『ご注文はうさぎですか?』

文化祭の模擬店。

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ご注文はうさぎですか?とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2014年。Koi著の四コマ漫画『ご注文はうさぎですか?』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は橋本裕之。アニメーション制作はWHITE FOX。ヨーロッパ風の街の喫茶店を舞台にした日常系アニメ。略称は「ごちうさ」。キャッチフレーズは「すべてが、かわいい。」で、明らかに特定の作品を意識している。

・喫茶店


 日本のどこかにある、なぜか中世ヨーロッパ風の外観を持った小さな街。本作のストーリーは、この春、高校に進学した主人公がその街へやってきたところから始まる。彼女が学校に通いながら住み込みで働くことになったのは、人語をしゃべるうさぎと中学生の一人娘が切り盛りする喫茶店「ラビットハウス」。そこで、主人公はバイト仲間やライバル店の店員達と共に穏やかながらも楽しい日常を過ごすのだった。
 本作の抱える最大の欠点、それは街の喫茶店を舞台にしている意味が何もないことである。主人公達が勤務している喫茶店は、ボランティア施設でも地域集会所でもない。商品とサービスを提供し、その対価として料金を徴収する立派な営利団体である。すると、当然、店の主体は「客」になるはずだ。すなわち、喫茶店とは「客がコーヒーを飲みに来る場所」である。だが、本作は店員である主人公達と店に客として訪れた人物との間で特別な交流が発生することは一切ない。第一話の来店客は一人だけ、その後も時折思い出したように現れるだけで、基本的にはただの背景と同じ扱いである。それ以外の時間は、店員同士の遊びや雑談が延々と描かれる。実店舗を舞台にした他のアニメ、例えば『ARIA The ANIMATION』や『ココロ図書館』や『はたらく魔王さま!』や『WORKING!!』や『勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。』だと、必ず客が主体のエピソードが存在し、彼らとのコミュニケーションが物語の発生を手助けする。なぜなら、客が幸福になることが店の売り上げに繋がり、それが店員の満足を生むからだ。そんな客商売における当たり前の哲学が本作では全く考慮されていない。
 客ではなく、店員が主体。サービスは二の次。売り上げはどうでもいい。店員が楽しければそれでいい。このシチュエーションを聞いて、何かを思い出さないだろうか? そう、それこそ「文化祭の模擬店」である。本作の喫茶店は、学生が余興でやっているそれと完全に同レベルである。実際、本作の舞台を街の喫茶店ではなく、深夜アニメにありがちな謎の高校の部活に変換しても何の問題もない。毎日、狭い部室で利きコーヒーを研究したり、ラテアートを練習したり、パンを焼いたりして喫茶店ごっこを思う存分楽しめばいい。それなら誰にも迷惑をかけないし、より楽しい日常を描くことができるだろう。
 もっとも、第十一話ではクリスマスで店に大勢押し寄せた客が、次々とパンケーキやラテアートを絶賛するというふざけた展開になる。例の如く、主人公達は大して努力もしていないのに、第三者が勝手に褒めてくれるイージーな世界だ。また、最終回では主人公が「喫茶店のやりがいはお客さんの笑顔」と心にもないことを平然と口にする。今までそのようなエピソードが一つでもあったか? 毎日、真面目に商売をやっている人が不快になるような作品作りはそろそろ止めにして頂きたい物だ。

