『この素晴らしい世界に祝福を!』

チュートリアル。

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この素晴らしい世界に祝福を! - Wikipedia
この素晴らしい世界に祝福を!とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2016年冬暁なつめ著のライトノベル『この素晴らしい世界に祝福を!』のテレビアニメ化作品。全十話+OVA一話。監督は金崎貴臣。アニメーション制作はスタジオディーン。異世界に転生した高校生が、水の女神と一緒に魔王を倒す旅に出ないギャグファンタジー。話数が少なく、作画も不安定という典型的な低予算アニメでありながら、世間一般には好評を博している。

・パロディ


 本作を一言で説明すると、「異世界転生物のパロディアニメ」である。平凡な少年がファンタジー世界に転生し、チート能力を駆使して魔王を倒すというありがちな異世界転生物のストーリーを追いかけつつ、その疑問点やおかしなところを殊更に強調して笑いに変えている。具体的な例を挙げると、主人公の死に様が滑稽、異世界に行っても金がない、主人公のステータスが低い、周辺に敵がいないから土木作業員になる、最初のモンスターが倒せない、死の呪いが簡単に解ける、仲間が役立たず、女神はもっと役立たず、などだ。その最たる物が勇者キョウヤである。彼は主人公と同じように転生して異世界にやってきた日本人なのだが、主人公と違い、その時に入手した魔剣の力を使って大活躍していた。だが、主人公達はそんな彼を「魔剣で何の苦労もせずに生きてきた」と全力で否定する。生まれ持ったチート能力は異世界転生物の基幹であるため、それを馬鹿にするということは、パロディ元の異世界転生物その物を馬鹿にするということである。通常、パロディ側がネタ元を批判するのはタブーとされている。軒先を借りて商売しているのと同じ状態なのだから。そういう意味では、本作は社会風刺コメディ的な側面を持った、かなり挑戦的なスタンスの作品だと言うことができる。

 ただ、疑問を覚える点がある。パロディをやるには、そのネタ元が誰でも知っている定番のジャンルでなければならない。知名度がない物をパロディにしても、ただの自己満足で終わってしまうからだ。ということは、この作品の原作が書かれた2013年には、すでに異世界転生物のテンプレートが完全に出来上がっていたということになる。いくら何でも、それは早過ぎではないだろうか? このジャンルが騒がれ始めたのは2010年以降のはずだ。だとすると、世の異世界転生物はどれだけパターン化されているのかという話である。もう、世界で一番早く固定化したジャンルとして、ギネスブックに申請すべきではないだろうか。

 何にしろ、パロディはパロディであって、どんなに面白い作品でもネタ元を超えて評価されることはない。本作も、最終的には「それなりに面白いギャグアニメ」という無難な結論に落ち着く。ただし、異世界転生物パロディに限ると、ネタ元の出来が酷過ぎて、相対的に映像作品としても高評価になるという素敵な事態が発生する。ある意味、そこが一番の笑いどころだ。

・設定


 改めて、本作と普通の異世界転生物の一番の相違点は、「チート能力が選択制」であることだ。主人公は死した後に訪れた亜空間で、女神から転生後の異世界へ持っていく能力を一つ選ぶように促される。これは、主人公がチート能力を持って無双するのが当たり前の異世界転生物のお約束を逆手に取った、なかなか面白い設定である。上記の魔剣以外、具体的にどのような能力が提示されているかは分からないが、使い方次第では幾らでも想像が膨らむだろう。ところが、当の主人公がその美味しい提案を放棄し、目の前の嫌味な女神を困らせるためだけに、彼女自身を異世界へ連れていくことを決断する。うーん……。いやまぁ、ネタ的には面白いし、女神は後に本作を象徴するギャグキャラになるのだが、ちょっと考えが短絡的過ぎないだろうか? と言うのも、彼の境遇を考えると、ここでそういう行動をするとは到底思えないからである。

