『うぽって!!』

誰得シリアス。

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うぽって!! - Wikipedia
うぽって!!とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2012年。天王寺キツネ著の漫画『うぽって!!』『うぽって!!なの』のテレビアニメ化作品。全十話+OVA一話。監督は加戸誉夫。アニメーション制作はXEBEC。擬人化した銃が楽しい学園生活を過ごすミリタリー日常系アニメ。角川書店製作の全十話構成アニメシリーズの走りでもある。

・擬人化


 何これ。さっぱり意味が分からん。本作のヒロイン達は、各国の軍用銃(バトルライフル・アサルトライフル・サブマシンガン等)を擬人化した物である。それはいい。だが、何がおかしいって、彼女達は訓練時や戦闘時に自分と同じ名の銃を手にして、「射撃」を行うのである。擬人化じゃねーじゃん。擬人化した猫が自宅で猫をペットに飼っていたらおかしいやん。擬人化と言うからには、ヒロイン達自身が銃になって、自らの肉体から弾丸を発射しなければならないだろう。実際、劇中でも弾丸がお腹に詰まって苦しいだの、大きな手で肌を撫でられると嬉しいだの言っているのである。これだと完全に「自分を銃だと思い込んでいる頭のおかしい人」だ。舞台の学園はそういう人を集めた隔離病棟なのか? ビジュアル的に分かり易くしているのは分かるが、それならせめて外見に何かしらの銃らしさを残して欲しかったところだ。
 さらに謎なのが、彼女達の元になっている銃が、軍などで正式採用されている「大量生産品」であることだ。そして、彼女達の通っている学園は、そういった擬人化銃を世界中から集めた場所(他にも似たような学校が複数あるらしい)。ということは、同じ姿形をした人間が学内に大量にいることにならないだろうか。普通、擬人化するなら国や艦船のような世に二つとない一品物にするだろう。もちろん、『アキカン!』のように大量生産品を擬人化したアニメもあるにはあるのだが……。ちなみに、その学園は銃の種類によって学年が異なるという設定になっている。つまり、彼女達には「成長」という概念がないということだが、なぜか回想シーンでは子供だったりする。元々、映像化に向かない不条理系ギャグ漫画を強引にアニメ化したことによる設定の不具合なので、いろいろ仕方ない面もあるのだろうが。
 まぁ、それは別にして、銃の擬人化として見ると、それぞれの特徴や欠点を上手く人間の個性に置き換えているのではないだろうか。重い銃は太目に描かれていたり、壊れ易い銃はひ弱に描かれていたりするのは、理想的な擬人化の例だろう。ただ、ある特定の銃を悪く言い過ぎな気もする。本人の努力でどうにもならない体質的欠点を挙げ連ねるのは、萌えでも何でもなくただの誹謗中傷だ。その製造国の人々が見て、国際問題にならないことを祈るばかりである。

・ミリタリー


 ということで、本作は『ガールズ&パンツァー』と同じミリタリー日常系アニメである。話のベースは、他と日常系アニメと同じく特に物語もないまま女子高生の何気ない一日をダラダラと描いた物、要は『あずまんが大王 THE ANIMATION』だ。本作はそこに豊富なミリタリー知識とサバイバルゲーム風の銃撃戦を加えることで特徴を出している。
 男性は基本的にミリタリーが好きである。銃やナイフ、戦車に戦闘機に戦艦、そして、戦闘ロボットと戦争に関わる物なら何でも好きである。現代兵器にこだわらないなら、剣に槍に斧に弓に鞭に杖に棍に扇に爪にと、要は戦いの中で己の力を誇示できる武器にとかく心惹かれる物だ。ただし、武器が好きということとそのスペックや歴史に興味があるということの間には、大きな隔たりがあるのを理解しなければならない。本作においても、劇中で話の流れを中断してまで何度も銃の詳細な解説が挿入される。アサルトライフルの性能の違いがキャラクターの性格の違いなのだから、詳しい解説が必要なのは分かるが、さて、それを一体どれだけの人が望んでいるだろうか。興味がない人にとっては、それらの情報はどんなに有益であってもノイズにしかならない。しかも、本作はやたらと解説が長い。銃にまつわる面白い歴史があるのは分かるが、本作は擬人化銃のアニメなのだから、その長いストーリーを物語にしろという話である。
 もう一つ、欠点を挙げておこう。それは兵器が「人殺しの道具」だということだ。別に、これは平和主義がどうとか戦争アレルギーがどうという話ではない。実際、女の子が銃を抱えて立っているだけなら何も違和感を覚えないし、見た目のギャップを生み出す萌えアイテムとしてちゃんと機能している。しかし、いざ銃を構え、人に向かって引き金を引いた瞬間、言い様のない嫌悪感が押し寄せる。萌えアニメ、特に日常系萌えアニメは何も起こらない退屈ながらも楽しい生活描写が一番の売りだ。そこに登場する女の子は、普段、我々が過ごしているギスギスとした理不尽な社会とは対極に位置する平和でのんびりとした人間でなければならない。それが銃という極めて殺傷能力の高い武器を構え、他人の命を奪おうとした瞬間、我々の知らない「遠い国の人」になってしまうのである。『ガールズ&パンツァー』の場合は戦車道という一種の「遊び」にすることで、その辺りの違和感をギリギリ抑えるようにしていたが、本作はあまりにもガチ過ぎる。そのため、例の如くミリタリーと日常系アニメの噛み合わせの悪さだけが浮き彫りになるのである。

