『プリンセス・プリンシパル』

期待外れ。

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・はじめに


 2017年夏。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は橘正紀。アニメーション制作はStudio 3HzActas Inc.。十九世紀の架空のロンドンを舞台に、五人の女子高生スパイが活躍するスパイアクション。放送中にリリースされたスマホゲーム版は、すでにサービス終了が発表されたが、続編を描いた映画版が2019年に上映を予定されている。

・設定


 舞台は十九世紀末、現代のグレートブリテン島にある架空の国「アルビオン王国」。かつて、強大な軍事力によって世界を支配していたが、十年前の市民革命により王国と共和国に分裂し、その境界線上にあるロンドンは高い壁によって東西に分断されていた。その王国側にある上流階級用の高校、そこに通う五人の女子高生にはある秘密があった。実は、彼女達は共和国が送り込んだスパイだったのだ。そして、今日も彼女達は共和国の密命を受け、ロンドンの空を飛ぶ……というのが本作の設定である。俗に言う「女子高生に何かをやらせてみた」シリーズの一環だが、女子高生×スパイ×スチームパンクという、こんなの絶対に面白いに決まっている組み合わせは、人々の注目を集めた。ところが、いざ蓋を開けてみると、何か予想していたのと違う。面白くないわけではないのだが、一般的に言うスパイアクションの楽しさはあまり感じられない。そのため、期待が高かった分、失望が非常に大きい。

 とにかく、設定が甘い。特に、市民革命によってアルビオン王国が分裂し、ロンドンに壁ができたという世界設定があまりにも雑過ぎる。革命で王族が首都を追われて僻地や他国に臨時政府を開いたという話はよく聞くが、ロンドンに居座ったまま、依然として強大な権力を握っているという状況がまずあり得ない。そんなことになれば、ロンドンは常に内戦状態で上空を砲弾が飛び交っているだろう。王国と共和国、それぞれの政治や経済がどうなっているのかも不明なままだ。王国側は移民や貧困で民が苦しんでいるという描写があるが、それが王制の影響による物なのかの言及は一切なく、共和国側は触れられさえしない。また、主人公達、年端も行かない少女がなぜスパイをやらされているのかの説明もない。そんなことを平気で行う連中が正義な訳がないので、本作が本当に注目すべきは共和国側である。さらに言うと、おそらく尺の都合上、本作の重要アイテムである「ケイバーライト」に関する解説が劇中で全く行われない。元々は、H・G・ウェルズ著のSF『月世界最初の人間』に登場する反重力物質だが、さすがにそれを一般教養として扱うのは無理がある。しかも、ストーリー上のキーアイテムではなく、便利な道具として使われるのみだ。それでは、ただの悪しきチート主人公である。

 これらの設定不足による最大の弊害は、「世界情勢が分からない」ことである。スパイ物において、世界情勢は主人公以上に重要な要素だ。何と何が対立し、裏でどのような力が働いているのかが話の肝なのに、それが分からない状況でスパイが暗躍したところで、何の意味もない。つまり、本作は極めて底の浅い似非ハードボイルドに過ぎないということである。

・スパイ


 スパイ物は、いつの世にも人気のジャンルである。『007』シリーズや『ミッション:インポッシブル』シリーズは時代を超えて愛されているし、日本では忍者物が普遍的な人気を博している。厳密にはスパイではないが、同じく裏社会のヒーローを描いた『ゴルゴ13』や『攻殻機動隊』も息が長い。その理由はなぜかと考えると、やはり、スパイ物でしか味わえないスリルとサスペンスが生み出す独特のドキドキワクワク感があるからだろう。日本版『スパイ大作戦』のナレーションが「実行不可能な指令を受け、頭脳と体力の限りを尽くし、これを遂行するプロフェッショナル達の秘密機関の活躍である」と語る通り、正攻法では絶対に解けないミッションを我々の想像を超えた方法で華麗に解決する格好良さこそがスパイ物の華である。ここで大事なのは「プロフェッショナル」なことであり、厳しい鍛錬により育まれた高度な知識と豊富な経験が彼らの最大の武器である。運や偶然に頼ることは絶対にない。そのため、時には直接的なバトルも行うが、基本はそこに至るまでの頭脳戦・情報戦・心理戦がメインになる。

