『極黒のブリュンヒルデ』

奇跡の条件。

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極黒のブリュンヒルデとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2014年。岡本倫著の漫画『極黒のブリュンヒルデ』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は今泉賢一。アニメーション制作はアームス。人為的に作られた超能力者であるヒロインを守るため、高校生の主人公が活躍するダークSFファンタジー。タイトルの読み方は「ごくこくのブリュンヒルデ」。設定こそ違うが、同原作者の手がけた『エルフェンルート』と同じテーマ・同じ世界観を共有しており、姉妹作と呼んでもいい作品である。

・キャラクター


 本作の欠点、それはお世辞にも上質とは言い難い作画と脚本、そして、演出にある。全般的に映像のクォリティが低いせいで、シリアスなシーンのはずなのに思わず吹き出してしまうようなコミカルシーンに変化するという残念な事態が頻発する。第一話を例に挙げると、プールの排水溝にクラスメイトが吸い込まれるシーンや、土砂崩れに主人公が飲み込まれそうになるシーンなど。いずれも生命の危険に晒される白熱したシーンのはずだが、緊迫感の欠片もなく喜劇かコントとしか思えない。ハプニングが突然なのは当たり前だが、その前兆や予兆の描き方が演出的に稚拙なせいで、唐突感が過分なのだ。他にも、知り合ったばかりのヒロインといきなり腕相撲を始めるという謎のシーンも存在する。また、主人公を筆頭に登場人物のモノローグが異常なほど多い。キャラクターの細やかな仕草や表情で感情を伝えるということをせず、設定や状況説明までも全てを台詞で語ってしまう。そのため、全体的に展開が早めである。
 こう書くと、どれほどまでのクソアニメかとワクワクする方もいらっしゃるかと思うが、大変申し訳ないが本作はそういった部類には当てはまらないと考える。もちろん、そう受け取る人もいるだろうし、その感覚を否定するつもりはないが、これらの欠点を覆すほどの良点も本作は有しているからだ。それは登場人物の心情が十分に理解できることである。特に主人公は非常に優秀な人間であり、極めて論理的で思慮深い。何らかの不測の事態に出くわすと、とにかく考えるだけ考えて、今できることの中から最善の手段を選ぼうとする。そのため、思想と行動に一貫性があり、人間的に信用できる。他の深夜アニメだと、そもそも考えていなかったり、考える振りだけして行動は支離滅裂といった人間が多い中、本作の主人公は異色である。他のキャラクターにしても、なぜそのような考えを持つに至ったかの過程が十分に描かれているため、主人公同様に共感できる。この辺りは現実の対人関係と同じだ。キャラクターを近くに住む隣人として信用できなければ、共感することもできないし自分自身を重ね合わせることもできない。そうすると、物語自体もつまらない物になってしまう。結局、アニメにとってキャラクターの人間性こそが命なのであろう。作画や演出などその添え物に過ぎないということだ。

・ストーリー


 本作の主人公は天文部に所属する高校生。ライトワンスという一度覚えた記憶を絶対に失わない特殊能力を持っている。そのおかげで学年トップの成績を維持しているが、それは同時に幼馴染の死に関与したという十年前のつらい記憶が一生消えないことも意味していた。そんなある日、彼は一人の転校生の少女に命を救われる。十年前の幼馴染みとそっくりな彼女は、自らを施設から逃げ出してきた「魔法使い」だと名乗った。魔法使いとは、謎の研究機関によって人為的に生み出された超能力者のこと。超人的な能力を持っているが、ある特殊な薬を服用し続けないと体中から血を吹き出して死んでしまう。しかし、彼女達の手持ちの薬は数日分しか残されていなかった……。
 本作の趣旨は、自らの意志とは関係なく魔法使いにさせられてしまった可哀想な少女達をどうすれば救済することができるかである。彼女達の命は残り数日。すでに覚悟を決め、自分自身の幕引きを始めている。それを知った我らが主人公は立ち上がる。まず、彼女達の生活を支援し、薬を手に入れるために製造工場へ侵入する。それで思うような効果が挙げられないと、今度は親戚の科学者に頼んで薬を分析してもらい、薬の複製に尽力する。その間、追っ手の魔法使いから彼女達を守るために奔走する。これらを持ち前の頭脳とバイタリティを武器に、時には命の危険を顧みず体を張って実行する。いわゆる深夜アニメが大好きな「自己犠牲」だが、これがただの正義感や同情心による物だったらリアリティに欠けるし、ストーリー的にも面白くない。しかし、彼にはヒロインに命を助けられたという感謝の気持ちがあり、彼女が十年前の幼馴染みであったらいいという個人的な感情もある。何より、彼にはかつて幼馴染みを助けられなかったというライトワンスによって決して拭えない強い負い目がある。そのため、主人公の感情に共感でき、話の流れに説得力が生まれるのである。
 特筆すべきは、本作はヒロイン達の寿命を決める薬の扱い方が格別に上手いことだろう。薬の残り数がすなわちタイムリミットであるため、常に画面内に緊張感が満ちている。工場で薬を手に入れたところで、寿命が数日伸びるだけ。薬の複製ができるかできないかで一喜一憂する様は、まさにサスペンスドラマの醍醐味だ。最終的に「今を生きる」という結論に辿り着くのも理に適っており、本作は設定とストーリーとテーマが高いレベルで一体化している好例と言えよう。

