『つり球』

スポ根。

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・はじめに


 2012年。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は中村健治。アニメーション制作はA-1 Pictures。釣りを通して成長していく男子高校生の地球を守る戦いを描いた青春SFアドベンチャー。「釣りでどうやって地球を救うんだ?」と視聴者に一瞬でも思わせたら勝ち。

・第一話


 本作は極めてオーソドックスな青春ドラマである。王道にしてベタ、基本を大切にし、人の心を揺り動かすツボを全て押さえた誰の目にも明らかな良作である。ただし、全体的に小綺麗にまとまっている分、細かな粗が非常に目立つ。そこで、この項目ではあえて欠点を挙げ連ねることによって、本作の特徴を探って行きたい。
 主人公は祖母と二人暮らしの男子高校生。内気で人見知りな性格であり、疑問を覚えても他人に尋ねることはせず、何でもかんでもスマートホンで調べてしまう良く言えば現代的な人間である。家庭の事情で転校が多く、また、緊張すると顔が般若のような変顔になるというコンプレックスがあるため、ずっと友達がいなかった。ところが、新しい転校先の江の島で自称宇宙人のハルと出会い、彼の強引な勧めで釣りを始めて以降、主人公に変革の時が訪れる。以上、本作の主人公はどこを切り取っても分かり易い「ダメ人間」である。少し精神的に未発達な部分があり、自分では制御できないヒステリー症状もあるという歴代アニメの中でもかなり大変な部類に入る。そんな鬱屈した人生を送っていた主人公が、あるきっかけで生まれ変わるのが第一話なのだが、その一気呵成の解放感を上手く表現できていないのが最初の欠点である。転校前と転校後で画面の雰囲気があまり変わらないため、環境変化に対するカタルシスを得られない。しかも、本作の場合は、まず江の島に到着したことで解放され、ハルと出会ったことでさらに解放され、釣りを始めたことで真に解放されるという三つの段階を踏まえる必要がある。演出的にはかなりしんどいと思うが、第一話でそれを表現できていないと、興味を惹き付ける力が弱くなる。つまり、視聴者離れを引き起こして営業的にも苦しくなるということだ。もう少し、転校前のネガティブな学校生活を描きつつ、江の島という地上の楽園の優越感を上手く引き出すことができていれば、もっと視聴者を作品世界へ呼び込めただろう。

・釣り


 ひょんなことから釣りを始めることになった主人公。最初は右も左も分からず失敗だらけだったが、挫折を乗り越え、苦しい練習を積み重ねて徐々に様々な釣りのテクニックを会得し、仲間にも認められていく。それと同時に彼自身の心も成長し、少年は大人になるのだった。というのが、第五話までのストーリーである。何をやらしてもダメだった人間が努力に努力を重ねて一人前になるという成長物語は、やはり万国共通で胸を打つ。特に、昨今は努力否定の風潮が幅を利かせているため、ここまで真っ直ぐなスポ根はかえって新鮮で非常に心地良い。天から与えられた才能だけで突然「覚醒」した人間には絶対に出せない妙味がそこにはある。
 ただ、気になることが一つある。それは「釣りである必要性」だ。第五話までの描写を一つずつ精査して行っても、本作のテーマが釣りでなければならない必然性はあまり見つからない。主人公が釣りを始めた動機は「ハルに洗脳されたから」だし、最初は「釣りなんておっさんがやる物。退屈そう」と言っていた。後に釣りの練習に一生懸命励んだのも、自分の不甲斐なさが「悔しかったから」だ。確かに、初めて魚を釣った時に水中から救出されるようなエフェクトで気持ちがハマった感を描写しているが、実際に釣りを面白いと発言したのはかなり後になってからである。これなら、別に釣りでなくとも野球でもバンド活動でも物語的には大して支障がないだろう。
 そもそも論で、釣りの最大の特徴とは何かと言うと「大自然との格闘」である。コンクリートジャングルの文明社会で暮らす人間を自然と向き合わせ、忘れかけていた狩猟本能を呼び覚ます数少ない遊び。ならば、その点をもう少し強調すべきだったのではないだろうか。主人公は都会の真ん中でIT機器に囲まれて育ったデジタル脳の痩せっぽちな少年。だが、釣りを通して野生の本能を取り戻し、たくましく成長するという話にすれば、もっとテーマを深く掘り下げることができたはずだ。少なくとも、転校前の住所は宮城県大崎市ではなく東京都心にすべきだっただろう。