 一方、本作はどうだろうか。そもそも、スパイらしい秘密工作活動を行う回が数えるほどしかない。それも、思いっ切り顔をさらして正面突破する単純な作戦ばかりで、さらにケイバーライトというチートアイテムを用いることで、何の工夫も苦労もなく簡単に任務を完了してしまう。では、他の回は何をやっているかと言うと、主人公達がスパイになった過去を描いた回想回や、市井の人々の心温まる交流を描いたハートフル回、人間の心の闇を描いた人間ドラマ回、そして、主人公達がワイワイ楽しい学校生活を送るコメディー回などである。スパイ物……なのか? もちろん、長期ドラマシリーズなら五回に一回はこういう話があるだろうが、まさかそれがメインを張るとは誰も思うまい。

 要するに、本作は企画自体が1クール向きではないのである。基本設定からして、2クールか、もしくはそれより長いストーリー用で、とてもじゃないが1クールで処理できる分量ではない(注:各話のサブタイトルに元々は2クールの企画だった痕跡が見て取れる)。それを無理やり全十二話に詰め込んだ結果、スパイアクションらしからぬ番外編ばかりになってしまったのである。想定外に放送枠が削減された何らかの裏事情があるのだろうが、制作側の都合など知ったことではないので、我々はただ目の前にある材料で判断するだけだ。

・チェンジリング


 チェンジリング作戦。それは、女子高生スパイである主人公が王国の姫と容姿が瓜二つなことを利用し、姫を殺して彼女と入れ替わり、内部から王国を崩壊させるという作戦だった。だが、その作戦の途中、あるトラブルが発生して中断を余儀なくされる。それは、姫が元々反体制的な思想の持ち主であり、自分が将来、王国の女王になることを交換条件に、共和国のスパイに参加することを申し出たからである。それを受諾した共和国側は、監視を兼ねて主人公達のスパイチームに姫を加入させる。こうして、姫は主人公達と共に破壊工作活動を行うのだった……って、いや、おい、待て、こら。それ、スパイの意味が違うだろう。なぜか、スパイ=特殊工作員のような見なし方をされているが、スパイにもいろいろあって、一国の姫が敵国と独自に交渉しているだけで十分なスパイ行為である。それが共和国側の手先となって自ら工作現場に足を運び、姫という立場を利用して潜入するなど、軽率にも程がある。それでは特殊工作員などいらないし、単純にスパイアクションとしても面白くない。また、主人公が姫と顔が似ているという設定もほとんど意味をなさなくなる。もし、この設定を十分に生かそうと思うなら、チェンジリング作戦は最終話に先送りし、それまではただのクラスメイトという形で姫と接触した方が良い。姫の立場を上手く利用して工作活動を行う主人公。一方、姫も本当は主人公の正体に薄々気付いているが、王国に恨みがあるので陰ながら協力する。こういった狸の化かし合いストーリーにした方が、よりスパイ物らしくなるのではないだろうか。ただ、残念なことに、本作のタイトルは『プリンセス・プリンシパル』なのである。「王国の姫を中心とした女子高生スパイチームの活躍」という初期設定にこだわった結果、このような奇妙なことになっている。

 第八話。主人公の過去が彼女自身の口から語られる。本作は基本的に尺が足りないため、重要な設定は全て口述される。それによると、主人公と姫は小さい頃からの知り合いで、革命の混乱により入れ替わったのだという。つまり、スパイの主人公こそが本当は王家の血を引いたプリンセスで、今の姫はスリを生業とする下層民だったのだ。姫の持つ「女王になってこの国を変える」という思想は、主人公が遊びで姫と入れ替わって城下に出た時に感じた考えであり、それを革命で入れ替わった姫が受け継いだのだっ……ややこしいわ! これ、入れ替わる必要ある? 姫がスリの子供の惨めな生活を見て、自由主義に目覚めたで良くないだろうか? 少なくとも、このテレビアニメ版においては、入れ替わり設定は全く活用されておらず、主人公が王族である意味は何一つない。おそらく、続編ではストーリーの中軸になるのだろうが、それはそれ、これはこれである。

