては厳しい。
 その最も分かり易い例が、第二期から新たにライバルとして登場した新星ビジュアル系バンドだ。彼らはメンバー全員がお金持ちという設定で、ライブ中に空から現金をばらまくという奇抜過ぎるパフォーマンスで人気を博していた(なお、それが本当にパフォーマンスなのかどうかは劇中で全く言及がないため詳細不明)。そんな彼らが主人公の同僚のバンドとの対バンを通して、「音楽の感動はお金では買えない」という気付きを得るという物語である。それ自体は定番のネタだが、では、どういった方法でそれを成立させているのだろうか? ビジュアル系バンドの圧勝で終わった対バンは、案の定、彼らが金で審査員を買収した物だった。それを主人公達に糾弾されるも、「金を使って何が悪い」と開き直る。ところが、メンバーの一人が「俺達はアーチストだ!」と一言発した瞬間、「ハッ!」と気付いて改心する。何だそれは。「音楽の感動はお金では買えない」ことを訴えたいのなら、「お金では買えない音楽の素晴らしさ」を描かないと意味がない。すなわち、対バン相手の演奏を聴いて初めて心を動かされるのがセオリーだろう。また、メンバーの一人は実は貧乏だったという伏線があるのだが、なぜか事態が全て終息した後に明かされる。全てのパーツの順番がバラバラで何一つ繋がっていない。結局、結論から逆算して論理的に物語を構築していないから、こうなるのである。
 この問題は主人公も例外ではない。新曲を作れずに悩んでいた主人公だったが、ちょっとしたきっかけですぐに「仲間との協力が大切」と気付いて改心する。ただし、主人公にまつわる物語は本当にこれぐらいしかない。主人公とは思えないぐらい出番が少なく、彼女自身のキャラクターも薄い。唯一の特徴だった人見知り設定もとっくの昔に解消され、ただのポジティブな自信家になっている。なぜ、こうなったかと言うと、本作は根本的に登場人物が多過ぎるのである。群像劇をやりたいのは分かるが、ただ単に一人分の持ち時間が減っただけで、結果的に物語が崩壊しているのならば、そのやり方は間違っていたということだろう。己の力を過信した末路として後世に語り継がれるレベルの失態である。

・最終話


 ところで、プロローグで語られた「闇の女王の陰謀」とは何だったのか。それが最終話まで辿り着いても、さっぱり分からない。女王がやったのは、マネージャーに扮して事務所の金を横領したことと、前作の黒幕がモンスター化したのに乗じて正体を現したことだけだ。後者に関しては黒幕の力を吸収してパワーアップしたと無理やり解釈できなくもないが、前者に関しては完全に意味不明。本作はタイムスリップ物なのだから、最終的には宇宙船団が惑星にビームを打つというプロローグの光景に繋がらないといけないのに、その気配が全くない。まさか、横領した金でビーム砲を購入したのではあるまいか。何より、その一件に歴史修正の使命を託された主人公が全く関わっていないのは致命的である。SFの基礎ができていないどころか、端からやる気もない人間がなぜ複雑なタイムスリップ物に手を出したのか、不思議でならない。
 それはそうと、闇の女王の正体を知った我らが主人公様御一行はどうしたか。例によって例の如く「音楽で倒さなければ意味がない」という伝説のギターリストの訳の分からない主張に従って、野外ライブで敵を迎え撃つことを決意する。前作の黒幕と違って、今作の闇の女王は予め無差別攻撃を宣言しているのだから、観客に被害が出ることは必至。その懸念に対して、事務所の社長は「このライブを闇の女王が狙っています。万一の時は速やかに避難して下さい」と観客に宣言した上でライブを強行するという、無責任にも程があるとんでもない策を取る。はっきり言おう。日本語ではそれを「囮」と言うのだ。なぜ、世のクソアニメは最低限度の倫理観すら持ち合わせていないのか。アニメを作る前にやらなければならないことがあるだろう。
 ともかく、主人公達は最終決戦で力を合わせて一つの楽曲を演奏し、良き音楽パワーで闇の女王を撃退する。そして、女王は「音楽は楽しい」という気付きを得て改心する。いやいやいや。女王はメロディシアンストーンのパワーが欲しかっただけで、別に音楽に恨みがあったわけではない。彼女が闇落ちした理由は「力を欲する親友に裏切られたから」だ。確かに、音楽は楽しかった思い出の象徴かもしれないが、逆恨みにも程がある訳で、そんな物をストーリーのメインに据えるという発想自体が理解できない。だったら、最初から世界中の音楽を破壊する「無音の女王」にでもしておけば済む話だ。結局のところ、音楽=力だと制作者が定義してしまったからこそ起きる自業自得としか言い様のない初歩的なミスである。
 ちなみに、忍者軍団はどうなったかと言うと、事件解決後にのこのこと現れて「無事、未来は救われたでござる」と言って帰っていく。それは良かったでござる。二度と来るなでござる。

