『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』

悪くはないが良くもない。

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ソ・ラ・ノ・ヲ・ト - Wikipedia
ソ・ラ・ノ・ヲ・トとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2010年。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話+番外編二話。監督は神戸守。アニメーション制作はA-1 Pictures。戦争により自然が荒廃した遠い未来、辺境の砦で軍人の少女達五人が穏やかな日々を過ごす日常系戦争アニメ。テレビ東京とアニプレックスによる合同プロジェクト「アニメノチカラ」作品第一弾。キャラクター原案はPS3ゲーム『ロロナのアトリエ』などで御馴染みの人気イラストレーターの岸田メルだが、その面影はどこにもない。

・パクリ


 まず、本題に入る前に処理しておかなければならないのは、放送前から話題になった本作のパクリ疑惑である。特にキャラクターデザインは、前年に人気を博した『けいおん!』のそれと酷似している。顔や髪型が似るのは分かるのだが、口を開いた時に前歯が覗く点や、顔に比べて手足を小さく描く正面俯瞰とでも言うべきスタイルは、『けいおん!』のキャラクターデザインを手がけた堀口悠紀子の特徴であり、そこが似るのは悪意を感じざるを得ない。そして、そのキャラクター自体、どこかで見たテンプレ萌えキャラの集合であることも借り物感に拍車をかけている。また、美術面はどことなくジブリ作品を思わせる。アニメーションでヨーロッパの風景を描けばジブリっぽくなるのは仕方ないにしても、崖の上の建物などは元ネタを疑われても反論できないレベルである。
 このように全体的に人気作のツギハギ風味が漂う本作であるが、実際に映像になってみると、いずれも気になるというレベルではない。心配された人物作画も『けいおん!』より同制作会社の『かんなぎ』に近い。結局のところ、時期が悪過ぎたことと事前のプロモーションの失敗であろう。最初から穏やかな空気感を売りにして、ひっそりと始めていれば良かったのに、下手に大々的な宣伝したことで叩かれる結果になった。自業自得であるがもったいない話だ。

・戦争と平和


 本作は軍隊を舞台にした日常系萌えアニメである。さすが、日本人は平和ボケと言うか怖い物知らずと言うか、現在進行形で紛争を抱えている国が見たら、不快感を覚えそうなジャンルである。なぜなら、日常系アニメの本懐は、ユートピアはどこか遠くにあるのではなく、今住んでいるこの場所の何気ない暮らしこそが最高だと訴えるものだからだ。つまり、軍隊の全肯定である。劇中でも軍人アレルギーの少年が登場したが、そういった賛否両論がある中、軍隊の存在意義をアニメで声高に主張するとはなかなか見上げた根性である。もちろん、パクリ疑惑を生むような制作スタッフが、そこまで考えているわけがないのだが。
 それはともかく、リアリティーの固まりのような軍隊と男の妄想の権化である萌えアニメは、非常に噛み合わせが悪い題材である。当然、様々なアンバランスさや問題点が噴出するわけだが、意外なほど設定的におかしな点は見当たらない。それは、しっかりと細部まで計算して作り込まれているからではなく、逆に曖昧さを残したまま放置しているからだ。戦争で文明が崩壊した遠い未来、一時休戦中の最果ての国境地帯、分かっている設定はこれだけであり、各所に遊びを残すことで視聴者に空想の余地を与えているのである。これは上手いやり方だ。未知なる物を描くには、あえて「描かない」というのも一つの手段である。また、現在の穏やかな日常はあくまで過去の騒乱との対比であり、その平穏もいつ終わるか分からない空虚な物だということもちゃんと示唆されている。これは、『ヨコハマ買い出し紀行』等の終末系漫画でも使われている近未来の効果的な描き方だ。そういう意味で言うと、第七話で激しい戦争の記憶を描く必要はなかった。直接的には描かず、会話の節々に凄惨な過去の残滓を含ませるのが賢い演出であろう。

