『放課後のプレアデス』

宇宙ヤバイ。

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放課後のプレアデス - Wikipedia
放課後のプレアデスとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2011年、2015年。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は佐伯昭志。アニメーション制作はGAINAX。友好的な宇宙人から力を授かった女子中学生達が、彼らの宇宙船のエンジンのカケラを探し集める魔法少女アニメ。富士重工業(スバル)のプロモーションアニメなのに、処々の事情によって車ではなく魔法少女がメインになっている。その代わり、魔法のほうきが車のドライブシャフトになっていたり、飛行音が車のエンジン音になっていたりするが、正直、強引にも程があると思う。

・YouTube版


 本編とは直接関係ないのだが、やはり先に2011年発表のYouTube版を紹介しておかなければならない。上述した通り、本作はスバルブランドでお馴染みの富士重工業の宣伝アニメである。そのため、本来は車をテーマにしたアニメでなければならないところを、紆余曲折の末、なぜか複数の美少女が可愛らしい衣装に身を包んで空を飛び回る大人向け魔法少女アニメとして制作され、ウェブ上で公開されることになった。そのストーリーもいわゆる典型的な魔法少女物で、遠い宇宙からやってきた異星人が普通の女子中学生五人に力を与え、彼女達は変身して魔法少女になる。そして、五人が力を合わせて異星人の宇宙船の修理を手伝うという非常に分かり易い話だ。それだけなら、自動車と一切関係がないということ以外、何もおかしなポイントはない。ただ、問題なのは、そのアニメの尺が極めて短いことである。一話五分の四話構成なので、実質一話分しかない。その短い尺で話の導入から友人との仲直り、ラスボスとの最終決戦まで全てをやろうとするため、1クールアニメの総集編のようなとんでもない高速展開になってしまっている。しかも、その敵は根っからの悪人ではないので、主人公は単純な殴り合いでは決着させず、戦闘中に説得して平和的に解決しようする。結果、非常に観念的で、会話が噛み合わず、謎のパワーが飛び交い、なのに全てが自己解決するという訳が分からない物ができあがる。最近はあまり聞かなくなったが、一昔前なら「電波」と呼ばれていた物に該当するだろう。第三者的に見ると滅茶苦茶面白いのだが、はたして、これは本当に自動車会社のプロモーションになっているのだろうか。スバルの車に乗っている人がみんなこうだと思われたら、迷惑極まりないのだが。
 それはさておき、このYouTube版『放課後のプレアデス』は、我々に非常に大事なことを教えてくれる。すなわち、映像作品を構成するに当たって、何が足りないと物語が成立せずに電波が発生するのかということである。まず、主人公に何らかの背景を持たせなければならない。友人といがみ合っている理由を設定しなければならない。魔法少女になる動機を明確にしなければならない。同種の摩訶不思議な事象を二回連続で出してはならない。他人の話を聞かず、一方的に自分の意見を口にする奴を出してはならない。時間と場所を急に移動させてはならない。安易に自己犠牲を入れてはならない。そして、尺がないのに無駄なドラマを組み込んではならない。特に最後、敵が主人公の説得で改心するというプロットを成り立たせるためには、その何倍もの量の過程と伏線が必要になる。そこを省くと楽しいコントになってしまうということを、本作は体を張って視聴者に伝えている。