・萌え


 もう一つ気になったことがある。それは「萌えがない」ことである。いや、別に深夜アニメなんだから可愛い女の子をいっぱい出せとか、男性と女性の立場を逆転させてハーレムにしろということではない。その手のアニメが好きな人は最初から他の作品を見るだろう。ただ、物には限度があって、本作はハーレムどころか主人公と同年代の女性すらほとんど出て来ない。一応、レギュラーに一人だけクラスメイトの女の子がいるが、脇役中の脇役で物語には全く絡まない。基本的には男性四人が絶叫しながら大海原に立ち向かう暑苦しいアニメである。当然、恋愛的な要素は皆無。これは青春ドラマとして考えると由々しき事態である。少年を大人へと成長させる鍵は、目標達成の充実感や同性のボスに対する憧れ、ライバルとの切磋琢磨だけではない。やはり、異性の目という物も必ず必要になる。恋愛に限らずとも、女性にいいところを見せたい、褒められたい、祝福のキスが欲しい、そういった下心丸出しの生々しい感情があって初めて男は本気で頑張れるのだ。仮に女性の視線抜きで成長したとしても、それは本当の意味で大人になったとは言えない。そういう観点において、本作にも四人組の側にいて彼らを見守るマドンナ的存在が必要だったのではないだろうか。ちょうど海の神は女神が多いと言うではないか。ならば、女神のように慈悲深く穏やかな女性(怒らせると怖い)を登場させ、四人組の憧れの存在とするのもいいはずだ。それが視聴者にとっても可愛い女の子ならなお良いという下世話な批判である。

・SF


 第六話以降は物語のテーマが変わり、悪しき宇宙人から地球を守るというSFチックなストーリーになる。先日より江の島では船舶や人が突然消失する「バミューダシンドローム」現象が多発していた。その犯人は、人工の漁礁に隠れ住むハルと同じ星出身の魚型宇宙人。そこで、宇宙人の調査・捕獲を担う国際組織「DUCK」が犯人確保に向かう。だが、自らの手で同胞を捕まえたいハルが彼らと対立する。ここでの欠点は、その対立軸が分かり難いことである。DUCKは武力で宇宙人を捕まえたい、ハルは釣って捕まえたい。手段は異なるが目的は全く同じである。例えば、DUCKは宇宙人を捕まえて実験体にしたあげく残酷に殺してしまうなどのヒューマニズム的な対立があれば分かり易いのだが、ほんわか日常系スポ根である本作にそういったハードな設定はない。目的が同じならば協力し合えばいいのだ。もう少し対立軸を分かり易くして、主人公側に感情移入できるようにしないと、後半のストーリーが締まらないだろう。
 しかし、そんなあやふやな状態のまま話が進み、江の島に古くから伝わる竜退治の伝説に倣って、主人公達が単独で犯人釣りに出発することを決意する。これもまたよく分からない。伝説は伝説であって、今回の事件との関連性に確証はない。単なる思い込みで他人を危険に晒す行為は控えるべきだ。また、ハルなら犯人の洗脳に耐えられるという説明だが、つい先日、無様に洗脳されたばかりなので説得力がない。その後、DUCKのイージス艦の乗組員が犯人に洗脳されるという事件を持って、ようやく主人公達の行動に正当性が生まれる。そう、順番がおかしいのである。竜の伝説は第一話で出してないとおかしいし、イージス艦が乗っ取られるのももっと早い段階でやらないといけない。その上で犯人を釣り上げられるのは主人公達しかいない、主人公に地球の命運がかかっているとするのがセオリーだ。この辺りのストーリー構成の不備が本作における最大の欠点である。