・総論


 馬鹿馬鹿しい第一期と違って、第二期は作り手の頭の中でのみ成立した幼稚な設定を垂れ流しているだけなので、ただただ不快。センスないんだから、もうアニメ制作から手を引いた方がいいよ。マジで。

星:★★★★★★★★★(-9個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:30 |  ★★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑

『Classroom☆Crisis』

設定クライシス。

公式サイト
Classroom☆Crisis - Wikipedia
Classroom☆Crisisとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2015年。オリジナルテレビアニメ作品。全十三話。監督は長崎健司。アニメーション制作はLay-duce。宇宙規模の大企業を舞台にした経済ドラマ。原案は『冴えない彼女の育て方』でお馴染みの丸戸史明。放送開始まで詳しい内容を伏せるというプロモーション手法を取ったため、日常系アニメ風の内容を想像していた視聴者から批判を浴びた。

・設定


 時は人類が宇宙にまで進出した近未来。テラフォーミングされた火星の第四東京都霧科市、そこは世界的な航空宇宙メーカー「霧科コーポレーション」の企業城下町である。その傘下の「霧科科学技術学園」には、一風変わったクラスが存在していた。先行技術開発部教育開発室、またの名を「A-TEC」という団体は、日本中から優秀な生徒が選抜され、高等教育を受けると同時に霧科コーポレーションの正社員として日々、新型ロケットの開発に当たっていた。そのクラスの担任教師兼室長である主人公の瀬良カイトは、ロケット分野では知らぬ者はいない新進気鋭のエンジニア。だが、研究のためにはコストを惜しまないやり方は、上層部からの受けが悪く、ついにA-TECの解散が命じられる。はたして、主人公はA-TECとクラスの子供達を守ることができるだろうか?
 うっわ、つまんね……。要するに、本作は『半沢直樹』や『下町ロケット』や『プロジェクトX~挑戦者たち~』のような企業を舞台にした経済ドラマをやりたいわけである。だが、それらが抱える本質的な面白さを本作は全く再現できていない。なぜなら、その手のドラマは、窓際部署や中小企業など普段虐げられている立場の人々が、創意工夫を凝らして大逆転するからこそカタルシスを得られる物なのに、本作の場合は、主人公達の所属するA-TECが物語開始時点で恐ろしく優遇されているからである。エリート高校生を集めて英才教育を行い、最新の設備が用意され、何百億という予算が計上される。研究者にとって天国のような環境で、何の苦労もしていない。しかも、彼らは上の命令を無視して独断で行動したあげく、膨大な経費をかけて開発した新型機を大破させてしまう。これを子供達が勝手にやったのなら、若気の至りということでまだ許せるが、それを指揮した主人公の担任教師は歴とした大人である。それなら、わざわざ高校生を出汁に使わなくとも、最初から窓際部署が舞台で何の問題もない。子供と大人の対比を描きたいのではないのか。はっきり言って、彼らには全く共感できない。共感できない以上、何をやっても面白くない。これは完全なる設定ミスである。こんな基礎中の基礎の段階で躓いていては、先が思いやられる。