・終盤


 そうして、幾つもの出会いと別れを経て辿り着いた第十一話。ヒロインを抹殺するために最強の刺客が動き出し、ストーリーが最終章に突入すると、本作は俄然と盛り上がる。と同時に、展開が急激に加速する。新キャラクターや新事実が怒涛のように押し寄せ、次から次へと場面が切り替わる。視聴者の理解が追い付かないほどに。元々、全十八巻にも及ぶ長編漫画をたったの十三話に無理やり落とし込んでいるのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、もう少し丁寧に描けなかったのだろうか。例えば、ヒロインが本当に生き別れの幼馴染みだったという作品の根底を成す大きな謎が、パーティー中に飲み物をこぼすというとんでもなく些細な出来事により発覚したり、ずっと謎だった敵の秘密研究所がネット検索であっさりと見つかったりする。終盤のストーリーも、さらわれた仲間を助けるために敵の本拠地に乗り込んで決戦するというように大幅に簡略化され、なぜかそこに待ち構えている敵が一人しかいなかったり、ラスボスを倒すと全ての事件が解決したりする等々、やっつけ仕事感が甚だしい。前半の貯金があるから何とか許されているが、ここだけ見ると致命的な駄作扱いされても文句は言えまい。少なくとも、急に出てきて重要な役割を担ったレジスタンス組織の内情はもっと深く掘り下げるべきだっただろう。ちなみに、原作ではちゃんとレジスタンスと主人公が事前に接触するシーンが存在するため、アニメ版ほどの唐突感はない。
 もっとも、これだけの高速展開へ移行しておきながら、ストーリー的な矛盾点がほとんどない点は評価に値する。例えば、ヒロインは最強の刺客に唯一対抗できる力を持っているという設定、レジスタンスが突然主人公達の所へ現れた設定、全身不随の仲間が実は動こうと思えば動けるという設定、これらは一見見過ごしがちだが、全て劇中で伏線が用意されている。また、再生の能力を持つ魔法使いを上手く使うことによってサスペンス感を醸成している。よって、俗に言う超展開とは一線を画しており、脚本家の頑張りは称賛すべきだ。まぁ、そんなに大変な苦労をするぐらいなら、最初から2クールにしておけということだし、そもそもなぜアニメ化したのかという話なのだが。