・道具


 主人公はベルギー製のアサルトライフFNC、通称フンコ。ある祭りの日、新しく学園に赴任することになった担任教師(人間)と出会い、彼の射撃スタンスの良さと手の大きさに心を奪われる。いつか彼に撃って欲しいと願う彼女。だが、担任教師は擬人化銃の存在に戸惑うばかりで、なかなか彼女達と打ち解けることができない。と、深く練り込めばなかなか面白そうな設定になっている。が、もちろん、深く練り込まないのが萌えアニメ。主人公は担任教師に片思いしているはずなのに、雪合戦で彼が負けると喜んだり、風邪で寝込んでいる彼に迷惑をかけたりと、非常に精神性が未発達な様子をうかがわれる。かと思えば、彼に優しい言葉をかけられると「自分は銃だから、ただの女の子扱いしないで」と高いプライドを見せる。道具である銃が人間のような恋を覚える話だと取れないこともないが、心理描写が希薄なのでよく分からない。一方、担任教師の銃の構え方が美しいという設定は、第一話で出たっきり記憶の彼方へと押しやられる。それどころか、銃を持つことすらない。過去のトラウマで銃を持てなくなった元傭兵とか元オリンピック選手とか、幾らでも設定を深めることはできるだろうに。
 真面目な話をするが、本作のテーマは『ローゼンメイデン』や『アキカン!』と同じく「道具の幸せ」である。そして、道具にとっての一番の幸福は、人間に愛情を持って使われることである。劇中でも、主人公達がいつの日か自分を使ってくれるであろう人に思いを馳せる描写がある。だが、本作には肝心要の道具の使用者が出て来ない。なぜなら、冒頭で書いた通り「銃自身が銃を撃つ」からだ。上では冗談めかして書いたが、これは実に由々しき事態である。道具の方は愛情を求めているのに、それを与える人が不在なため、自分で自分を慰めるしかない。これは人間の世界で言うなら、完全なネグレクトである。文字通りの放置プレイである。結局、下手に流行に乗っかって女性キャラクターのみの日常系アニメにしてしまったことで、テーマ的に非常に歪んだ作品になっているのだ。逆に言うと、日常系をやるなら恋だの愛だのといった要素は入れてはならないということで、この中途半端さはちょっと頂けない。

・シリアス


 繰り返すが、本作のベースはゆるい日常系アニメである。正直、ギャグもスベり気味であまり面白くはない。その分、やたらと性的なネタが多いのは自ら首を絞めているようで面白い。だが、時折挿入される実戦演習のシーンになると、今度は打って変わってシリアスになる。それも視聴者がドン引きするぐらいの異様なシリアスさである。
 演習は劇中で三回行われるが、いずれもとにかく敵が異常なまでに真剣なのである。それもサイコキラーかシリアスキラーかといったサディスティックな人格で、本気で主人公達の命を奪いに来ている。そんな敵に対抗するためには主人公側も本気で挑まなければならず、結果、血みどろの戦いが繰り広げられる。作品テーマから考えると、この真剣さは本来なら称賛されるべきなのだろう。だが、視聴者は日常系アニメのつもりで見ているのであって、ゆえに彼我の距離感が凄まじい。そもそも、生きるや死ぬやの話になったところで、主人公達は擬人化銃なのだから、ちょっとやそっとの傷では死なないのである。そのため、シリアスになればなるほど設定との解離が生じ、本気で戦っている敵が浮くというどうしようもない状態になってしまう。
 最終回近辺は原作をアレンジしたオリジナル展開で、謎の敵が主人公達を襲撃するというストーリーである。だが、尺の関係上、敵組織の構成や目的は深く語られない。好意的に解釈するなら、「ゆるい日常を過ごしている擬人化銃に、銃本来の役割=人殺しの道具であることを思い出させる」のが目的であろう。つまり、ミリタリー日常系アニメというジャンル自体に対するアンチテーゼである。おそらく、監督がこの作品をアニメ化するに当たって覚えた疑問を形にした物だ。なるほど、やりたいことは分かる。だが、残念ながら上手く物語に昇華できていない。制作者が訴えたいのは、道具は使う人によって良くも悪くもなるということだろうが、上記の通り、本作は最初から銃の使用者が不在で、主体がない。仕方ないので、戦闘中に担任教師が誤射されるも「良かった。私達が銃で良かった。人間の手から撃たれない限り、私達の弾で人間が死ぬことはないから」という謎のオチでお茶を濁すことになる。そんな設定は聞いたことがない。冒頭で主人公に撃たれて以来、担任教師はずっと入院していたではないか。こんな「超展開」で話を締めなければならないのなら、ずっとダラダラと中身のない日常話を続けていた方がましだ。まさに、「誰得シリアス」の典型的な例である。

・総論


 アニメーションと相性の悪い作品を強引にアニメ化したことによる弊害という言い訳はあるだろう。だが、それを除外しても、あまりにも作品としての統一感に欠ける中途半端なアニメである。なお、原作では人と銃の関係もある程度描かれており、先の誤射設定も物語の中盤で登場するため、違和感は少ない。結局、制作スタッフがアニメ化という物に対して如何に真摯に取り組んでいるかということだろうか。

星:★★★★★(-5個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
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