『そらのおとしもの』

落ち物。

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そらのおとしもの - Wikipedia
そらのおとしものとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2009年。水無月すう著の漫画『そらのおとしもの』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は斎藤久。アニメーション制作はAIC ASTA。平和を愛する少年がある日突然、空から落ちてきた少女と出会ったことから始まる学園ファンタジーラブコメ。EDムービーはかつての歌謡曲をカバーした歌と共に毎回変わるという凝った作りになっている。

・落ち物


 主人公は毎日をつつがなく平和に暮らすことをモットーにしている性欲旺盛な一人暮らしの男子中学生。毎朝、隣に住むツンデレな幼馴染みの女の子にやや暴力的に起こされている。学校では「新大陸発見部」なる謎の部活に関与し、変態な先輩男子やミステリアスな女子生徒会長と仲が良い。そんなある日、主人公は空から落ちてきた一人の女の子と出会う。自分自身を「愛玩用エンジェロイド」だと称する彼女の背中には羽が生えており、魔法のような不思議な力を使うことができた。また、彼女はなぜか主人公のことをマスターと呼び、彼の側から離れようとしないので、仕方なく二人は主人公の家で同棲することになる。
 「何だ、このベタなストーリーは」と思うかもしれないが、本作の原作漫画が発表されたのは2007年。もしかすると、その人が考えているベタな展開のオリジナルがこの作品だったかもしれない。ただし、本作以前にも似たような作品は幾らでもあったわけで、本作はそれらを一つにまとめて再構成し、標準化しようとした最大公約数的な作品と定義付けることもできるだろう。もちろん、それは「良く言えば」の話であって、悪く言えば非常に発想が貧困で何の捻りもないステレオタイプな作品である。
 これらは一般的に「落ち物」と呼ばれるジャンルに該当する。ある日突然、冴えない主人公の元へ不思議な少女が現れ、彼女の持つ特異な力で平凡な日常に大きな変化が起きる。このジャンルの始祖は漫画『うる星やつら』だと言われているが、異世界の少女とのボーイミーツガールなど探せば古今東西に溢れており、言ってみれば『竹取物語』などもそれに該当するだろう。そんな落ち物のメリットは一つ。平凡な日常の中に突如として異物が入り込むことで、特別な設定的根拠を必要とせずに非日常的なシチュエーションを形成することが可能な点だ。具体的に言うと、美少女との同棲生活やファンタジックな冒険、ハーレム展開といった辺りになる。いずれも男性の都合の良い夢を具現化した物であり、落ち物以外でそれをやろうと思ったら、主人公側に何らかの特殊設定を盛り込まなければならず、それだと「何の取り柄もない主人公」という視聴者との数少ない接点が失われてしまうため、物語作りに自信のない作家が不利になる。そういった点が落ち物が世に蔓延する一番の理由だろう。無論、『天空の城ラピュタ』のような落ち物の傑作も存在するため、実力のある作家が扱えば名作が生まれるのは言うまでもない。そこがベタのベタである所以だ。

・ラブコメ


 上記の流れを辿って、男子中学生と愛玩用エンジェロイドの奇妙な同棲生活が始まる。彼女は願いを何でも叶える不思議な力を有しており、主人公はその力に溺れて夢のような時間を過ごすが、調子に乗り過ぎて結果的に大きな失敗を犯す。それに懲りた主人公は「危ないから」という理由で彼女の力を使わなくなる。と、この第一話の展開はなかなか秀逸である。物語の冒頭で少女の特殊性をこれでもかと見せ付け、日常の中に非日常が割って入る感覚を描写する。その上で少女の力が強過ぎて危険な存在であることも認識させ、そして、主人公が自ら力を律することで、彼はただのオチャラケた馬鹿学生ではなく、状況判断がしっかりできる誠実な人間だと視聴者に分からせる。落ち物の第一話としてはこれ以上ない導入部であり、今後の展開に期待を抱かせる。
 その後、ヒロインを中心にしたドタバタ学園ラブコメが最後の最後まで続く。この手の落ち物のお約束として、女性の胸だの下着だのを強調した「ちょっぴりエッチ」な作風になる。ここで性描写に関するさじ加減を少しでも間違えるとただの「下品」な作品になり、特定の人間以外は不快感を覚える作りになってしまう。それを回避するにはどうするか。何のことはない、エロスがギャグに直結していること、要は「笑えればいい」のだ。つまり、目的がギャグになるかエロスになるかで視聴者の心構えや気持ちの許容量といった物も変わってくる。とは言え、これが一番難しい。偏見かもしれないが、今時ベタな落ち物を作ろうとする人間が世の中の喜劇や演芸に幅広く通じているとは考え難く、実際、昨今の自称ギャグアニメは同じ畑のサブカル文化をパロディーにした内輪ネタばかりが目に付く。だが、本作はなかなか面白い。誇張やデフォルメがちゃんとなされており、ネタの勢いもある。何より話のベースが誰かを助けたいと願う人情喜劇なので、登場人物に感情移入できて後味も良い。また、人物配置に関しても、主人公のエロ行動を否定する者(幼馴染み)、エロ行動を焚き付ける者(女子生徒会長)、エロ行動を冷静に分析する者(先輩男子)と揃っており、ただ単なる本能の暴走で終わらないようにしているのは良い。
 ただ、今時、紙媒体のエロ本が登場したり中学生が下着に大興奮したりと、どうにもセンスが古めかしく感じるのは否めない。また、幼馴染に対して性的に欲情するのに恋愛感情はないというお約束も現実味に乏しい。これはこれで構わないが、本作を参考に新しい落ち物を作ろうと考える人がいたら控えて頂きたい物だ。

