『天体のメソッド』

感動の押し売り。

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天体のメソッド - Wikipedia
天体のメソッドとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2014年。オリジナルテレビアニメ作品。全十三話。監督は迫井政行。アニメーション制作はStudio 3Hz。男女五人の中学生が七年前に途切れた絆を取り戻す青春ファンタジー。タイトルの読み方は「そらのめそっど」である。

・第一話


 本作の原案・脚本を務めた久弥直樹は、十八禁美少女ゲーム『ONE ~輝く季節へ~』『Kanon』で一時代を築いたシナリオライターである。それらはいわゆる「泣きゲー」のパイオニアであり、エロゲーでありながらプレイヤーを感動させ、泣かせることを主目的としている。そんな彼が、初めてアニメ全編の脚本を手がけたのが本作になる(原案・脚本としての初参加は『sola』)。つまり、アニメ作家としてはほぼデビュー作ということであり、如何に優秀なシナリオライターと言えど実績はないに等しい。その結果、如何にも経験不足な点が多々見られ、特に本編への道標となる第一話にそれらが集約されている。
 主人公は母親を病気で亡くして以来、父親と二人暮らししている女子中学生。中三の夏休み、父親の仕事の都合で七年前まで住んでいた街へ引っ越すことになる。その街は七年前から謎の「円盤」が空に浮いており、当時は大問題になったが今では名物の一つになっていた。そこで主人公はノエルと名乗る一人の少女と出会う。直後、ある勘違いがきっかけで仲違いするが、主人公が七年前に彼女と会っていた過去を思い出したことで仲直りする。これが第一話のストーリーである。文字にしてみると何もおかしな点はない。だが、実際の映像はアニメの第一話として見ると少々厳しい物になっている。まず、何より主人公のリアクションが薄過ぎる。空に浮かんでいる円盤を見ても、明らかに怪しげな少女に遭遇しても、突然出会った女性に罵倒されても、中学生とは思えないほど冷静沈着で感情変化に乏しいのである。何度も何度も書いているが、主人公の存在意義は視聴者とのリンク役だ。視聴者はその世界のことを何も知らないのだから、見る物全てが初見で驚きの連続である。主人公はその感情を代弁し、作品世界の中へとスムーズに誘導しなければならないのに、本作の主人公はふらふらしてるだけで、ろくに道案内もしてくれない。特に謎の少女に関しては、二人が知り合いだったことを知っている視聴者に対し、当の主人公がなかなかそれを思い出してくれないので両者の間に溝が生まれる。しかも、それが記憶喪失なのか、ただ単なる物忘れなのかが現時点では判断できないため、さらにイライラが溜まる。かと思えば、くだらないことで一気に感情を爆発させて暴走するので、視聴者の方が慌てて彼女を追いかけるという本末転倒な事態になっている。
 また、感情の変化が乏しいということは、その人物のキャラクター像がよく分からないということである。真面目で努力家だということは分かるが、あまり迷うことなく何でもかんでも自分で勝手に結論を出してしまうため、人間的な深みが感じられない。まるで、エロゲーの主人公のようだ……と書きかけて、このアニメはエロゲーのシナリオライターが作っていることを思い出す。

・構成


 本作の構成上の特徴の一つは、その属しているジャンルからは想像できないほど、シリアスで重苦しいシーンの割合が多いことである。概算でも全体の半分以上はそういったシーンだろうか。先程まで穏やかな日常話を行っていたはずなのに、気を抜くとすぐに真面目な話へとシフトし、どこからともなく哀しいBGMが流れ始める。本作の登場人物は皆、過去の事件絡みで主人公と因縁があり、寄ってたかって彼女を叱責する。深みのあるストーリーを行う上で、シリアスなシーンは必要不可欠だが、さすがにそんな場面ばかりだと見ている方も気が滅入ってくる。しかも、その過剰なシリアス展開は第一話の中盤から早くも発生するのである。そのため、本作の第一印象を一言で述べると間違いなく「暗い」になる。少なくとも、田舎町・中学生・夏休み・円盤・謎の少女といったキーワードから連想されるようなのんびり・ほのぼのとした雰囲気はこの作品にはない。
 もう一つの特徴は、とにかく回想シーンが多いことである。本作のキャラクターは物語の途中で事あるごとに七年前のことを回想し、過去と現在の自分達を照らし合わせる。多い時は一話の中で十回近くもそんなことを繰り返す。確かに、過去の断絶と絆の再形成が本作の中心軸になっているため、回想シーンの重要性は他の作品よりも高いのだが、それにしても数が多過ぎる。一回で描けることを何回にも小分けしたり、ちょっとした会話や独り言で済むような細かい記憶までわざわざ映像化したりしており、こう何度も繰り返されるとさすがにうんざりしてくる。そもそも、回想シーンは作者にとって非常に都合の良い便利なテクニックである。「実は過去にこんなことがありました」と後から提示することで、伏線の後付けが幾らでも可能になるからだ。だが、多用すると本作のようにテンポが悪くなるばかりか、登場人物が過去にしか目が向いていない鬱屈した人間になってしまい、作品自体が小さくまとまってしまう。すると、益々内向的な「暗い」アニメになってしまう。
 さらに言うと、シリアスシーンと回想シーンに削られて相対的に少なくなったコミカルなシーンも、どこか「暗い」。その根本的な原因は何かと考えると、どうやら主人公のCVにありそうだ。新人声優にありがちな全く中学生に聞こえない一本調子の拙い演技が、コメディーの質を明らかに下げている。すると、そのシーンで描かれるべき楽しい日常や友情の大切さが伝わって来なくなり、結果、後述の諸問題が浮かび上がってくる。

