『風夏』

ハリボテ。

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風夏 - Wikipedia
風夏とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2017年冬瀬尾公治著の漫画『風夏』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は草川啓造。アニメーション制作はディオメディア。バンド活動を通して三人の男女の恋と友情を描いた青春ラブコメ。ヒロインの秋月風夏は、同原作者の漫画『涼風』の主人公の娘である。原作では途中でヒロインが交通事故死するが、アニメ版では事故を回避するIFルートが描かれる。

・導入


 本作の主人公は、両親の仕事の都合で東京に引越しした男子高校生。自他共に認めるスマホ依存症で、いつもSNSに身の回りに起こったことを書き込んでいる。上京した日のこと、街を歩いていると突然、一人の少女の体当たりを受けて地面に倒される。だが、彼女は主人公がパンツを盗撮したと難癖を付けて、彼のスマホを投げ捨てた上に、頬を殴り飛ばして去っていく。これがヒロインとの出会いだった……って、いや、それはどう見ても「犯罪」だろ! 傷害に器物損壊に名誉棄損じゃねーか! 訴えろよ! よくラブコメで「第一印象は最悪だった」というパターンがあるが、これは幾ら何でもやり過ぎだ。どんなに後でヒロインがデレたとしても、過去の犯罪行為が帳消しになるわけではない。と言うより、こんな人間と恋愛したくない。

 その後、転校先の学校の屋上でヒロインと再会する。すかさず、主人公はヒロインのパンツを盗撮する。前言撤回、主人公も犯罪者だった。それに気付いたヒロインは再び主人公に詰め寄り、彼はショップから借りたスマホを地面に落としてしまう。なぜか一緒にスマホを探す二人。公衆電話を使って探せよ。そこで、主人公は先日暴行を受けた時に拾ったCDをヒロインに返す。すると、なぜかヒロインは主人公に好意を抱く。後日、たまたま主人公が二枚の映画のチケットを持っていたので、二人で映画を見に行く。なぜ一緒に行く? それがきっかけで二人は恋人のようになる。別の日のデートの帰り道、ヒロインは歌が上手いことが判明する。そこで、ヒロインは主人公を無理やり誘ってバンドを結成する……やべぇ、全く意味が分からねぇ。

 本作の特徴として、根本的な作劇能力が恐ろしく低いことが挙げられる。はっきり言うと、商業作品として金を取っていいレベルにない。どこかで見た既存のシチュエーションを適当に並べただけで、前後のストーリーの繋がりが希薄、そのため、キャラクターが何を考えているのか全く分からない。その最たる例が、第三話の人工呼吸と第八話の人探しである。ストーリーに必然性がなく、多くの選択肢があるはずなのに、キャラクターが何も悩まずに即決する。登場人物が全員天才で、何をやっても凄い凄いと絶賛され、周りの人が全てお膳立てしてくれるという『BanG Dream!』に負けず劣らずのご都合主義。しかも、ハーレムアニメなので、主人公にとっては完全にパラダイスである。パラダイスということは不平不満がなく、不平不満がないということは成長がない。つまり、本作のストーリーには日常系アニメ程度の価値しかない。これで青春ラブコメを名乗ろうと言うのだから、視聴者も舐められた物である。

・幼馴染み


 主人公には、小さい頃に離れ離れになった仲の良い幼馴染みがいた。それから約十年、彼女はテレビ画面の中にいた。人気沸騰中の新進気鋭の女性シンガーソングライター、それが今の彼女である。そして、彼女はずっと主人公に対して片思いをしており、これまで作った歌は全てその気持ちを描いた物だった……という、ちょっと無理のあり過ぎる設定を、何の捻りもなく、物語と擦り合わせることなく、そのまま強引に捻じ込んでいるのが本作である。それゆえ、彼女の存在は本編から明らかに浮いており、非常に残念なことになってしまっている。