・演出


 本作のジャンルは青春ドラマということになるが、その中でも努力を積み重ねて技能を磨き、皆と力を合わせて一つの目標を成し遂げるという古き良き熱血スポ根ドラマの趣を色濃く残している。ただ、そこからイメージされるような汗臭さ・泥臭さは本作にはない。心優しい街の人々、デフォルメを多用した作画、ポップな色彩、穏やかな音楽、そして、湘南の海の空気感ととにかく爽やかで明るい作風になっており、日常系アニメとして見ても優秀である。こういった「アニメーションでしかできない演出」を惜しみなく地上波で放送しているところに、日本のアニメ業界の懐の深さが伺い知れて気分が良い。
 ただ、ラストの釣りシーンだけは大いに不満が残る。『白鯨』や『老人と海』のように、ちっぽけな人間が広大な大自然に立ち向かう海洋ロマンをやりたいのは分かる。だが、迫力という点で一歩も二歩も遅れを取る。その理由の一つは「船が全く揺れてない」ことにある。嵐の海で周囲の波が大きくうねっているにも係らず、主人公達の乗っている船だけはなぜか微動だにしないのである。大波が船体に被ることもない。もちろん、船を揺らすと作画も大変だし、視聴者が画面酔いするという現実的な問題もあるだろうが、もう少し何とかならなかったのだろうか。波にさらわれないように船を操ることすら困難という極限状態で、さらに幻の巨大魚と戦う。その生と死の狭間にある壮絶なスペクタクル感にこそ人の心をかき乱すポイントがあるのだ。今のままでは低予算のB級SF映画の域を出ないだろう。
 以上、いろいろと欠点を書き連ねたが、近年では珍しいぐらい純粋に青春を謳歌している作品である。昨今は敬遠されがちな挫折や努力もしっかりと描き、周囲の人も善人ばかりではない。登場人物も制作者もみんな真剣に釣りを楽しんでいるので、見ている方も楽しくなる。ギャグの質に関しては人を選ぶが、そこを度外視すれば万人に薦められる良質の作品である。

・総論


 一つ不満があるとするなら、魚はこんなに簡単には釣れないです。

星:☆☆☆☆☆☆☆(7個)
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by animentary  at 10:39 |  ☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑

『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』


日本の恥。

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学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD - Wikipedia
学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEADとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2010年。佐藤大輔作・佐藤ショウジ画の漫画『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は荒木哲郎。アニメーション制作はマッドハウス。ある日突然、ゾンビに襲われて地獄絵図と化した高校から、主人公がクラスメイトと力を合わせて脱出するサバイバルホラー。監督の荒木哲郎は、言わずと知れたアニメ『進撃の巨人』の監督であり、また、アニメ『黒塚 KUROZUKA』の監督でもある。この三作を順番に並べてみれば、何かがぼんやりと見えてくるだろう。