・テレビアニメ版


 YouTube版から四年後、皆が電波汚染の恐怖を忘れた頃に改めてテレビアニメ版が作られた。大まかな設定とストーリーはYouTube版から継続だが、尺に余裕があるのでかなり丁寧な作りになっている。主人公が孤独な天文少女だったことや友人と疎遠になった原因などもしっかりと語られる。魔法少女達が宇宙人の仕事を手伝う理由も「楽しそうだから」「暇だから」と実にアバウトで、全体的にのんびりとした雰囲気が作品を包む。そのため、序盤だけを見ると、日常系アニメのような万人が楽しめる良質の作品に仕上がっている。
 ところが、他の大人向け魔法少女アニメと同様、第六話辺りから急にきな臭くなる。この回初めて、期間内にエンジンのカケラが集まらないと宇宙船が爆発して地球が滅亡するという真実が明かされる。なぜ、宇宙人はそんな大事なことを今まで黙っていたのか。先に言え馬鹿。もし、これが『ウルトラセブン』だったら、彼は間違いなく地球侵略を狙う凶悪宇宙人である。さすがに、カケラ集めがそんなに切迫した物だと知らなかった魔法少女達の間にも動揺が走り、以降、本作は一気にシリアス化する。いや、シリアスという言い方はおかしいか。正しい言葉を使うと、観念的とか詩的とかセンチメンタルとかになるだろう。とにかく、あらゆる事象に対して、目の前の現実よりもキャラクターの感情が優先され、回りくどくなる。お互いにエゴを肥大化させて、己の世界に入り込み、論理的な会話が成立しなくなる。そのため、尺が十分あるにも係らず、YouTube版と同じく電波な作品と化してしまう。
 その一番の元凶が、本作の「敵」の役割を担う少年である。この物語には敵役の人間が彼一人しかいないため、様々な要素が押し付けられて結果的に非常に濃いキャラになってしまっている。その複雑な設定を整理すると、彼は生まれつきの病気でずっと入院している少年。ある日、宇宙人と出会ったことで魂が二つに分離し、一人は謎の異空間で主人公と邂逅して仲良くなり、もう一人は悪しき魔法使いになってエンジンのカケラの回収を妨害する。彼の目的は「エンジンの力で自分自身をこの世から消し去ること」。と、悪い意味で中二病全開な彼は、誰も聞いていないのに延々と自分語りを続け、作品が一気に香ばしくなる。そんな彼に対して、なぜか主人公が恋心を抱くという、かの『グラスリップ』を彷彿とさせる誰得な展開。しかも、彼は中性的な容姿でCVも女性なので、真っ当な男女交際には到底思えない。さらに、変装も何もしていないのに、なぜかお互いの正体を認識できない。そのため、実に奇怪で珍妙で何をやりたいのかよく分からない混乱状態に陥っている。せめて、状況を分かり易くするために、CVだけでも男性声優を使うことはできなかったのだろうか。

・宇宙


 少し話が脇道に逸れるが、本作の最大の特徴は富士重工業(スバル)とのタイアップという事情により、殊更に「宇宙」をフィーチャーしていることだ。普通に空を飛ぶにしても、必ず夜空を背景にするなど宇宙に対する強いこだわりを見せてくれる。その星空は幻想的で美しく、さすがアニメーションというべき仕上がりになっている。ただ、その宇宙への強い憧れが、ストーリーの進展に従って際限なくエスカレートしていくのはどうなのか。第四話には早くも地球を飛び出して月へ向かい、太陽、惑星、外宇宙、別の銀河へと活動範囲を広げる。最終的には宇宙の果てへ到達し、ブラックホールを潜り抜けて別の宇宙へと旅立ってしまう。バトル漫画も顔負けのインフレーションだ。確かに宇宙の壮大さはよく分かるが、幾ら何でもやり過ぎではないだろうか。
 それ以外にも、本作には二つの宇宙にまつわる欠点がある。一つは、主人公の天文好き設定が作品に上手く昇華されていない点だ。主人公は中学校の天文部唯一の部員で、自前の望遠鏡を持ち歩いているぐらいの天体マニア。星に関する知識も豊富。では、そんな人間が実際に魔法少女になって生身で夜空へ飛び立てば、一体どのようなリアクションを取るだろうか? 当然、戦闘などそっちのけで頭上の星座に夢中になるはずだ。なぜなら、ずっと憧れていた宇宙が目の前にあるのだから。いや、逆に理想と現実のギャップに直面して深く失望するかもしれない。どちらにしろ、常人とは全く異なる反応をするはずなのに、本作の主人公はあまりにも素直過ぎる。そんな調子だから、天文学の解説役も他の仲間に取られており、どうにもこうにも影が薄い。敵側の無駄な濃さに比べて、主人公のこのキャラの薄さは致命的であろう。
 もう一つの欠点、それは空中飛行の描き方である。他のSFや魔法少女物と比べても、本作のほうき飛行シーンは圧倒的に浮遊感が足りない。特に宇宙空間は酷い。まるで、星空の書き割りの前でワイヤーアクションをしているような感覚で、無重力空間が生み出す画的な面白さや、宇宙のどこまでも続く広大さ、もっと言えば、宇宙が本質的に有している「自由」のイメージが全く描けていない。何せ、宇宙空間でも普通に風圧で髪がなびいているのである。どうも、ここの制作スタッフにはそれほど宇宙に対する憧れはなさそうだ。それが主人公のキャラクターの薄さに繋がっているのだろう。