・構成


 脚本家の大河内一楼がストーリー構成を務めたオリジナルアニメ作品群、『OVERMANキングゲイナー』『コードギアス 反逆のルルーシュ』『シゴフミ』などに共通する点は、「風呂敷を広げ過ぎて、上手く畳めない」である。『OVERMANキングゲイナー』が分かり易い例だが、メインストーリーとはあまり関係ないボス退治に尺を使い果たした結果、目的地に辿り着く前に話が終わってしまう。そして、同人物が構成を手掛けた本作も、また同様の問題を抱えた作品である。

 第十話。共和国のスパイを統括する司令官が突如交代し、チェンジリング作戦の継続が発令される。それはすなわち姫の命を奪うことであり、主人公にその命令が下される。一方、王国では移民達がクーデターを企てており、共和国側に協力を要請していた。彼らは女王暗殺を計画し、共和国もそれに賛同する。なぜなら、その罪を姫になすり付けて同時に始末しようと考えたからだ。……はい? えっと、姫を殺すのか殺さないのか、どっちか一つにしてくれない? それはともかく、姫を殺したくない主人公は、姫と入れ替わって彼女をカサブランカへ逃がそうとした。しかし、女王になって国を変えたい姫はそれを拒否し、主人公を飛行船に閉じ込めた上で「姫の振りをした主人公の振り」をして共和国側に帰り、クーデターを阻止しようとする。ややこしい! その服はどこで手に入れたんだ? だが、それはすぐに共和国のスパイのリーダーに見破られる。だが、結局、どっちでもいいので、クーデターは決行される。意味ねぇ! そして、何やかんやいろいろあって、スパイのリーダーに殺されそうになった姫を主人公が救出し、主人公の仲間の手によってクーデターも失敗し、司令官も失脚して元に戻る。

 以上、何とも複雑で分かり難いストーリーである。この概要を見れば分かる通り、チェンジリング作戦は丸ごと必要ない。最初から最後まで全く活用できていないのだから、元より入れる意味がない設定ということだ。さらに話を複雑にしているのが、「敵国のスパイになって破壊工作は行うけど、クーデターは暴力的だからダメ」という姫の訳の分からない思想である。通常の感覚だと、卑怯な諜報活動より公明正大な市民革命の方が、よっぽど真っ当な手段だと思うのだが。この無茶苦茶さを「子供の純粋さ」で片付けるのは無理がある。要は、無茶苦茶な設定のしわ寄せが全て姫に集まっているだけなのだから。結局のところ、本作は萌えアニメ風のスパイアクションではなく、スパイアクション風の萌えアニメに過ぎないということである。なかなか、期待通りに事が運んではくれないようだ。

・総論


 当初の予定通り、2クールだったらもっと評価されただろうか。それとも、そのままだっただろうか。何にしろ、梶浦由記の音楽がもったいない。

星:☆(1個)
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『ブラック・ブレット』

ダイジェスト。

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・はじめに


 2014年。神崎紫電著のライトノベル『ブラック・ブレット』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は小島正幸。アニメーション制作はキネマシトラス、オレンジ。謎の怪物の襲撃を受けた近未来の日本を舞台に、呪われし運命を背負った少年少女が戦うアクションファンタジー。bullet(弾丸)の読み方についてだが、よりネイティブに近い発音は「ブリット」になる。よく日本で使われる「バレット」は基本的には正しくない。

