『魍魎の匣』

人間。

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魍魎の匣 - Wikipedia
魍魎の匣とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2008年。京極夏彦著の小説『魍魎の匣』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は中村亮介。アニメーション制作はマッドハウス。謎の連続バラバラ殺人事件に「京極堂」達が挑む推理伝奇アニメ。京極夏彦を代表する「百鬼夜行シリーズ」の二作目に当たる。1995年に刊行された原作は第49回日本推理作家協会賞を受賞している。

・メディアミックス


 人気小説家・京極夏彦の代表作「百鬼夜行シリーズ」より、最高傑作と名高い『魍魎の匣』がまさかの深夜アニメ化である。どうしてこうなった。この手のオカルト物は常に一定の需要があるとは言え、明らかに深夜アニメ向きの題材ではない。しかも、十年以上前の作品だ。ファンの間でも待望感より今更感の方が強いだろう。ただ、その疑問もメディアミックスだと言われれば、あぁそうかと納得できる。まず、「百鬼夜行シリーズ」を一から順番に映画化しようという流れがあってのアニメ化と漫画化である。それゆえ、別に本作がアニメでなければならない必要性は何もないのだ。大事なのは、とりあえず間口を広くすること。すなわち、何らかのきっかけでアニメ版を見たアニメファンが、ついでに原作や映画を見てくれれば御の字というところだろう。そのため、本作のキャラクターデザインを人気漫画家集団のCLAMPが手がけている。目論見通り、美青年キャラクター好きの女性ファンには好評だったようだ。もっとも、硬派な原作ファンには呆れられているようだが、その辺りは最初から想定済みであろうから問題ない。
 先に本作が抱える現実的な問題から処理すると、非常に「話が分かり難い」ことがあげられる。それもそのはず、わざと分かり難く作ってあるからだ。まず、各話のアバンタイトルで一連の劇中劇が繰り広げられるのだが、とある事情でそれを登場人物の一人が演じているため、極めて本編との違いが分かり難い。その本編でも複数の主人公が同時に登場し、それぞれの視点で話を物語るため、全体的な流れが掴み難い。しかも、時系列までバラバラに歪められているから尚のことだ。なぜ、このようなことをしているかと言うと、要は視聴者に怪奇ミステリーらしい掴みどころのない不安感を与えるためだ。この先、どこへ向かうか分からない不安感がおどろおどろしい世界観とマッチして、より気分を盛り上げるのである。ただし、それをストーリーでも演出でもなく構成でやっているのは、手段としてはかなり卑怯である。
 また、メインキャラクターの京極堂、榎木津、関口、木場、鳥口といった人物は、小説「百鬼夜行シリーズ」に共通する主人公である。そのため、初登場時に詳しい人物紹介のような物はほとんど行われず、当然のように画面に居座っている。特に、なぜ鳥口が新興宗教を探っているのかが分かり難い。シリーズファンなら言わずもがなのことかもしれないが、それ以外の人間にとっては非常に不親切である。これはメディアミックスという物をどう捉えるかという話でもある。ファンに複数の作品を見させることを目的とするのか、それとも新しいファン層を獲得することを目的とするのか、後者なら本作のようなやり方は良いとは言えない。ちゃんと正式な人物紹介を入れるべきである。

・匣


 匣と書いて「はこ」と読む。本来の読み方は「くしげ」で櫛笥とも書く。意味は化粧用品を入れておく道具入れのこと。本作に関して言うと、そちら側の意味はあまりなく、箱と同意である。おそらく、匣という書体その物が持つ四角形のイメージから、その字を当てているのだろう。ただ、最後まで見終えるとこのネーミングセンスの素晴らしさが実感できる。
 箱とただのブロックとの最大の違いは、中が空洞である点だ。その多くはふたが付いており、中に物を入れることができるようになっている。当然、覗き窓でも付いていない限り、外から箱の中身を見ることはできない。ここが重要である。見えないということは、中に何が入っていても分からないということだ。例えば、電車の中で相席した人物が手に箱を持っていた。見た目は何の変哲もないただの木箱。しかし、中に何が入っているかは他人には分からない。書類かもしれないし食べ物かもしれない。もしかすると、本来そこにあってはいけない物、例えば人の生首が入っているかもしれない。そういった不浄なる物が平穏な日常のすぐ隣にあるかもしれないという不安感が箱には詰まっている。人間が想像力の動物であるがゆえに、実際に目撃する以上に心をかき乱し、そこから恐怖心が生まれる。本作はそういった感情を巧みに操ることで、推理メインでありながら一線級の怪奇オカルト作品になっている。考えてみると、古来から妖怪変化の類はすべからくそうであったはずだ。目に見えない怪奇現象を科学的に検証することなく、勝手に妖怪に置き換えて勝手に怖がっていたわけである。それぞまさしく『魍魎の匣』である。
 箱のもう一つの特徴は、形が直方体もしくは立方体であることだ。これがただの「入れ物」だと様々な形を取るだろうが、「箱」だと正確な四角形の形状を取る。上下左右が平行で四隅が尖り、隙間なく並べることができる。その結果、箱の容器その物が正確性・緻密さ・秩序の象徴たる存在になり得る。幾何学的な平面に囲まれた箱は秩序が支配する現実世界の化身、だが、その中身は何が入っているか分からない純粋な混沌という二面性。劇中では、久保という新進気鋭の幻想小説家がその魅力に取り憑かれる。「空白」を極端に嫌がり、箱の外も中もきっちりと物で埋め尽したくなるという一種の神経症。だが、その感情は病気ではない我々でも何となく理解できることだ。面倒臭い自由を放棄して、正確無比な秩序の中に身を置きたくなる感覚。感情を捨てた機械になりたいという願望。つまり、死への願望。そういった宗教観までもが「箱」という一つの存在を通して本作に込められている。その辺りはさすが稀代の人気小説家と言うべきだろう。

