『つり球』

スポ根。

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つり球 - Wikipedia
つり球とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2012年。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は中村健治。アニメーション制作はA-1 Pictures。釣りを通して成長していく男子高校生の地球を守る戦いを描いた青春SFアドベンチャー。「釣りでどうやって地球を救うんだ?」と視聴者に一瞬でも思わせたら勝ち。

・第一話


 本作は極めてオーソドックスな青春ドラマである。王道にしてベタ、基本を大切にし、人の心を揺り動かすツボを全て押さえた誰の目にも明らかな良作である。ただし、全体的に小綺麗にまとまっている分、細かな粗が非常に目立つ。そこで、この項目ではあえて欠点を挙げ連ねることによって、本作の特徴を探って行きたい。
 主人公は祖母と二人暮らしの男子高校生。内気で人見知りな性格であり、疑問を覚えても他人に尋ねることはせず、何でもかんでもスマートホンで調べてしまう良く言えば現代的な人間である。家庭の事情で転校が多く、また、緊張すると顔が般若のような変顔になるというコンプレックスがあるため、ずっと友達がいなかった。ところが、新しい転校先の江の島で自称宇宙人のハルと出会い、彼の強引な勧めで釣りを始めて以降、主人公に変革の時が訪れる。以上、本作の主人公はどこを切り取っても分かり易い「ダメ人間」である。少し精神的に未発達な部分があり、自分では制御できないヒステリー症状もあるという歴代アニメの中でもかなり大変な部類に入る。そんな鬱屈した人生を送っていた主人公が、あるきっかけで生まれ変わるのが第一話なのだが、その一気呵成の解放感を上手く表現できていないのが最初の欠点である。転校前と転校後で画面の雰囲気があまり変わらないため、環境変化に対するカタルシスを得られない。しかも、本作の場合は、まず江の島に到着したことで解放され、ハルと出会ったことでさらに解放され、釣りを始めたことで真に解放されるという三つの段階を踏まえる必要がある。演出的にはかなりしんどいと思うが、第一話でそれを表現できていないと、興味を惹き付ける力が弱くなる。つまり、視聴者離れを引き起こして営業的にも苦しくなるということだ。もう少し、転校前のネガティブな学校生活を描きつつ、江の島という地上の楽園の優越感を上手く引き出すことができていれば、もっと視聴者を作品世界へ呼び込めただろう。

・釣り


 ひょんなことから釣りを始めることになった主人公。最初は右も左も分からず失敗だらけだったが、挫折を乗り越え、苦しい練習を積み重ねて徐々に様々な釣りのテクニックを会得し、仲間にも認められていく。それと同時に彼自身の心も成長し、少年は大人になるのだった。というのが、第五話までのストーリーである。何をやらしてもダメだった人間が努力に努力を重ねて一人前になるという成長物語は、やはり万国共通で胸を打つ。特に、昨今は努力否定の風潮が幅を利かせているため、ここまで真っ直ぐなスポ根はかえって新鮮で非常に心地良い。天から与えられた才能だけで突然「覚醒」した人間には絶対に出せない妙味がそこにはある。
 ただ、気になることが一つある。それは「釣りである必要性」だ。第五話までの描写を一つずつ精査して行っても、本作のテーマが釣りでなければならない必然性はあまり見つからない。主人公が釣りを始めた動機は「ハルに洗脳されたから」だし、最初は「釣りなんておっさんがやる物。退屈そう」と言っていた。後に釣りの練習に一生懸命励んだのも、自分の不甲斐なさが「悔しかったから」だ。確かに、初めて魚を釣った時に水中から救出されるようなエフェクトで気持ちがハマった感を描写しているが、実際に釣りを面白いと発言したのはかなり後になってからである。これなら、別に釣りでなくとも野球でもバンド活動でも物語的には大して支障がないだろう。
 そもそも論で、釣りの最大の特徴とは何かと言うと「大自然との格闘」である。コンクリートジャングルの文明社会で暮らす人間を自然と向き合わせ、忘れかけていた狩猟本能を呼び覚ます数少ない遊び。ならば、その点をもう少し強調すべきだったのではないだろうか。主人公は都会の真ん中でIT機器に囲まれて育ったデジタル脳の痩せっぽちな少年。だが、釣りを通して野生の本能を取り戻し、たくましく成長するという話にすれば、もっとテーマを深く掘り下げることができたはずだ。少なくとも、転校前の住所は宮城県大崎市ではなく東京都心にすべきだっただろう。