・宇宙ヤバイ


 大昔、かのようなコピペがネット上で流行した。宇宙のやばさを小気味良い文章で列記したそれのように、本作は事あるごとに宇宙人が天文学の科学知識を猛烈な早口で披露する。その解説が科学的に正しいのかどうかは無知無学ゆえに分からないが、とにかく「宇宙は凄い」ということだけは伝わってくる。そんなに凄いなら、宇宙には何らかの神秘的なパワーがあるのではないかという考えに辿り着き、その凄いパワーを使えばあらゆる問題が解決するのではないかと夢想する。最終的には、パワーを生み出す源である宇宙その物を神として崇拝する。本作のストーリーは、そういったカルト宗教が形成される過程とよく似ている。
 魔法少女達が宇宙人の仕事を手伝うことになった理由は「楽しそうだから」である。それは劇中ではっきりと明言されている。ところが、終盤になると急に理由が「今までのダメな自分から生まれ変わりたかったから」という青春丸出しの自分探しに変わる。もちろん、それを仄めかす描写はあるし、その中学生の心理にも共感できる。だが、本作がそのテーマに沿って作られている作品かと問われると、残念ながら首を縦には振り難い。なぜなら、魔法少女になることと新しい自分になることが全くイコールになっていないからだ。だが、本作はあくまで謎の宇宙パワーで全てを解決しようとする。それどころか、最終的には魔法少女達の成長を手助けするために、エンジンのカケラや宇宙が存在するかのような扱いになる。そして、エンジンのカケラを集め終えた後、彼女達は生まれたばかりの地球へ飛ばされる。そこで自分自身の内面と向き合い、何やら哲学的なことを話し合った後、自分達で一つの結論を導き出す。「自分達にはこの地球と同じように無限の可能性がある」と。
 これこそ、まさに本ブログで何度も批判した「自己完結」のセオリーである。自分で勝手に問題提起し、自分で勝手に答えを出す。普通は他者が問題を指摘し、他者との関係において答えを導き出す物だ。個人はあくまで世界の一部であって、個人のために世界が存在するわけではない。そこを勘違いすると、物語から論理性が失われてしまう。もっとも、その辺りは制作者も分かっているようで、宇宙人は一連の過程を称して「これは宇宙の理を越えた魔法だ」と断言している。実際の宇宙には個人の悩みを解決する力などないのだから、宗教詐欺師扱いされないよう、そう言うしかないということなのだろう。これもまた一つの自己完結の形である。

・総論


 中学生の自分探しは宇宙レベルというお話。正直、話のネタになるだけyoutube版の方が面白い。

星:☆☆☆(3個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 16:53 |  ☆☆☆ |   |   |  page top ↑

『最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。』

実は名作。

公式サイト
最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。 - Wikipedia
最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2014年。松沢まり著の漫画『最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は畑博之。アニメーション制作はproject No.9。幽霊に憑り付かれた義理の妹が巻き起こすエロチックな騒動を描いたファンタジーラブコメ。明らかにド深夜向けの内容なのに、テレビ局がよく中身を確認しないまま22時台に放送してしまい、BPOに怒られるという事件が発生した。

