『グラスリップ』

普通の少女漫画。

公式サイト
グラスリップ - Wikipedia
グラスリップとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2014年。オリジナルテレビアニメ作品。全十三話。監督は西村純二。アニメーション制作はP.A.WORKS。海沿いの地方都市を舞台にして、男女六人の高校生の交流を描くファンタジー青春ドラマ。『true tears』『花咲くいろは』と並んで「P.A.WORKS北陸青春3部作」の一つに数え上げられる。

・少女漫画


 本作は、2008年に放送されたアニメ『true tears』と同じ監督・同じ制作会社による作品である。そのため、北陸の美しい街の風景描写、ゆったりとした穏やかな空気感、高校生の男女の心のすれ違いなど、両者に共通する部分も多い。ただ一点、決定的に異なる部分が存在する。それは男性向け萌えアニメでありながら、「主人公が女性」なことだ。
 主人公は高校三年生の女の子。明るく無邪気な夢見がちでちょっぴりドジ。友人達が言うところの「いい感じに無神経」。絵画とガラス工芸が趣味で将来はその方面に進みたいと思っているが、まだ正式に決めたわけではない。一方、相手役となる男性はクールでぶっきら棒。初対面の相手を呼び捨てにするなど、一般的な社会常識に疎い。常に我が道を行く孤高の奇人で、事あるごとに痛々しいポエムを口ずさむ。と、ここまで見れば分かる通り、本作はどこをどう切り取っても典型的な「少女漫画」である。ヒロインは陽気でヒーローは陰気。主人公も最初はそんな彼を嫌っていたが、徐々に本質的な心の優しさに気付いて恋に落ちる。だが、それを美人で高飛車なライバルが邪魔する。キャラクターデザインを手掛けたのも女性で、萌え絵というより少女漫画のキャラクターっぽい。もし、これを男性向け萌えアニメだよと紹介されなかったら、誰もが少女漫画を原作にした女性向けアニメだと思うだろう。
 昨今の萌えカルチャーの源流が少女漫画にあることは周知の事実であるため、今更あれやこれやと語る必要はない。ただ、普通は男性視聴者に向けて幾つかアレンジしている物である。例えば、ヒーロー役の男性を誰もが納得する爽やかな好青年にしたり、真剣に打ち込んでいるマニアックな趣味や特技を持たせたり。そうやって、男性視聴者がヒーロー側に自己投影できるようにし、その上で女性主人公の可愛さに注目させている。だが、本作は違う。相手役は見た目はいいが性格に難があるクール系の男性である。はっきり言うと、アニメファンの正反対に位置する人物であり、感情移入は難しい。では、本作の男性視聴者は誰に自分を投影しているかと言うと、そう、女性主人公に対してなのである。それは非常に奇妙な光景であろう。当の主人公は自分と正反対の男性に恋心を抱き、好きだ好きだと言っているのだから。もしかすると、昨今の一部のアニメファンは、リアルとの彼我を広げるがあまり、同性愛の領域にまで到達してしまっているのかもしれない。ただ、そうじゃない人間にとっては、全く求めていない方向に特化しているわけで、本作の評価は極めて低くなる。

・退屈


 本作のストーリーを一言で表すと「男女混成の仲良しグループの恋愛を解禁したら、思いの外ゴチャゴチャになりました」という話である。そのゴチャゴチャを全十三話かけて丁寧に描いて行くのだが、はっきり言って「退屈」である。男女六人の恋愛模様はそれなりにドロドロとしているが、これと言って大きな起伏もないまま淡々と過ぎ去って行く。おそらく余計な部分を省いたら、全五話ぐらいで終了するのではないだろうか。それぐらい盛り上がりが少なく、各話ごとの特徴が少ないのが特徴である。
 哀しいことに、「なぜ、退屈なのか」も論理的に説明できてしまう。まず、一つ目は「目標がない」ことである。第一話の段階で主人公達が何に困っていて、どんな問題が発生しているかを具体的に描いておかなければならないのに、本作にはそれがまるでない。一応、主人公達は将来の進路に迷っていて、片思いの相手に告白できずに悶々としているということになっているらしい。また、主人公は突然、謎の光景が脳内に映し出されるという奇妙な体質の持ち主らしい。だが、それらに対して深く悩んでいるという描写はなく、それなりに幸せでそれなりに満足している。そのため、ストーリーの終着点が分からないのである。一見、安定しているようだが、どこか違和感がある。その違和感を全十三話かけて解消していく。それが「物語」であって、物語がなければ、どんなに設定やキャラクターを凝ったところで面白くなるはずがない。
 二つ目は「伏線がない」ことである。例えば、序盤で友人の一人が足をくじく。だが、それは数日で「完治」してしまう。完治するということは、ケガをしたという事実さえ忘れ去られて、後の物語に全く絡まないということだ。そのため、前の出来事が後に影響を与えることなく、ただ一つずつ黙々とイベントを消化して行くだけの話になる。最終回で流星群の話題が出てくるが、それが前半で語られていたらどんなに話が盛り上がっただろうか。結局、企画の練り込みの甘さとシナリオライターのセンス不足である。週刊誌連載作品でもそれなりの伏線が仕込まれている物なのに、オリジナル作品でこれはちょっと頂けない。
 最後は「登場人物の人間性が薄い」ことである。というのも、男女六人グループの面々が皆、毎日充実した時間を過ごしている俗に言う「リア充」過ぎるのである。六人中四人は劇中で明確に美男美女であると明言されている。それぞれに小さな悩みはあるものの、日常生活を脅かすような大きなトラウマやコンプレックスはない。そんな「薄い」人々が何をやろうとも全く心に刺さらないのだ。ただし、これは人によって捉え方が異なるため、論理的とは言い難いかもしれない。そのため、こういう意見もあるという程度に留めたい。