・ラッパ


 主人公は、トランペット吹きに憧れて軍に入隊した迷子癖のある心優しい少女。第一話の時点での腕前は、音は出せるが音程が取れず、メロディーを演奏できないという程度である。そうすると、本作は主人公がトランペットを吹けるようになるまでの話かと思いきや、第四話でガラス工房の職人のアドバイスを受けたことにより早くも吹けるようになる。ただし、そこで教わったのはあくまで「呼吸法」であり、彼女が困っていた「演奏法」ではない。もちろん、彼女の使っているトランペットはバルブを持たないナチュラルトランペットなので、呼吸法≒演奏法なのだが、そのコツを掴んだだけで劇中のように完璧にメロディーを演奏してみせるのは、やはりおかしい。この物語を成立させたければ、音程は取れるけど音が汚いか、そもそも音が出ないとしなければならないはずだ。
 全般的にアニメの脚本はこの手のミスが非常に多い。目標のすり替え、もしくは原因と結果の不一致。感動的なドラマツルギーを構築しようという意識が強過ぎて、ちゃんと前提と結論が繋がっているかどうかのチェックを怠っているのである。アニメは一人で作っているわけではないのだから、誰かが制作中に間違いを指摘して欲しいところだ。

・ストーリー


 本作は、辺境の国境地帯にある「時告げ砦」を舞台にした一話完結型の日常コメディーである。退屈にすら感じるほどゆったりとした時の流れの中、五人の女性達が穏やかな日々を過ごしながら、ポリアンナ的「良かった探し」を行う。ただし、そんな見た目の雰囲気に反して彼女達の言動は萌えアニメ風なので、あまり作品のバランスは良くない。『ARIA The ANIMATION』や『灰羽連盟』等の名作雰囲気アニメを真似しようとして真似し切れなかった感があって痛ましい。それでも、第五話以降は両者の釣り合いが若干良くなり、何とか見られる作品にはなっている。
 だが、物語の終盤で一気に流れが加速する。あまりにも急展開過ぎて、描写不足が否めない。何となく話が分かるからいいという問題ではないのだが。第十話で実は王族だったヒロインの一人が砦を離れた後、第十一話で主人公達は行き倒れの敵軍の斥候を捕縛する。言葉が通じない相手とのコミュニケーションに四苦八苦するが、次第に心が通じ合う。そして、遠い過去の遺産である曲『アメイジング・グレイス』が敵国でも広まっていることを知る。最終回直前にして、何と本作のメインテーマが「異文化交流」であることが明らかになる。それならそれで、捕虜話を第六話ぐらいに持って来るべきだろうし、第一話で街の住民の敵国や戦争に対する感情をしっかりと示すべきだろう。この手の「作品テーマが途中で変更になる」現象も、アニメがよくやる失敗の一つである。

・最終回


 最終回はさらに展開が速く、話も世界規模になる。物語的に大きな矛盾はないのだが、あまりにも不可解な点が多過ぎる。講和会議が長引いたことで、軍内の強硬派が早期開戦を仕掛け、それに主人公達が巻き込まれる。その中心にいるのは「戦争が文明を発達させる」という説を唱える軍幹部。それは分からないでもないが、残り一話で持ち出すにしては話のスケールがでか過ぎる。彼は、捕虜を公開処刑にすることで敵側の開戦ムードを高めようと画策する。ちょっとプランが安直過ぎないか。さすがに、主人公達はそんなアホな考えに抵抗し、自軍に対して反乱を起こす。ところが、そうやってジタバタしている間に、なぜか戦争が始まってしまう。捕虜の処刑は? つい数分前に言ったことを忘れる脚本家って何なの? そして、主人公達は戦争をやめさせるために戦車を稼動させる。ロボットアニメを髣髴とさせるかっこいいシーンのはずなのだが、根本的に尺が足りなさ過ぎるため、無人戦車が勝手に暴れているだけにしか見えない。なぜ、全十三話にしないのか。やがて、包囲網を脱出した主人公達は、戦場のど真ん中に飛び出して停戦ラッパを吹くものの、そんなの関係ねぇとばかりに進軍が続く。何のための停戦信号なんだよ。
 それでも、その後に続く『アメイジング・グレイス』を演奏して戦争をやめさせるという展開は感動的である。終わり良ければ全て良し。過程は無茶苦茶でもいいのだ。電話一本で済む話だが別にいいのだ。主人公達は上官反逆罪だがそれでいいのだ。タイミング的に王女の到着は間に合っているがいいのだ。炎の乙女のおとぎ話が何の伏線にもなっていないが……もういい。

・総論


 細かい問題点は無数にあるのだが、その誤魔化し方が上手いため、全体的に見ると破綻はしておらず綺麗にまとまっている。薄っぺらい見た目に反して、意外なダークホースである。ただ、最終回周辺は明らかに飛ばし過ぎだ。ちゃんとラストから逆算して物語を構築して欲しい。後、尺計算はきっちりと。

星:☆☆☆☆☆(5個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 23:05 |  ☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑

