『アウトブレイク・カンパニー』

敵。

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アウトブレイク・カンパニー 萌える侵略者 - Wikipedia
アウトブレイク・カンパニー 萌える侵略者とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2013年。榊一郎著のライトノベル『アウトブレイク・カンパニー 萌える侵略者』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は及川啓。アニメーション制作はfeel.。封建制度の残る異世界にオタク文化を伝道することで文化革命をもたらそうとする主人公の姿を描いた異世界ファンタジー。監督の及川啓は、テレビアニメ『みなみけ おかえり』の監督を務めており、その流れから劇中で『みなみけ~おかわり~』と監督の細田直人を公然と批判するシーンが存在する。

・オタク


 本作の主人公は「オタク」である。オタクと言っても定義は幅広いが、ここではいわゆるアニメやゲームやライトノベルが好きで、二次元の美少女に執心する一般的な「萌えオタク」のことを指す。ただし、彼は元引き篭もりで、メイドや幼女を見ると興奮し、初対面の女性の胸のサイズを平気で口にし、公の場でも空気が読めず無礼を働き、デリカシーがなくてセクハラ等の犯罪行為を理解できず、突然、妄想の世界に入って大声で絶叫するといった痛々しいタイプの人間である。実際問題、そんなオタクはこの世に存在しない。大半の人間は社会では良識のある普通の人だし、痛々しい奴は心にそれ以前の問題を抱えている。要するに、マスコミや自称有識者がオタクを小馬鹿にするために作り上げた「虚像」と同じ物である。ところが、不思議なのは、本作はオタクの制作者がオタクの視聴者のために作ったオタクアニメなのである。そのようなアニメの中にオタクを貶めるステレオタイプな虚像を登場させる理由が解せない。自虐ネタにしては誇張が過ぎるし、明らかに主人公を自分達より下に見ている。つまり、視聴者は彼のような痛い人間ではないということであり、どこか「自分はまともな一般人である」というプライドが残っているのだろう。
 だが、その一方でもう一つ不思議なことがあって、彼は察しが悪いわりに口が上手く、ゆえに周囲の女性を惹き付ける能力を持っているという典型的なギャルゲー主人公である。また、中高生向けアニメの主人公らしく、ピンチになると突然覚醒して熱い啖呵を切る。学校を襲ったテロリストにも訓練された兵士のように敢然と立ち向かう。実際問題、そんなオタクはこの世に存在しない。要するに、オタクを「美化」しているわけである。意味が分からない。一方では馬鹿にしつつ、一方では美化する。まるで思春期の中学生のような自己矛盾である。いや、もしかしたら本当に思春期の中学生が作っているのかもしれないので自重する。まさか、分別をわきまえた大の大人がこんな頭のおかしいアニメを作るはずがない。
 結局、本作を好んで見るような人は、本質的にオタクではないということなのだろう。彼らの頭の中に「オタクなる物」という曖昧模糊なイメージが存在し、それを場面場面によって自分に取り入れたり突き放したりすることで都合良く擬態する。なぜ、そのようなことをするかと言うと、何も他人に誇れる物を持っていない人が、そのオタクなる物を媒介にして周囲との共通認識を手に入れるためだ。それが俗に言う「一体感」である。その証拠に主人公は劇中でメイド喫茶へ行き、普通にそこを楽しんでいる。本当にメイド好きなメイドオタクが、目の前に本物のメイドがいるのに、わざわざ偽物のメイド喫茶に行って満足できるだろうか? そこでメイド喫茶の欺瞞性を看破できる人を真のオタクと呼ぶのではないだろうか。

