『人類は衰退しました』

くどい。

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人類は衰退しました - Wikipedia
人類は衰退しましたとは - ニコニコ大百科


・はじめに


 2012年。田中ロミオ著のライトノベル『人類は衰退しました』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は岸誠二。アニメーション制作はAIC ASTA。遠い未来の人類が衰退した地球を舞台にして、国連調停官の主人公が新しい人類「妖精」と共に暮らすSFファンタジー。原作者の田中ロミオは、名作美少女ゲーム『CROSS†CHANNEL』で知られる人気シナリオライター。『加奈 ~いもうと~』『家族計画』の作者である山田一と同一人物とされているが、確定には至らず。

・設定


 遠い未来の地球。そこでは人類という種が衰退し、世界的な人口減からの文明崩壊の危機に瀕していた。代わって、いつの頃からか「妖精」と呼ばれる新しい種が発生し、徐々にその勢力を拡大していた。主人公の「わたし」は、そんな妖精の調査と管理を主任務とする国連の調停官。元々は内気で孤独を志向する人間だったが、無邪気で屈託のない妖精との触れ合いを重ねる内に、段々と心を開いて行く。
 このように、作品ベースは終末系の未来型SFである。ただし、末期ではあるが退廃はしておらず、緩やかな人口減からの過疎化で世界中が現代の田舎町のようになっている。よって、作品の空気自体も牧歌的である。漫画『ヨコハマ買い出し紀行』を思い出して頂ければ、雰囲気が伝わり易い。遠い未来、成長・発展という概念をなくした人々は、時間に縛られることなく誰とも争わず、その日その日を心穏やかに暮らす。これはつまり、文明が衰退した後の世界をある種の理想郷として描くことで、現代の文明社会を批判的に描こうとする一つのテクニックだ。ただ、終わりに向かっていることには違いないので、いろいろ問題はあっても、結局は今が一番いいという結論に辿り着く。要するに、根底に流れているのは「あるがまま」を信条とする仏教思想である。
 もっとも、本作に関して言うと、基本的に二話構成のオムニバスストーリーなので、各話ごとにバラエティーに富んでおり、その内容もかなりコメディー重視でブラックやアイロニーに満ちたネタも多いため、全体的にひどくゴチャゴチャとした印象を受ける。主人公も見た目は清楚なお嬢様風だが、性格はかなり陰険・腹黒で、常に心の中で周囲に毒を撒き散らしている。そこだけ見ると、あまり牧歌的という雰囲気はない。一昔前ならナンセンス脱力系ギャグファンタジーなどと言われていたジャンルに該当するだろう。また、現代のオタク文化のパロディーも多く、第三話・第四話などはそのまま日本の同人誌文化の焼き直しである。正直なところ、未来を舞台にした作品で現代のサブカルチャーのパロディーを出す意味が分からない。その時代の人々が現代のことを知っているはずがないのだから。こんな無駄なことに全力で取り組めた昔=現代は良かったねという自己肯定なのだろうが……それをわざわざ特定の人間しか理解できない同人文化でやるというところに、本作の抱える歪みが感じられる。

・妖精


 本作のキーとなる存在である。見た目は、おとぎ話に出てくる可愛らしい妖精さんとほぼ同じ、手のひらサイズのヒューマノイドである。性格は非常に無邪気で純粋無垢、甘い物や遊ぶことが大好き。楽しいことがある、つまり、気分が充足すると個体が増殖するという奇妙な特徴を持っているため、ちょっとしたきっかけで爆発的に増えることも。どこから現れたのか、何から進化したのかは劇中では明言されていない。文化水準は人類よりも高く、生産能力に極めて優れ、一夜にして街を作り上げてしまうことも可能。また、様々なファンタジックな能力を有し、妖精が側にいるだけでトラブルに巻き込まれ易くなるが、なぜか身の危険の心配だけはないというジンクスもある。以上が本作における妖精の概要である。文字だけで見ると、何と恐ろしい生物であろうか。間違いなく人間という種を越えており、早めに対策を取らなければ、地球の覇権を明け渡すことは必至だと言えよう。と言いつつ、実は現在の地球上にも似たような生物が存在する。それが「ウイルス」である。本作は未知のウイルスが地球上に蔓延し、人類が絶滅の危機にある物語として見ると非常にすっきりする。さしずめ、主人公はアウトブレイクを警戒するユニセフの医療従事者といったところだろう。
 もちろん、話の内容はそういった類の物ではない。一言で説明すると「未来型おとぎ話」である。いわゆる妖精さんが不思議な魔法で人々を幸せにする物語に、論理的な設定を加えた物だ。妖精は、その天真爛漫な純粋さから人間の役に立とうと頑張るのだが、それがどうにもズレていたり、人間の文化を理解していなかったりして暴走した挙句、結局は失敗して元の鞘に戻るという寓話的な流れを取る。また、人間の欲が深いばかりに、かえって墓穴を掘り、最終的に自分に返ってきて損をするという自業自得な物語も多い。ここでも根底に流れているのは仏教思想である。主人公自身、内気でプライドが高く学内でも孤立した存在というアニメファンが非常に感情移入しやすいベタなキャラクターだったが、妖精と交流を重ねる内に外向的な性格へと変化した。今や地域住民に「先生」とまで呼ばれている。このように、妖精という超自然的な存在を媒介にして、人とはどう生きるべきかを問うのが本作の趣旨である。つまるところ、「ハートフル」という単語に集約されるのだが、上記の通り、かなりブラックな要素や反社会的な行為なども多く、それは人として大丈夫なのかと心配するような点も見られる。それは言い換えると、作品自体がおとぎ話のセルフパロディということであり、自分で自分のアイデンティティを否定しているとも取れるため、何とも掴みどころのない摩訶不思議な作品である。