 まず、幼馴染みが主人公を好きな理由だが、子供の頃の主人公は確かに優しくて頼りがいのある少年だったため、彼女が惚れるのも分からなくない。だが、それだけでは、恋心を十年間も引きずる理由としては弱いし、アイドルが一般人に片思いするという非現実感に対する説得力もない。なぜなら、今の主人公は昔とは似ても似つかないスマホ中毒の冴えない男だからだ。それなら、「なぜ、主人公の性格が変わったのか?」を具体的に示さないといけないし、それに対する幼馴染みの反応(注:幼馴染みは主人公をSNSで発見した)も詳細に描かなければならない。そういった描写が何もないまま、盲目的な愛情を主人公=視聴者へぶつけるため、見ている方は訳が分からず混乱する。一方、主人公の幼馴染みに対するリアクションも非常に淡白である。十年振りに現役アイドルの幼馴染みからメールが来たのに、他のことに気を取られて丸一日放置。会ったら会ったで、まるで兄妹か何かのように普通に会話する。十年前とは比べ物にならないぐらい可愛くなった幼馴染みと話す緊張感や、国民的アイドルを独り占めする背徳感のような物が一切ない。そういった感情は、この物語における最大のアピールポイントではないのか。それをやらないのなら、幼馴染みはただのクラスメイトで何の問題もない。

 その後、この二人にヒロインを含めた三角関係が成立するのだが、自分は未だかつてこれほどお粗末な三角関係を見たことがない。あの『魔法戦争』よりも酷いと書けば、本作の危険度をご理解頂けるだろう。三人共、自分のことしか考えていないため、嫉妬や妬みといった感情の衝突が発生しない。ヒロインは幼馴染みの大ファンであるという設定は、ストーリー的に何の意味も持たない。結局のところ、「自分がそのような特殊なシチュエーションに置かれたらどうするか」という脳内シミュレーションが、特にこのアニメ版では、全くと言っていいほど行われていないのである。創作の基礎中の基礎というより、何が面白くてこの作品を作っているのかというレベルである。日本語では、それを「やっつけ仕事」と言う。

・リテラシー


 第六話。主人公と幼馴染みが路上で話しているところを盗撮され、ネットに拡散される。途端、大炎上し、主人公のSNSまで特定される。騒ぎを鎮めるため、幼馴染みは生放送のテレビ番組で、相手は子供の頃からの友人であること、彼にずっと片思いをしていたことを告白するが、当然、さらに炎上が加速する。ちょうどその時、主人公達のバンドの初ライブが行われる学園祭が間近に迫っていた。バンド仲間は「主人公は被害者。何も悪くない」と擁護し、主人公も「リアルには仲間がいる。負けてたまるか」と言って、ライブを強行する。学園祭当日、悪意を持った観客が講堂に殺到し、ビール瓶を投げるなど暴徒化する。しかし、主人公達が演奏を始めると、そのクオリティに皆が聴き惚れ、一気に暴動が終息する。その結果、ヒロインは芸能界からスカウトされる。一方、幼馴染みは事務所より謹慎処分を受け、ショックで声が出なくなり、一人で傷心旅行に出る。主人公は、謎の愛情パワーで彼女の行き先が江ノ島であることを突き止め、一瞬の間にワープして彼女の前に現れる。こうして、愛を確かめ合った二人は付き合い始める。

 相も変わらず無茶苦茶なストーリーである。主人公も幼馴染みも言動があまりに軽く、大衆の反応も極めて安直。このような状況下で学園祭ライブが決行されるはずがなく、しかも、傷害事件まで発生している。現場の責任者はどこにいるのか。そもそものシチュエーションにリアリティがないのに、バンド演奏で暴動が治まるというファンタジーに論理性が生まれるはずがない。幼馴染みも幼馴染みで、事務所に大損害を与えているのに、よく謹慎だけで済んだ物だ。その後の江ノ島の流れなどは、完全に論外、脚本家はもう廃業した方がいいというレベルの大失態である。

 さらに言うと、一番の問題はそこではない。今回の一件がこれほど大きくなったのは、主人公がSNSに個人情報を書いていたから、幼馴染みが公共の電波でプライベートを垂れ流したから、要するにネットを含めた「メディアリテラシー」の問題である。公と個の区別が付いておらず、社会構成員としてあまりにも未熟だったから起こったことだ。それなのに「主人公は被害者。何も悪くない」は通らない。別に自己責任論を謳うつもりはないが、主人公はもっと自らの考えの甘さを反省すべきではなかったか。少なくとも、スマホ中毒を悪と断罪しなければ、劇中でこのような事件を起こした意味がないだろう。一応、SNSは以後、ほとんど画面に出てこなくなるが、そうやって大事なことを詳しく描かず、適当に誤魔化しているのが本作の最大の欠点であることに、制作者は一刻も早く気付いて欲しい。

・スカスカ


 それにしても、アニメ業界における軽音楽に対する蔑視は何なのだろうか。軽音楽とは、素人の高校生がほんの数ヶ月練習しただけでプロレベルになれる「軽い音楽」であるという偏見が、さも当たり前のようにまかり通っている。素人の高校生がほんの数ヶ月練習しただけでプロレベルのアニメを作ったらどう思う?

