『ストライクウィッチーズ2』

続・変態飛行。

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・はじめに


 2010年。テレビアニメ『ストライクウィッチーズ』の続編。全十二話。監督は高村和宏。アニメーション制作はAICスピリッツ。前作を制作したGONZOがいろいろあって事業縮小したため、元請けとなる制作会社が交代している。ただし、監督含む制作スタッフのほとんどは続投しており、内容的な変更点はない。

・続ミリタリー描写


 前作ではお遊びレベルだったミリタリー描写は、本作では多少ましになっている。その理由として、本作の主人公が所属する部隊が、突然、復活したネウロイの襲撃により全滅した部隊を引き継いで急遽編成された物であり、全般的に「ゲリラ戦」の様相を呈していることが挙げられる。そのため、前線基地を設営するところから物語が始まり、補給や人員補充などの戦争らしい要素もしっかりと描かれている。前作のようなあらゆる施設・バックアップが揃ったパラダイスが舞台でなくなったことで、何事も自分達だけでやらねばならず、遊んでいる暇がないということだ。何より、諸悪の根源だった一週間ルール(敵ネウロイは一週間ごとに活動する)が廃止されたことで、敵がいつ襲ってくるか分からないという緊迫感が増加し、物語に張りを与えている。また、彼女達が守るべき街をちゃんと劇中に登場させたことも、その空気作りに一役買っている。
 ただし、基地が整備され、戦局が落ち着くストーリー後半は、前作のようなオチャラケムードが再び復活している。部隊総出で海水浴に乗り出したり、味方同士で撃墜数を賭けて決闘したり。ある意味、わざと戦場で感覚が麻痺していく様子を描いているのではないかと勘繰ってしまうぐらいだ。よって、本作はまだまだ浅薄な萌えアニメの枠内から脱することはできていない。

・ウィッチ


 二度の戦いを経て、ストライクウィッチーズの戦死者数は0、負傷者にしても数えるばかり、ストライカーユニットの破損も経度である。一方、ネウロイ側の被害は数百~数千。はっきり言って、これは圧倒的な戦力差である。実際、大型のネウロイでも数名のウィッチで殲滅することができ、小型のネウロイならそれこそ虫けら同然に駆逐することができる。確かに、ウィッチには魔法力の限界から来る活動時間制限と絶対的な人材不足が存在し、対するネウロイは無限の補給力を持っているが、それでも、この歪なパワーバランスは戦争が成り立たないレベルだ。これでは、力を合わせて強敵に立ち向かうという少年漫画風展開は作り難いし、新型ユニットが配備されたところでその真価を発揮できる敵もおらず、戦争アニメ的にひどくつまらない物になっている。何より、敵が弱過ぎることでウィッチ自身の気分が弛緩し、戦闘や死に対する恐怖心がなくなって、戦争がただのゲームと化しているのが厳しい。「苦戦」するからこそ勝利した時の喜びが大きいのだ、とは釈迦に説法か。
 しかし、これだけ強いと、人類にとっての最大の敵はネウロイではなくウィッチになる。今はネウロイという共通の敵がいるため、ウィッチを手厚く保護しているが、戦争が終結した瞬間、彼女達に対する弾圧が始まるだろう。その後に起こる物は、ウィッチと人類とネウロイの三つ巴の争いだ。そうなって初めて、本作が本当の意味で評価されるべき良アニメになる。おそらく、このアニメが4クールも続けば、そういう展開になるのだろうが、今のところその予定はなさそうだ。映画があったとは言え、何もかもが中途半端でモヤモヤが残る。