・エログロ


 本作は『BLOOD-C』『残響のテロル』と並んで、中国政府より「暴力賛美アニメ」と名指しで批判されている作品である。「お前が言うな」と言いたくなる気持ちはよく分かるが、そこはぐっと堪えて頂いて、冷静に分析して欲しい。と言うのも、暴力が身近にある国だからこそ、そこに指摘されたという事実は極めて大きいからだ。平和ボケした国の人間が漠然と危険視するのとは訳が違う。つまり、それぐらい一線を越えてしまっているということである。
 そんな本作の内容を簡単に紹介すると、極めて典型的なゾンビ系サバイバルホラーである。謎の病気が原因で、街の人々が次々とゾンビ化する。高校生の主人公は、仲間と協力し合いながら死者の蠢く学園から脱出する。と言った感じで、映画やゲームで飽きるほど繰り返されている王道パターンであり、これと言って目新しい部分は何もない。言い換えると「焼き直し」ということであり、もっと穿った見方をするなら「巷で流行っているゾンビ物を自分自身で作ってみたかった」という非常に自己満足な動機で作られた作品である。当然、そのまま移植しただけではただのコピーになってしまうため、何らかの独自要素が必要になる。それが、本作では迫力のあるガンアクションであり、エロチックな描写の数々である。エロチックと言っても、女性の下着や胸や局部を文脈に関係なく大写しにするといった何とも下品で安直な物だ。それに加え、ゾンビムービーらしい非人道的でグロテスクな描写も多いため、本作はとにかく低俗で下劣であることを売りにしたB級エログロ映画の様相を呈している。
 通常、この手のエログロ物は倫理団体により視聴年齢制限がかけられる。映画だとR15+、下手するとR18+。ゲームだとCERO-D、もしくはCERO-Zになる。では、アニメだと……それがないのである。いや、もちろんあるにはあるのだが、他のテレビ番組と同様に販売元や放送局の自主規制ぐらいな物で、第三者団体によるレーティングシステムは現時点では存在しない。そうなると、制作者側の自主裁量が全てということになり、結果、無基準で訳が分からない状態になっている。例えば、物語上、当然あってしかるべき主人公とヒロインのベッドシーンがカットされているのはなぜか。深夜アニメだからという理由で好き勝手に十八禁レベルのエログロをやっているなら、そういったアダルトなシーンもちゃんと描写すべきではないか。また、高校生のヒロイン達は肌を露出しまくっているのに、小学五年生の女の子は下着すら映さない。児童ポルノに抵触することを恐れているのだろうが、世間一般の「常識」からすると、十八歳以下の高校生も「児童」である。結局のところ、アニメ制作者の考える「常識」が恐ろしく歪んでいるのである。極めて閉鎖的で外部からの視点が欠落し、感情の赴くままにやりたい放題やっている。それを余所の国の政府から指摘されたという事実は非常に重大であり、ある意味致命的である。まさに日本の恥と言ってもいいぐらいの惨状だ。

・主人公


 本作の主人公は男子高校生。幼馴染みにフラれたことが原因で授業をボイコットして屋外階段にいたところ、校門近辺で何らかのトラブルが発生したことに気付く。どうやら、教師達が殺し合いをしているらしい。身の危険を感じた主人公は、全速力で授業中の幼馴染みの所へ向かい、理由を言って連れ出そうとする。訳が分からず拒否する幼馴染みを平手打ちし、「いいから言うことを聞け」と言って無理やり連れ出す。そして、武器を手に学校を襲う「奴ら」と戦うのだった。
 これは中学生が作っているのか? そう言いたくなるほど主人公の造形が酷い。今まで多数のアニメを見てきたが、その中でも間違いなく「最低」である。はっきり言って、彼の行動は完全に「ゾンビが学校に襲ってきたことを知っている人」のそれである。下手したら事件の黒幕がする行動だ。現在、校門で起こっていることを正確に把握しているのは作者だけ。主人公は何が起こっているのかすら分からないのだから、それに準じた行動をしなければならないのに、そんな作劇の基本中の基本ができていない。よく分からないけど、身の危険を感じた。大好きな幼馴染みだけは助けたい。でも、当の幼馴染みには嫌われている。そう思った人間がどういう行動を取るか、多くの文芸作品を見てきた人なら分かるはずだ。そう、クラスメイトを巻き込まないように理由を伏せ、嘘を付いて幼馴染みを教室の外に連れ出すのである。本作の主人公のように直情的な行動を取れば、必ずや失敗する。つまり、ただの「馬鹿」であり、そんな人間を自分の分身にしたくない。
 その後、主人公は武器(金属バット。後に重火器)を手にして勇猛果敢にゾンビに立ち向かう。例によって例の如く、最初から最強の「チート主人公」である。他の友人達と違って格闘技やスポーツの経験がなく、殴り合いのケンカもしたことがないであろう「普通の少年」のはずなのに、戦闘能力が極めて高い。ゾンビに襲われても慌てふためくことなく、常に冷静で訓練された兵士のように振る舞う。無免許のくせに、バイクや車を平気で乗りこなす。ヒロインが精神的に落ち込むと上から目線で熱い説教をする。とても一人称が「僕」で、幼馴染みにフラれて現実逃避するようなメンタルの人間とは思えない。まさに「ヒーロー」である。周囲の人が次々と死んでいく中、自分だけ生き残っている時点で十分に凄いことなのに、さらにその上の活躍を求めるからおかしなことになる。しかも、物語のコンセプト的には、ほんの数日で普通の少年が戦闘狂になる違和感を描きたいらしい。それなら、そういった成長物語にすればいいのに、なぜ最初から最強にする必要があるのか。そんなに挫折や努力が嫌いなのか、理解できない。
 また、気になるのが、この作品の抱えるジェンダーに対する意識である。上記の平手打ちが良い例だが、男は命を懸けて女を守る物、女は黙ってそれに従う物という前時代的な男尊女卑思想が随所に漂っており、非常に鼻に付く作風になっている。それが作者の考える「かっこいい男性像」なのだろうが、何の設定的背景のないチート主人公でそういうことをやられても、現実世界のコンプレックスの裏返しにしか見えない。

