『黒塚 KUROZUKA』

退屈。

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黒塚 KUROZUKA - Wikipedia

・はじめに


 2008年。夢枕獏著の小説『黒塚 KUROZUKA』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は荒木哲郎。アニメーション制作はマッドハウス。不老不死の謎の美女・黒蜜と、彼女によって同じく不老不死の力を得たクロウ(源義経)が時代を超えて巡り会うSF伝記ストーリー。メディアによって表記が微妙に異なり、漫画版のタイトルは『KUROZUKA -黒塚-』、アニメ版のタイトルは『黒塚 -KUROZUKA-』と表されることが多いが、ここではWikipediaの記述に従って全て『黒塚 KUROZUKA』で統一する。

・概要


 能の演目の一つ『黒塚』を元に、人気小説家の夢枕獏が新たなるストーリーを構築したSF伝記小説、それが『黒塚 KUROZUKA』である。元ネタの『黒塚』と同様に安達ケ原の鬼婆の物語がベースになっているが、夢枕獏の独創的な発想によって全面的に改修され、吸血鬼譚・不老不死譚がメインテーマの作品に生まれ変わっている。アニメ版は、その小説版をコミカライズした漫画版をさらに再構成した物であり、かなりオリジナル色の濃い作品に仕上がっている。
 本作を視聴した際、まず目に付くのが作画面と演出面の質の高さだ。特に、演出は日本古来の和の形式とコンピュータグラフィックスとを巧みに融合させ、ビビットかつスタイリッシュな画作りに成功している。凝った構図に効果的なエフェクト、動画枚数も非常に多く、スピード感に溢れた迫力のある戦闘シーンを作り出している。最も脂が乗っていた頃のマッドハウスが制作しただけあって、アニメーションとしての質は2008年当時の最高傑作と呼んでも過言ではない。総集編をそのままゴールデンタイムの地上波で放送できるレベルだ。ただ一点、恐ろしく「つまらない」ことを除けば、であるが。
 「なぜ、つまらないか?」という問いに答えるのは簡単だ。それは「エンターテインメント性に欠けているから」である。だが、「エンターテインメントとは何か?」と問われると途端に答えに窮す。おそらく、どんなに高名な哲学者でも一言で言い表すのは不可能だろう。愉悦の本質を簡単に文章化できるなら、あらゆる娯楽産業は大成功間違いなしだ。そのため、総論ではなく各論で本作のつまらなさを検証して行きたい。

・欠点


 本作の最大の欠点は、メインヒロインたる「黒蜜」にまるで魅力がないということである。彼女は不老不死の肉体を持つ妖艶な美女であり、主人公のクロウの人生を大きく変えることになるファム・ファタール的存在なのだが、残念ながらアニメではそのカリスマ性を全く表現できていない。漫画版の黒蜜は目の大きいコケティッシュな容姿なのだが、アニメ版は目の細いモデル系美人であり、男を無条件で惹き付ける愛嬌や魔性、チャーミングさが不足している。図らずも不老不死になってしまった苦悩や葛藤が一切描かれないため、内面の人間的な魅力もない。CVの朴ロ美(ロは玉偏に路)は、少年役をやらせれば右に出る者はいない名女優だが、成人女性役は極めて平凡。これが田中敦子や能登麻美子ならどうだっただろう。必ずや、背中がぞくっとするような大人の色気が生まれていたはずだ。また、映像表現的にも、放送局の自主規制により性的な描写が全面カットされており、セックスアピールに乏しい。別に直接、裸を描く必要はないが、もっと成人男性が納得するアダルティックな要素を増やさなければ、誰もこのような作品に注目しようとは思わないだろう。物語の中心軸が黒蜜の魅力に男達が翻弄されるという物なのだから、ここがしっかりしていないと全ての説得力が消え失せてしまう。
 もう一つの欠点は時系列である。原作と違って、本作は第二話のラストで物語の舞台が鎌倉時代から一気に近未来へと飛ぶ。例えるなら、『まんが日本昔ばなし』だと思って見ていたら、突然『北斗の拳』が始まったような物だ。もう、この時点で原作未読者は置いてけぼりである(事前情報では鎌倉時代のシーンが強調されていた)。そして、その間のストーリーはどこに行ったのかと言うと、アニメ版では夢や回想シーン(第二話のみ未来予知)となって本編中に不定期に挿入される。しかし、主人公は百年ごとに記憶がリセットされるという設定であり、その回想シーンが夢なのか現なのか分からない。主人公の「ここはどこだ?」という台詞を何度聞いただろうか。主人公が分からないのに視聴者が分かるわけがない。むしろ、聞きたいのは視聴者である。ただでさえ、ストーリー面やキャラクター面で視聴者を惹き付けられる要素が少ないのに、脚本面で突き放してしまっては誰も付いて来られないだろう。奇をてらえば深みが増すという物ではない。