・反攻作戦


 最終回の直前になって、ようやく対ネウロイの反攻作戦が立案される。それはネウロイ化した戦艦大和を中心とした艦隊による一斉攻撃で、ウィッチーズはその護衛に回るという物だった。敗北は即全滅・撤退を意味する総力戦である。確かに、ウィッチの攻撃力は凄まじい物があるが、対要塞戦となると勝手が違う。事実、前作のネウロイの本拠地を倒したのはウィッチーズではない。(ただし、第一話のナレーションを聞く限り、戦意高揚のためにウィッチーズの戦果だと喧伝されている節がある)
 だが、その作戦に対して、ウィッチーズ達は反発する。自分達が部隊の中心になるべきだと。今まで若い女性の身で延々と防衛戦をやらされてきたのである。ネウロイへの復讐心や軍上層部への反発心も分からないではないが、普通に考えると「もう戦わなくていい」というほっとする気持ちの方が強いはずだ。彼女達に死の恐怖はないのか。要するに、それまでの戦いが楽勝過ぎて増長しているわけである。「ウィッチに不可能はありません」と豪語する指揮官の台詞など、その最たる物だ。が、実際に作戦が始まると、圧倒的な敵の数の前にすぐに魔力切れを起こして戦線離脱してしまう。まぁ、そんな物だろう。そもそも、最終回まで敵陣の詳細が分からないというシナリオに問題があるのだが、前作に引き続き、彼女達の油断と調子に乗ったピエロっぷりだけがクローズアップされるという酷い展開になっている。

・最終回


 最終決戦が始まり、ヴェネツィア上空に浮かぶ敵本陣は、ネウロイ化した戦艦大和の特攻によって消滅する。しかし、今度はその大和自身がネウロイに取り込まれ、味方に対して牙を向くというどこかで見た展開が続く。まさか、二期続けて同じネタを使い回すとは誰も思うまい。この人類最大のピンチを防ぐため、魔力を使い果たしたはずのウィッチ達が大空を飛ぶ。飛ぶ・飛べないはコツもあるのだろうが、それ以外のあらゆる生命維持に魔力を使っているという設定だったはずだが。そして、主人公は全ての魔法力を振り絞ってネウロイのコアを破壊する。その代償に、彼女はウィッチとしての力を失ってしまう。魔法力とは貯金みたいな物なのか? まず、監督は作戦や軍事について語る前に、この世界における「魔法」とは何かを説明して欲しい。
 このように、最終回は基本的にグダグダ脚本である。制作者の頭の中では話が繋がっているのだろうが、そこへ至る伏線が根本的に欠けているため、「全ての状況を台詞で説明する」というありがちなミスが起こっている。なぜ、大和の魔導ダイナモが停止し、なぜ、遠隔操作ができなくなり、なぜ、魔力を注入すると再起動できるのか、その辺りに納得の行く科学考証はない。結局、よく分からない点は「魔法」、謎のパワーは「気持ち」で全部説明できるのだから、便利な物だ。
 ところで、前作で問題提起したはずの「人型ネウロイ」の話はどこに行ってしまったのだろうか。ネウロイは敵なのか味方なのか、いや、それ以前に「ネウロイとは何か?」が本作のメインテーマだと思っていたが、どうやら早とちりだったらしい。そう言えば、主人公の父親は最後まで謎の人物Xだった。はっきり言って、第二期は何のために存在するのかすらよく分からない不思議なシリーズである。

・総論


 前作の問題点を踏まえて設定を整理し直した結果、何とか大人の鑑賞に耐えられる作品にはなっている。ただ、アニメーションとしての評価は上がっていても、中身は第一期の焼き直しのため、存在価値という意味では明らかに下がっている。一体、何期まで行けば、本作は真っ当な作品になるのだろうか。

星:☆☆☆☆(4個)
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by animentary  at 22:01 |  ☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑

『ストライクウィッチーズ』

変態飛行。

公式サイト
ストライクウィッチーズ - Wikipedia
ストライクウィッチーズとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2008年。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は高村和宏。アニメーション制作はGONZO。舞台は1944年、地球とよく似たパラレルワールドに侵攻した謎の敵「ネウロイ」に対し、ストライカーユニットと呼ばれる航空具を装着した少女達が立ち向かう萌え戦争アニメ。元々は、「メカ少女」で知られるイラストレーターの島田フミカネが、雑誌に寄稿していたコラムからのメディアミックス作品である。愛称は「ストパン」。公式ではないが、「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」がキャッチフレーズ。

