『ココロコネクト』

人為的青春ドラマ。

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ココロコネクト - Wikipedia
ココロコネクトとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2012年。庵田定夏著のライトノベル『ココロコネクト』のテレビアニメ化作品。全十七話。総監督は大沼心。監督は川面真也。アニメーション制作はSILVER LINK.。高校生五人組に巻き起こる様々な非現実的騒動を描いた学園ファンタジーラブコメ。第一話~第五話が原作第一巻の「ヒトランダム」編、第六話~第十話が第二巻の「キズランダム」編、第十一話~第十三話が第三巻の「カコランダム」編、第十四話~第十七話が第四巻の「ミチランダム」編となっているが、この内、第十四話以降はOVAのみの収録となっているため、ここでは「カコランダム」編までを取り上げることにする。なお、本作のファンイベントで発生した通称「ココロコネクトドッキリ事件」に関しては、この項目では取り扱わない。

・導入


 主人公達が通う私立山星高校には、ある一つの規則があった。それは「生徒は必ず何らかの部活に所属しなければならない」ということ。そのため、何の部活にも入っていなかったハミ出し者の主人公達五人は、文化研究部という謎の部活に強制的に入れられ、日々、新聞製作に勤しむのであった。
 たったこれだけの簡単な初期設定で矛盾を起こすのはやめてほしい。部活に入らなければならないのは、そういう規則だから仕方ない。だからと言って、その部活で活動しなければならない理由はどこにもないのである。なぜ、アウトローなはずの五人が積極的に新聞作りに励んでいるのか。普通はバックレるか、好き勝手に自分のしたいことをしているだろう。そうでないなら、彼らが新聞製作を始めるまでに何らかの一悶着があったはずで、それこそ青春ドラマの見本市のような熱い展開があったはずだ。そういった本来なら絶対に描かなければならないポイントがごっそりと抜け落ちているため、原因と結果が結び付かず、世にも奇妙な光景が生まれてしまっているのである。それなら、最初から部活強制参加などという余計な設定は入れる必要がない。
 また、絶対に描かなければならないポイントと言うと、「なぜ、彼らがこんなに仲が良いのか」という点もそうだ。文化研究部の男女五人は、普通に下ネタを言い合えるぐらいの間柄である。それは仲が良過ぎだろう。男同士でも下ネタOKの関係になるには、相当長い時間が必要になる。それこそ親友と呼べるぐらいの段階までは到達する必要があるだろう。だが、本作には彼らがそこまで親密になったことに対する設定的な言及はない。「最初から最強」ならぬ「最初から親友」である。これは要するに、後のストーリー上の都合であって、「どんなに大きな困難が訪れても、強い絆があれば大丈夫」的な友情物語を描こうと思ったら、主人公達は平均以上に親密でなければならないため、そこへ至るまでの過程をすっ飛ばしているわけだ。だが、それは悪手である。最優先に模索すべきなのは、何らかのトラブルによって、それまで余所余所しかったグループに固い絆が生まれるというパターンである。そうすることで、後に本当の困難が訪れた時に友情の力で耐え抜くことの説得力が生まれるのだ。熱い友情物語はその後でやればいい。詳しくは後述するが、本作は常にストーリーを進めることに対する焦りのような物が存在し、細かな点を放置する傾向がある。ストーリーを重視するのは大切なことだが、土台部分を疎かにしては元も子もない。

・ヒトランダム


 第一話~第五話が「ヒトランダム」編である。ある日、文化研究部の五人に奇妙な事件が発生する。肉体はそのままに魂だけが別人と入れ替わってしまうという不可思議な「人格入れ替わり」現象。その現象がきっかけで仲良し男女五人組に様々なトラブルが巻き起こる、という物語である。使い古されたアイデアではあるが、やはり男女の人格入れ替わりネタは鉄板で面白い。何の変哲もない日常生活全てが目新しい非日常になるからだ。ただし、本作は全体的に尺が足りないため、そういったコミカルなシチュエーションはあまり多くない。1クールの間に原作をできる限り消化しようという想いが強過ぎて遊びが少なく、展開が非常に速い。そんなに無理して三部作にしなくても、ヒトランダム編とキズランダム編の二つだけで良かったのではないだろうか。
 遊びが少ない代わりに、本作は人間関係の心の問題を描くことに注力している。人格が入れ替わることで、その人が密かに抱えているトラウマに直面せざるを得なくなり、それを解消することによって人間的に成長するというストーリーだ。ただ、深夜アニメの法則に従って、相変わらず女性陣だけが心にトラウマを抱えており、それを男性主人公が癒すという形式を取る。この内、桐山唯の悩み解消法は、本作の設定を上手く生かした素晴らしい物である。「人格入れ替わり」という非現実的なシチェーションを十分に活用し、男性恐怖症という深く切り込むと大変困難な悩みを癒すのに十分な説得力がある。一方、稲葉姫子の悩み解消法は酷い。と言うより、ほとんど物のついでである。彼女の本格的な癒しは後で行われるとは言え、この格差は哀しい。
 そして、ヒトランダム編のメインコンテンツになるのが、永瀬伊織の悩み解消である。元々、彼女は非常に不安定なキャラクターだ。キャラクターデザイン、性格、声質が全てバラバラで掴みどころがなく、典型的な失敗キャラかと思われたが、実はそれには理由があり、それこそが彼女のトラウマとなっている。人間の人格に係るところだから、悩みなどという生易しい物ではなく、それを赤の他人が癒すのは事実上不可能である。そこで生きてくるのが主人公の設定だ。主人公は、他人が困っていると自分の身を挺してでも助けなければ気が済まなくなる「自己犠牲野郎」ということになっている。いわゆるメサイアコンプレックスという奴で、他のライトノベル等の主人公に共通する精神疾患にも似た性格だ。だが、本作はそこをわざわざ強調し、それは決して褒められた物ではないとすることで、人が人を癒すという違和感を減らしているのである。この辺りの人物描写の仕方が本作は実に上手い。もっとも、他が下手過ぎるだけかもしれないが。