 話が前後して申し訳ないが、本作の主人公は不登校の高校生である。つまり、「ひきこもり」である。その理由は第一期の段階では何一つ語られない。基本的な性格は社交的であり、異世界がよく見知ったゲーム内世界に酷似していたこともあって、かなり大胆に振舞っている。ただし、時折、ひきこもり特有のネガティブな言動をすることから、実際にそうだったのは事実のようだ。そうなるといろいろ不都合が生まれる。彼は後々、ずっと異世界に憧れていたと何度も発言する。そして、想像と違って全くヒーローになれないこの世界を「ろくでもない」と嘆く。それなら、なぜチート能力を選ばなかったのかという話である。異世界に憧れたのは、現実世界に絶望したからであって、そのためにひきこもっていたはずだ。そんな真っ当な人生を捨てさせるほどの「絶望感」を描く最大のチャンスが、チート能力の選択シーンではなかったのか。ただ、目先の笑いのために大切なことを捨て去っているようで、あまり感心はできない。

 もっとも、この決断は結果的に功を奏す。なぜなら、主人公は、このチート能力のないグデグデと流れる普通の生活が、次第に楽しくなってくるからである。それはつまり、あれだけ嫌っていた現実世界の良さに気付き始めたということだ。まさに、怪我の功名。本作のタイトルである『この素晴らしい世界に祝福を!』に込められた本当の意味である。ただし、主人公はまだそのことに気付いていない。真実を知るのは、もう少し後のことになるだろう。

・ファンタジーRPG


 異世界転生後、主人公は冒険者ギルドに所属して、依頼されたクエストをこなしつつ、レベルを上げてスキルを磨き、ステータスを高めていく。この一文を読めば分かる通り、本作、つまり、異世界転生物の元になっているのは、「ファンタジー」ではなく「ファンタジーRPG」である。両者は似て否なる物だ。後者は前者をデータ化し、視覚できるように体系化した物である。例えば、冒険によって得た曖昧な「経験」を「経験値」という形で数値化し、目に見えるようにしている。そうすることで、あまり想像力のない人でもより理解し易く、より簡単に作品世界の中へ没入できるようにしている。

 ファンタジーの歴史は長いので、そのパロディ作品の始祖は存じ上げない(有名どころでは『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』など)が、ファンタジーRPGのパロディ作品の始祖は明確である。それは、1992年に連載開始した『魔法陣グルグル』である。もちろん、小説や同人の分野では幾らでも先例はあるだろうが、メジャータイトルでパロディを一つの作品に押し上げたのは、これを置いて他にない。そのため、どうしても比較対象は『魔法陣グルグル』になってしまう。では、本作との違いは何かと言うと、それは「ストーリーまでもパロディ化するかどうか」である。『魔法陣グルグル』は、メインストーリー自体は王道ファンタジーRPGで、世界各地を旅しながら修業を積んで強くなり、最後に魔王を倒すという形式だった。パロディ化しているのはその過程の部分で、一見するとオチャラケているように見えるが、キャラクターの行動自体は至極真面目である。一方、本作は王道ファンタジーRPGのメインストーリー部分も含めてパロディ化しているため、全体的に締まりがない。主人公達は最後まで最初の街に逗留し、敵は全て向こうからやってくる。しかも、それは魔王軍の幹部だったりする。敵も味方も常識外の行動しかしないため、一歩間違えるとただの悪ふざけに見える。といった感じで、ギャグアニメとしてはいいかもしれないが、一つのファンタジー作品としてはどうかということになってしまう。

 また、ストーリーをパロディ化した際のもう一つの弊害は、「インフレ」である。視聴者の予想を裏切ることで笑いにすると、確かに大きな成果が得られる。しかし、次の話では、ハードルが上がった視聴者の予想をさらに裏切らないといけない。その結果、どんどん話の内容がインフレする。実際、本作は第七話の時点で早くも主人公が死亡からの復活という奥の手を使ってしまう。最終話に出てくるボスは、街一つを簡単に破壊してしまうような古代兵器である。このまま行くと、ラストは異世界の破壊ぐらいやらないと、視聴者は納得しないだろう。

・ストーリー


 上記の通り、本作は、少なくとも第一期の間では、ストーリーらしきストーリーが何もない。一つの街でゴチャゴチャとやっている間に、二度ほどボスが攻め込んでくるだけだ。最初からそういう日常系ファンタジーを標榜しているなら問題はないが、本作はあくまで異世界転生物のパロディであり、魔王を倒して日本に戻るという大きな目標がある。そのため、狭い地域に閉じこもっている現状は極めて違和感が大きい。

