『ARIA The ANIMATION』

どこかにあるユートピア。

公式サイト
ARIA (漫画) - Wikipedia
ARIA The ANIMATIONとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2005年。天野こずえ著の漫画『AQUA』『ARIA』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は佐藤順一。アニメーション制作はハルフィルムメーカー。数百年後の未来、テラフォーミングされた火星にある水上都市「ネオ・ヴェネツィア」で、プロの水先案内人を目指して見習い修行中の主人公が成長していく様を丹念に描く。柔らかい美術、美しい音楽、穏やかな物語、優しい登場人物と視聴者が見ていて気持ち良くなれる要素をふんだんに配した作風は「ヒーリングアニメ」と称された。

・舞台


 舞台はテラフォーミング(惑星地球化)され、水の惑星「アクア」と名を変えた2300年代の火星。そこの水上都市「ネオ・ヴェネツィア」では、ゴンドラで観光案内をする水先案内人「ウンディーネ」が花形職業として人気を博していた。主人公は、そのウンディーネに憧れてマンホーム(地球)からやってきた十五歳の夢見がちな少女。彼女は明るく優しく前向きな性格で、何にでも喜びを見出し、友達を作ることが大の得意。本作は、そんな彼女がウンディーネの見習い修行を続けながら、ネオ・ヴェネツィアの街で様々な素敵な奇跡を見つけ出す一話完結型の物語である。
 この街の住人は、主人公を始めとして先輩に友人にお店屋さんにお客さんと、全員が朗らかで心優しい。中にはちょっぴり意地悪な人もいるけれど、主人公の明るさにほだされて自然と柔らかくなる。そんな人々が暮らす街自体も優しさに包まれており、ゆったりとした時間が流れている。マンホームと違って文明化されていないは少し不便だけど、そのおかげでのんびりとした時間を過ごすことができる。主人公は言う。「この街は奇跡でできてるんだよね」と。

・理想郷


 このように、本作の特徴は社会生活における仄暗い部分を一切合財排除したことにある。嫌味な人間など一人もいない。争いごとも起きない。自分の生活のことで日々あくせくすることもない。つまり、ネオ・ヴェネツィアは、いや、惑星アクアはある種意図的に「この世の理想郷である」と定義している。多彩なジャンルのエピソードを含むバラエティーアニメではあるが、この一点だけは絶対にぶれず、最後までクドいぐらいに強調している。
 ユートピアを描くのは難しい。なぜなら、あまりに清純さを強調し過ぎると、最も大切な要素であるはずの「リアリティ」が薄れて、視聴者に反感を与えてしまうからだ。つまり、「こんな天国みたいな場所が地球上にあるはずがない」という反論である。だが、本作は物語の舞台を文字通り地球上ではなくしてしまうことで、その問題をクリアしている。要するに、見た目は地球によく似ているけど、地球ではないので大丈夫というレトリックだ。このアイデアは素晴らしい。ただ、それは逆に言うと、ネオ・ヴェネツィアのような街は現在の地球上には存在しないということも示している。実際に劇中でも、未来の地球は機械文明化されて、人がのんびりと生活できるような星ではないと定義している。単純な話に見えて、意外と設定はハードだ。こんな世界は99%存在しないけど、もしかすると1%の確率で存在するかもしれない、そういった皮肉とロマンが理解できるかどうかで、本作の評価が大きく変わってくる。

・第十一話


 言ってみれば、本作は自分達で創造したユートピアを自画自賛するだけの物語である。人によっては少し鼻に付くかもしれない。だが、それが今日、名作アニメという区分にカテゴライズされているのは、シーズン終盤に第十一話と第十二話という二つの傑作回があるからだ。もし、この二回がなければ、本作は単なる中身のない日常系アニメで終わっていただろう。
 第十一話は、主人公の先輩達の思い出話である。数年前、彼女らがシングル(半人前)だった頃は毎日一緒に合同練習をしていたが、プリマ(一人前)となった今ではほとんど会う機会がない。でも、先輩達は言う。「今だってまんざらじゃない」「『あの頃は楽しかった』じゃなくて、『あの頃も楽しかった』だな」と。それを聞いて、主人公は思い悩む。今は友人達と一緒に楽しい時間を過ごしているが、これからもずっとそうであり続けられるだろうかと。この感情は、未来に対する不安である同時にアクアという理想郷に対する不安でもある。もしかしたら、ユートピアなど幻想で、この世のどこにも存在しないのかもしれない。マンホーム出身である主人公は、実際に荒廃した惑星を見て来ているわけである。いつか、アクアもあのようになってしまうのではないかという不安。本当に「今の幸せ」に浸っていていいのかと思う不安。それでも、彼女は友人達との別れ際、悩みを吹っ切って二人に大きな声で挨拶をする。「また明日」と。

・第十二話


 続いて、第十二話を見て行く前に、本作における重要キーワードである「水」について語っておこう。ネオ・ヴェネツィアはその名の通り、イタリアのヴェネツィアをモデルにした水上都市であるため、街中に運河が張り巡らされている。ウンディーネは一年を水の上で過ごす。水の上で人々と出会い、水の上で奇跡に遭遇する。それゆえ、蒼い水面を湛えて緩やかに流れる水こそが、この街の持つ温かさや優しさの象徴となっている。
 そして、第十二話はオリジナルのタイムスリップ話である。主人公が辿り着いた場所は、入植が始まったばかりの過去のネオ・ヴェネツィア。その頃はまだアクアは水の星ではなく、その日が初めて水路に水の届く日だった。やがて、人々が見守る中、水路に水が流れ始める。ネオ・ヴェネツィアの街が誕生した記念すべき瞬間。それまで散々、アクアという星の素晴らしさを描いてきたからこそ得られる感動だ。ユートピアはどこか遠くにある物ではなく、大勢の人々の努力によって作られてきた物なのだと、この回でしっかりと示している。そして、それは我々現代人に対する教訓でもある。

・美術と音楽


 本作の唯一と言える欠点が美術面である。時代的に人物作画が不安定なのは仕方ないとしても、作品の性質上、背景だけはもう少し頑張って欲しかったところ。主線の歪みが普通に出てくるのは如何な物か。もっとも、全体的に白いフィルターをかけるなど、柔らかな画作りに対する努力は随所に見られる。また、水面には、Production I.Gによって当時では珍しいCG処理がされており、本作が水の物語であることはしっかりと強調されている。
 ただ、そんな短所を補って余りある長所が音楽面である。生楽器を多用したBGMのクォリティーは完全に深夜アニメレベルを超えており、一般のテレビ番組でも数多く流用されているほど。加えて、OP曲・ED曲・挿入歌、いずれも本作の雰囲気と十分にマッチしており、曲単体で聞いても素晴らしい。何より出色なのが、第十一話と第十二話のクライマックスシーンで流れる挿入歌『シンフォニー』だ。OPと同じ牧野由依が歌うその歌は、本作の品質を確実に数段高めている。

・総論


 ヒーリングアニメとは言い過ぎだろうが、見ていて気持ち良くなれる名作である。本来は夕方六時ぐらいに放映すべきアニメだろうし、それ以上の価値がある作品だ。惜しむらくは、やはり作画。キャスティング的に難しい面があるが、今の技術力でリメイクして欲しいアニメ筆頭である。

星:☆☆☆☆☆☆☆(7個)
関連記事
スポンサーサイト
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:22 |  ☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
twitter
検索フォーム
最新記事

全記事一覧
評価別一覧
年代別一覧
掲示板
カテゴリ
リンク
カウンター
RSSリンクの表示



にほんブログ村
PR1
PR2