 ストーリーの続きだが、ヒロインは主人公と幼馴染みが交際しているのを見て、ようやく自分の胸のもやもやが恋心であることに気付く……え、マジで? あれだけ散々思わせ振りな態度を取っておいて、気付いてなかったの? それをやるなら『宙のまにまに』のヒロインぐらい天真爛漫じゃないと成立しないと思うが、ともかく、自暴自棄になったヒロインは、バンドを抜けてソロでプロデビューすることを決心する。落ち込む主人公。気になった幼馴染みは、彼の家に行って性的に誘惑しようとするが、それを主人公は拒否。なぜ!? 主人公はヒロインのことが好きだと気付く。なぜ!? そこで、主人公は自分で曲を作ってバンドメンバーに配り、バンド再結成を要望する。すると、彼の気持ちに心打たれたメンバーは再び集結する。なぜ!? だが、ライブ当日になってもヒロインだけが集まらない。彼女がいるのは学校の屋上に違いないと思った主人公は、そこで彼女を発見する。なぜ!? 主人公は「僕に打ち込める物を、音楽を、バンドを、楽しさを教えてくれたのは秋月だから。だから、僕にとっては大切で、一緒にいたいって言うか、その……あーもう、そうじゃなくって、大好きなんだ!」と一人ボケツッコミのような愛の告白をする。こうして二人の恋はハッピーエンドを迎え、幼馴染みは特にフォローもないまま、静かに物語からフェードアウトする。なぜ!?

 本作は、一見するとそれなりにまとまっているように見えるが、その中身はスカスカである。あるべき物がそこにない。それはキャラクターの感情である。一番の例として、最後の最後まで、主人公がなぜヒロインを好きなのか分からないことが挙げられる。感情の小さな変化を丹念に積み重ねるという行為を放棄しているのだから当然だ。そういった面倒な作業をサボり、見かけだけ一丁前に仕上げようとしても、ただのハリボテアニメにしかならない。それでは視聴者の心を揺さぶることは不可能だ。

・総論


 バンドアニメの三振率の高さは異常。

星:★★★★★★★★★(-9個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 08:53 |  ★★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑

『犬とハサミは使いよう』

必然性の欠如。

公式サイト
犬とハサミは使いよう - Wikipedia
犬とハサミは使いようとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2013年。更伊俊介著のライトノベル『犬とハサミは使いよう』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は高橋幸雄。アニメーション制作はGONZO。ドSな女流作家と読書好きの犬が繰り広げるSMチックな愛憎の日々を描いたエロチックラブコメ。

・設定


 主人公は自他共に認める「読書バカ」の男子高校生。秋山忍という正体不明の人気ベストセラー作家の大ファンで、誰よりも新刊を心待ちにしている。そんなある日のこと、喫茶店で発生した麻薬密売事件に巻き込まれ、店内にいた女性をかばって命を落としてしまう。だが、秋山忍の新刊を読みたいという一念が奇跡を起こし、彼は犬の体に転生する。その後、なぜか主人公の心の声を聴くことができる女性に拾われるが、彼女こそが喫茶店で主人公が助けた人であり、しかも、小説家の秋山忍その人であった。彼女は鋭利なハサミを武器として常用するサディスティックな性格で、事あるごとに主人公を切り裂こうとする。こうして、猟奇的な小説家と読書バカの犬という一人と一匹の奇妙な同居生活が始まるのだった。
 ややこしい。シンプル・イズ・ベストの格言に真っ向から反逆する複雑極まりない初期設定だ。この難解な設定を成立させようと思ったら、「たまたま、主人公が犬に転生した」「たまたま、犬の声を理解できる人が近くにいた」「たまたま、それが主人公の助けた女性だった」「たまたま、それが小説家の秋山忍だった」「たまたま、彼女がハサミを愛用するサディスティックな女性だった」という五つの奇跡が同時に発生しなければならない。当然、それぞれの奇跡に対して論理的に納得できる説明を付けなければ、ただの都合の良いこじつけで終わってしまい、視聴者の没入感を妨げるだけでなく、後のシナリオに不整合を起こしてしまう。それでは自分で自分の首を絞めるだけだ。どうせ、本作がやりたいのは「女性と雄犬のSMチックな関係」しかないのだから、「犬の言葉が分かる特殊能力」という設定一つで全てを処理できるだろう。ただし、それだと痛々しい動物虐待の話になってしまうが。
 また、設定が混迷化しているがゆえに、「第一話の段階で物語の最終目標が分からない」という三流アニメにありがちな失敗も犯している。これが分からないと物語のメリハリがなくなり、続きを見たいという視聴者の意欲が損なわれる。「主人公が人間に戻ること」なのか「ヒロインが新作小説を書き上げること」なのか「二人が恋仲になること」なのか「ヒロインの過去が明らかになること」なのか、どれか一つでもいいから早い段階で目標を明示し、それを最終回で解決する、それが作劇の常識だ。はっきり言って、こんな物は基礎中の基礎の幼稚な問題であって、わざわざ行数を取って指摘したくない。非常に不愉快である。