・エルフェンリート


 冒頭にも書いた通り、本作は『エルフェンリート』と世界観を共有した姉妹作のような作品である。具体的に言うと、本人の意思とは無関係に超人的な能力を身に付けた少女達、暗躍する秘密研究組織、命を蔑ろにした非人道的な人体実験、主人公とヒロインの過去の邂逅、身体切断などのグロテスクな描写の数々、画面を染める大量の鮮血、文脈を無視してまで挿入されたセクシャルなシーン等々。テーマ的にも、人工的に作られた超能力者が温かい愛情を欲すという正統派の人造人間譚と共通点が非常に多い。また、捻くれた見方をするなら、それらは全て綺麗事で本当は可愛い女の子が苦しんでいる様を見たいだけなのではないかという疑問点も同じだ。
 ただし、アニメ版を見比べてみると、両者はよく似ているようでかなりの違いがある。その中でも一番の相違点は、後発であるこの『極黒のブリュンヒルデ』の方が、より「希望」に満ち溢れていることであろう。『エルフェンリート』の主人公がただ事件に巻き込まれて右往左往するだけの置き物なのと違い、本作の主人公は残酷な現実を良しとせず、自らの手で運命を変えようと奔走する。タイムリミットまで後一週間という状況でも、最後まで希望を失わない。そんな彼の姿を見て、自分達の運命を受け入れようとしていた魔法使い達も徐々に前向きになり、笑顔を取り戻す。それは何事にも代えがたいことだ。そして、最終回、薬の複製法に劇的な発見があり、量産が可能になって彼女達の命が救われる。SF的に考えると、かなりのご都合主義だ。いわゆる安っぽい「奇跡」であり、今まで積み重ねてきた科学的な描写を全て無駄にしてしまう。だが、奇跡は僅かな希望を信じて努力を続けてきた者にこそ訪れる。それゆえ、彼らには非科学的な奇跡を受領する資格がある。
 前述のように、本作はアニメーションとしての質は低い。終盤はクソアニメと誹られても仕方ない出来栄えだし、可愛い女の子が苦しんでいるのを見て悦に入っているだけという批判もある。ただ、本作と『エルフェンリート』のどちらを他人に薦めるかと言われると、間違いなく本作である。フィクションである以上、少しぐらいはこの残酷な現実に希望があってもいいはずだ。そう願いたい。

・総論


 主人公が魅力的であるかどうかが、作品の評価を決定するバロメータになるということ。他が酷くても、そこさえしっかりしていれば、まぁ何とかなる。

星:☆☆☆(3個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 13:18 |  ☆☆☆ |   |   |  page top ↑

『ガリレイドンナ』

ダ・ヴィンチ・コード。

公式サイト
ガリレイドンナ - Wikipedia
ガリレイドンナとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2013年。オリジナルテレビアニメ作品。全十一話。監督は梅津泰臣。アニメーション制作はA-1 Pictures。ガリレオ・ガリレイの遺産を巡って、その末裔である三姉妹が世界を飛び回るアクションSF。ガリレオ・ガリレイは、十六世紀から十七世紀にかけて活躍したイタリアの物理学者・天文学者で、近代科学の創始者の一人と言われている。これぐらいはまぁ常識として。

・理系


 エネルギー問題が深刻化し、貴重なメタンハイドレードを独占する大企業とそれを奪わんとする空賊との争いが日常茶飯事となった近未来のイタリア。そこにはガリレオ・ガリレイの末裔である三姉妹が暮らしていた。ある日、彼女達はガリレオの遺産「ガリレオテゾロ」を巡って空賊に命を狙われる。ガリレオテゾロは夢のエネルギー源、それさえあれば、世界はエネルギー危機から救われるのだ。空賊に捕らわれた家族を救うため、中学生の三女は地下室に隠していた金魚型の飛行艇を起動させる。それはガリレオ(もしくはその子孫。劇中の描写からは分からず)が設計し、彼女が三年かけて独力で復元した最新鋭の戦闘兵器だったのだ。
 荒唐無稽にも程があるだろう。よくもこんな馬鹿馬鹿しい企画が通った物だ。もちろん、フィクションの世界なのだから、ガリレオ・ガリレイがあらゆる科学分野に精通した天才科学者で、時代を超越した新技術と新兵器を開発したというトンデモ設定は許せる。その設計図を元に中学生の少女が一人で復元したというのも、まぁ、ギリギリ許せなくもない。材料も家の中に転がっていたのだろう。だが、その兵器が「武装」されているのは絶対にあり得ない。完全に超えてはいけないラインを超えてしまっている。それとも何だ? 中学生の女の子が闇の商人と取り引きして武器弾薬を購入したのか? そんなはずはない。後のストーリーを見れば分かる通り、彼女は平和を愛する心優しい女の子のはずだ。そんな彼女が防犯のためとは言え、自分の作ったメカを実弾で武装する訳がなかろう。それなら、最初は無防備で旅立ったが、姉妹に促されて嫌々武装を施したとした方が余程論理的だ。つまり、いい加減な科学考証がキャラクターの人格さえも歪めてしまっているのである。
 本作は最初から最後までこの調子である。ガリレオ・ガリレイという誰もが知る科学者を題材にしているのに、全く科学的ではない。よく「十分に発達した科学技術は魔法と見分けが付かない」という格言を額面通りに捉える人がいるが、あれはフィクションの世界は一歩間違えると何でもありになってしまうため、科学の力によって制限を加えなければならないという意味だ。このままでは、三女は科学者ではなく超人的な魔法使いになってしまう。そうなれば、生き残る道は『タイムボカン』シリーズのようなギャグコメディーしかない。当然、そちらの道もSFに負けず劣らずのいばら道であることは言うまでもない。