・ストーリー


 本作の導入は「オタクだからという理由で幼馴染みにフラれたため、長らく自室に引き篭もっていた高校生の主人公が、ネット上のアンケートがきっかけでバイトの面接に行く」である。たった一行の文章にこれだけツッコミどころを抱えている作品も珍しい。オタクだったら女性に告白しないだろう。引き篭もりだったらバイトの面接に行かないだろう。どちらも大いなる違和感がある。この違和感二つだけで1クールのアニメぐらい作れそうだ。物語の主人公なのに深い背景が何もなく、どこかから適当に借りてきた感満載なのがライトノベル原作アニメの特徴である。
 そして、いろいろあって中世ファンタジー風の異世界に連れて来られた主人公に、案内役の人間がペラペラと口頭で世界観を説明する。その幼稚過ぎる脚本に一抹の不安を覚えつつ、彼らの説明によると「優秀な日本のオタク文化を広めることによって、異世界との交流を図りたい。そのプロジェクトリーダーにオタクの主人公を指名した」………………………………………何これ? え、何これ? いや、言いたいことは幾らでもあるが、それは置いといて先に進むと、晴れてリーダーに選ばれた主人公は、王宮で異世界の皇帝と謁見する。そこでオタク文化の有用性に疑問を投げかけられた主人公は、突然キレて反論する。「毒も使い方次第で薬になる!」と。何様だよ、こいつ! お前は我々の代表として会ってんだよ! 常識で考えろ! オタクがどうという問題じゃない! 人間として最低過ぎる! もう、死ねよ! キモオタ!
 さて、気を取り直して、オタク文化を広めるために主人公が取った方法は、まず日本語と初等教育を学ぶ学校を作り、そこで授業の一環としてオタク文化を教えるという物だった。すると、オタク文化は異世界の住民達にあっさりと受け入れられ、爆発的に普及する。もちろん、そこに論理的な説得力は全くない。なぜなら、オタク文化に異議を唱える人が一人も出て来ないからだ。洗剤のCMですら、従来の洗剤より落ちないと答える人が一割ぐらいいるのに。一応、劇中の説明によると、厳しい封建制度が敷かれた階級社会の異世界では、下層階級の者は教育を受けることができず、庶民の娯楽文化さえなかったため、そこに自由・平等・博愛に満ちた日本のオタク文化が文化革命を起こしたからということになっている。むしろ聞きたいのだが、オタク文化のどこが自由・平等・博愛なんだ? それらがエロ・グロ・バイオレンスでどれだけ海外から批判されていると思っているのだ? 特に本作は萌えアニメである。萌えなど女性の特徴の一部分を取り出して記号化した物であり、男女平等の精神から最も程遠い存在だ。しかも、性欲と直結しているため、今やポルノと見分けが付かないような代物になっている。これを他人に平気で薦められる神経が薄ら寒い。

・文化侵略


 完全にオタク文化が異世界に普及し切った第十一話で、本作のネタばらしが行われる。これまでのことは全て日本政府による計画的な「文化侵略」だった。独自の娯楽文化を持たない異世界にオタク文化を持ち込み、免疫のない住民を洗脳する。その上でオタクコンテンツの供給をコントロールすれば、異世界民は文化的飢餓状態に陥って、日本政府の言うことを何でも聞くようになる。そうすれば、異世界に眠る鉱物資源も思いのまま。引き篭もりの主人公がそのプロジェクトリーダーに選ばれたのは、計画が頓挫した時に真っ先に処分することができるから。etc.
 まるで、C級怪獣映画のような杜撰な計画に失笑を禁じ得ない。まず、何の特殊技能もない、職歴もない、素性も知れないずぶの素人が異文化交流の窓口という重要な役職に選ばれた時点で違和感が大き過ぎる。彼が何か重大なミスを犯せば、異世界間戦争にすら発展しかねないのである。普通は窓際役人を責任者にして、主人公をただのアドバイザー役にするだろう。また、オタク文化を広めようとするのもおかしい。記念すべき人類初の異世界交流なのだから、伝えるべきはオタク文化でも日本文化でもなく、「地球人の文化」である。地球人とはどういう種族なのかを教えなければ、異文化交流も何もない。作劇のセオリーだと「地球の娯楽文化を伝えるつもりが、主人公がオタクだったため内容がオタク寄りになってしまった(計画通り)」にしないだろうか。いずれも、まともな作品ならもっと設定を深く練り込んで、できる限りのリアリティを持たせようとする物だ。これだけ違和感が大きいと、普通の人間なら誰でもおかしいと気付く。それではネタばらしのインパクトが薄くなる。結局、この奇怪な設定を当たり前のように受け入れた主人公と視聴者の評価を下げただけだ。要するに「オタクは馬鹿だ」と言いたいのだろう。このアニメはオタク文化を持ち上げたいのか貶めたいのかどちらなのだ。
 そして、真実を知らされた主人公は葛藤する。このままプロジェクトを推進すると、異世界は日本政府の食い物にされてしまう。だが、やめると自分の命が危うい。そこで主人公の考えた起死回生の案が「オタクコンテンツを異世界自身で生み出し、日本から自立する」。……いや、お前、本当にいい加減にしろ。これはつまり文化侵略を肯定するということである。考え得る限り最低の結論だ。例えば、オタク文化を麻薬に置き換えたらどうなるか。国民の麻薬汚染を止められないから、せめて自国で製造して経済的に独立しようということだ。これが何の解決策にもなっていないことが分からないのか。普通は一度、白紙に戻した上で改めて売り込もうとするだろう。昨今の萌えアニメの無自覚な反社会性は看過できないレベルにまで達しているが、本作はその中でも殊更に酷い。
 ちなみに、主人公は引き篭もりなので、突然いなくなっても誰も困らないという訳の分からない設定だが、例の如く、本作には「家族」が出て来ないので安心して欲しい。完全に存在が抹消されているので、てっきり一人暮らしだと思っていた。当然、友人もクラスメイトも先の幼馴染みも出て来ない。それにしても、社会性を拒絶したアニメが異世界を文化侵略して理想郷を建設するという設定は、冷静に考えると恐ろしい。それ、SF映画だと敵エイリアン役じゃないのか?