・SM


 例えば、何らかの出版メディアが第三者に本作を紹介しようとすると、「ドSな女流作家と読書好きの犬が繰り広げるSMチックな愛憎の日々を描いたエロチックラブコメ」と呼称するだろう。事実、PVなどではそういったまとめ方がされており、それなりに楽しそうに見える。だが、この紹介文は必ずしも正確な表現ではない。確かに、そういうシーンは本作に存在するが、それは決して本作のメインストリームではないし、本作に存在しなければならない必然性もない。ただ、ユーザーのニーズに応えるため、前後の文脈に関係なく、それっぽいシーンを無理やり捻じ込んでいるだけだ。
 まず、犬となった主人公がヒロインの家に居座り続けなければならない理由が何もない。食料と寝床にありつけるから、好きなだけ本が読めるからと劇中で説明されているが、それは外に出るよりはましといった程度の後ろ向きな理由に過ぎず、完全なる主人公の自由意志である。そのため、物理的にも精神的にも全く束縛されておらず、逃げようと思えばいつでも逃げられる。一方、ヒロイン側も主人公を飼わなければならない理由がない。最初は心の声が聞こえるのが不快という理由で主人公を殺そうとしたが、彼が殺人犯から自分を守ってくれた命の恩人であることに気付いて、住む場所を提供した。ところが、その後も彼女は、まるでストレス発散でもするかのように暴力を振るい続ける。かと思えば、深い心理描写もないまま「犬」の主人公に恋愛感情を抱き、事あるごとにいわゆるツンデレ的な言動を繰り返す。その一連の行動には全く整合性がなく、彼女が何を考えているのかさっぱり理解できない。
 なぜ、そのようなことになっているかと言うと、要は愛情と暴力が完全に乖離してしまっているからだ。俗に言う「暴力は愛情表現の一つ」が、彼女からは全く感じられない。実際、後半になればなるほど、主人公がヒロインの小さな胸をからかい、怒ったヒロインが主人公の体毛を切るという行動がパターン化されるが、それはSMでも何でもないただの痴話ゲンカである。暴力という本来は相手の人格を全否定する行動が間に介在しても、なお離れられない「特殊な関係性」が男女間にあって初めてSMが成立する。例えば、本作の元ネタであろう『ゼロの使い魔』では、魔法使いと使い魔という絶対的な主従関係があり、ゆえに倒錯的な男女関係が意味を持っていた。対する本作は、ただの同居人程度の関係でしかなく、暴力も戯れ程度に過ぎない。そのため、本作がやっていることは「SMっぽい何か」でしかないのである。