・ファンタジー


 本作の特徴の一つとして、「未来の欠片」という物がある。以前より主人公は謎の現象に悩まされていた。それは強い光に反応して見たことのない光景が脳に浮かぶという物。そこへ謎の少年が現れて、自分も同じ現象を持っていると彼女に告げる。彼の言うところによると、それは自分達の未来を映す「未来の欠片」であり、二人一緒にいる時だけ映像と音声が揃って見えるらしい。それゆえ、その現象の謎を解き明かすため、二人で行動を開始する。ところが、逢瀬を重ねる内に少年はそれが未来の光景ではないことに気付いてしまう。すると、彼には未来の欠片が見えなくなる。一方、主人公だけは未来の欠片を信じ続けるが……。
 さて、ここで当然「未来の欠片とは何なのか?」という疑問が生まれてくるが、それに対する正しい解答は「何でもない」になるだろう。思春期特有の将来に対する不安感や地に足が付かないふわふわした気持ちを具体的な現象に置き換えた物であって、それ以上でもそれ以下でもない。言い換えるとただの「象徴」であり、よって、未来の欠片自体に注目することは間違いであろう。大事なのは思春期の心理を如何に描いているかである。主人公は夢見がちで無邪気な少女。社会経験が少ないため、恋という物がよく分かっておらず、周囲の人間の気持ちにも気付かない。一方、少年は異動が多い両親の仕事の影響で、ずっと孤独に生きてきた。人付き合いの作法も知らず、どこにも自分の居場所がない。自分の中に別の自分を作って脳内会議するという痛々しさも持っている。そんな二人に共通しているのが、もう子供じゃないけどまだ大人にも成り切れないという不定形な危うさである。そういった複雑に揺れ動く思春期の心理が、そもそも正体が何であるかすら分からない「未来の欠片」として、本作では巧みに表現されている。
 さて、そんな二人が成長して大人になるのが本作のストーリーであるが、どうやって彼らが大人になったかと言うと、正直、具体的な物は何もない。勝手に悩み、勝手に答えを出し、勝手に納得しているだけである。周りの人、特に大人達がその手助けをすることはない。精々、主人公達に頼まれて音楽の演奏をしたり、ちょっとした意見を言ったりする程度だ。そのため、完全に「自己完結」した物語になっている。全十三話という長い時間をかけ、未来の欠片という特殊装置を使っておきながら、この結末はちょっとお粗末と言わざるを得ない。もっとも、世の青春ドラマは、ほとんどが自己完結の世界であったりするため、そこを否定してしまうと全てを否定しなければならなくなるため、難しいところではある。ただ、少なくとも、未来の欠片から卒業するための具体的なイベントは欲しかった。

・演出


 以上、未来の欠片というファンタジックな要素があるとは言え、基本的には少女漫画をベースにしたオーソドックスな青春ドラマである。最近は少なくなったが、教育テレビの夕方にでも放送していそうな内容だ。ただ、何の変哲もない普通のドラマであるなら、何も緻密な人物描写が不得手なアニメーションでする必要はない。実写ドラマで十分である。そのため、常に「なぜ、アニメでやるのか」を自問自答し続けなければならない。よって、どうしてもアニメ特有の「演出」という面に目を向ける必要が出てくる。
 本作の特徴の一つは「ガラス」を使った演出である。歌のタイトルにもあったが、ガラスはしばしばティーンエイジャーの心理を例えるのに使われる。純粋で透明で輝いていて、でも、傷付き易く壊れ易い。そういった十代のナイーブな感性をガラスという無機物で表現している。主人公はガラス細工職人の娘で、自身もガラス玉作りを趣味にしている。最終回では彼女の作ったガラス玉が流星群となって降り注ぐ。ガラスは画面効果としても使われ、鮮やかな光の映り込みや画面の湾曲などが随所に見られる。つまり、作品全体がガラス玉に映し出された光景のようになっており、この点に関してはアニメならではの技術を上手く活用していると言えよう。
 また、『true tears』と同じ監督による作品なので、本作中でも同じ演出が使われている。それが「鳥瞰視点」と「止め絵」である。ただし、前者はともかく、後者は明らかに多用し過ぎなように思える。そもそも、この演出の意図するところがいまいち理解できない。大事な場面に止め絵を使うことで印象を強くするのが狙いだろうが、スポーツやバトルのような常に動き回っている映像なら、逆に動きを止めることでインパクトを高めることが可能でも、本作は元から動きの少ない青春ドラマである。それでは大して印象が変わらないどころか、むしろ動画をケチっているだけに見える。しかも、そんな演出が至るところで使われているので、最早インパクトのバーゲンセールである。正直、古臭くて見ている方が恥ずかしいレベルだ。奇抜な演出はここぞという場面で使うから盛り上がるのであって、多用は厳禁というのが映像の原則である。この辺はアニメであることがかえって足を引っ張っている点であろう。

・総論


 『true tears』と『TARI TARI』のいいとこ取りをしようとして、見事に失敗した作品。ただ、さらりと流し見するだけなら何も問題はないので、青春時代の痛々しい自分を思い出しながら、自虐的に鑑賞するのもいいだろう。ダメージが大き過ぎて鬱になっても責任は取れないが。

星:☆☆(2個)
関連記事
スポンサーサイト
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 15:21 |  ☆☆ |   |   |  page top ↑
twitter
検索フォーム
最新記事

全記事一覧
評価別一覧
年代別一覧
掲示板
カテゴリ
リンク
カウンター
RSSリンクの表示



にほんブログ村
PR1
PR2