『血界戦線』

蚊帳の外。

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血界戦線 - Wikipedia
血界戦線とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2015年。内藤泰弘著の漫画『血界戦線』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は松本理恵。アニメーション制作はボンズ。現世と異界が結ばれた街「ヘルサレムズ・ロット」を舞台にして、世界の命運を占う力を持った少年が活躍するファンタジーアクション。物語前半は原作準拠、後半はアニメオリジナル展開となっている。春アニメだが、制作の遅れにより最終話だけは十五分拡大バージョンとして半年後の秋に放送された。

・設定


 そこは、かつてニューヨークと呼ばれていた大都市「ヘルサレムズ・ロット」。三年前、突如として現世と異界を結ぶ門が開く「大崩落」が起き、異形の怪物が大挙して街に押し寄せた。街は白い霧に覆われ、外部からの侵入は極めて困難。当初は大混乱に陥るも、術士と呼ばれる異能集団の力で門に結界が築かれると、次第に落ち着きを取り戻していった。今では人間と化け物が共存する「異常が日常」の暴力的かつ刺激的な楽しい街になっていた。一方、主人公は半年前にこの街へとやってきた記者見習いの少年。とある事情により、妹の身と引き換えに「神々の義眼」と呼ばれる世界の未来さえも左右する特殊能力を身に付けていた。ある日、彼はふとした手違いにより超人秘密結社「ライブラ」にスカウトされる。そこは世界各地より特殊能力を持った者が集まり、街の治安を、いや、世界の均衡を守るために暗躍していた。そして、神々の義眼の力が認められて結社の正式メンバーとなった主人公も、彼らと共に世界平和のために戦うのだった。
 こんがらがってるなぁ。アクションがメインなんだから、もう少し設定をすっきりさせないと。まず、秘密結社の目的は何か、それは「街の秩序を守ること」である。だとすれば、わざわざ秘密の民間団体にする必要はなく、『攻殻機動隊』の公安9課のような公的機関で何も問題がない。むしろ、その方が感情移入し易い。もし、民間にこだわるなら、なぜ彼らは命懸けで街を守ろうとするのかを明示しなければならないし、この異常な街の秩序は本当に守る価値があるのかどうかも定義しなければならないだろう。例えば、前者に関しては少なくともアニメ本編中では何も描かれない。彼らのモチベーションはあくまで己の正義感だけだし、どこから活動資金が出ているのかもよく分からない。一方、後者だが、もちろん異界からの侵略を防がなければ世界が滅亡してしまうという理屈はあっても、それが直接的に街を守る動機にはならない。現世と異界が共存する特殊な街の良さを十分に描いて初めて街を守る理由付けになる。
 そもそも、この秘密結社は何なのか。劇中の説明によると、どうやら大崩落が起こるずっと以前から地球上に存在し、世界の平和を影で支えていたようだ。メンバーが全員、特殊能力保持者なのは、そういった化け物退治を生業としている人々を集めたから。そして、異変が起こったことで活動場所をヘルサレムズ・ロットに移転したということらしい。いや、それはどうなのか。元々、彼らは地球の影の支配者だったんだよと言われて良い気分になる視聴者は少ないだろう。彼らの特殊能力にしても、特殊な血筋の生まれだからでは一般庶民は納得できない。せっかく、大崩落という一大イベントを起こしたのだから、その影響で普通の人が能力を身に付けたとした方が夢や希望があるだろう。どうも、本作は娯楽作品としての本質をどこかに忘れているような気がしてならない。