 最初に攻めてくるボスは、魔王軍の幹部の一人である首無しライダーのデュラハンである。だが、彼は見かけに反したギャグキャラクターであり、敵も味方も一緒になってドタバタとやっている間に騒動が終わってしまう。続いて、最終回に何の伏線もなく唐突に攻めてくるのが、古代兵器であるデストロイアである。街一つを破壊できる力を持ったボスだけあって、簡単には倒せない。何と、三回も倒す→復活するの流れを繰り返す。こんな物は濃密なバトルでも何でもなく、ただ単にグダっているだけだ。これらは、主人公側が魔王側に攻め込むというファンタジーRPGの常識を覆すことによって生まれる滑稽さを描こうとしているのだが、ギャグとしてはともかく、ストーリー的な面白さは皆無である。作り手も分かっているだろうに、あくまでギャグに拘る。それは「逃げ」ではないだろうか。いや、違う。むしろ、手段が目的化して、とにかくファンタジーRPG的な物を否定したいだけなのではないだろうか。

 結局のところ、本作の根底にあるのは「冒険否定」である。見知らぬ土地に行って、未知なる物を探索するというファンタジーの基本である「冒険」を、本作は徹底的に回避している。要は、そんな面倒臭いことはできるだけやりたくないのだ。それよりも、安全な街に閉じこもって可愛い女の子とイチャイチャしたい。ファンタジーだから仕方なくボスとも戦うが、それは片手間で十分。こうして見ると、先に「主人公がひきこもりになった理由が分からない」と書いたが、そんな物は描く必要がないということがよく理解できる。なぜなら、主人公は異世界でもずっとひきこもっているのだから。基本的に彼はそういう性向なのだ。

 最終回では、主人公が「今までは長いチュートリアルだった」と言って、これから始まる苦しい冒険を示唆するのだが、さてはて……。少なくとも、自分はそんなにチュートリアルが長いゲームは絶対にプレイしない。

・総論


 それなりに面白いギャグアニメ。

星:☆☆(2個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:03 |  ☆☆ |   |   |  page top ↑

『狼と香辛料』

原作に忠実。

公式サイト
狼と香辛料 - Wikipedia
狼と香辛料とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2008年。支倉凍砂著のライトノベル『狼と香辛料』のテレビアニメ化作品。全十三話(テレビ未放送一話)。監督は高橋丈夫。アニメーション制作はIMAGIN。行商人の主人公と人狼のヒロインが旅をするファンタジーロードムービー。ファンタジーアニメにしては珍しく、市場経済と商取引をテーマにしている。幕間劇的な第七話は映像ソフトにのみ収録。

・脚本


 まず、先に純粋な脚本上の問題を処理しよう。本作は、原作小説の第一巻と第二巻を十二話分、約四時間かけてアニメ化している。小説の映像化の慣例から考えると、ややスローペースである。それだけ原作を忠実に再現しているということになるはずだが、実際に映像を目にすると非常にハイペースな印象を受ける。とにかく場面転換が早く、説明量も足りないため、視聴者の理解が追い付かない。特に目立つのが、とりあえず駆け足でストーリーを進めておいて、後から回想シーンで不足しているカットを補うという手法だ。ここぞという場面で使うならインパクトもあるだろうが、こうも多用されると時系列に混乱を来たして没入を阻害する。例えば、とある村で値段交渉人を営むクロエという女性(原作では男性)が、なぜ主人公の敵対勢力のリーダーになったのか、後から追記された短い回想シーンだけでは全く分からない。ちゃんと事前に彼女がヒロインの正体を疑う伏線を入れておかないと、それはサプライズでも何でもなく、ただ単に唐突なだけだ。奇をてらえばいいという物ではない。
 また、本作は市場経済をテーマに盛り込んだ異色の作品なのだが、肝心要の経済に関する専門的な解説を全く行わない。信用買いや債権譲渡といった専門用語を台詞だけで聞かされて、商取引に明るくない視聴者が十分に理解できるだろうか? 「主人公は取引先の商人からの依頼で、別の商人が持っている武具を信用買いの後払いという形で買い付けたが、武具の価格が暴落したことで商人は破産した。そのため、取引先の商人がその債権を買い取り、主人公に対して売掛金の全額返済を要求した」という一連の流れを初見で納得できた人はほとんどいないだろう。「つまり、どういうことになったのじゃ?」「つまり、後ろの荷物がゴミになったということだ」という簡素な会話で分かれと言う方が無茶だ。そもそも、この世界の法律や契約関係がどうなっているのかすら分からないため、どこまで現代的な感覚を持ち込んでいいのか判断できない。ならば、ある程度のリアリティを犠牲にしてでも、劇中で詳しく説明しなければならなかったはずだ。つまり、地の文でフォローできる小説と映像が全てのアニメとの表現方法の違いを考慮しなければならないということである。「原作に忠実」が決して最上の褒め言葉ではないことを改めて認識し直す必要があるだろう。