・幼稚


 ここでクイズを一つ。サバイバルホラーにおいて、主人公がヒーロー的な活躍をした際に発生するデメリットは何か? その答えは「恐怖感が失われる」である。事実、このアニメは大量のゾンビが罪なき人々を襲うホラーアニメにも係らず、怖さの欠片もない。なぜなら、誰かがピンチに陥ったところで、「どうせ主人公が超人的な活躍をして助けるんだろ?」と冷めた見方をしてしまうからだ。そもそも、ゾンビがなぜ怖いかと言うと、ちょっとやそっとの攻撃では死なない「頑丈さ」に他ならない。ところが、本作の主人公は急所である頭を一撃で吹き飛ばしてしまうので、不死のはずのゾンビが簡単に死んでしまう。こんな物を怖がれと言う方が無理である。
 これは一例である。本作は、設定・世界観・人物配置・物語とあらゆる点において杜撰で幼稚で練り込みが甘く、リアリティや説得力に欠け、おかしな点を挙げて行けば枚挙に暇がない。聴覚以外の感覚がないという設定なのに、なぜか獲物を捕食できるゾンビ。痛覚がない敵になぜかダメージを与えられる釘打ち機。返り血を浴びまくっているのに全く発症しない主人公達。テンプレ萌えキャラのオンパレード。絵に描いたような不良。分かり易い悪役。空気を読まないギャグ。発電所は自衛隊が防御しているから無事というご都合主義。恐怖で発狂したわりに冷静な人間。緊迫感のまるでないニュース映像。簡単に入手できる重火器。安易なカルト批判。同じく安易な左派思想批判。自称天才が発する全く頭の良くない台詞の数々。口論に負けただけであっけなく退場する悪役。取って付けたような恋愛描写。停電になっただけでなぜか襲いかかってくるゾンビ、普通は柵に電流が流れているなどの伏線を盛り込むだろう、等々。これらの未熟な世界観を象徴する台詞が、主人公がゾンビの徘徊する街を見て発した「戦争より酷いかもな」の一言である。この作者は本当の戦争を知っているのか? いや、知っているはずがない。知らないから、こんなふざけた台詞を吐けるのだ。だったら、勉強すればいい。取材すればいい。そういったクリエイターなら必ず行うべきことを怠って、全てイメージだけで作っているから、本作のような子供騙しな代物が生まれるのである。
 また、本作は物語の節々で、主人公達がいる場所から少し離れた外界の様子が映し出される。例えば、閉鎖された橋の光景とかアメリカ合衆国の大統領専用機内の光景とか。おそらく、異なった視点の光景をモンタージュ的に挿入することで世界観に深みを持たせようという試みだろうが、明らかに失敗している。なぜなら、サバイバルホラーは外界から情報が遮断されて、自分達の周囲以外で何が起こっているのか分からないという閉鎖状況その物に何よりの恐怖を覚えるからだ。アメリカ大統領の話が主人公達と何の関係があるのか。個人→組織→社会→世界という当たり前の流れを無視して、いきなり個人と世界を結び付けようとしても無茶な話である。それこそ、まさに悪名高き「セカイ系」の系譜である。