・物語


 こんな作品であるが、一応、メインストーリーらしき物は存在する。それが喫茶店の跡取り娘である中学生の少女の成長物語である。彼女は内気で自分の気持ちを素直に打ち明けられない人見知りな性格がコンプレックスだった。だが、ある日、陽気で屈託のないキャラクターの主人公が喫茶店に住み込んだことで、彼女の人生に転機が訪れる。勝手に姉を自称する押しの強い主人公を最初は嫌がっていたが、徐々に打ち解けて心を開いて行く。そして、彼女自身も前を向いて歩き始めるのだった、といった感じの爽やかな感動物語だ。ただし、こうやって結論だけを並べてみると確かにそう見えるが、実際の映像は正直かなり厳しい。なぜなら、その結論に辿り着くまでの過程がほとんどないからである。
 設定上では大人しい性格の彼女だが、主人公が街に来た時にはすでに喫茶店の店員としてバリバリと働いていた。学校にも仲の良い友人が二人いる。学内での彼女の様子はよく分からない。大好きだった祖父と母親を早くに亡くし、兄弟もいない一人っ子の彼女は寂しそうであるが、それを明確に描写したシーンはない。一方、勝手に姉を自称する主人公も、兄弟という物にどういう信念を抱いているのかいまいち判断できない。そもそも、この街に引っ越す前の生活が全く描かれないため、何を持って良い悪いと言っているのか分からない。このような感じで、言わんとしていることは十分理解できるが、それを物語に落とし込むための要素がいろいろと足りないのである。本当に成長物語をやりたいなら、開始時にもっとマイナス面を強調しなければ話にならない。アニメ『のんのんびより』で小学一年生の宮内れんげの物悲しさをはっきりと描いていたのとは対称的だ。
 本作は一事が万事その調子である。あらかじめ複雑な物語が発生しそうな個所全てをかなり意図的に潰している。例えば、劇中に商売敵となる同業種の喫茶店が複数登場するが、ラビットハウスがそれらの店と売り上げを競い合うというようなことは一切ない。それどころか、最初から「昔はライバル同士だったけど、今はそうじゃない」と釘を刺される。ライバルとの競争は物語を面白くする一番のファクターであるはずだが、ゆるさ至上主義の本作ではそういった蛮行は許されないのだ。また、祖父と古い親交のあった小説家が登場しても、彼女はこれと言ってメインストーリーに絡むことなく退場し、しゃべるうさぎの謎も最後まで分からない。つまり、本作は「何も起こらない」作品ではなく「何も起こさない!」という強い意志を持った作品なのである。確かに、余計なストーリーを入れて穏やかな雰囲気が崩れるよりはましなのだろうが、何も自ら名作となる糸口を絶つ必要はあるのだろうか。ちょっと理解できない。

・違和感


 以上、主だった批判ポイントを連ねてきたが、これらを抜きにしても、本作は全般的に作りが甘い作品である。上記の通り、ストーリーの組み立てが弱いため、最初から最後まで話が盛り上がらない。劇中のギャグはびっくりするぐらい笑えないし、ラストのオチが積み上げてきた物を全部覆してしまうことも多々ある。登場人物はどこかで見たテンプレキャラのオンパレードで新鮮味がない。穏やかな作風に反して、水着や下着のシーンが過剰。ミリタリーオタクのキャラクターが完全に浮いている。美術と音楽こそは中世ヨーロッパ風の雰囲気を出そうと頑張っているが、そもそも、ここがどこかも分からない。特別な舞台を用意するための設定的背景が何もないため、張りぼて感が満載である。と、ここまで書いて来て一つの大きな壁に突き当たる。なぜなら、これらはあくまで本作を普通のストーリーアニメとして見た場合の批判であり、日常系アニメという特殊なジャンルの一作として見た場合、どこまでその批判を当てはめていいのかという疑問に辿り着くからだ。実際、本作は日常系アニメの中では名作の一つとして数えられている。一方から決め付けるのはフェアじゃない。
 では、日常系アニメとして見た場合、本作はどういった評価になるだろうか。例えば、「何も起こらない」作品の代表である『ゆるゆり』や『ゆゆ式』と比べてみると、馬鹿の一つ覚えのように高校の部活を舞台にするのではなく、ちゃんと特殊な世界観を作り込んでいる点に好感を覚える。接客を伴った実店舗を舞台にしているため、狭い空間に引き篭もらず雰囲気がオープンである。百合やお色気シーンも多くてサービス精神に溢れている。そして、何より中学生の成長物語という明確なストーリーがあって感動できる。と、このように全く正反対の評価になるのである。この不思議な現象をどう説明付けたらいいのだろうか。そのためには、日常系アニメと普通のアニメの違いを改めて定義付けしなければならないのではないだろうか。
 日常系アニメとは何ぞや。日常系アニメと普通のアニメはロックとクラシックぐらい解離しているのか。残念ながら、その問いに答えるのは非常に困難である。確かに、本ブログではこれまで幾つもの日常系アニメを論じてきた。中には『苺ましまろ』や『スケッチブック ~full color's~』のように高評価の作品もあれば、『けいおん!』や『あっちこっち』のように低評価の作品もある。ただし、それらは作品に付加された+αを評価しているのであって、日常系アニメ自体を評価しているわけではない。よって、両者を明確に区分することは現時点では不可能である。ただ一つ言えるのは、本作が非常に大きな「違和感」を覚える作品であって、その理由は日常系アニメと普通のアニメ、どっち付かずの中途半端さにあるということだ。そして、そうなっている原因は、間違いなく本作の中身の薄さにある。全体的に作り込みが浅く、作り手の楽しさが優先され、「~げ」「~ぽさ」といった表層の感覚で全てを済ましてしまう。ロックミュージシャンがクラシックっぽい音楽を作って絶賛される感覚。それこそまさに……いや、皆までは言うまい。