・萌え


 もう一つ気になったことがある。それは「萌えがない」ことである。いや、別に深夜アニメなんだから可愛い女の子をいっぱい出せとか、男性と女性の立場を逆転させてハーレムにしろということではない。その手のアニメが好きな人は最初から他の作品を見るだろう。ただ、物には限度があって、本作はハーレムどころか主人公と同年代の女性すらほとんど出て来ない。一応、レギュラーに一人だけクラスメイトの女の子がいるが、脇役中の脇役で物語には全く絡まない。基本的には男性四人が絶叫しながら大海原に立ち向かう暑苦しいアニメである。当然、恋愛的な要素は皆無。これは青春ドラマとして考えると由々しき事態である。少年を大人へと成長させる鍵は、目標達成の充実感や同性のボスに対する憧れ、ライバルとの切磋琢磨だけではない。やはり、異性の目という物も必ず必要になる。恋愛に限らずとも、女性にいいところを見せたい、褒められたい、祝福のキスが欲しい、そういった下心丸出しの生々しい感情があって初めて男は本気で頑張れるのだ。仮に女性の視線抜きで成長したとしても、それは本当の意味で大人になったとは言えない。そういう観点において、本作にも四人組の側にいて彼らを見守るマドンナ的存在が必要だったのではないだろうか。ちょうど海の神は女神が多いと言うではないか。ならば、女神のように慈悲深く穏やかな女性(怒らせると怖い)を登場させ、四人組の憧れの存在とするのもいいはずだ。それが視聴者にとっても可愛い女の子ならなお良いという下世話な批判である。

・SF


 第六話以降は物語のテーマが変わり、悪しき宇宙人から地球を守るというSFチックなストーリーになる。先日より江の島では船舶や人が突然消失する「バミューダシンドローム」現象が多発していた。その犯人は、人工の漁礁に隠れ住むハルと同じ星出身の魚型宇宙人。そこで、宇宙人の調査・捕獲を担う国際組織「DUCK」が犯人確保に向かう。だが、自らの手で同胞を捕まえたいハルが彼らと対立する。ここでの欠点は、その対立軸が分かり難いことである。DUCKは武力で宇宙人を捕まえたい、ハルは釣って捕まえたい。手段は異なるが目的は全く同じである。例えば、DUCKは宇宙人を捕まえて実験体にしたあげく残酷に殺してしまうなどのヒューマニズム的な対立があれば分かり易いのだが、ほんわか日常系スポ根である本作にそういったハードな設定はない。目的が同じならば協力し合えばいいのだ。もう少し対立軸を分かり易くして、主人公側に感情移入できるようにしないと、後半のストーリーが締まらないだろう。
 しかし、そんなあやふやな状態のまま話が進み、江の島に古くから伝わる竜退治の伝説に倣って、主人公達が単独で犯人釣りに出発することを決意する。これもまたよく分からない。伝説は伝説であって、今回の事件との関連性に確証はない。単なる思い込みで他人を危険に晒す行為は控えるべきだ。また、ハルなら犯人の洗脳に耐えられるという説明だが、つい先日、無様に洗脳されたばかりなので説得力がない。その後、DUCKのイージス艦の乗組員が犯人に洗脳されるという事件を持って、ようやく主人公達の行動に正当性が生まれる。そう、順番がおかしいのである。竜の伝説は第一話で出してないとおかしいし、イージス艦が乗っ取られるのももっと早い段階でやらないといけない。その上で犯人を釣り上げられるのは主人公達しかいない、主人公に地球の命運がかかっているとするのがセオリーだ。この辺りのストーリー構成の不備が本作における最大の欠点である。

・演出


 本作のジャンルは青春ドラマということになるが、その中でも努力を積み重ねて技能を磨き、皆と力を合わせて一つの目標を成し遂げるという古き良き熱血スポ根ドラマの趣を色濃く残している。ただ、そこからイメージされるような汗臭さ・泥臭さは本作にはない。心優しい街の人々、デフォルメを多用した作画、ポップな色彩、穏やかな音楽、そして、湘南の海の空気感ととにかく爽やかで明るい作風になっており、日常系アニメとして見ても優秀である。こういった「アニメーションでしかできない演出」を惜しみなく地上波で放送しているところに、日本のアニメ業界の懐の深さが伺い知れて気分が良い。
 ただ、ラストの釣りシーンだけは大いに不満が残る。『白鯨』や『老人と海』のように、ちっぽけな人間が広大な大自然に立ち向かう海洋ロマンをやりたいのは分かる。だが、迫力という点で一歩も二歩も遅れを取る。その理由の一つは「船が全く揺れてない」ことにある。嵐の海で周囲の波が大きくうねっているにも係らず、主人公達の乗っている船だけはなぜか微動だにしないのである。大波が船体に被ることもない。もちろん、船を揺らすと作画も大変だし、視聴者が画面酔いするという現実的な問題もあるだろうが、もう少し何とかならなかったのだろうか。波にさらわれないように船を操ることすら困難という極限状態で、さらに幻の巨大魚と戦う。その生と死の狭間にある壮絶なスペクタクル感にこそ人の心をかき乱すポイントがあるのだ。今のままでは低予算のB級SF映画の域を出ないだろう。
 以上、いろいろと欠点を書き連ねたが、近年では珍しいぐらい純粋に青春を謳歌している作品である。昨今は敬遠されがちな挫折や努力もしっかりと描き、周囲の人も善人ばかりではない。登場人物も制作者もみんな真剣に釣りを楽しんでいるので、見ている方も楽しくなる。ギャグの質に関しては人を選ぶが、そこを度外視すれば万人に薦められる良質の作品である。

・総論


 一つ不満があるとするなら、魚はこんなに簡単には釣れないです。

星:☆☆☆☆☆☆☆(7個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:39 |  ☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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