・主人公


 そして、主人公だ。元々、彼は自分の力の正体を知るために超人秘密結社を探していた。それは世界の均衡を守っている彼らなら何か分かるだろうと考えたからだ。半年後、奇跡的な人違いにより当の秘密結社からスカウトされるのだが、主人公はその状況を利用して、言い換えると世界を支配する超人秘密結社を「騙して」潜り込もうとする。何とも大胆不敵と言うか、後先考えない馬鹿と言うか、アニメの主人公には珍しい腹黒で行動的なタイプである。ただ、ここで重要なのは、彼の目的はあくまで自分の力の正体を知ることであって、秘密結社の目的である世界平和には興味がないということだ。そのため、結社の正式メンバーに選ばれてからの彼の行動が完全に宙に浮いている。平和維持の活動を積極的に行うこともなく、神々の義眼に対する調査を行うこともない。また、上司の命令で使いっ走りのような仕事をすることすらほとんどない。普通にダラダラと日常生活を過ごしながら、義眼の力が必要になれば呼ばれるといった形だ。これは物語の主人公として正しい在り方なのだろうか? 一時期、巻き込まれ型やれやれ系の主人公が流行ったが、本作はそれよりも酷い「指示待ち系」の主人公である。腹黒なら腹黒でいい。世界平和を守る振りをしながら、自分の目的を果たそうとする主人公でもいい。少なくとも、何の主体性もなくただ秘密結社に所属しているだけの社内ニートな人間より余程ましだ。
 それとは別の問題もある。主人公の特殊能力である神々の義眼は、要するに魔法の力で物事の本質を見抜く能力である。当然、攻撃力はなく、戦闘にはほとんど使えない。すると、どうなるか。本作の特徴はスタイリッシュなアクションシーンなのに、肝心の主人公がそれに一切参加できないということになる。実際、派手な必殺技を駆使して異形の怪物と戦うのは、秘密結社のメンバー達である。特に、結社のリーダーは皆が憧れるかっこいい大人として描かれ、肉弾戦に頭脳戦にと大活躍する。いや、それもどうなのか。視聴者は何の活動をしているのかさえ分からない秘密結社にそれほど思い入れはない。メンバーとも面識がなく、彼らの素性は全く分からない。そんな人々がどれほどの活躍をしようと結局は蚊帳の外である。それなら、他のアニメによくあるように、それぞれの登場人物にスポットライトを当てた紹介回を作って馴染みを持たせるべきではないか。もしくは、主人公が彼らの義侠心に感銘を受け、何とか彼らに近付こうと努力することで正義のヒーローに親近感を持たせるべきではないか。少なくともアニメ版では、主人公が主人公らしい活躍をしないため、大いに不満が残る。

・スタイリッシュ


 さて、本作の特徴はスタイリッシュなアクションシーンだと上に書いた。おそらく、その評価は間違っていないだろうが、では、「スタイリッシュなアクションとは何か?」と問われると答えに窮してしまう。あまり勢い任せで適当なことを書く物ではない。こういう時は慌てず騒がず、逆説的に「スタリッシュではないアクションとは何か?」を考えてみるに限る。そうすると、何となく奥深いことを論じているように見せられるのでオススメである。
 さて、スタリッシュではないアクションと言うと、例えば、とにかく弱い、ミスが多い、戦術がない、ゴリ押し、戦い方が泥臭い、感情剥き出しで暑苦しい、常に余裕がない、すぐに弱音を吐く、戦闘に時間がかかる、演出がダサい、必殺技の名前が酷い、チームワークや役割分担が曖昧、動きに無駄が多い、全てにおいて洗練されていない、といったところが思い浮かぶだろう。これらをまとめると「子供っぽい」という結論が導き出される。なるほど、いわゆる少年漫画的な努力・友情・勝利の戦闘をスタイリッシュとは称しない。だとすると、それをひっくり返した「大人っぽい」戦闘こそが、スタイリッシュなアクションということになる。おそらく、少年漫画風のバトルでは物足りなくなった人が、そのアンチテーゼとして大人の鑑賞にも耐えられるバトルを定義しようと行き着いた先がスタイリッシュということなのだろう。
 では、本作はちゃんと大人向けの戦闘シーンになっているのだろうか。確かに、それを目指そうとした痕跡は随所に見られる。キャラクターが各分野のスペシャリストで、これという欠点もなく動きに一切の無駄がない。組織がしっかりと構築され、チームワークが取れている。演出もおしゃれで、重要なシーンにクラシック音楽を使うなど細かいポイントにもこだわっている。本作のコンセプトである「技名を叫んでから殴る漫画」にしても、余計な血を流さず一撃で仕留める大人らしさという意味なのだろう。ただ、肝心の脚本がそれに追い付いていない。例えば、第三話は、結社のリーダーが情報入手のために異界の王とチェスのようなゲームで勝負するという話だが、なぜ勝負するのか、負けるとどうなるのかといった条件が整理されておらず、そのせいで何の緊張感もない頭脳バトルになってしまっている。必殺技にしても、それを使わなければならない必然性がないため、無理やりコンセプトを守っているようにしか見えない。結局、体裁だけを繕っても中身がなければ真の大人にはなれないということなのだろう。