・ポルノ


 親同士の結婚によって義理の兄妹となった高校二年生の主人公と同一年生のヒロイン。そんな彼らが一つ屋根の下で暮らし始めたその翌日、突然、妹に異常事態が発生する。何と生前に主人公を慕っていた幽霊が妹に憑依し、TSTという名の貞操帯を無理やり装着させたのだった。幽霊曰く、彼女が成仏するためには、主人公と良い関係になってその貞操帯に付いている心の充足度を示すメーターを上限まで満たさなければならない、と。それまで決してTSTは外れず、もし成仏に失敗すると妹は死んでしまう。呆然とする妹を余所に、幽霊は彼女の身体を性的に刺激して気分を高め、無理やりゲージを溜めようとする。はたして、幽霊は無事に成仏できるのだろうか。
 とんでもない設定である。そして、とんでもない内容である。本作の目的は、妹を性的に興奮させて幽霊が成仏するためのパワーを溜めること、それだけだ。そのために性行為・自慰行為・脱衣・失禁・野外露出と高校一年生の真面目な少女に対してありとあらゆる恥ずかしめを与え、その様子を全国に放送している。本作のキーアイテムであるTSTも、貞操帯という名前とは裏腹に地上波ではモザイクをかけないと放送できないレベルのセクシーな下着であり、ビジュアル的にも大層お下品だ。深夜アニメにおいて、よく性行為を連想させる疑似ポルノ的な描写が問題になるが、本作の場合は何の捻りもないガチのポルノである。ただのエロアニメである。なぜ、一般向けアニメの批評ブログでこのような卑猥な単語を連呼しないといけないのか。そもそも、冷静に考えると、最終目標は幽霊が主人公と恋愛関係になることなのだから、女性同士でまぐわう必要性は何もないわけである。自慰行為で充足する恋愛など聞いたことがない。
 これらの何が悪いのか。萌えアニメの名を借りてポルノを放送するのが悪いのは当然だが、それよりもこれらの行為が笑いに直結していないことの方が何十倍も悪い。仮にもラブコメを名乗っている作品で、下ネタがギャグにすらなっていないのは致命的である。その一番の原因は、ストーリー序盤(第一話~第三話)のほとんどが妹側の視点で固定されているからだ。妹が幽霊に酷い目に遭わされる光景をただ垂れ流しているだけで、何のエンタメ性もない。タイトル通り、兄側の視点で「最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが」と思わせないと妹の奇行が何の意味も持たないだろう。そういう物はクソアニメと誹られても文句を言えないだろうし、擁護する気もない。

・家族


 ところがっ! 路線変更があったのか、偉い人に怒られたのか、それとも、こちらが本来やりたいことだったのか、続く第四話を境にして本作は急激に雰囲気を切り替える。エロチックな描写自体は変わらないのだが、その頻度が格段に減り、替わって家族兄妹の物語へと移行する。まず、幽霊が「良い妹の手本を見せる」と言って妹の身体を乗っ取り、主人公と一緒の時間を過ごす。その時の幽霊は、家事もできて周囲にも気を遣え、無邪気に兄を慕うという理想的な妹を演じている。言ってみれば、アニメのヒロインらしいティピカルな妹像であり、アニメのヒロインらしからぬ性格の妹と対になっている。妹はそんな幽霊との時間を楽しそうに過ごす主人公を見て思い悩む。過去の事件の影響で家族という物に臆病になっている自分、せっかくできた家族に対しても冷たく当たってしまう可愛くない自分、本当に私はこのままでいいのだろうか、と。また、この回から今までほとんどなかった兄視点での描写も増える。性格がころころ変わる妹に対して「家族のいない寂しさが生んだ二重人格なのではないか」と心配する。そして、自分が妹にできることを模索する。
 このように本作の最大の特徴は、作品のジャンルや奇抜な内容からは想像もできないぐらい、主人公も妹も極めて「常識人」であることだ。妹は真面目を絵に描いたような人間で、萌えアニメのヒロインでありながら視聴者に媚を売るような言動を全くしない。自分の命が懸っていると理解していても、兄に積極的にアプローチすることもない。一方、兄は高校二年生とは思えないほど人間ができており、突然できた義理の妹のことをいつも気遣っている。ただし、お節介ではない。妹のプライベートには決して立ち入らず、「時間が解決してくれる」と少し離れたところから見守っている。ラブコメの登場人物として考えると、二人共、これでは失格なはずだ。もっと目の前の事態に慌てふためき、大袈裟なぐらいに動き回ってくれないとコメディーにならない。しかし、本作を家族の物語、赤の他人だった人々が義理の兄妹になるホームドラマとして見ると、彼らの感じ方は実にリアルである。お互いがどんな人間か分からずに腹の底を探り合い、少しずつ良い面と悪い面を見つけていく。特に、人間関係において相手の悪い面を知り、それを許容するのはとても大切なことだ。その過程を幽霊という明らかな異物を差し込むことで表現しているのは実に上手い。