・総論


 日常系アニメを評論することに限界を覚える一作。真面目に作ればもっと良い作品になっていたはずだが、それが許されない風潮は本当につまらない。その事実が確認できただけでも本作には意味がある。

星:☆☆(2個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:23 |  ☆☆ |   |   |  page top ↑

『恋愛ラボ』

賛否両論。

公式サイト
恋愛ラボ - Wikipedia
恋愛ラボとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2013年。宮原るり著の四コマ漫画『恋愛ラボ』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は太田雅彦。アニメーション制作は動画工房。素敵な恋をしたい女子高生五人組が恋愛研究に情熱を捧げる日常系アニメ。タイトルの読み方は「れんあいらぼ」ではなく「らぶらぼ」。一昔前だったら、ひらがな四文字タイトルだったんだろうなぁと考えると感慨深い。

・ギャグ


 主人公は恋愛禁止が校則で定められているような名門お嬢様中学校の二年生。運動神経抜群で面倒見の良い男前な性格から、密かに「ワイルドの君」と呼ばれて他の女子生徒に慕われていた。しかし、本人はそのことに全く気が付かず、男性との恋愛経験がないワイルドな自分にコンプレックスを抱いていた。ある日のこと、たまたま訪れた生徒会室で「藤姫様」と呼ばれるお淑やかな生徒会長の奇行を目撃してしまう。何の欠点もない完璧美人だと思っていた彼女は、実は男性と話したことすらない完全なる恋愛弱者であり、鬱屈した恋愛感情を自作の抱き枕にぶつけていた。そんな生徒会長から恋愛相談を受け、主人公は思わず自分が「恋愛の達人」であるかのような嘘を付いてしまう。こうして、普通じゃない二人による普通じゃない恋愛研究は、多くの人間を巻き込んでどこまでも続いていくのだった。
 ほほぅ……いや、日常系アニメでこういった明確な笑いのギミックを盛り込んだ作品は珍しい。そして、それは実際に面白い。見た目は清楚なお嬢様生徒会長の恋愛に対する並々ならぬ執念から生まれる数々の妄想の爆発は見ているだけで頬が緩むし、恋愛に縁がないのにつまらない見栄を張ったせいで罪悪感に苛まれながらも嘘を付き続ける主人公の葛藤も興味深い。それらがなぜ面白く感じるかと言うと、矛盾しているようだが、彼女達の心理が非常に「分かり難い」からだ。例えば、劇中、生徒会長の奇行に対して、主人公が「女の感傷に振り回される男の気持ちはよく分かった」と述懐するシーンがある。ここから分かる通り、本作は男性が思う女性のおかしな部分・理解できない部分を極端にデフォルメ化することで笑いに結び付けている。つまり、キャラクターこそ女性だが、本作は全てが男性目線で作られた男性向けの萌えアニメなのである。本当の主人公はワイルドの君ではなく、生徒会に紛れ込んでいるであろう「透明の男性」で、視聴者は自由奔放な女性陣に振り回される彼に共感している。言わば、本作の笑いは「あるあるネタ」の亜流であって、そういう意味ではコメディーの基礎がしっかりできていると言えよう。
 もちろん、欠点は複数ある。中でも一番の欠点は、物語の着地点がよく分からないことだ。恋愛をテーマにしている以上、最終目標は当然、意中の男性と交際することになる。しかし、その画が全く見えない。そうなると、お得意の「女性同士の恋愛」へ持って行くしかなく、実際、第一話を見る限り本作は典型的な百合アニメである。わざわざ『恋愛ラボ』と銘打った作品でそれをやるだろうか? その答えを知るためには、とにかく最終回の結末を待たなければならない。