『true tears』

普通の恋愛ドラマ。

公式サイト
true tears (アニメ) - Wikipedia
true tearsとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2008年。La'cryma制作の恋愛ゲーム『true tears』を元にしたオリジナルテレビアニメ作品。全十三話。監督は西村純二。アニメーション制作はP.A.WORKS。富山県の美しい景色を背景にして、「真実の涙」をテーマに高校生の男女の爽やかな恋愛と青春を描く。同名ゲームとテーマは共通だが、物語的な繋がりはない。放送後、舞台となった富山県に聖地巡礼をするファンが殺到し、アニメによる町興しのモデルケースとなった。

・恋愛ドラマ


 非常に珍しい作品である。何が珍しいかと言うと、深夜発のオリジナルアニメでありながら極めてオーソドックスな恋愛ドラマを構築している点だ。男性主人公にヒロインが二人、そして、ライバルと友人とサブヒロインが一人ずつ。本当は互いに想い合っているが、気持ちのすれ違いから誤解が誤解を呼び、そこに恋敵も加わって人間関係がもつれる。だが、最後に想いを伝え合って、恋が芽生えるという王道の少女漫画展開である。深夜アニメの恋愛と言うと、無駄にハーレムだったり、性欲と愛情を混同していたり、相手が同性や兄弟だったり、そもそも人間じゃなかったりする中、しっかりと恋の発生から成立までを描いている。ここまでオーソドックスだと、逆にアニメである必要性を感じなくなるが、日本のドラマ界には高校生年代の名役者がいないのだから仕方ない。
 ただ、やはり、恋愛ゲームが原作ということで、深夜アニメらしさも幾つか残っている。まず、ヒロイン達がほぼ無条件で主人公に惚れているという点。これと言う明確なエピソードがなく、過去話との絡みなどで気が付いたら恋に落ちている。また、主人公も基本的に受身で主体性がなく、自ら積極的には動かない。一応、最後の最後でその卑怯さに気付いて自分から行動し出すのだが、その頃にはすでに全ての障害は排除され、後は主人公が意思決定をするだけである。ここまでお膳立てされないとダメなのかと情けなくなるが、それでも、本作の主人公は「絵本作家になる」という夢に向けて日々努力を重ねている人間なので、そこらのハーレムアニメの主人公に比べれば、何百倍もましである。

・アニメーション


 作画は丁寧だが、アニメーションとしての出来栄えはと言うと、かなり厳しいものがある。まず、目立つのが、監督の癖なのか、真上からの俯瞰アングルの多さだ。好意的に解釈すると上空を飛ぶ鳥目線なのだが、それなら逆にアオリのショットで空を映すべきで、この視点は嫌味な圧迫感があり重苦しい。加えて、顔のアップも目立つ。特に奥から手前にズームアップしてカメラを覗き込むカット。萌えアニメとしては普通なのかもしれないが、本作は普通の恋愛ドラマを意識して制作されているため、その部分だけが確実に浮いている。もう少し全体的にカメラを引いて欲しい。そして、何より評価を下げているのがシーンの繋ぎの拙さだ。フィルムで言うところの「編集が粗い」という奴で、急に場面が飛んだり人がワープしたりする。絵本を意識しているのか、随所に絵画風のカットを挿入しているのだが、それも繋ぎの悪さに拍車をかけている。そもそも、この絵画風カットの存在意義が分からない。
 演出にも問題がある。第九話の事故シーンや最終話の告白シーンは、演技の「溜め」ができておらず、ひどく稚拙な出来になっている。主人公が行方不明になった人物の居場所を簡単に探り当てるという神がかった行為を何度も繰り返すのも問題だ。また、第五話にわざわざ時間を巻き戻して、ヒロイン側の視点でシーンを描き直すという最低の演出がある。ここまでしないと視聴者は心情を理解できないとでも思っているのだろうか。これに限らず、本作は全体的に登場人物の感情が単純で分かり易い。もう少し、複雑であってもいい。