・オタク文化


 いや、もう、ストーリーなどどうでもいい。本作にそんな価値はない。ただ、一つだけ間違いなく言えるのは、「本作の作者はオタク文化を本気で素晴らしい物と考えている」ということである。もちろん、多くは自虐ギャグ風に描いているのだが、端々に日本のオタク文化に対する高いプライドが見て取れる。何より、本作は差別問題を取り上げているのだ。まさか、差別問題をギャグにするような不謹慎な人間はいないと信じたい。そう考えると、必ず処理しておかないといけないのは「オタク文化とは何か?」である。
 例えば、劇中で異世界の子供達に最初に読ませる漫画が、『賭博黙示録カイジ』や『進撃の巨人』といった明らかに教育上よろしくない漫画なのはなぜか? 『ドラえもん』や『ワンピース』じゃないのは、半分はギャップの面白さを狙ったのだろうが、それらはオタク文化には含まれないという考えもあるのだろう。その両者の差は何かと言うと、要はオタクを自称する人々が皆との共通認識を得るために必要であると認めた物か否かだ。つまり、「うちらの物」がオタク文化である。『ドラえもん』や『ワンピース』は「みんなの物」であるため、オタク文化ではない。うちらの物でさえあれば質の良し悪しは関係なく、素人が作った二次創作でも、聞くに堪えない音声合成でも、ただのポルノでも文化になる。逆に、AKB48のようにうちらから離れて行ったコンテンツを親の仇のように憎悪する。
 問題なのは、基本的に自主基準であるため、場面場面でその定義が拡大解釈されることだ。「日本のアニメが海外で大人気」などと聞くと、まるでオタク文化が認められたかのような気になるが、実際のところ、それはジブリ作品や押井守作品や今敏作品であったりする。しかし、自称オタク達は、そこに有象無象の萌えアニメやゲームを勝手に付け加えて「日本のオタク文化は海外で大人気」と言い張る。だからこそ、本作のような何の価値もないライトノベル原作アニメが、偉そうに「オタク文化は素晴らしい」と語っているのである。まさに虎の威を借る狐。実に卑怯な手段である。
 さらに、本作の卑怯なところは、伝道する相手が「民族的に娯楽文化を持たない人々」であることだ。本当に日本のオタク文化が優秀で、差別意識を是正して人々の心を癒す力を有しているのなら、現代日本を舞台にして、オタクを嫌悪してる一般人相手に布教すればいいのだ。いや、わざわざアニメ化などせず、中東やアフリカの紛争地帯に自分で書いたライトノベルを持って行き、萌えの力で戦争をやめさせればいい。それができないのなら、本作で描いたことは全て夢物語である。つまり、オタク文化にそんな力はないということであり、どこまでも自己矛盾に満ち溢れた作品である。
 なお、本作の最後の台詞は「これからも日本の文化を教えて行くんだ」である。知らない間に、テーマすら変わっていることに驚かされる。いつ、お前らが日本の文化を教えたんだ? しかも、「伝える」ではなく「教える」かよ。徹頭徹尾、こいつらは何様なんだ。

・総論


 良い悪いの問題ではない。好き嫌いの問題でもない。たった一つだけ言えることは、この作品が本ブログの「敵」であるということだ。

星:アウトブレイク・カンパニー
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 20:15 |  アウトブレイク・カンパニー |   |   |  page top ↑
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