・設定


 う、うーん……。いや、やりたいことは分かるし、やっていることも決して間違っていない。キャラクターデザインもいいし、作画も丁寧で、演出も悪くない。好きか嫌いかで言うと、かなり好きな部類のアニメではある。ただ、非常に残念なことだが……出来は悪い。
 設定は甘い。もっとも、それは説明不足・描写不足が主たる原因なので、破綻はしていない。十年前、「ガストレア」と呼ばれる虫型の怪物が突然大挙して現れ、東京の街は壊滅的な被害を受けた。人々はガストレアの嫌う「バラニウム」という黒い鉱石で街を覆うことによって、何とか生き長らえた。十年後、一応の平穏を取り戻した東京では「呪われた子供たち」と呼ばれる十歳以下の少女が社会問題になっていた。彼らは生まれながらにしてガストレアウイルスに感染し、人間離れした驚異的な身体能力を持っている。そこで、呪われた子供たちを対ガストレア用の生体兵器として利用する「民間警備会社」が生まれ、金儲けのために怪物の鎮圧に当たっていた。主人公は小さな民間警備会社に所属する男子高校生。彼は十年前、大けがを負ったことで人体実験の被験者になり、体の半分をサイボーグ化していた。本作はそんな主人公と相棒の呪われた子供が東京の街を救うために戦う物語である。
 未知の怪物に襲われたことでパラレルワールド化した日本を舞台にした作品は、深夜アニメ界隈では定番ネタである。それらに共通して見られる問題は、このような異常事態にも係わらず「都市生活が正常に機能している」ことである。本作も、周囲を怪物に取り囲まれて隔絶された状況なのに、なぜかインフラも経済も滞りなく、まるで我々の世界の延長線上にあるかのように平和にのんびりと暮らしている。これは間違いなく大きな設定上のミスである。ただし、本作はある一点を殊更に強調することによって、そのミスを覆い隠すことに成功している。それが「呪われた子供たちに対する差別」である。敵であるガストレアのウイルスを宿した子供達を市井の人々が忌み嫌い、激しい憎悪と暴力を間接的・直接的にぶつける様子を、包み隠さず執拗なまでに描いている。平和そうなのは見た目だけで、実際は常に死の恐怖に怯えている。そういった人間の持つ光と闇の二面性を描くことで、世界が抱えている潜在的な恐怖心と異常性を演出している。これは上手い。この点に関しては、本作は他のアニメと一線を画しており、素直に称賛されるべきである。

・高速展開


 では、本作の何が問題かと言うと、それは異様なまでに「展開が早い」ことである。いや、早いというレベルではない。高速である。ウサイン・ボルトである。
 例えば、第一話。怪物退治に出かけた主人公は、事件現場で仮面を付けた謎の人物と出会う。彼は世界に混乱をもたらそうとしている凶悪なテロリストだった。さて、このシーンが第一話の後半や第二話で描かれたのなら何も問題ない。ところが、本作はそれを第一話冒頭の最初のシーンでやるのである。その時点では、まだ視聴者は民間警備会社の役割や仕事が何も分かっていない状態なのだから、まずは日常業務を見せて、彼らがどういった生業の人間なのかを示さなければならない。だが、本作は最初の仕事と同時にラスボスまでも出してしまうため、何が何だか分からないまま話が進む。その後も怒涛のように展開が押し寄せ、次々と新しい人物が登場しては、新しい事実が明らかになる。仮面の男は自分の足で主人公達の前に現れて、自分の口で自己紹介をする。主人公とヒロインが一緒に暮らし始めた頃の思い出話という、主人公の思想の根幹を成し、本来なら独立した回にすべき重要エピソードも、十秒ほどの短い回想シーンで処理してしまう。この一ヶ月一万円生活のような無駄の無さは、別の意味で芸術的だ。もっとも、他の三流アニメだとそもそも描かれなかったりするので、あるだけましなのだが……。そして、ドーピングを使って仮面の男を倒し、続けて現れた怪物も倒し、ついでに黒幕も倒したことで、第一部はたったの四話で終了してしまう。最低でも六話、できれば1クールかけてじっくりと描きたいところだ。
 なぜ、このような残念な事態になってしまったのか。詳細は分からないので推測に頼ることになるが、おそらくアニメ化に当たって1クール分しか放送枠を確保できず、続編の制作も見込めないため、無理やりにでも全十三話でストーリーを収めようとした結果の高速展開なのだろう。つまり、制作ではなく製作の判断の問題である。ただ、第一部だけをアニメ化することや、ストーリーを改変して尺を上手く調整することもできたはずで、その判断には疑問符を付けざるを得ない。実際問題、短い時間に多くの物を詰め込んだせいで、作品としての完成度が著しく低下したのは紛れもない事実なのだから。ただ単に原作小説を宣伝するためのアニメ化か、それともアニメ文化の発展に少しでも貢献する気持ちがあるのか、今一度原点に立ち返ってその点を見つめ直して欲しい。