・エンターテインメント


 はっきり言って、これでも第一話・第二話の過去編はまだましなのである。安達ケ原の鬼婆という元ネタがしっかりしているため、それなりに興味を引く物がある。しかし、第三話以降の近未来編になると、見るのも苦痛というレベルのつまらなさが怒涛のように押し寄せ、それが最終回まで延々と持続する。
 彗星落下という大災害によって崩壊した地球。そこでは赤帝軍という私設軍隊が日本を支配し、レジスタンスとの間で戦いを繰り広げていた。以上、本作の設定はこれだけである。黒蜜の謎の暗躍やクロウの肉体の秘密、赤帝軍のボスの正体などにミステリアスな要素がないわけではないが、全体的には極めてオーソドックスな近未来物のテンプレートである。いや、オーソドックスとも言い難いチープさだ。原作や漫画版はもっと複雑なのだが、アニメ版は人物設定も平凡その物。にも係らず、演出だけは相変わらず派手なのである。するとどうなるか、発生するのは「画面外の視聴者と画面内のキャラクターのテンションの温度差」である。インパクトのある演出に感心するのは最初だけで、何度も繰り返す内に段々と飽きてくる。そうなると、キャラクターが奇怪な演技をすればするほど、見ている方は冷めていく。その先に待っているのは「退屈」の二文字だけだ。
 この手のシリアス系アクションに対する批判意見は大体共通している。それは「何をやっているのか分からない」だ。視聴者も馬鹿ではないので、余程じゃないとストーリーや設定が理解できないという状況は発生しない。なのに、目の前の事象が理解できないのは、要するに「主人公及び登場人物の行動原理が理解できないから」である。特に、本作の主人公は無口で何を考えているのか分からない人間だ。しかも、記憶がないので黒蜜を追いかけている動機さえ分からない。そんな主人公が、吸血鬼のチート能力を使って襲いかかってくる敵を返り討ちにするだけの物語。これのどこに娯楽要素があると言うのだろうか。
 結局、本作に何が欠けているかと言うと、「ベタさ」である。「遊び心」と言ってもいいかもしれない。凝った演出に奇をてらった脚本は見事だが、肝心要のストーリーに心を揺さぶる物が何もない。「好きな女性を守るために修行して強大な敵に立ち向かう」という少年漫画的王道展開が如何に優れているかということだ。どうしようもない下ネタに走った第八話だけが、エンターテインメント的に評価されているという現実が本作の全てを表している。

・質アニメ


 先に断わっておくが、こういう単語自体は存在するものの、この単語が示す物の実体は存在しない。数学における虚数などと同じで便宜的な空想上の概念だ。そのため、安易に使用すると嘲笑の的になるということを留意しておかなければならない。
 質アニメとは「作品の質を重視した結果、あらゆる物を犠牲にしたアニメ」のことを指す。ヒロインの可愛らしさを重視した「萌えアニメ」と対立する存在とされている。どこの中二病妄想だと言われそうだが、そうなっているのだから仕方ない。なぜ、このような言葉が作られたかと言うと、昨今の低俗な萌えアニメへの批判に対して、その萌えアニメのファンが「自分達を批判しているのは質アニメを愛する質厨である」と一方的に定義付け、自己肯定を図ろうとしたからである。つまり、質厨という一握りの奇特な一派がやかましく喚いているだけで、自分達は何も悪くないという一種の開き直りである。もっと分かりやすく言うと、ゲハやネトウヨと呼ばれる人々が日常的に行っている事象の単純な二項対立化(世の中に信者とアンチしか存在しない世界観。いわゆる2ch脳・対立厨)と同じ物だ。本作などは、萌えアニメファンが想像するつまらない「質アニメ」その物であろう。だが、当たり前だが、質が良くて面白く、女の子が可愛いアニメは幾らでも存在するのである。また、萌えアニメを批判している人間が全員萌えアニメ嫌いとも限らないし、逆に言うとアニメの質を重視する人間でも、つまらない物はつまらないのだ。それゆえ、不毛な争いを終わらせるためにも、ここではっきりとさせておこう。本作は誰の目にも明らかな「クソアニメ」である。

・総論


 原作の時点で人を選ぶ作品なのに、それを好き勝手にいじくり回した結果、誰も付いて来られない作品になってしまった。奇をてらった演出が面白いのは精々二・三話で、残りは退屈その物。それよりも、もっと根本的なエンターテインメントにこだわって欲しい。

星:★★(-2個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:06 |  ★★ |   |   |  page top ↑
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