・経済


 そんなA-TECに一人の転校生がやってくる。彼こと霧羽ナギサは創業者一族の御曹司であり、高校三年生にして先行技術開発部部長、つまり、A-TECの上司に就任した。彼は予算を食い潰すA-TECに対して、70%のコストカットを宣告し、研究所をプレハブ小屋へと移転させる。さらに、もし三ヶ月以内に成果を上げられないなら即解散という厳しい沙汰を告げる。要するに、彼は典型的な「悪役」なのだが、彼の言葉自体は紛れもない「正論」である。「時間外長時間労働は法律違反」「プロジェクトには正式な手続きが必要」「金がない方が良い物を作れる」など、本来は主人公側が言うべきリベラルな思想を当たり前のように口にする。その正論によってA-TECのこれまでの悪行が全否定される様は、すかっと胸のすく想いがする。カタルシスが得られるという意味では悪くないのだが、その相手が主人公側というのはどうなのか。何かを根本的に間違えている。
 どちらにしろ、これで本作はようやく普通のドラマになったわけである。では、一転して危うい立場に追い込まれた我らが主人公はどうしたかと言うと、最初は落ち込んでいたが、インタビュー番組の「過去にした自分の発言」に影響されてやる気を取り戻す。深夜アニメ特有の自己完結、ここに極まれり。そして、一念発起した主人公は、不当な待遇を訴えて労働組合に泣き付く。金喰い虫の部署が労組に救済を乞うなど前代未聞だが、それに対して会社側は、主人公を管理職に昇格させて組合活動を阻止するという労基に知られたら一発アウトの強硬手段に出る。すると、主人公はその立場を上手く利用し、稟議書を小出しにすることで予算を獲得するという裏ワザを用いてA-TECを存続させる。こ、これが経済ドラマなのか? お互い、やっていることがどうにもケチ臭く、子供のケンカレベルである。とてもじゃないが、最先端の科学技術と何百億という大金を賭けて争っているようには見えない。完全に忘れられているが、今回の一件で最も被害を受けているのはA-TECの子供達ではなく、間違いなく少ない予算をやりくりして一生懸命に働いている他の社員達だろう。心中をお察しする。

・キャラクター


 本作の最大の問題点、それは登場人物の思想信条が場面場面でコロコロと変化することである。キャラクターの思想に沿って物語を作るのではなく、予め定められた物語にキャラクターを無理やり当てはめているからそうなる。その中でも一番酷いのが主人公だ。熱血馬鹿と言えば聞こえはいいが、その場その場の思い付きで言葉を発しているようにしか見えないぐらい主張に一貫性がない。「社員を家族と思え」が信条かと思えば、「どれだけコストがかかってもイノベーションが大事」と正反対のことを言い、それを転校生に批判されると「その気になれば効率良くやれる」と生徒に言わせて開き直り、最終的には「顧客が一番大事。皆が笑顔でいられる物を作る」と心にもないことを平気でのたまう。申し訳ないが、本作には顧客と呼べる中立の人間は一人も出て来ない。完全に自分の趣味趣向のために物作りをしている。描かれないと言えば、終盤になると主人公はやたらと「自分達は今まで成果を上げてきた」と自己擁護するが、そのようなエピソードは一つもない。どこの国の政治家か。
 担任教師がその調子なら、クラスの子供達も酷い。各キャラクターの背景が全く描かれないせいで個性の欠片もなく、何を考えているのかも分からない。生まれ持ってのエリートだからか、A-TECの縮小が発表されるや否や逃げ出したり、転校生に対して集団イジメを行ったりする等、普通に性格も悪い。何より、宇宙やロケットを愛する心が全く伝わって来ない。
 なぜ、このように残念な事態になっているのか? 本ブログの読者なら造作もなく答えられる設問だろう。そう、「生活」がないのである。彼らは高校生であると同時に相応の給与を得ている正社員だが、それで生計を立てているという描写は一つもない。おそらく親元を離れて寮生活しているのだろうが、自分の稼いだ金で自活しているというわけではない。ということは、彼らの行っている研究開発はバイト感覚、もしくは「遊びの延長」に過ぎないということだ。サービス残業の案件が微妙な扱いにしかならないのも、彼らにとってそれは楽しい遊びだからである。もし、ちゃんと業務活動として物作りをしていたら、予算の浪費などをせず、もっと真剣に取り組んでいただろうし、主張も一貫して言葉に説得力が生まれただろう。地に足が付かないただのマネーゲームほどつまらないドラマはない。

