『C』


やさしいけいざい。

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C (アニメ) - Wikipedia
C(アニメ)とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2011年。オリジナルテレビアニメ作品。全十一話。監督は中村健治。アニメーション制作は竜の子プロダクション。謎の金融街で日々行われているディールによって翻弄される現代社会の危うさを描いた経済バトルアニメ。短過ぎるメインタイトルに対し、『THE MONEY OF SOUL AND POSSIBILITY CONTROL』という長過ぎるサブタイトルを持っているが、公式ですらほとんど使われない。検索し難いアニメタイトルナンバー1。

・マネーゲーム


 非常に分かり易い。分かり易いがゆえに面白い。見た目は煩雑だが、要は「金の奪い合い」である。勝てば大金が手に入り、負ければその分の代償を払う。愛や世界平和といった概念的な物とは違い、戦いの目的がはっきりしているため、世界観に入り込むことが容易である。もう、この設定を選んだ時点で本作は勝ち組である。
 どこかにある謎の異空間、通称「金融街」。そこでは日々、「アントレプレナー」と呼ばれる参加者が、手持ちの資産を賭けた一対一の戦い「ディール」を行っていた。ある日、金融街に呼ばれてアントレとなった大学生の主人公は、戸惑いながらもディールに勝ち続ける。その活躍に注目した一人の男が主人公に近付く。三國壮一郎、大資産家である彼は、金融街で儲けた資金を用いて低迷する日本経済を立て直そうと躍起になっていた。当初は彼の思想に共感していた主人公だったが、三國の目的のためなら手段を選ばない強引なやり口に疑問を抱き始める。やがて、逃れ得ぬ運命が二人を包み込み……。
 簡単に言うと、現代社会で行われている経済活動を文字通りの「マネーゲーム」に変換した作品である。命懸けの勝負で限られた金を奪い合い、一握りの力のある者だけが財産を総取りする資本主義の縮図だ。異なるのは、金融街の元締めである「ミダス銀行」が、債務者の「未来」を担保にして、「ミダスマネー」(一般人には見分けの付かない偽金)を貸し付けていることである。破産すれば当然、それどころか一回のディールに負けただけでも、その人から相応の「未来」を取り上げるという闇金融以上の非情な取り立てを行うミダス銀行。未来を奪うということは、すなわち大事な物を失うということ。事実、主人公の通っている大学の講師は、ディールに負けて破産したことで三人の子供の存在が抹消されてしまう。また、未来を失うことは生きる希望を失うことであり、物語の終盤、未来を奪われた日本人全員が重度の無気力症に襲われる。その光景は無残である。人としてこれ以上ない最悪の状態と言っていい。そのため、本作は「金儲けのために未来を賭けることは是か非か?」という非常に分かり易い疑問がテーマになっている。

・不満点


 基本的に質の高い作品であり、人によってはノイタミナ枠の最高傑作と評する者もいるが、だからと言って不満点がないわけではない。一番は「ディール」と呼ばれる本作特有のバトルシーンにある。もちろん、本作において戦闘はあくまで副次的な物に過ぎないのだが、もう少しディテールにこだわっていれば、もっと面白くなったはずだという残念さがある。
 ディールとは言わば商取引をビジュアライズした物である。攻撃を受けた際、飛び散るのが血飛沫ではなくミダスマネーなのがそれをよく表している。それならそれで、もう少し「頭脳戦」の要素を取り入れたかったところだ。自分の何倍もの資産を持つ強敵にどう立ち向かうか、破産寸前の絶体絶命の状況からどう逆転するか、その気になれば幾らでも面白いシチュエーションを描くことができよう。せっかく面白い舞台を用意しているのだから、それこそ本物のマネーゲームのように市場経済の原理を持ち込んで資産価値が勝敗を決めることもできただろう。また、ディールにおける実質的な武器に当たる「アセット」の説明不足も深刻だ。劇中では未来を具現化した物だと説明されるが、なぜ、各個体に能力差があるのかが分からない。主人公のアセットが強いのは、主人公の未来が他人よりも深いポテンシャルを持っているということだろうか? それだと、未来の可能性は平等ではないということになり、本作が訴えたいテーマと矛盾することになってしまう。
 上記と関連するが、もう一つの不満点はキャラクターの弱さである。主人公はどこまでも「普通の人間」であり、これと言う特徴は何もない。それなりにお金を稼いで、それなりに幸せな人生を送るのが将来の目標だ。ただし、個性的な人間の集まりである金融街においては、彼は「変人」と評されている。普通の人間を主人公にしたのは、当然、普通の人間である視聴者が共感し易いようにするためであり、また、ライバルである三國壮一郎と正反対のパーソナリティを持たせるためである。ただ、そんな無個性の普通人が、生き馬の目を抜く金融街で生き残れるとは到底思えないのである。設定的に苦しい。やはり、物語的な面白さを狙うなら、金に対して人一倍の執着心を持っている人間か、その逆で全く持っていない人間にするべきだろう。ちょうど目の前に『カイジ』という格好の教材があるのだから。
 なお、不満と言えば作画もそうなのだが、それを書いていると切りがないので省略する。ただ、もう少しカメラの存在を意識した画作りをして欲しいところだ。