・ギャグ


 公式サイトによると、本作のストーリーの概要は「読者犬×ドS作家が繰り広げるミステリ系不条理コメディ!」だそうだ。ミステリ系不条理コメディ……などと意味不明な供述をしているが、言うまでもなくこれは誇大広告である。ミステリだの不条理だの語る以前に、本作は根本的な作劇レベルが低過ぎて話にならない。単純な脚本の質だけで言うと、間違いなく業界トップレベルの酷さである。
 まずはソフトウェア的な面、すなわち、個々のシナリオを見ていこう。例えば、最初のエピソードでは、主人公を殺した犯人の潜伏先はかつて主人公の住んでいたアパートに違いないと、ヒロインが推理する。その理由は「犯人はまともな精神状態ではなかったから」。その際、ヒロインは主人公を死なせてしまったことで、ずっと自分を責めていたと告白する。主人公をノリノリでお仕置きしていたような気がするが? 二番目のエピソードでは、近所で通り魔事件が発生するのだが、なぜか主人公もヒロインも興味津々で自ら捜査を開始する。すると、被害者が皆、ヒロインの本を所有していたことが判明する。順番逆だろ。その後、通り魔の正体は嫉妬に狂った主人公の妹だということが判明する。実はそれはミスリードで、本当はヒロインのスランプを脱出させようとした担当編集者だということが判明する。実はそれはミスリードで、本当の通り魔は担当編集者がとっくの昔に退治していたことが判明する。ちなみに、ヒロインのスランプは自力で脱出していた。と、このように、序盤の一部分だけを取り出してみても、本作のシナリオがどれだけ狂っているかがよく分かるだろう。あらゆるストーリー上の不整合が「登場人物は変人だから」で処理されている。つまり、ギャグにしているということだが、それで誤魔化せる物と誤魔化し切れない物がある。本作は後者だ。この無茶苦茶な脚本をギャグで消化しろと言われても、笑いの神様は困ってしまうだろう。
 さて、そのギャグだが、ほとんどが女性の胸に関する物である。ヒロインの小さな胸をからかう、もしくは他の胸の大きな女性と比較して小馬鹿にし、笑いを取る。こうやって文字にすると酷さが際立つが、面白さの欠片もない犯罪ドストライクのセクハラである。この御時世、これを面白いと感じる腐った感性もどうかと思うが、それより、中高生がメインターゲットである深夜アニメ業界において、こういったあからさまな女性蔑視思想を垂れ流している現状自体が異常である。彼らが大人になって重役に就いた時、部下の女性に対してどのような行為に及ぶかは、さもありなんだ。
 なお、主人公は無類の本好きという設定だが、なぜかアニメや漫画のパロディ台詞(特にガンダム系)を度々口する。これに関してはもう論外なので語りたくもない。

・構成


 続いて、ハードウェア的な面、すなわち、全体的なストーリー構成を見ていこう。冒頭で「五つの奇跡」に対して論理的に納得できる説明が必要と書いたが、何とそれらは最後の最後までただの一つも解き明かされない。「主人公が犬に転生した理由」はまだいいとしても、「ヒロインが主人公の心の声を聴ける理由」や「ヒロインがハサミを愛用する理由」といった誰もが疑問に思う事象すらスルーされるのは一体どうなっているのか(主人公の心の声はなぜか担当編集者も聴くことができるが、それも説明がない)。唯一、「ヒロインが正体を隠している理由」だけは最終回で明らかになるが、そんな物は話の中心軸でも何でもないし、その理由も「若くしてデビューしたから」という恐ろしくどうでもいい内容である。つまり、本作には全体を通した一つのストーリーという物が何もない。ただ乱雑に複数のエピソードを並べているだけだ。
 その構成も無茶苦茶である。本作は、第一話から後のエピソードの重要人物が伏線として顔見せ程度に出演しているのだが、ストーリーに関係なく突然現れるため、完全に存在が浮いている。その中に三大若手ベストセラー作家と呼ばれる人々がいて、彼女達はちょこちょこ本編に顔を出しつつ、第十一話でついに一堂に集結する。そして、皆で執筆勝負をすることに……ならない。対決は直前でドタキャンされ、そのまま放置される。この盛り上がりそうで盛り上がらないという目先のギャグのために、ストーリー上の最大のクライマックスすらオミットしてしまう。今まで張ってきた伏線は何だったのか。このアニメは何がやりたいのか。最終的に、主人公が「みんな、前に進んでんだな」とつぶやいて、無理やりいい話風に締めくくる。
 結果的に一つ余った形になる最終話だが、全体の総括をすることもなく、今まで通りの陽気な単体エピソードを描くことに終始する。そのまま何事もなく終わるかと思うと、ラストにとんでもない事実が待っている。何と、これまでの話は全てヒロインが書いた小説の粗筋だと言うのだ。ここに来て「楽屋オチ」を持ち出すセンスもアレだが、それより、当代きっての人気作家であるヒロインがこのようなくだらない話を書くわけがない。小説家を馬鹿にしているのか? 本作は劇中で本の素晴らしさを力説しているのだが、どう考えても最も本を冒涜しているのは、ここのスタッフである。

・総論


 笑えないクソアニメ。GONZOらしいと言えば、GONZOらしいが。

星:★★★★★★★★★(-9個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 09:51 |  ★★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
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