・ストーリー


 さて、実際のストーリーはどうなったかと言うと、A-TECのクラスメイトに感化された転校生は、霧科コーポレーションに対する戦いを決意する。内情は上記の通りなので、何に感化されたのかさっぱり分からないが、どうやら呑気な学生生活に憧れを抱いたらしい。まぁ、元々、転校生は創業者一族に対する復讐心があり、A-TECを潰そうとしたのはあくまで彼らの命令に従って出世するためだったので、良いきっかけになったということなのだろう。ただし、この辺りの心境の変化が非常に曖昧なのは、物語的に大きなマイナスポイントであるのは間違いない。
 その後、転校生は国政選挙を上手く利用して部長である兄を失脚させ、自分は常務に昇格する。会社に対して多大な損害を与えたのになぜ昇格するのか意味不明だが、本人は全く気にしない。案の定、それは社長の策略で、この度、社内に軍事部門を設立する運びになっており、そのリーダーに転校生を、エンジニアに担任教師を任命することが決まっていたのだ。動揺する転校生。ただ、これは軍事技術が悪であるという現代の一般的な価値観に基づいているからであって、本作中の転校生の価値観が分からない以上、この展開は適当ではない。このストーリーを成立させようと思ったら、戦争に対して何らかのトラウマがある等、転校生や担任教師の軍事アレルギーを明確に描写しなければならないだろう。そうこうしている内に、転校生は発狂した兄に刺されて拉致され、それをA-TECの面々が助けに行き、ついでにその様子を社長にプレゼンすることで存続を認めさせようとするという無茶苦茶な流れに辿り着く。この世界の人権意識はどうなっているのか。そもそも、この展開だと普通は担任教師が事件の黒幕になるだろう。ちなみに、Wヒロインの片割れが実は創業者一族の生き残りだったというサプライズがあるが、あってもなくても大して変わりない。ただ単に無駄な三角関係が発生して話がややこしくなるだけだ。
 こんな感じで、一々批判していてはスペースが足りないぐらいグデグデのストーリーである。まず、担任教師は存在自体がいらないし、Wヒロインも一人で十分。A-TECはアニメらしい部活ノリで全然構わないが、顧客の幸せのために技術を使うという点を強調し、その思想に感銘を受けて悪役だった転校生が改心する。そして、皆で協力して会社に立ち向かう。こういったシンプルなストーリーにしておけば、よりテーマを明確にできただろう。作劇の基本は引き算であることをもう一度確認すべきだ。なお、最終的にこの物語がどうなったかと言うと、A-TECは霧科グループから独立して新会社を設立する。経済ドラマのセオリーを無視する超展開に加え、教え子達の最終学歴はめでたく「中卒」である。ここまで共感できない主人公も珍しい。

・総論


 アニメという媒体を使って、複雑な経済ドラマを分かり易く変換しようとした意気込みは買うが、根本的な部分が話にならない。少々厳しいが、こういった作品が今後のスタンダードにならないよう、低評価とする。

星:★★★★★★★★★(-9個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
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