・パンツアニメ


 島田フミカネの創造した本作のメインガジェットである「ストライカーユニット」は、若い女性が素足の上に装着する特殊な航空器具である。そのため、キャラクターの下半身を覆う布の面積は極端に狭くなっている。具体的に言うと、太ももは全て露出し小股が切れ上がり……要は「パンツ」である。まぁ、本作は男性視聴者が気持ち良く視聴することにのみ注力して作られた「萌えアニメ」なので、あからさまに下品なお色気もそれはそれで分からないでもない。ただ、本作は何を血迷ったか、そこから斜め上に限界突破する。何と、彼女達は普段の生活でも戦闘中と同じ格好をしているのである。つまり、「パンツ丸出し」である。しかも、パンツ風の衣装ではなく、現代社会における下着その物であり、ご丁寧に小さなリボンまで付けている。要は、女の子が恥ずかしげもなくスカートやズボンを脱いだ状態だ。
 変態である。節操がないと言うか、エロのベクトルが本能に直結していると言うか、完全に「おっさんの妄想」だ。一応、パンツじゃないから恥ずかしくない(=この世界における日常服)という設定になっているが、文化人類学的に考えるとさすがに無理がある。どの歴史を紐解けば、生物的に最も重要なパーツである下腹部だけを露出した民族がいるのだろうか。下劣にも程があるわけだが、これこそが本作の最大のセールスポイントであり、制作スタッフも分かってやっているため、批判するのは筋違いかもしれない。よって、涙を飲んで、評価の対象からは除外することにする。

・ストライカーユニット


 本作の舞台は魔法が自然に存在する世界であり、ストライカーユニットも魔力によって動いているという設定なので、それ自体の問題点は特にない。問題なのは、その運用方法である。というのも、奇妙なことに脚部のユニット以外の身体は完全に生身なのである。当然、そんな物で空を飛べば一瞬で上半身が吹っ飛ぶわけだが、彼女達が風圧やGを気にしている様子はない。その辺りは、きっと魔法的な何かが働いているのだろうが、それなら風で髪の毛が揺れているのはおかしい。また、彼女達の服装が普段の軍服のままで、専用パイロットスーツを着ていないこともビジュアルの奇怪さに拍車をかけている。ヘルメットにゴーグルとまでは言わないが、せめて魔法プロテクターのような物が欲しいところだ。原作イラストの再現にこだわって、メカニック的な面白さを捨ててしまっては本末転倒だろう。
 さて、そんなユニットを用いて行う本作の戦闘シーンだが、GONZOが身を削って(後日、経営難で上場廃止)制作しただけあって、実によく動く。ただし、一つのカット内で動いているだけで、コンテと連動したダイナミックな映像演出は少ない。そもそも、ユニットが人間サイズなので、画的に小さ過ぎるのが問題だ。そのスケールで巨大航空機に立ち向かうと、カメラが近付けば何が起こっているか分からなくなり、遠ざかれば人が芥子粒大になってしまう。それに、こういった人型航空機の最大の利点は「機動力」であるはずだ。つまり、小回りが利くのがメリットなのであって、本作のような海上上空がその機動力を最も生かせない舞台である。障害物を華麗にかわしてこそのユニットであり、山や谷などの複雑な地形やビルの立ち並ぶ大都市などを舞台にするべきではないだろうか。そうでなければ、普通の飛行機で何も差し支えはないのだから。