・ストーリー


 本作のストーリーは、基本的に現世と異界が混じり合う街「ヘルサレムズ・ロット」の秩序を守ろうとする主人公達とそれを壊そうとする敵との戦いがメインになる。王道中の王道の展開である。ただ、その敵の詳細や目的がいちまち釈然としない。街を破壊することのメリットがあまり感じられず、極めて個人的な感情で動いているようにしか見えないため、物語的な盛り上がりはあまりない。例えば、異界の政治に穏健派と急進派がいて、その内部対立に主人公達が巻き込まれたなどといった組織的な問題にしておけば、もっと街を守ることに対する必然性が生まれただろう。第一話からずっと続いている設定と舞台が上手く噛み合っていないという問題は、このようにストーリー面にも大きく影を落としている。
 物語の後半、ラスボスとして主人公の前に立ちはだかるのはアニメオリジナルキャラクターの少年である。元々は心優しい人間だったが、大崩落の際に主人公と同じ経緯で妹の命と引き換えに「絶望王」という悪しき存在を身に宿してしまったことで、性格が一変する。その結果、彼は妹のいない世界に絶望し、現世と異界の門を開いて第二次大崩落を引き起こそうと画策する。傍迷惑な話である。上述の通り、完全なる個人的感情のため、やっていることは大きいがスケールは小さい。当然、そんな彼との戦いは非常にセンチメンタルになる。少年は事あるごとに壮大なクラシック音楽をバックにして思春期らしい自分語りを繰り返し、己の不幸をアピールする。一方、主人公は仲間との友情パワーで血路を開き、少年に対して熱い説教を解き放つ。そして、主人公が大声で感情を爆発させると、何が何だか分からない内に少年が改心して世界に平和が戻る。何とも臭い、いや、青春を感じさせるエピソードだ。一体全体、大人らしいスタイリッシュなアクションはどこへ行ってしまったのか。
 こういったナイーブな展開を好む層が一定数いるのは事実なので、そのこと自体は否定しない。ただ、本作の結末に万人の心を動かす魅力があるかと問われると、その答えは否である。理由は簡単だ。結局のところ、ロジックが足りないからである。例えば、主人公の特殊能力である神々の義眼、これがストーリーにどう係ってくるのかと言うと、残念ながら特にない。精々、門の結界の場所を探すために少年が必要としたという程度で、別に主人公がいなくとも話は回る。だが、本来なら、それは少年の本心を解き放ち、世界崩壊を防ぐ最重要ギミックでなければならないはずだ。物語は第一話からコツコツと積み上げてきた物が最後の最後に開花するからこそ人の心を動かす物なのに、その作業を怠って全て感情論で収めようとしても無理がある。大人のかっこよさ、その言葉の意味をもう一度自分自身の胸に聞いてみる必要があるだろう。

・総論


 とにかく、全体的にゴチャゴチャして何がやりたいのかよく分からない作品。おそらく、本作の声優陣は、自分のキャラクターが今何をやっているのかも理解しないまま役を演じているのだろう。もう少しシンプルなアクションムービーでも良かったのではないだろうか。

星:☆☆☆☆(4個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:51 |  ☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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