・乃絵


 メインヒロインの一人であり、本作のキーパーソンである。性格は良く言うと無邪気で子供っぽい、悪く言うと電波な不思議ちゃん。彼女は、幼い頃に交わした祖母との約束から「涙をあげた」と思い込んでいる。彼女の夢は「高く飛ぶこと」であり、「真心の想像力」によって主人公にその素養を見出す。彼が絵本を描いていることを知ったのはその後であり、なぜ、彼の才能を見抜けたかの論理的な説明はない。それから、彼女の兄のお節介もあって、二人は付き合い始める。二人が恋仲になっている間だけは、彼女の電波的な行動がなくなり、普通の女の子になっているのが面白い。その際、重要なキーアイテムになっているのが、学校で飼っている鶏である。彼女は、空を飛ぼうとした鶏を雷轟丸と呼んで可愛がり、飛ぼうとしない鶏とジベタと呼んで蔑んだ。しかし、ジベタは飛ぼうとしないのではなく、あえて飛ばないことを選んだのだと気付き、彼女は自分の誤りを知る。鶏にそこまでの思考能力はないとツッコミを入れるのは野暮か。
 この鶏の件からも分かる通り、彼女は脚本家にとって非常に便利なキャラクターである。地面に石で告白メッセージを残すなどの無茶苦茶な伏線も、彼女の奇行の一つとして処理できる。それは主人公にとっても同様で、彼女は自分の才能を無条件で認めてくれる最も都合のいい「男の夢」のような存在だ。そんな彼女の好意によって、主人公は目標に向けて再び立ち上がることができた。ただし、トリックスター的役割の登場人物は得てして報われないもの、本作もその例外ではない。物語は彼女にとってつらい方向へと流れて行く。

・比呂美


 もう一人のメインヒロイン。性格は乃絵と対称的に理知的で大人っぽく、その代わり、自分にも他人にも厳しい。ただ、人一倍、泣き虫という側面も持っている。彼女は数年前に両親を亡くし、それ以来、主人公の家に居候している。二人は密かに両想いであるが、ある理由からヒロインは主人公を避け続けていた。それは、彼女が自分の母親と主人公の父親との不倫の子、つまり、二人が実の兄妹ではないかという疑念からだ。しかし、後にそれは主人公の母親がついた嘘だと明らかになる。嘘なら嘘で、なぜそこまで彼女の母親を嫌っているのかの理由を描かないといけないのだが、特にその説明はない。普通は、夫に対する疑念を持っていたが、ある事件がきっかけで疑いが晴れたとしなければならないはずだ。それはともかく、障害がなくなったことで二人は晴れて恋人同士になる。ただし、そこには乃絵という最大の懸念材料が残っていた。
 なお、乃絵との差別化を図るため、彼女は非常に肉感的に描かれている。グラマラスなシルエットや下着姿、そこはかとなく漂う大人の色気。乃絵の「好き」が精神的な子供の恋であるのに対して、比呂美のそれは年齢相応である。それは同時に視聴者の性癖も投影されているため、両派の意見が交わることは絶対にない。両派が和解するのは、キリスト教徒とイスラム教徒が手を組むより難しいだろう。

・真実の涙


 実際のところ、本作においてちゃんと恋愛ドラマが成立しているのは比呂美だけである。むしろ、恋愛はあくまで表側のテーマであり、裏側の、そして、メインのテーマは乃絵の成長物語である。つまり、「涙をあげた」乃絵が真実の涙を取り戻すまでのストーリーだ。
 主人公と比呂美が想いを通じ合わせたことで、結果的に乃絵はフラれてしまう。元々、二人は好き合っていたのだから、当然の結末だ。自分の可能性と戦っていた主人公にとって、乃絵は一時的な気持ちの拠り所=きっかけに過ぎない。酷い言葉で言うと、「踏み台」だ。そして、長い冬が終わり、壊れた石のメッセージを見てそれを実感した時、彼女は真実の涙を流す。この涙を、本作では大人と子供の対比として使っているのが特徴的だ。子供っぽい言動を繰り返し、真心の想像力で人の気持ちは分かる、自分は高く飛べると信じていた彼女は、失恋を経験したことで一つ大人になる。それは、人としていつか味わわなければならない通過儀礼。彼女に大人の恋は早過ぎたのだ。
 本作はWヒロインという性質上、どちらにも一定数の個人ファンが付いた。そのため、乃絵に対して感情移入をしていた視聴者は、最終回を見てつらい想いを味わったそうだ。ただ、上述の通り、物語的に乃絵はフラれないといけないのである。仮に、主人公と乃絵が付き合いを続けていたなら、彼女はいつまで立っても夢見る少女のままだっただろう。そして、真実の涙を取り戻すこともできなかったはずだ。それゆえ、乃絵派の方には大変申し訳ないが、このエンディングがベストである。

・総論


 我ながら評価が甘い。これだけ欠点があって星7個はないだろう。ただ、それは他のアニメやドラマが情けないからであって、相対的な高評価である。あくまで本作は標準点、他の作品には易々と超えてもらわなければ困る。

星:☆☆☆☆☆☆☆(7個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
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