・主人公


 こういった外的要因によってダメになってしまった作品の粗探しをしても仕方ないので、できる限り良い点を褒めることにしよう。では、本作の良点は何かと言うと、やはり、それは「主人公」になるだろう。
 本作の主人公は、基本的には他のライトノベル原作アニメと同様で、普段はぼんやりとしているが、いざという場面になると急に人が変わったようにヒーロー的な活躍をし、ヒロインが理不尽な扱いを受けるとすぐにキレて、誰彼構わず熱い啖呵を切るタイプの人間である。ただ、彼が他の主人公と違うのは、人体実験の材料にされて人ならざる体になってしまったという重い過去を持っていることや、人々から差別を受ける呪われた子供たちと一緒に暮らしていることで、世の中の不正を人一倍憎む心を有している点である。そして、その思想は最初から最後まで一貫して変わらない。常に弱き者の側に寄り添い、強き者に立ち向かう。他のアニメにありがちな、何の苦労も何の努力もしていないのに、なぜか世の中全てが分かった振りをして、上から目線で他人に説教するような人間ではない。つまり、地に足が着いているということだ。だからこそ、彼の発言には説得力があり、己の理想を実現するために体を張って突き進む背中を素直に応援することができる。確かに、それは子供じみた暑苦しい正義感かもしれないが、いい歳した大人が必死になって否定するようなことでもない。特に、本作は中高生をメインターゲットにしているため、こういった主人公こそが相応しい。
 また、主人公は超人的な能力を持っているが、決して無敵という訳ではない。敵はそれ以上に強力なため、劇中ではむしろ敗北を喫することの方が多い。あれだけ大口を叩いておいて呆気なく敗れるのだから、その姿は明らかに「かっこ悪い」。だが、本作の主人公はどんなに無様にやられても決して諦めず、ボロボロになりながら何度も立ち上がって敵に戦いを挑む。その姿は間違いなく「かっこいい」。『聖剣使いの禁呪詠唱』の項目と見比べてもらうとよく分かると思うが、本当のかっこ良さを描くためにはある程度のかっこ悪さを同時に描かないといけないのだ。全く痛みを知らず、すました顔で敵を惨殺するような人間はただの兵器である。兵器に自分自身を投影できるほど人間は愚かではないし、そんな作品が世間に受け入れられることはない。

・ダイジェスト


 第五話からは第二部が始まり、激動の第一部に比べると本作はやや落ち着きを見せる。だが、それでも一般の作品と比べると全体的なテンポは早い。その理由の一つとして、本作に登場する人物が皆、その場の状況を把握する「理解」と事件の真相を言い当てる「推理」と今後の目標を定める「決断」が異様に早いことが挙げられる。これらが遅いとただの頭の悪いアニメになってしまうが、だからと言って早過ぎるのも考え物だ。あまりにもサクサクと話が進むため、まるで超能力者しか住んでいない世界に迷い込んだかのような錯覚に襲われる。
 第八話以降の第三部もその流れを引き継ぎつつ、最終話へ向けて加速度的にスピードを上げていく。特に、最終話は目に見えて放送の尺が足らず、激安タイムセールのような詰め込みっぷりを披露する。紛失したバッテリーの伏線はあっさりと消化され、せっかく集めた八人の仲間は活躍の場すらない。あっと言う間に命懸けの決断をし、あっと言う間に最強の敵は倒される。それで終わりかと思ったら、突然場面が切り替わり、民間警備会社の女社長と実は事件の黒幕だった彼女の兄との対決シーンが描かれる。すると、なぜか二人で決闘をすることになり、それに勝利した社長が闇落ちしたところでいきなりストーリーが終了する。意味が分からない。はっきり言って、この対決シーンには物語的な必要性をほとんど感じない。この分の尺を使えば最終決戦をもう少し盛り上げることができたはずだ。ただ、原作通りにストーリーを進めようと思うと、社長の闇落ちは必須になる。この辺りのジレンマが歯痒い。どうせ続編などあり得ないのだから、ばっさりとカットしてしまっても構わないと思うのだが。
 このように、本作は製作の都合によって、まるでダイジェストムービーのようになってしまった不幸な作品である。ただ、内容自体はちゃんと地に足が着いた熱い青春物であり、中高生向けアニメとして十分なクオリティを保っている。こういった作品をどう評価すればいいのか判断に迷う。本来あったであろう形に戻せば間違いなく高評価なのだが、そんな物はこの世のどこにもない。そもそも、ダイジェストムービーを批評する文化などあり得るのか? ゆえに、深夜アニメ業界の特殊性とそれを取り扱うことの難しさを強く実感する。

・総論


 個人的には好きな作品。こういう物だと割り切れば、面白い。

星:☆(1個)
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