・ヒロイン


 遥か遠い昔、狼が麦の神様だった頃のお話。貨幣経済の発達により合理的な精神が浸透し始めた人々は、神秘なる物を世俗に引きずり降ろそうとしていた。ある日、辺境の村に訪れた行商人の主人公は一人の奇妙な女性と出会う。一見すると妙齢の女性だが、獣の耳と大きなしっぽを持っていた。彼女は何百年間も麦の神として村を守ってきた人狼だったが、人々の信仰心が衰えたことで力を失い、生まれ故郷の北の国へ帰ろうと麦の行商を営む主人公を頼ったのだ。思わぬ申し出に困惑する主人公だったが、彼女の純粋な気持ちに絆されて契約を結ぶ。こうして人間と人狼の不思議な旅が始まるのだった。
 と、大袈裟な紹介文を書いたが、要するに可愛らしいヒロインとのいちゃいちゃ二人旅を楽しむだけのアニメである。それ以上でもそれ以下でもない。冷静に考えると、なぜヒロインが主人公と旅をしているのかはさっぱり分からない。ヒロインにとって、主人公は何百年もの間に大勢出会った男性の一人に過ぎず、たまたま自分の目的と利害が一致しただけだったはずだ。年齢差を言うと、お婆ちゃんと孫というレベルではない。だが、旅を始めた時にはすでにお互いの好感度が高く、第三話ぐらいにはもう恋人同士のような関係になっている。齢数百の人狼にして「賢狼」とも称される百戦錬磨・頭脳明晰なヒロインが、大して商才もない平凡な行商人の主人公に惚れた理由は何か? 特にない。特にないが、ヒロインは自分の寂しさを埋めるために年甲斐もなく主人公に甘えまくる。すなわち、画面の向こうの視聴者に媚びまくる。要は、自分を構ってくれる男性なら誰でも良かったのだろう。いわゆる「構ってちゃん」という奴だ。
 それを抜きにしても、確かにヒロインは可愛い。設定の不備を忘れさせるほど可愛い。ただ、そのほとんどをCV担当の小清水亜美の演技力に負っている。あまり「最近の若者は~」とは言いたくないが、やはり昨今の若手声優とは演技の幅に格段の差がある。キュートなキャラとクールなキャラを演じ分けることぐらいはどの声優でもできるだろうが、大事なのはその中間をアナログ的に繋げられるか否かだ。それができないと、如何にも定型化した三流キャラクターになってしまうが、本作のヒロインは非常に幅広く奥深く、声優の演技力が作品にとってどれほど大切かを教えてくれる。