・現在と未来


 第七話までは、金融街を通じて世の中の仕組みを解説する物語である。ところが、第八話冒頭で一気に急転し、メインストーリーが始まる。ある日、東南アジアの金融街が破綻し、その代償としてシンガポールの存在が抹消される。劇中ではそれを「C」と称している。しかし、金融街が破綻するとは一体どういうことだろうか。劇中のビジュアルでは、金融街の総資産が消滅したからということになっている。つまり、アントレプレナー達の持ち金がなくなったということだが、ディールは金融街の中だけで完結しているため、全体の資産は減りようがない。おそらく、現実社会での何らかの経済的損失が影響したのだろうが、それでは金融街の破綻が現実社会を混乱させたという説明と矛盾する。そもそも、ミダス銀行は強制的に債務者から未来を徴収する力を持っているので、破綻のしようがない。結局のところ、アニメ的に分かり易く描いているだけで、起きていることはただの「バブル崩壊」なのだろう。要するに、金融街が破綻したからシンガポールが消失したのではなく、都市経済が破綻したから「街の未来」が根こそぎ奪われたのである。この辺りの曖昧な描写はちょっと不親切である。
 東南アジアが発端になった経済危機は全世界に波及した。三國壮一郎は日本を守るため、「日本の未来」を担保にしてミダス銀行から大金を借り受ける。その結果、何とか「C」の連鎖を食い止めることには成功したが、未来を奪われた日本人は無気力になり、さらに元々未来のなかった人々は消えてしまう。その状況に疑念を覚える主人公。現在のために未来を犠牲にしていいのか。未来を捨てた人間は人間ではないと考える主人公は、三國と袂を分かつことを決意する。結局、本作のストーリーは「現在のために未来を犠牲にする」か「未来のために現在を犠牲にする」かである。おそらく、街行く人にアンケートを取ったら、百人中百人が「どちらも大切」と答えるだろうが、切羽詰っている二人にその声は届かない。未来を捨てることは許容できないが、だからと言って現在を捨てることもできない。どちらにしろ、一人の人間が勝手に決めて良いことではない。
 これを見れば分かる通り、本作における最大の欠点は「思想の対立軸が存在しない」ことである。方向性こそ異なるが、実際のところ、主人公も三國も同じことを言っているのである。どちらも金融街の存在を肯定しており、そこで得た金をどう使うかという問題に終始している。通常の経済ドラマだと、金融街の存在自体が争点になり、それを利用して成り上がろうとする人がラスボスになるはずだ。分かり易さが売りだったのに、ここに来てのセオリー外しはなかなか憎らしい。

・経済


 最終話。アメリカの策略により、再び日本に「C」の波が押し寄せる。三國壮一郎は、もう一度ミダス銀行の輪転機を動かして大金を引き出そうとするが、そこに主人公達が立ちはだかる。彼らは裏でその金を横取りして日本に垂れ流し、ハイパーインフレを引き起こして三國の資産を減らしつつ、主人公が三國にディールを申し込むという二段構えの戦法を取る。激しい戦いの最中、金融恐慌でパニックになる日本社会の様子が挿入される。はっきり言って、この演出は良くない。もっと言うと、「卑怯」である。まるで、ラスボス側がパニックを引き起こしたかのように錯覚させるが、日本に混乱をもたらしているのは「主人公側」である。全く状況に関係のない映像を間に挟むことで印象を操作する、これは完全に詐欺師、もしくはカルト宗教の手法「サブリミナル」である。マネーゲームを批判するアニメで、マネーゲームその物という演出を取り入れる神経が理解できない。
 その後、日本円が紙くずとなり、極東の金融街が破綻したことで主人公は戦いに勝利する。そこで主人公が選んだ結論は、輪転機を逆回転させること。すると、金融街が崩壊し、日本は再構成される……ん? ん? いや、待て。よく分からない。輪転機を逆回転させるということは、借りた金を返す代わりに未来を取り戻すということだ。日本に溢れていたミダスマネーはなくなり、インフレも収まる。その代わり、日本は「C」の波に襲われ、国家的に消滅するのではなかったのか。それとも、波が過ぎ去った後だから大丈夫という都合のいい解釈なのだろうか。よく分からない。結局、事の発端である東南アジアの経済危機があやふやなため、全体的に何もかもがあやふやなのである。「経済とは不確かな物である」と訴えたいのなら、完璧な結論なのだが。
 エピローグでは、日本円がなくなりドル通貨に取って代わった日本の現状が描かれる。どうやら、「未来」は元に戻ったようだが、主人公の望んだ通り「現在」は無茶苦茶である。これはハッピーエンドなのだろうか。日本人視聴者としてはこの結論は受け入れ難いが。ただ一つ言えるのは、この事態を生んだ金融街の存在だけは間違いなく「悪」である。

・総論


 いろいろと不満点はあるとは言え、よくできた作品であることには変わりない。これから経済学を学ぶための足掛かりとしては最適なアニメであろう。同じ舞台を用いたスピンオフ作品などがあれば、もっと面白くなるはずだが。

星:☆☆☆☆☆(5個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:28 |  ☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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