・恋愛研究


 見果てぬ憧れの男女交際に歪んだ情熱を燃やす隠れ肉食系の生徒会長は、自称恋愛の達人である主人公を独断で会長補佐に任命し、恋愛研究の顧問役として生徒会に迎え入れる。そして、二人は毎日、放課後の生徒会室で恋愛談義に明け暮れる。こうやって並べて書くと、とんでもないことを平気でやっている作品である。もちろん、裏ではちゃんと生徒会の業務も行っているのだろうが、それらは劇中で何一つ描かれないため、少人数で公共の生徒会室を私物化し、好き勝手に遊んでいるようにしか見えない。単純にモラルの問題として考えると、それは全く擁護のできない悪行だ。生徒会は全校生徒の代表であり、それなりに学校の予算も下りている。それを私的な恋愛研究に流用したとなれば、ただの「横領」であり「背任」である。現実の政治に置き換えれば、どこを取っても笑えない行為である。
 そんな悪行を悪行に見せないよう、さすがに制作者もいろいろとアイデアを凝らしている。まず、分かり易いのは、本作の舞台を恋愛禁止のお嬢様学校にしている点だ。禁止されているからこそ、かえって興味が湧き、隠れてこそこそとやりたくなる。それは人としての当然の権利。つまり、彼女達の恋愛研究は、抑圧的な体制に対するレジスタンス活動の一環だという考えである。彼女達は当局に禁じられた遊びを自ら研究することによって、誰にも縛らない自由と基本的人権を主張している。これは良い。若い視聴者の共感も得られ易いだろう。ただ、本作がその「抑圧された管理社会」を十分に描けているかと言うと、正直かなり厳しい。厳格なお嬢様学校とは名ばかりで、生徒達は自由な学生生活を謳歌しているし、校則にうるさいヒステリックな教師もあまり出てこない。恋愛研究で反体制を表現したいなら、一昔前の青春映画のように不自由で理不尽な学校にしなければならないだろう。だが、本作は日常系アニメである。のんびりだらだらが信条であることを考えると、そういった殺伐とした雰囲気は作り難く、結局は自分で自分の首を絞めてしまっている。
 もう一つ、本作の用いているトリックが生徒達からの恋愛相談である。この年頃の少女は誰しも恋愛に興味がある物だ。そこで生徒の恋愛に関する悩みを解決するために、生徒会が率先して研究しているのだという体にしている。こうすれば、彼女達の行為に必然性が生まれ、生徒会の私物化という批判から逃れられる。だが、これは諸刃の剣だろう。なぜなら、自分達の個人的な楽しみのために他の生徒を利用しているとも取れるからだ。いや、実際にそうだし、完全な言い訳である。この程度のトリックでは、余程、純粋な人間しか騙せないだろう。それゆえ、設定にもう一捻りが必要だったのではないかと思われる。