・人造人間


 ヒロインは自称「愛玩用エンジェロイド」。エンジェロイドとは天使とアンドロイドを合体させた造語。愛玩用とは読んで字の如くであり、中学生ぐらいには難しいかもしれないが、高校生にもなれば何となく察しが付くだろう。その名が示す通り、彼女の首には鎖が付けられ、雇用主である「マスター」に絶対服従を強いられている。ヒロイン自身も記憶と感情が乏しく、人間社会で生きるために必要な一般常識すら持ち合わせない。そんな彼女だったが、主人公達と一緒に楽しい時間を過ごしている内に段々と人間らしい心を獲得し、幸せに生きることとは何かを学習していく。このように「人造人間の幸せ」が本作のテーマである。これまた非常にベタな内容だ。そもそも、アニメや漫画に出てくる「萌えキャラ」自体が、視聴者を楽しませるためだけに作られた愛玩用ロボットのような物なので、テーマとの親和性は高い。「萌えキャラの幸せとは何か」と変換すれば本作の内容も頭に入って来易いだろうし、萌えアニメという物を見直す良いきっかけになるだろう。
 本作の特徴にして最大の長所は、最初から最後まで一貫して主人公達がヒロインのことを「人に作られた可哀想な存在」であると認識し、その境遇に同情していることである。彼女を家に招き入れたのも「放っておけなかったから」だし、主人公をマスターと仰いで理由もなく服従する彼女に対して、主人公は欲情を抱くことを自制し続ける。主人公の友人達もヒロインを特別扱いすることなく、人間社会に馴染めるように様々な面からサポートをする。それは彼女を一人の人間として認め、その人権を尊重しているからである。一見、人として当たり前のことのように感じるが、そこらの三流萌えアニメではこれが全くできていないのが実情だ。人間社会の勝手が分からず戸惑うヒロインをまるで奴隷のように扱ったあげく、性欲のはけ口にする。愛玩用という言葉が分からない中学生ならまだしも、大の大人のすることではない。第十一話では、エンジェロイドを作り出した人々に対して主人公が「ぶん殴ってやりてぇ」と呟くが、今までずっとヒロインを手厚く保護してきた人間だからこそ、言葉に重みがある。これが、ずっとヒロインを性奴隷扱いしてきた人間の台詞だと「お前が言うな」になるだろう。本作は万人にオススメできないエロ重視の低俗なドタバタラブコメであるが、この終始一貫した姿勢だけは誇ってもいい。
 もっとも、そんな本作のキャラクターも二次創作の場では当たり前のように淫らに凌辱されているわけで、改めて人権意識とは何かを真面目に考えたくなる。人間とは善と悪を兼ね備えた生き物であり、綺麗な花ほど汚したくなるという気持ちは分かるが、やはり物悲しいことだ。そういった人間がオタクの地位向上を訴えても空々しいだけである。

・愛


 話を元に戻すが、第六話、もう一人のエンジェロイドである「ニンフ」が突然、劇中に現れる。この「突然」という言葉は演出的にも物語的にもそうであって、あまりにも唐突過ぎて違和感を禁じ得ない。何のエピソードもなしに主人公の家に住み付き、記号的なツンデレ言動を繰り返す。当初予定されていたストーリーが何らかの事情で急遽カットされたのでなければ、完全なる手抜き工事である。落ち物に対するセルフパロディーとも取れなくはないが、もう少し上手くできなかったのだろうか。
 それはともかく、彼女の働きによってヒロインの素性が明らかになる。本当のヒロインは愛玩用エンジェロイドなどではなく、かつて地上を滅ぼしたこともある最強の兵器を身に宿した戦闘用エンジェロイドだったのだ。それが何者かによって記憶を封じられた上で地上に落とされ、ニンフの役目はそんな彼女を回収することだった。ここで多くの人が本作の抱える決定的な設定の矛盾に気付くであろう。つまり、第一話で見せていた何でも叶える圧倒的な力は何だったのだと。あの魔法のような力を自由に使えるなら、戦闘用も何もない。原作漫画の読者なら途中で路線変更したと分かるだろうが、アニメ版が初見の視聴者は同じ物語の中で急に設定が変わったようにしか受け取れないわけで、アニメ化するに当たってその辺りをもっと調整すべきだっただろう。
 それもともかく、彼女の働きによってヒロインは記憶と感情を取り戻す。だが、作られた人造人間であるがゆえに、たとえ感情が戻っても人を愛するという気持ちだけは理解できない。そのため、主人公に対して芽生えていた胸を熱くするざわざわとした感情が何なのか分からない。だが、彼女は自分が殺人兵器であることを主人公に打ち明けられず、主人に絶対服従のエンジェロイドのはずなのに嘘を付いてしまう。そう、それこそが愛の形なのだ。ラスト、ヒロインを連れ戻すために戦闘用のエンジェロイドが送り込まれる。自分が兵器であることを打ち明けられず、戦いを拒むヒロインに対して、主人公は最初から分かっていたと言い、彼女を受け入れる。そして、協力して敵を撃退する……と良い話ではあるのだが、冷静に考えると本作は世界をも滅ぼす力を持った兵器が「自立」した話でもある。それは非常に恐ろしいことだ。愛ゆえに暴走して地球滅亡なんて結末もあるかもしれない。その辺りの詳細は続編で語られるのだろう。

・総論


 決して万人にオススメできる作品ではないが、劣化コピー品を見るぐらいならオリジナルを見るべきだ。つまり、本作を……ではなく、『うる星やつら』を見よう。

星:☆☆☆(3個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:43 |  ☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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