・弁明


 情状酌量の余地はある。本作は最初からエンターテインメントに徹して作られたB級エログロアニメであり、下品で享楽的であることを信条としている。それゆえ、設定上の粗や物語の非整合性を批判するのはお門違いだと。実際、戦闘シーンは迫力満点で、ゾンビを銃で駆逐するアクションには爽快感がある。それは別にいい。制作者がそういったプライドを持って作っているのなら。しかし、現実は違う。そんな高尚な理念はどこにも転がっていない。あるのは、批判されることを恐れて姑息に逃げ道を用意する醜い大人の姿だけだ。
 とにかく、本作はメタ的な発言が多過ぎる。ゾンビが学校を襲う光景を見て「まるで映画みたいだ」と呟くのは序の口で、意味もなく挿入されたお風呂シーンに対して「ぬるいエロゲじゃあるまいし」、試射したことのない銃でヘッドショットして「天才だな、俺」、バイクの停車に失敗して「アニメみたいにはいかねぇな」、全世界規模の核戦争の勃発に対して「ハリウッドなら没にされてるシナリオね」、主人公が自分の行動を振り返って「ヒーローをやらされて」、ゾンビの発症原因を考察した市民団体に対して「科学的に説明が付くはずがない」、極め付けはその団体に対して「設定マニアなのか」と。これらの台詞は劇中の人物へ向けて発せられた物ではない。明らかに視聴者、特に否定的な見方をするアンチに対して発せられている。目的は「物語の整合性は取れていないけど、低俗な深夜アニメだから許してね」と弁明するためだ。本当に自分の作った作品に対して揺るぎない自信を持っている人間が、こんな台詞をキャラクターに吐かせるはずがない。
 はっきり言うと、本作は中学生レベルで精神の成長が止まっている幼稚で不勉強な中年軍事オタクの妄想が形になった物である。それは別に構わない。ちゃんと妄想が映像作品として昇華されているなら。だが、本作はその際に必要なディテールアップという作業を完全に放棄しており、ただ妄想を垂れ流しただけの極めて低レベルな内容になっている。今時、子供向けアニメでもこんなことはしないだろう。ところが、上述した通り、本作は本来なら十八歳未満視聴禁止になるようなエログロ重視のサバイバルホラーなのである。つまり、外見は大人向けだが、中身は子供向けのアニメ。この作品は一体何をやりたいのか。確かに、全体的にアニメファン・アニメオタクは肉体年齢に対して精神年齢が低いと言われているが、作り手がそうである必要はない。分別をわきまえたまともな大人が全力でふざけるから面白いのである。子供のお遊びに興味はないし、そういった物はしかるべきところでやって欲しい。以上。

・総論


 とにもかくにも、対象年齢が不明過ぎる。子供向けだと考えれば、教育に悪影響どころじゃないレベルの有害アニメだし、大人向けだと考えれば、まるで整合性の取れていない壊滅的な駄作だ。後、地味に気になったのが、主人公の声が老け過ぎて全く高校生に聞こえないところ。ここまで無茶苦茶なアニメも珍しい。

星:★★★★★★★★★★(-10個)
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