・ストーリー


 本題に入る前にストーリーを紹介しておこう。七年前、主人公を含めた女四人男一人のグループは、自分達の願いを叶えるために主人公の提案で円盤を呼び出した。だが、その直後、母親の治療目的で主人公は引っ越ししてしまう。七年後、街に戻ってきた主人公だったが、母親の死の影響で昔のことを綺麗さっぱり忘れていた。一方、円盤によって不利益を受けていた友人達は、昔のことを思い出せないまま帰ってきた主人公を自分達に対する裏切りと認識する。この設定をベースにして、過去に捕らわれて前に進めない友人達を主人公が救済するのが本作の骨子である。何のことはない、ありがちなエロゲーストーリーである。その救済方法にしても、円盤の出現によって花火大会が見られなくなったことを恨む友人のために自分達を打ち上げ花火を上げようとする、流星群を見る約束をすっぽかしたことを恨む友人のために学園祭でプラネタリウムを上映しようとするなど、実に直接的だ。しかも、それらは基本的に失敗するのだが、頑張ったからOKという流れになり、最後は奇跡的なことが起こって大団円という基本に忠実な作りになっている。
 第十話辺りからノエルを中心に話が進み出す。視聴者は全員分かっていたと思うが、ノエル=円盤である。彼女は主人公達の「ずっとみんなでニッコリしていたい」という願いを叶えるためにやってきた。その望みが叶った時、彼女は自分の世界に帰ってしまう。それを嫌がる友人達は、わざと仲の悪いふりをするというストーリーなのだが、どうにもしっくりこない。その理由を推測すると、要は主人公達にとってのノエルの存在価値がよく分からないからということになる。よくよく考えてみると、感情変化に乏しい主人公のノエルに対する態度は最初から素っ気なかった。あからさまに怪しい少女の素性を確認することもなく、基本は放置。時折、主人公達の遊びに参加するが、彼女が中心になるようなエピソードはないため、仲間意識が希薄。そもそも、本作には明るくて楽しい日常パート自体が少ない。そんな状況下では、ノエルがいなくなることに対する重大さがいまいち伝わって来ないのである。こういったストーリーにするなら、第一話からノエルを中心に話を進めて、彼女の働きによって何らかの変化が起きたとしなければならないだろう。
 第十二話と第十三話は、突然、円盤が存在しなかった世界に主人公がタイムスリップするというファンタジックな話に移行するが、明らかに蛇足である。元々、自分達の利己的な願望を叶えるために彼女を呼び出したのだから、それを別れたくないからと言って、もう一度呼び出すというのでは筋が通らない。設定的にもストーリー的にも、まだまだ練り込みが足りなかったのではないかという印象を受ける。

・感動


 さて、本題に入ろう。本作は「一大感動巨編」である。感動、感動、また感動。どこを切り取っても感動の嵐。最初から最後まで感動が詰まっていて感動。これは皮肉でも何でもなく、本作は第一話から第十三話まで全て感動話なのである。下手したら一話の中で二本立てなんてこともある。内容は上記の通り、ほんの少しの心のすれ違いから誰かが困難に陥り、それを主人公達が奮闘して癒すという流れ。それ自体に何ら落ち度はないのだが、さすがに最初から最後まで同じだと飽きる。長過ぎる休みは仕事への渇望を生むように、何事も陰と陽のメリハリが大切だ。コミカルとシリアスの程良いバランスを積み重ねて最後の最後に大きな感動を生む。それが物語という物だろう。
 一体全体、なぜこのような状況になっているのだろうか。その理由は明白だ。なぜなら、感動的な話を作るのは極めて容易だからである。ある一定の「メソッド」に沿ってさえいれば、誰でも簡単に作れてしまう。その一番分かり易い例がノエルだ。純真無垢で幼気な女の子を出し、その子をつらい目に遭わせる。すると、視聴者は勝手に可哀想という感情を募らせて涙を流してくれるのである。これはかつての泣きゲーで散々使われていた創作テクニックである。それに慣れている人が見れば、ノエルが画面に登場した瞬間、「この子が途中でいなくなって最後に帰ってくる」というストーリーが頭に浮かぶだろう。彼女はそのための道具に過ぎない。その証拠に、彼女の素性は最後の最後まで分からない。円盤とは何なのか、何のために願いを叶えるのか、なぜ願いを叶えるといなくなるのか、どういったメカニズムで歴史を操るのか、全てが謎のままである。説明できないことはないが、彼らは絶対に説明しないだろう。なぜなら、そこにロジックを導入してしまうと彼女が奇跡を生み出せなくなり、本作のストーリーが成立しなくなってしまうからだ。つまり、彼女は制作者にとって極めて都合の良い「奇跡発生装置」なのである。
 結局、本作に何が足りないかと言うと、「制作者の訴えたい物が何もない」ことだ。おそらく友情がメインテーマだと思うが、本作を見て「身近な友人を大切にしよう」と決意した人が一人でもいるだろうか? 確かに感動する。人によっては涙を流すだろう。だが、それは小手先のテクニックを駆使し、視聴者の涙腺を刺激する必勝マニュアル通りに作っただけであって、全く心に響かない。人の心を動かせるのは人の心だけ。制作者が本当に心の底から「友情は大事」だと思っていて、その想いを余すところなく映像に詰め込めば、テクニックなど使わなくとも本当の意味で感動できるはずだ。

・総論


 とにかく「くどい」。ラーメンの中にカレーライスとハンバーグと寿司を混ぜ込んだような濃密さでありながら、味が薄くて何も残らない。古の泣きゲーの亡霊が現代に甦ったようで、どこか懐かしさを覚えると共に、そのメソッドの限界も感じられて哀しい。

星:☆☆☆(3個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 11:41 |  ☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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