・主人公


 作画・シナリオ・演出、本作の欠点は多岐に渡るが、一番の欠点は何と言っても主人公その物だろう。これと言う特徴もなく、場面場面で思考がブレまくるので、最後の最後まで彼のキャラクターが掴めない。分かり易いのが第二話。ヒロインが「嘘を聞き分ける」という特殊能力の持ち主であることを知った主人公は、すぐにその能力を商売に生かそうと考えるのである。ドラマのセオリーに則ると、そんな非現実的な力に頼ろうと考える人間は、老獪な悪徳商人か右も左も分からない駆け出し商人のどちらかに相場は決まっている。前者はあり得ないから、当然、主人公は後者ということになるが、彼は決して駆け出しではなく、ある程度の経験を積んだ中堅行商人である。抜けている点はあるが、基本的に商談も巧みで、いざという場面ではやたらと饒舌になる。もっとも、他人の評価はまちまちで、「頭の回転は良いが経験が足りない」という意見もあれば「経験が過信を呼んだ」という全く正反対の意見もある。組合に信用されているような描写もあれば、最後の最後でようやく一人前だと認められたという描写もある。実際、劇中で何度も大きな失敗を犯しているし、女性に対する反応もあからさまに童貞臭い。と、このようにあらゆる面でバラバラなので、彼本来のキャラクターが全く分からないのである。
 これは単にシナリオの問題ではなく、作品テーマの問題である。つまり、本作のジャンルをヒーロー物として捉えるか、成長物語として捉えるかの問題だ。前者なら、もっと主人公は金儲けに対して貪欲でなければならないだろう。為替詐欺に出くわしたのであれば、それをただ通報して謝礼をもらうのではなく、その詐欺を逆に利用して自分だけが儲かるように誘導するぐらいのしたたかさがあっても良い。後者なら、もっと主人公を頼りない青年にして、幾つもの失敗を繰り返しながら成長していく様を描かないといけないだろう。だが、本作はどちらに対しても非常に中途半端だ。その結果、主人公は「ミスの多いベテラン」という最悪の位置に収まってしまっている。それでは、ますますヒロインの惚れる余地がない。
 なぜ、そんなことになっているのかには明確な理由がある。なぜなら、この作品は「ライトノベル原作」だからだ。ライトノベル原作アニメは、たとえ成長物語であっても主人公のかっこ悪さを描けないのである。何ともまぁ、つくづく自分で自分の首を絞めるのが好きな業界である。

・ストーリー


 本作は原作に忠実な二部構成である。第一話~第六話のストーリーは、銀貨の価値変動に乗じた詐欺事件を巡る争い……だったはずだが、いつの間にか人狼たるヒロインを巡る争いになって終了する。その際、狼神の気紛れに頼った従来の時代遅れの農業を近代化しないといけないという無駄にシリアスな社会問題が取り上げられる。全く関係ないわけではないが、繋がりは薄い。それなら、最初から旧来の風習を守る商業組合と急進的な考えを持つ行商人との争いにしておけば良かったのではないか。ちなみに、敵に捕らえられたヒロインを救出するために、なぜか行商人である主人公が単身敵陣に乗り込むが、実はすでに味方の私設軍隊が動いていたという訳の分からない展開になる。そして、最後は狼に変身したヒロインに助けられて一件落着……ヒロインを救出しに行く必要はあったのか? ストーリーにファンタジー要素を盛り込みたい気持ちはよく分かるが、もう少しプロットを整理しなければならなかったのではないだろうか。
 第八話~第十三話のストーリーは、冒頭で書いた通り、信用取引の事故によって膨大な借金を背負ってしまった主人公が、どのようにして借金を返済するかの物語である。期限はわずか二日。逃げれば、二度と行商人として活動することはできない。そこで、我らが主人公の取った起死回生の策は、何と「金の密輸」。前言撤回。こいつは悪徳商人だ。確かにその伏線は敷かれていたが、普通の主人公はそんなことをやらない。それはともかく、主人公は経営難の商人と手を組んで資金調達し、純真な羊飼いの少女を半ば騙す形で道案内に雇い入れて、金密輸を実行する。だが、他の街に行って金を買い付けるまでは良かったものの、案の定、帰り道で商人に裏切られて殺されそうになる。そして、最後は狼に変身したヒロインに助けられて一件落着……また同じパターンかよ。ストーリー的には何も問題はないし、ちゃんと起点と終点が繋がっているが、あまりにも安直過ぎないだろうか。物語の面白さの本質は、如何にして受け手の予想を裏切るかにあるはずだ。これでは何の驚きもない。仮にも経済ドラマを標榜するなら、武具の値段を吊り上げるために狼の大群を操って行商人を襲わせ、街の人々の危機感を煽り、武器商人同士を争わせて漁夫の利を得るぐらいのことはやってもいいのではないだろうか。正直、お世辞にもシナリオの質は高いとは言い難い。作画はご覧の通りだし、主人公のCVは合っていないし、結局は「ヒロインが可愛いだけのアニメ」である。

・総論


 全体的に満遍なくレベルが低い。深夜アニメなどこんな物と言われたら、それまでだが……。余程、ヒロインに思い入れがなければ、漫画『ナニワ金融道』を読んだ方が商取引の勉強になるだろう。

星:☆☆(2個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 08:43 |  ☆☆ |   |   |  page top ↑
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