・文系


 では、本作は科学考証を蔑ろにしてまで文芸を重視した文系アニメなのかと言われると、残念ながらそれも怪しい。むしろ、そちらの方が多くの問題を抱えている。と言うのも、本作はとにかく全体的に説明不足・描写不足が深刻で、作劇が非常に稚拙なのである。
 ざっと問題点を並べると、なぜ今になって企業や空賊がガリレオの遺産を探し始めたのかの明確な理由がない。命の危険に晒されたのに、全く危機感がないガリレオの子孫達。パワードスーツを着た侵入者にリボルバーピストルを乱射し続ける警官達。しかも、銃の構え方がおかしい。カットの繋がりが悪く、いつの間にか敵が倒されていたり、いつの間にか脱出していたり、いつの間にか怪我をしていたりする。第三話で早くも正体がバレる黒幕。ガリレオの遺産のヒントが書かれたスケッチ集めが子供の宝探しレベル。三姉妹の手助けをしてくれる女性の行動があからさまに怪しく、案の定、敵のスパイ。だが、なぜか三姉妹は気付かない。世界規模の物語のはずなのに、三姉妹を付け狙う敵がたったの二人。生身で襲いかかってきた空賊に何の躊躇もなく発砲する三女。話の導入が第四話と全く同じ第六話。「人間は増え過ぎた」と言って、いきなり拳銃で一人ずつ虐殺を始めるラスボス。大破したはずなのに次の回では綺麗に直っている飛行艇。誰も気付かない間に三女がすり替えておいた重要アイテム。誰も気付かない間に三女がすり替えておいた金魚。ネタ被りな上に、後者はする必要が全くない。
 なぜ、このような事態になっているかと言うと、それはもちろん「要素の詰め込み過ぎ」である。全十一話しかないアニメなのに、いろいろなことを一度にやろうとし過ぎなのだ。もっとテーマを絞らないと作り手の許容量を超えてしまう(注:元々は2クールアニメの予定だったらしい)。では、本作が重点的に描くべきテーマとは何か、それは当然「家族愛」だろう。特に三姉妹の絆である。確かに、バラバラだった家族が絆を取り戻すという基本的な流れ自体はよく描けているが、それだけだ。年齢も性格も特徴も違う仲の悪い三姉妹が、非常事態に協力し合って一つの飛行艇を運用する、これこそが本作の最も描くべきことだが、残念ながら本作はそこが一番描けていない。こう言っては悪いが、三人が赤の他人でも全く差し障りのないストーリーである。実際、他人どころか敵のスパイが一人紛れていても、何も支障がないのだから。姉妹とは何か、家族とは何か、文系アニメならばこれぐらい一言で答えられないと失格である。