・妹


 本作は非常に複雑なアニメである。キャラクターの行動自体は単純明快なのだが、その動機やら行動原理やらを深く考えると、なかなか一筋縄では行かずに混乱する。そうなっている最大の要因は、メインヒロインの肩書きが「義理妹」だからだろう。例えば、本作のタイトルの『最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。』を成立させようと思ったら、最近ではない妹の様子、つまり、今に至るまでの長い期間の妹の生活態度を主人公が十分に知っていなければ話にならない。そうなると、ヒロインの肩書きは「実妹」がベストである。だが、本作では兄と妹が一緒に暮らし始めた翌日に異変が発生するので、タイトル詐欺になってしまっている(※原作では同居と異変発生の間に多少のタイムラグがある)。一方、本作のストーリーは、幽霊が成仏できるようにヒロインが代理で主人公と恋仲になるという物である。ここに兄妹という要素を加えると、近親相姦的な感情がノイズになってしまい、純粋にストーリーを楽しめない。そうなると、肩書きは赤の他人、もしくは「幼馴染み」がベストである。また、上述のように家族の物語として構成するなら、当然「義理妹」が良い。といった感じで、欲張っていろいろな要素を取り込もうとして無駄に設定が複雑化し、話の中心軸が分かり難くなってしまっているのが、本作のもう一つの欠点である。
 この複雑な設定によって最も割を食っているのが、他でもない幽霊である。アニメ版では最後まで詳細が判明しないが、どうやら彼女は主人公を兄のように慕っていた近所の幼馴染みだったらしい。つまり、赤の他人である。そんな彼女が生前果たせなかった想いを叶えるために取った手段が、主人公の良き妹になることだった。意味が分からない。恋愛感情を高めて成仏するためのパワーを得たいなら、最初から真っ当な恋人関係を目指せばいいのだ。なぜ、わざわざ難易度の高い近親恋愛という手段を使って遠回りしようとするのか。それは兄妹で恋愛するのが当たり前というオタク業界の常識が存在するからだ。本作の設定は、その常識をベースにして初めて成立する物であり、もし、業界に馴染んでいない人が本作を見たら、幽霊の支離滅裂な行動を全く理解できないだろう。実際、常識人である主人公と妹は、最後の最後まで幽霊の行動に同調しようとしない。言い換えると、俗に言う「妹萌え」が如何に狭い世界の常識であるかを示している。妹物を標榜した作品でそれをやるのは、自らの存在を否定しているようで面白い。

・TST


 何度も繰り返して申し訳ないが、本作のヒロインである義理妹は、深夜アニメ界隈ではあまりお見かけしないほどの常識人である。アニメ版のストーリーでは、あれほど執拗に幽霊からのプレッシャーを受けながらも、最後まで兄と恋愛関係になることはない。その代わり、兄のことを気が置けない家族の一員として認識し、自分の感情を素直に表に出せるようになる。また、迷惑としか思っていなかった幽霊に対しても態度を軟化させ、かけがえのない友人として特別な感情を抱く。これは、家族の愛に飢えて自分の殻に閉じ籠もっていた彼女が、人として一つの成長を遂げたことを示している。幽霊もTSTもそのきっかけに過ぎない。人間が本来持っている幸せになりたいと願う心、それがあるべき場所に帰ってきただけなのだ。
 以上、本作は「実は名作」である。ラストのオチこそ微妙だが、そこに至るまでの過程はしっかりと作り込まれており、家族の物語として申し分のないほど完成されている。だからこそ、冒頭で書いた下品極まりない描写の数々が残念でならないのである。そういった要素を排除して、もしくは完全なるギャグとして描き、陽気なラブコメに徹する。加えて、幽霊を主人公が幼い頃に生き別れた実の妹にし、恋愛要素を薄めてファンタジックな人情喜劇にする。そうしておけば、本作はBPOに怒られた問題作としてではなく、誰もが認める名作として世間に評価されただろう。
 その証拠もある。それは幽霊が妹に装着したTSTが「貞操帯」であることだ。貞操帯とは読んで字の如く女性の貞操を守るための器具である。この貞操帯を付けてゲージを溜めると成仏という馬鹿なシステムを考案したのが神様か仏様かは知らないが、どちらにしろ幽霊の憑り付く相手が不適切な過ちを犯さないようにしたわけである。つまり、幽霊は勘違いからの勝手な思い込みで妹に性的な悪戯をしたわけで、その行為はシステム的に明確に「間違っている」のだ。この設定がどこまで意図的なのかは分からない。もしかしたら、家族の物語を強調させるためにわざと序盤をポルノ風にしたのかもしれない。ただ、その一件はアニメ化するに当たって幾らでも上手く編集できたはずだ。だが、実際は原作よりも一層ポルノ化したわけで、作り手が本作のテーマを全く理解していないということになる。そういう物はクソアニメと誹られても文句を言えないだろうし、擁護する気もない。

・総論


 もったいない。

星:★(-1個)
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