・モノローグ


 以上が本作の解説である。かなり人を選ぶとは言え、一つ一つのストーリーはそれほど悪くない。勧善懲悪・自業自得なおとぎ話を否定する人はいないだろうし、深いテーマも含まれているため、いろいろと考えさせられることも多い。では、問題点が全くないかと言うと、残念ながら二点、どうしても見過ごすことができないポイントが存在する。
 その一つがナレーションである。ライトノベル原作アニメにありがちなことだが、元々の原作が一人称の小説なので、その雰囲気を再現するために主人公が語り部となってモノローグを多用するという形式を取る。そのため、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』と同様に、最初から最後まで主人公が心の中で思ったことをしゃべり続けるという非常に忙しない作風になっている。それがもう、一言で言うと「くどい」のである。量の問題ではなく、会話の内容が。もっと言うと口調一つ一つが。簡潔に伝えられるはずのことをわざわざ回りくどい表現で述べようとする。メタ的なフレーズが多発し、登場人物の一人なのにまるで読者側の視点で物を語ろうとする。常に斜に構えて、一歩引いたスタンスから皮肉を言おうとする。こういった大してエスプリも効いてない小難しいことを誰ともなしにブツブツと語り続ける様は、まさに型通りの「オタク」の行動である。おそらく本人は否定するだろうが、本作の主人公は誰が見てもそっち系の人間であり、どうしても鼻に付く。もっとも、アニメなど所詮はオタクがオタクに向けて作っているのだから、主人公もそうであった方が共感できて良いのかもしれない。独り言をしゃべり続ける主人公を可愛いと思う層もいるだろう。ただ、問題は制作者がその事実に気付いているかどうかである。仮に、彼女を非オタクの一般人のつもりで描いているなら、視野が狭いというレベルではない。一般業界へ進出した時に必ずや大恥をかくだろう。
 また、本作の場合はスクリプトだけではなく演出もくどい。文字を使った画面効果やクラシック音楽など、いつの時代のセンスだと言いたくなる。なぜ、そんなことをしているかと言うと、それが面白いと思っているからである。普通のアニメにこういった演出を付け加えることで、さらに面白くなると確信しているからである。牧歌的で穏やかな世界観であるにも係らずだ。結局、原作を如何にして再現するかということだけに捉われ過ぎて、一つの独立した作品を作っているという意識が乏しいため、本作のようなこってりとした大味の料理が出来上がってしまうのである。もう少しシンプルに作っていれば、もっとテーマ性が浮き立ったはずだ。

・SF


 本作におけるもう一つの、そして、最大の問題点が、センセーショナルなタイトルに反して「人類が衰退しているようには全く見えない」という点である。アニメ版では理由が描かれないが、とにかく人口が減ったことで生産力が落ち、そのせいでさらに人口が減るという負のループに陥ったことで、人類という種が絶滅しかけているという世界設定になっている。電力供給設備が壊れているか、もしくは稼動できる人材がいないため、文化水準が低下して中世のような自給自足の生活を余儀なくされている。実際、第一話では物資が足りないため、人々の暮らしが困窮していると語られ、かなり切迫した状況であることが感じられる。
 ところが、だ。第一話以降はどれだけ物語が進んでも、物資窮乏に喘いでいるという実態が画面を通してほとんど伝わって来ないのである。第三話・第四話の同人誌回にいたっては、現代と何も変わらない大量生産・大量消費を行っている。その最たる物が最終話に出てくる「学舎」で、世界最後の学校という設定なのに、見た目も授業内容も現代とほぼ変わらない。もちろん、直接的に衰退を描く必要は何もないし、直接描いた時点で台無しになるのは明白だが、どこかに終末感を含ませなければこの設定にした意味が何もない。先の『ヨコハマ買い出し紀行』を例に挙げるなら、知り合いがみんな高齢化し、住んでいる土地が徐々に水没化し、儚く文明の明かりが消えて行くという描写が随所でなされている。その上で人がどう生きるかを問わなければならないのが、終末系SFではないだろうか。
 ここで、本作は未来型おとぎ話風のファンタジーコメディーであり、タイトルの『人類は衰退しました』はただの見せ球であって、さほど重要ではないとする考え方もあるだろう。それは正しい。人々は終末が目の前に迫っていても、のんびりと今日を生きている。過去も未来も振り返らない。それが人本来の生き方だとするのが本作の訴えたいことだ。ただ、それは比較対象があって初めて説得力を持つ。科学文明に傾倒し過ぎた結果がこの状況であると十分に示さなければ話にならない。劇中でも「人モニュメント計画」なる人類の歴史を記念碑に残す計画が出てくるが、その愚かさをこれでもかと描写する必要があるだろう。
 結局はSFというジャンルに対する理解の問題になる。センスと言っていいかもしれない。具体的に言うと、ファンタジーとSFの最大の違いは科学的な根拠の上に成り立っているかどうかである。それを嫌がるなら、未来設定など持ち出さずに遠い異世界の物語にすればいいのだから。要は、思い出したようにパイオニア・アノマリーなどの科学用語をオチに挿入したところで、決してSFにはならないということである。

・総論


 極めて人を選ぶ作品なので、評価は二分されると考える。ただ、もしこれをSFだと言い張るのなら、「SFは衰退しました」と言うより他にない。

星:☆☆☆☆(4個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 21:55 |  ☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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