・キズランダム


 第六話~第十話が「キズランダム」編である。ヒトランダム編が終了した三週間後、平和な日常を過ごしていた五人組に新たなトラブルが発生する。心に秘めている欲求が何倍にも増幅されて表出してしまう「欲望解放」現象。その現象が原因で仲良しグループに亀裂が生まれる、という物語である。内容も欠点もヒトランダム編とほぼ同じで、心理描写には力が入っているが、コミカルな遊び要素は少ない。やっていることは正しくても、半分以上がシリアスシーンだと学園ラブコメとしては厳しい。
 今回の現象の面白い点は、ただ単に食欲や性欲といった分かり易い本能的欲望が解放されるだけではなく、「人を助けたい」「説得したい」といった通常は善とされる欲望まで増幅されてしまう点である。そのため、本人達の意志に反して感情がヒートアップし、ただの会話が激しい口論にまで発展してしまう状況が度々発生する。まるで、往年の熱血青春ドラマのようである。もしくは、深夜アニメにありがちな主人公の上から目線の説教をパロディーにした物である。こうやって見ると、世の青春ドラマの登場人物は、どれだけテンションが高くて自分勝手なのかと気付かされる。彼らは常に欲望解放されているのだろう。もし、これを狙ってやっているとしたら、本作の作者のセンスは相当な物がある。
 自分の秘めたる欲望が解放されるということは、心の中の一番知られたく部分を一番知られたくない人に明かしてしまうということである。そのため、五人組の仲は自然とギクシャクし、それを避けるために自ら距離を置こうとする。中でも桐山唯は、欲望が解放されて見ず知らずの男性に暴力を振るってしまったことから、自分の内なる凶暴性を恐れて自室に閉じ籠もる。そんな彼女をどう説得して学校に連れ戻すかが本編の趣旨になる。そう、「どう説得するか」なのである。甘言を弄して相手の感情を揺さぶり、強制的に価値観を変えさせることで行動に移らせる。言ってみれば、ただの言葉遊びであり、劇中でも「屁理屈」だと自虐している。その屁理屈自体に悪い点はない。ただ、原作小説ならまだしも、映像作品で言葉遊びをするのは愚作中の愚作、正直、見ていて面白くも何ともない。映像作品である以上、やはり、言葉よりも「行動」で心を動かすべきであろう。実際、ヒトランダム編では、あるアクションで桐山唯を立ち直らせた訳である。せっかくの続編で内容が劣化していては目も当てられない。

・カコランダム


 第十一話~第十三話が「カコランダム」編である。キズランダム編が終了した数週間後、またもや五人組がトラブルに巻き込まれる。時間限定で肉体と精神が若返る「時間退行」現象。その退行現象から戻った後も当時の記憶が残っているため、彼らは過去のトラウマに直面せざるを得なくなる、という物語である。この作品の黒幕(と作者)はどこまで主人公達をトラウマに向き合わせれば気が済むのか。彼らには同情するが、当の本人達は意外と平然としているので仕方ない。さすがに、これだけ事件が続くと感覚が麻痺してしまうのだろう。結局、最後は永瀬伊織のトラウマを解消するために、彼女の母親を「説得」してストーリーが終結する。
 まとめよう。本作は非常に「リアリズム」に満ち溢れた作品である。突然、何者かの手により特殊な現象が発生し、それが原因で何の変哲もない日常に大きな変化が訪れる。人々はトラウマを呼び起こされ、親密だった友人関係に亀裂が入る。だが、生々しい感情をぶつけ合うことで和解し、より絆が深くなって友情が愛情に変化するというファンタジーラブストーリーが本作のジャンルである。ただし、青春ドラマとして見ると、それは極めて「標準」なのである。人々は熱い口論を交わし、感情の籠った説得によって行動に移す。今時、珍しいほど普通の青春ドラマだ。その結論が導き出す答えは、特殊な現象を起こして初めて標準に追い付くということであって、逆説的に言うと、この『ココロコネクト』という作品世界では、普通に日常生活を送っている限り、劇的な変化は何も訪れないということである。そして、それが本作の黒幕の考え=作者の考えということだ。さて、どうだろう。そのこと自体に良し悪しはないが、問題は物語として面白いかどうかである。昨今のアニメのようにリアリティがなさ過ぎるのは論外だが、リアリティを重視した結果、ファンタジーまで否定してしまっては何の意味もない。本当ならば、このような特殊現象を人為的に起こさずとも青春ドラマを描けなければならないだろう。
 以上、本作は他のライトノベル原作アニメとは一線を画した非常に高品質の作品であり、しっかりとした信念に基づいて人間を描こうとしているのだが、その信念が足を引っ張り、かえってエンターテインメント性が損なわれているという悲しい作品である。特殊現象を持ち出したのなら、それを十分に活用して物語を構築しなければ、リアル世界のむなしさだけが強調されてしまう。日常生活でも起こり得るかもしれない普通の青春ドラマ、つまり、アウトローの集まりだった彼らが仲良くなって一緒に新聞製作を始めるまでに何があったのか、本作が一番に描かなければならないのは「人格入れ替わり」でも「欲望解放」でも「時間退行」でもなく、そこである。

・総論


 大筋はよくできているのだが、よくできているからこそかえって粗が目立つ。まぁ、それは生みの苦しみという奴で、最初から真面目に作る気もない作品と比べたら雲泥の差。作者の次回作にご期待下さい。

星:☆☆☆☆☆☆(6個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 16:06 |  ☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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