『放浪息子』

ファンタジー。

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放浪息子 - Wikipedia
放浪息子とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2011年。志村貴子著の漫画『放浪息子』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督はあおきえい。アニメーション制作はAIC Classic。性同一性障害の中学生が悩んで大きくなる様を描いた青春ドラマ。全十二話構成のストーリーをノイタミナの放送枠に合わせるため、全十一話に圧縮した。その際、第十話と第十一話を一つにまとめた物を第十話として放送したのだが、第十話は全話中で最も細微に描かないといけない場面であり、そこを飛ばしたことで作品のクォリティが著しく低下している。

・白昼夢


 驚きの白さ。洗剤のCMじゃないが、思わずそう言いたくなるほどとにかく白い。何が白いって画面が白い。背景も人物画も塗りは全て淡い水彩画調。単純なベタ塗りではないので、恐ろしく手間暇がかかっている。それに飽きたらず、全体的に白のフィルタをかけて影を飛ばすという念の入れ様。場面によっては、このまま天に召されるのかと錯覚してしまうほどだ。なぜ、そうしているかの解説はあまり必要ではないだろう。要は、回想シーン等でよく使われているのと同様に、詳細をぼかすことで現実と非現実の境界を曖昧にしているわけである。中学校に入学し、これから始まる新しい生活に対して期待と不安が入り混じり、心が騒ぐ。本格的な思春期に入る直前の大人になるということすら曖昧な時期特有の非現実感。地に足が付かない綿毛のような白くてふわふわとした感じ。そういった感情をビジュアル化するために、画面全体を白くしているのである。ノイタミナ枠は基本的に大人のアニメファン向けなので、自分自身の中学校生活を振り返りながら、甘酸っぱい青春時代を追体験してもらおうというのが本作の趣旨だ。
 だが、ちょっと待って欲しい。はたして我々が中学一年生の頃、世界は本当に白く見えていただろうか。中学に進級すると、学習のレベルが急上昇する。着慣れない制服。別の小学校から来たクラスメイト。厳しい校則。間断なく迫りくる定期テスト。心と体のバランスの乱れ。不安だらけで、明日が分からなくて、世界は「灰色」に見えていなかっただろうか。白く見えていたのは、悩みなど何もなかった小学生時代の話だ。個人的には評価しないが、画面が黒く歪んでいたテレビアニメ『惡の華』の方がリアルな中学生像だろう。やりたいことは分かるし、たぶんやっていることも正しい。だが、現実問題、こうでなかったのは事実であり、本当は誰もが知っている。要は「願望」であり「誇張」なのである。まず、この前提を確認しておかなければ先に進めない。

・自分探し


 本作は「女の子になりたい男の子」と「男の子になりたい女の子」の男女を中心にした群像劇である。原作者の意向により意図的に「性同一性障害」という単語は使われない。ということは、それを鑑賞する側もその単語を使わないようにしなければならないのだが、これがなかなかどうして条件的に難しい。性同一性障害の物語なら、ジェンダー論でも持ち出して、男とは何か、女とは何かを好き勝手に語ればいい。だが、そういった身体性の問題を排除して思春期の心理だけに一元化すると、ただ単に中学生の「自分探し」の話になってしまうのである。
 話を簡略化するため、主人公に絞って見て行こう。彼は小学生の頃から女の子の服を着るのが好きで、いつしか自分も女の子になりたいと考えるようになった。なぜ、女の子の服が好きなのかが語られないのは当然としても、なぜ、女の子になりたいのかも具体的には語られない。ただ、各所にヒントは残っている。例えば、彼は周りの男子中学生の体臭に辟易し、「自分は女の子みたい。だから、臭くない」とのたまう。また、声変わりすることに恐怖を覚えて自分の声を録音して残そうとしたり、にきびができることを人一倍嫌がったりする。その一方で、自分のことを「気持ち悪い僕」と自虐し、男の名前を捨てようとする。これらに共通することは、強烈なほどの「自己愛」とその反動による男性、つまり、自分が属している集団に対するヘイトである。彼にとって自分こそが至高の存在であり、それ以外は全て醜き物である。ただし、それ以外の集団の中に現在の自分も含まれてしまっているため、早くそこから抜け出したがっている。それゆえ、女性になることはあくまで手段の一つでしかなく、「にきびは女性もできる」という当たり前の事実を理解できない。性同一性障害という逃れ得ぬ宿命を加えることで、こういった上から目線の鼻持ちならないナルシズムも許容されるが、外してしまうと後に残るのは他者を否定する汚い言葉だけである。それはただの「愚痴」だ。もっと分かり易く言うと、性質の悪い「中二病」である。
 ところが、そんな痛々しい主人公なのに彼は非常にモテる。終盤では夢の三股状態を達成する。しかも、周囲の人間は寄ってたかって彼を「可愛い」「才能がある」と褒めたたえる。主人公側もそれでさらに調子に乗り、周囲をより見下すようになる。何のことはない。お題目は素晴らしいが、結局、本作がやっていることは煮え切らない優柔不断な主人公がグチグチ言っている間に周りが勝手に問題を解決してくれる「昔のエロゲー」と全く同じ構図なのである。かの『School Days』の伊藤誠と大して変わりない。ノスタルジックに共感するどころか、ただただ不快である。