・敵


 通常、日常系アニメと呼ばれるジャンルの作品には、主人公の障害となる「敵」が出て来ない。仮に出て来たとしても、特にストーリーに影響を与えることなく出来レースのようにあっさりと退場する。ところが、本作には本気で主人公の足を引っ張ろうとする敵が複数登場する。良く言えば、それだけ濃密なストーリーがあるということだが、そのことが必ずしも良い結果に結び付くとは限らないのが、この業界である。
 まず、二人の前に立ちはだかるのは、生徒会長を失脚させて生徒会の実権を握ろうとする元役員達である。続いて、恋愛研究をスクープして脅迫の材料にしようとする新聞同好会が登場する。もちろん、校則に厳しい教師もまた敵の一人である。ある意味、非常にベタで分かり易い敵群だが、他の作品ではあまり見られない大きな特徴が一つ存在する。それは「明らかに主人公側に非がある」ことである。役員達を生徒会から追い出したのは生徒会長自身、それもかなり個人的な理由から。新聞部の部費を削減して同好会へと追いやったのは生徒会の会計。校則違反の恋愛研究は言わずもがな。主人公側もそんな自分達の罪をかなり認知した上で、何とか場の収拾を図ろうとする。言い換えると、上手く誤魔化して、丸め込もうとする。それが本作のメインストーリーである。ちゃんと非を認めている点は偉いのだが、いわゆる王道の展開からはかけ離れているため、人によっては不快感を覚えるだろう。別に主人公が清廉潔白である必要はないが、私的な恋愛研究の時点でモラルから逸脱しているのだから、そこは上手くバランスを取るべきだ。
 第六話。本作に新しい敵が登場する。それが主人公の幼馴染みとその友人という「男性キャラクター」である。厳密に言うと、彼らは敵ではなく、ただ騒動に巻き込まれただけの可哀想な人々なのだが、男性視聴者にとっては主人公の貞操を脅かす最大の脅威に違いない。特に、第一話を見て本作を百合アニメだと勘違いした人からすると、作品の根底を覆すような大事件であろう。しかも、性質上、視聴者はどうしても男性キャラクター側に肩入れしてしまうため、主人公達の悪行ばかりが強調されてしまう。これは作品全体にとっても間違いなく大きなマイナスポイントだ。確かに、恋愛をテーマにしている以上、異性のキャラクターを出すのは当然の帰結なのだが、例えば、第一話の時点で顔出しをする等、もう少し慎重に取り扱うべきではなかっただろうか。今のままでは主人公達の格を下げているだけである。

・ストーリー


 さて、本作のストーリーを簡潔に述べると「様々な妨害にも屈せず、主人公達は恋愛研究を続けられるか?」ということになる。元々、素敵な彼氏が欲しいという生徒会長のわがままな願いを叶えるためだけに始めた恋愛研究だったのに、いつの間にかそれ自体が目的になっていることに驚かされる。非常に分かり易い、絵に描いたような「手段の目的化」である。無論、物語序盤はそれでも構わないのだが、終盤になっても相変わらず研究研究と言っているのはさすがに違和感が大きい。研究して実践し、その成果をフィードバックしてまた研究するという当たり前のプロセスを無視しているため、恐ろしいまでの机上の空論である。この効率の悪さを如何にも「女性らしい」面白さなどと言ってしまうと失礼に当たるだろうが、男性が同じことをやると果てしなく気持ち悪いのは事実である。
 それでは、本作はどのようにラストを締め括るのだろうか。最初の項目に書いた通り、男女交際が成立してめでたくハッピーエンドになるのだろうか。当然、男性向け萌えアニメがそのような結末に辿り着くはずがなく、抜け目のない制作者はちゃんと別のルートを用意している。それが第一話からずっと宙に浮いていた主人公の嘘である。恋愛の達人だと恥ずかしい嘘を付いてしまった主人公が、その真実を告白するまでの過程をクライマックスに持ってきて、半ば強引に物語を締め括っている。もちろん、これはこれで感動はするのだが、結局はただの友情物語である。本作のテーマは何だったのか。上手く逃げられたようでもやもやが残る。
 まとめよう。一言で言うと、本作は極めて「ロジカル」な作品である。恋愛研究という笑いのギミックを成立させるためにしっかりと舞台を整え、モラルに反しないように様々なトリックを用い、話に深みを持たせるために敵を用意しつつ、ラストは角が立たないように平凡に終わらせる、等々、全てが高度な計算によって構築されている。ただし、その中心にある主人公達の行動自体は極めてアンロジカルなのである。それはまさに男性が何万年かけても絶対に理解できない女性の心理だ。それを「可愛い」と感じるか「うざい」と感じるかは、人によって大きく異なるだろう。よって、本作の評価は賛否に両分されると思われる。

・総論


 人によって大きく評価が分かれるであろう作品。個人的な感想を書くなら、可愛いとうざいが3:7ぐらいである。

星:☆☆(2個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 09:32 |  ☆☆ |   |   |  page top ↑
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