・萌えアニメとミリタリー描写


 本作のジャンルは萌えアニメであるため、結局は女の子が可愛ければそれでいいわけである。ただし、それではアニメーションとしての評価は絶対に得られないので、ほんの少しでも歴史に名を残したければ、それ以外の部分にも注力しなければならない。本作で言うと、それは戦争アニメとしてのミリタリー描写である。
 例えば、本作において「萌えアニメだから」で許される部分は、「部隊が全員若い女性」と「無駄なお色気シーン」の二点だけである。それ以外の部分は、萌えアニメであろうとなかろうと細部までしっかりと作り込まなければならないのだが、そういう観点で言うと本作には致命的な欠点がある。それは、主人公達の所属している部隊が「最前線」だということだ。戦場の最前線は意外とのんびりしている物だというのは戦争映画等でよく知られた雑学だが、それは普段、命を賭して戦っているからこそ、余暇はできるだけリラックスしようと意図的に振る舞っているのである。ところが、本作にはそのメリハリがなく、平常時も緊急時も同じメンタルなのだ。そのため、傍目には遊んでいるようにしか見えず、徹頭徹尾「萌えアニメ」になってしまっている。つまり、どこまでも緊迫感のない「戦争ごっこ」なのである。
 想像して欲しいのだが、自分達の住んでいる星が謎の生命体に侵略され、故郷を破壊された。既存の戦力は全滅し、ユニットを行使できるウィッチーズが最後の希望。彼女達の砦を突破されると人類は敗北する。そういう状態で人々は一体どのような行動を取るだろうか。考えるまでもなく、ある人は彼女達を全力でサポートしようとするだろうし、ある人は彼女達を権力で管理しようとするだろう。家族や故郷のトラウマなど知ったことではない。使えない人間は容赦なく切り捨てる。そこに「個人」の意志など一切介在しない。なぜなら、この戦いに人類の存亡が懸かっているのだから。それが「最前線」という意味である。お色気シーンは好きなだけ入れればいいが、それを緊急時にまで引きずっているようでは、ただの馬鹿だ。これでは子供騙しのお気楽戦記物に過ぎない。

・ストーリー


 ストライカーユニットの開発者の娘である主人公は、ある日、その魔法の腕を見込まれて軍にスカウトされる。皆を守るため、ストライクウィッチーズに入隊した彼女は、仲間と共に謎の生命体であるネウロイと週に一度の交戦を続ける(ネウロイは一週間ごとに活動するため)。その最中、人型のネウロイと接触したことで、主人公はネウロイが本当に敵なのかどうか疑問を抱く。その事実を知った軍上層部は……と、この概要を見たら分かる通り、ぶっちゃけ『新世紀エヴァンゲリオン』のパクリである。正確に言うと、元イラストからメディアミックスを行う際、エヴァの設定とストーリーを下敷きにしたということで、ある意味、より悪質かもしれない。最終的には、エヴァよろしく軍部のお偉いさんが基地に現われて、君達は捨て駒だから解散という流れになるのだが、それまでの腑抜けた生活を見る限り「ですよね」としか言い様がないのが哀しい。
 ただ、その後の展開が酷い。軍部が極秘開発した新型機「ウォーロック」が、ウィッチーズに代わってネウロイの巣を襲撃する。その作戦は成功したかのように思われたが、敵殲滅が終了した刹那、突然、ウォーロックが暴走して味方を攻撃し始める。その機体は、実はネウロイの技術を応用して作られた物だったのだ。そこで、ウィッチーズ達が再集結してウォーロックを撃破し、世界に平和が戻る。一見、ウィッチーズの活躍が世界を救ったように見えるが、ウォーロック暴走という予想外の事態はあったものの、結果的にネウロイを倒したわけだから、軍部の判断の方が正しかったのである。週に一度の戦争ごっこに明け暮れていたウィッチーズに任せていては、いつまで立っても戦争は終わらなかっただろう。結局、何の感動もカタルシスもなく、自分達で自分達のヒーローの価値を下げただけのダメエンディングの典型例である。

・総論


 紛うことなき変態アニメであるが、その分、内容的にも予算的にも好き勝手できるわけである。だが、戦争アニメとして見ると細部の詰めがとことん甘く、低俗な萌えアニメの域を脱してはいない。パクリ元の足元にも及ばない作品だ。アニメ人として生きる以上、監督はもっと向上心と野心を持って、上を目指して頂きたい。

星:☆☆☆(3個)
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by animentary  at 23:07 |  ☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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