・構成


 話が前後するが、小学五年生から始まる原作と違って、アニメ版は中学入学時が物語のスタートラインである。空白となった小学校時代の二年間は、回想シーンや登場人物のモノローグ等で補完されるが、その量は決して多くない。それゆえ、明らかに説明不足かつ状況不明なシーンが頻出し、理解を深めるためには逐一原作を参照する必要がある。当然、そのような穴ぼこの状態で完璧な作品になるはずがなく、原作にない様々な問題が発生することになる。
 何よりも厳しいのは、本作のテーマを語る上で最も重要なはずの「主人公の心理」が分かり難くなっている点だ。例えば、女の子になりたい男の子なのだから、女性よりも男性の方が好きなのかと思いきや、彼は物語の後半で姉の女友達にあっさりと告白して交際するようになる。何だこのスケコマシ。原作を読んでいると、彼は純粋な同性愛者ではなく、男女の間で気持ちが揺れ動いているのが分かるのだが、アニメ版は何もかもが唐突過ぎて訳が分からない。それどころか前半の行動を自ら否定しているようにさえ感じる。そのため、青春物語のはずなのに、下手すると最初から最後まで主人公の人間性が理解できずに終わる。主人公ですらそうなのだから、他のキャラクターなど悲惨な物だ。特に、なぜ主人公の友人に女装癖があるのかや、なぜ姉が主人公を嫌っているのかが分からないと原作の楽しさが半減する
 まず、認識しないといけないのは、視聴者は基本的に第三者の存在だということだ。つまり、物語世界の住人ではなく、外部から登場人物の生活を覗き見しているということである。そんな視聴者を物語世界に招き入れようと思えば、それなりの工夫が必要になる。例えば、主人公が組織に参加するシーンから物語を開始するなどだ。だが、本作の場合は、そこに至る前段階が丸ごとカットされているため、物語開始時にはすでに人物同士の関係性ができあがっているのである。すると、視聴者は完全に蚊帳の外になり、遠く離れた場所から彼らの行動をぼんやりと眺めるしかない。彼らが語る楽しい思い出話に、原作未読の視聴者は参加できない。過去の因縁が原因で気持ちがすれ違っても、同じ時間を過ごしていない視聴者は蓋然的にしか理解できない。思春期の少年少女の奥深い心理を描こうとしている作品で、この構成の方法は非常に不誠実である。

・ファンタジー


 私見だが、いわゆる青春物語は二種類に大別できる。一つは登場人物が「自分とは何か」「青春とは何か」という問いにアクティブに立ち向かっていく物。もう一つは普通の人間が理不尽な社会に否応なく翻弄される物。もちろん、本作は前者に分類される。ただ、前者は得てして青春の爆発を表現するためにモラルを逸脱するという欠点を持ちがちだ。本作でも自己表現という名の下に異性の制服を着て登校するシーンが度々描かれる。本人にとっては重大な案件なのだろうが、嫌々ながら校則を守っている他の生徒からすると面倒この上ない。しかし、彼らは周囲の冷たい視線には気付かない。なぜなら、いわゆる「自分に酔っている」状態だからだ。
 結局、これも「個」と「公」の問題なのだろう。巷に溢れる日常系萌えアニメと同様に、あらゆる要素から公という概念が抜け落ち、どこまでも個と個の物語なのである。例えば、作中で主人公のクラスは文化祭に創作劇をやることになるのだが、奇っ怪なことに男子生徒を含めてクラス全員が異様なまでにその劇に乗り気なのである。常識的に考えて、実際の中学生が恥ずかしい創作劇など自らやりたがるはずがない。もう、その時点で彼らは非実在青少年である。つまり、ここは現実世界ではなく、作者にとっての都合のいい「異世界」なのである。主人公の「個」の悩みを目立たせるため、思い通りに動かない「公」の社会を排し、敵と味方を都合良く配置している。性同一性障害という単語を用いないのも、それを出してしまうとつらい現実に否応なく向き合わないといけなくなるからだ。ストーリーの最後では、主人公は自分が特別な存在ではなく普通の人間であると気付くのだが、なぜか、そこから転じて「みんな、特別な存在」というアクロバティックな結論を導き出す。ここまで徹底するとかえって清々しい。
 以上、結論をまとめるとこうなる。本作はファンタジーである。もっと言うなら、お伽噺である。「昔々あるところに」で始まるそれと本質的には同じ物だ。それはそれで構わない。そういう非現実的な青春を好む層もいるだろうから否定はしない。しかし、決して諸手を挙げて肯定できるような物ではないことも確かである。

・総論


 とにもかくにも、原作を読まないと話にならない。本作だけでは登場人物に何一つ共感できないので評価のしようがない。よって、対象外とす。

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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:52 |  未分類 |   |   |  page top ↑
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