・ガリレオ


 第九話。敵に襲われてピンチに陥った三女は、無意識にガリレオの遺産の力を解放する。すると、突然時間が止まって、三女は過去に飛ばされる。先に結末を書くが、この現在から過去へと繋がる一連のシークエンスは、設定的にも物語的にも全くの無意味である。作り手の頭の中だけで成立したトンデモストーリーだ。事実、時間を止めなくとも彼女達は助かっていたし、彼女が過去に行くことで歴史が大きく変動したということもない。じゃあ、何のために過去に行ったのか? それこそ深く考えるだけ時間の無駄である。
 さて、三女は過去の世界で一人の青年と出会う。自作の人力飛行機で空を飛ぼうとしていた彼こそが、三女のご先祖様であるガリレオ・ガリレイ本人であった。マジかよ……。ガリレオが若い頃、飛行機に興味を持っていたなどという話は聞いたことがないし、ライト兄弟より五百年も早く有人飛行に成功していたなどという歴史も初耳だ。故人で遊ぶのはあまり感心しない。もしや、ガリレオとレオナルド・ダ・ヴィンチを取り違えているのではないか。あり得る。それはそれとして、彼は三女が未来から来た人間であるとすぐに認識し、彼女を元の世界へ帰すための飛行機作りを行う。その際、他の作品で見られるような未来の技術を伝授して飛行機が完成するといったタイムパラドックス展開がなく、ガリレオがほぼ自力で飛行機を完成させるため、彼女が過去に来た意味がまるでない。ちなみに、ガリレオの遺産のスケッチに書かれていた文章は、実は彼が三女に宛てたラブレターだったというのが本作のメイントリックになる。しかし、ガリレオが月のスケッチをしたのは四十代だし、三女はまだ幼さの残る中学生。このエピソードが正しければ、ガリレオはロリコンだということになってしまう。故人で遊ぶのはあまり感心しない。
 もっとも、気になるのはそこではない。一番気になるのは、アニメの制作者が徹底してガリレオのことを「少年の心を持ったロマンチスト」として描いている点だ。驚くべきことに、彼に「愛やロマンが一番。科学は二の次」といったニュアンスの発言までさせている。いや、それはおかしい。もちろん、そういった側面も持っていただろうが、彼はどこまでも純粋な科学者である。例の地動説裁判で最後まで自説を主張したのも、別にロマンを追い求めたからではなく、それが論理的に証明できるからだ。だからこそ、彼は近代科学の創始者と呼ばれているのである。要するに、本作はガリレオ・ガリレイの人物像を180度歪めているのだ。それは最もやってはいけないことだろう。もう故人で遊ぶとかいうレベルではない。

・裁判


 そんなこんなでピンチを脱した三姉妹だが、結局、追いかけてきた警察に捕まってしまう。そして、ラスボスの策略により、メタンハイドレード強奪の濡れ衣を着せられ、あっと言う間に起訴される。地動説裁判のオマージュをやりたいのは分かるが、幾ら何でもお粗末過ぎないだろうか。元ネタは科学と宗教、二つの価値観が真正面からぶつかり合う中、自分の信じる正義をどこまで貫き通せるかという話である。しかし、こちらは捏造された罪状で起訴されているのだから、自分の正義を押し通すに決まっているではないか。こんな物は法廷闘争でも何でもない。ただの学級裁判だ。あまりに作り手にとって都合の良いディストピア像は、一歩間違えると本作のように「登場人物が全員馬鹿」という事態を招いてしまう。で、最終的にこの裁判がどうなるかと言うと、行方不明だった両親が突如復活し、大企業の悪事の証拠を突き付けて見事に逆転勝訴する。つまり、三姉妹は何もやっていない。これまでの長い旅は何だったのか。ガリレオの遺産が裁判の決定的な証拠になるのではないのか。形式的な家族愛を描くことに注力し過ぎて本編を疎かにするようでは、本末転倒この上ない。
 ここまで書けば十分に理解して頂けると思うが、本作の最大の欠点はガリレオ・ガリレイという歴史上の人物を全くリスペクトしていないことである。仮にもタイトルにその名を拝借しているのに、対象の人物像を全く調べていない。思想を全く理解していない。何より、科学を全く愛していない。実在の偉人・有名人をモチーフにしたアニメの中でも、最悪に近い部類である。これに比べれば、戦国武将の女性化など可愛い物だ。ちなみに、血眼になって探していたガリレオの遺産はどうなったのかと言うと、何も詳細が分からないままエンディングを迎える。次回作があるのか映画版があるのか知らないが、どうせくだらない物だろう。なぜなら、科学に興味のない人間が想像する革新的なエネルギー技術などたかが知れているからだ。そして、その時、ガリレオは間違いなく科学者ではなく魔法使いにさせられているだろう。

・総論


 どう考えても、レオナルド・ダ・ヴィンチと人違いしている。

星:★★★★★★(-6個)
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