・ストーリー


 戦後間もない東京近郊で奇怪な事件が発生する。小さな箱の中に若い女性の身体の一部が入れられ、街の片隅に放置されるという連続バラバラ殺人事件。警察の必死の捜査にも犯人の目途は全く立たない。時を同じくして、一人の女子中学生が列車事故に遭う。予断を許さぬ状況の中、彼女の姉を名乗る人物の提案で、とある医学研究所に搬送されることになった。そこで一命を取り留める彼女だったが、なぜか突然行方不明になってしまう。一方、雑誌記者の鳥口は、友人の小説家・関口らと共に新興宗教団体「穢封じ御筥様」を調査していた。すると、その団体とバラバラ殺人事件との間に奇妙な関連性を発見する。そこで、彼らは古本屋を営む傍ら拝み屋としても活躍する京極堂に協力を要請する。彼の卓越した推理力によって次々と事件の謎が明らかになる。独自に女子中学生失踪事件を調査していた探偵の榎木津や刑事の木場も加わり、京極堂達は事件の真相解明に向けて研究所へ乗り込むことになる。
 本作のストーリーをざっと挙げるとこうなる。意外と単純な物語であるが、上記のように複数の主人公が複数の視点で物語るため、非常に複雑である。ただ、作品の雰囲気が良く、話の引きが上手いので視聴意欲はそれほど損なわれない。また、人物描写が巧みで、個性的でありながら共感できる、俗に言う「キャラが立っている」状態なので、世界観に入り込むこと自体は容易い。例えば、中二病全開の女子中学生が大人びたクラスメイトに憧れる気持ちは理解できるし、堅物の刑事が好きだった女優を目の前にして戸惑う気持ちもよく分かる。特に、小説家の関口は本作きっての常識人であり、視聴者とのリンク役を担った重要キャラクターである。彼が変人揃いの登場人物達に囲まれて困惑する様子は、まさに視聴者の代弁であり、彼の存在によって作品自体が随分と救われている。そして、第八話にしてようやく主要キャスト五人が全員集合し、合同捜査に乗り出す。この時に味わう安堵感。視聴者がこの第八話まで我慢できるかが、本作の評価を分ける大きなポイントになる。
 ちなみに、タイトルに魍魎という言葉が入っているが、妖怪変化の類は劇中に一切出て来ない。むしろ、理知的な祈祷師が摩訶不思議な物を科学的に看破するのが本作の趣旨である。では、サイコパスな殺人鬼が登場し、人間の心にこそ魍魎が住み着いているのだといったベタな展開になるかと言うと、そうではない。人間はあくまで人間のまま。自分が正しいと思ったことをしているだけ。だが、他人から見るとそれが奇怪に見えるのである。つまり、「人間も魍魎も大して変わらない」が本作の訴えたい物ということになる。

・人造人間


 一口に「人造人間」と言っても、大きく分けて二種類が存在する。すなわち、アンドロイドとサイボーグである。前者は無から人工的に生命を作り上げる物、後者は人間を改造して強化する物。アプローチは正反対だが、究極的には同じ位置に着地する。つまり、神になるということである。また、その強化にも二通りあって、生物学的に人口の肉体を作り上げるか、工学的に機械の身体を作り上げるかだ。作るだけなら簡単なのは間違いなく後者である。生命の神秘を解き明かさなければならない前者と違って、後者は肉体の機能を機械に代替わりさせれば良いだけである。実際、医療の現場では人工透析などですでに実用化されている。問題はそれをどこまで小型化できるかということである。少なくとも、現代の科学技術では人間の機能を全て体内に収められるほど小型化はできない。実現しようと思えば、体外に巨大な装置が必要になってしまう。特に、本作の舞台である戦後間もない時代だと、その装置は大きなビル一つ分ぐらいになってしまうだろう。
 さて、なぜ、いきなりこのようなことを話し出したかと言うと、実はこれが本作のメインテーマだからである。冗談のように聞こえるかもしれないが本当だ。最終回近辺でこのテーマを聞かされた時、「なるほど」と思うか「馬鹿馬鹿しい」と思うかは人それぞれだが、人間の本質という物を考えて行くと無視できないテーマであることは違いない。すなわち、人を細かく分解して必要最低限の存在になった時、それは人であるか神であるか魍魎であるかということだ。ネタバレになるので詳しくは語れないが、劇中でそうなった人物がいて、視聴者を含む多くの人がそれを魍魎だと感じるが、ある人物は彼女を生前と変わらず愛し続けている。そんな彼は明らかに他人と感性が異なるのだから、彼こそが魍魎なのかもしれない。
 このように、本作のタイトルの『魍魎の匣』には様々な意味が含まれている。『匣の中の娘』であったり研究所であったり録音機であったり御筥様であったり。また、現実社会の暗喩だったりもするだろう。ただ、本作が訴えたい『魍魎の匣』は、やはり人間その物であろう。見た目はきっちりとした箱でも、中身には魍魎が詰まっているかもしれない。それが人間なのであって、それを否定もしないし肯定もしない。本作はそんな深いテーマを含むことによって、ただの怪奇ミステリーを越えた名作である。

・総論


 間違いなく人を選ぶが、話の筋は全くブレないので我慢して見続ける価値のある作品。第八話まで来れば何とかなる。もちろん、アニメ版が原作を超えることはないので、京極夏彦ファンが無理して見る必要はないが。

星:☆☆☆☆☆☆☆(7個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 11:40 |  ☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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