『魔法遣いに大切なこと』

トンデモSF。

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魔法遣いに大切なこと - Wikipedia
魔法遣いに大切なこととは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2003年。山田典枝原作・よしづきくみち作画の漫画『魔法遣いに大切なこと Someday's dreamers』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は下田正美。アニメーション制作はヴューワークス、J.C.STAFF。魔法が普通に存在する世界で、魔法遣いの主人公が魔法士の研修を受けながら、魔法遣いに大切なことを学んでいくハートウォーミングストーリー。原作者である山田典枝が脚本コンクールへ応募して落選した脚本が元になっている。なぜ、落選したはずの脚本が陽の目を見たのか、詳細は不明。

・トンデモSF


 知っている人は知っているだろうが、本作はトンデモSFアニメの代名詞のように扱われている作品だ。ここで言うトンデモSFとは、明らかに合理的な整合性が取れておらず、作者の頭の中だけで成立した科学設定を持つSF作品のことである。その悪評は誇張でも何でもなく、実際「酷い」の一言に尽きる。
 本作の舞台は、魔法と呼ばれる特殊な力が普通に存在する世界である。ただし、魔法を行使できるのは極一部の才能を持った人間(魔法遣い)に限られるため、文明や文化は実社会と全く同じ構造をしている。魔法遣いが魔法を行使するためには魔法士という資格が必要で、それらは全て総務省魔法局が管理している。魔法士が魔法局を通した公式の依頼以外で魔法を行使することは固く禁じられており、著しく違反した場合は刑事罰がある。これらの規則は全て1988年に制定された国際条約に基づいている。以上が本作の基本設定であるが、こういった物語にした場合、絶対に外すことのできない三つの大事なポイントが発生する。すなわち、「魔法の効力は?」と「本当に魔法局が管理できるのか?」と「一般人の魔法遣いに対するイメージは?」の三ポイントである。

・魔法の効力は?


 魔法の効力、つまり、魔法がどこまで物理学の常識を捻じ曲げられるかということだが、本作は第一話でいきなり「無から大量の紙幣を生み出す」という離れ業を演じており、全くの無制限であることが見て取れる。どうやら、やろうと思えば(禁じられているが)、医療行為も行うことができるらしい。要するに、イメージさえできれば「何でもできる」ということだ。これは、数ある現代ファンタジーの中でも飛び抜けて強い魔法力である。いや、世界中の純ファンタジーを集めてもトップレベルに君臨する力であろう。
 なぜなら、通常、ファンタジー物語を制作する際は、必ず「魔法制限」を念頭に置いて世界を構築する物だからだ。つまり、個人が高威力の魔法を無制限で行使できてしまうと、社会に対して多大な影響を与えてしまうため、何らかの制限を与えて魔法遣いが簡単には魔法を使えないようにするのである。例えば、高位の魔法を使うためにはあるマジックアイテムが必要とか、他人を呪い殺すには自分の命を代償にしないといけないとか。そもそも、魔法自体が古代文明の遺産だったりして、世界の均衡を崩すような大魔法は最初から行使できないように設定付けられている。しかし、本作ではろくな修行も受けていない主人公が簡単に物質生成魔法を使いこなすなど、そういった魔法制限は一切考慮されていない様子がうかがえる。

・本当に魔法局が管理できるのか?


 では、そんな強過ぎる力を持った魔法遣い全員を、公的機関である魔法局は管理できるのだろうか。劇中の描写を見る限り、それは「不可能」である。幾ら厳しい罰則があっても、まるで手品か何かの如く、魔法士は自分勝手な都合で無許可の魔法を使いまくる。バレなければいいとでも言うように。当然、魔法を使った犯罪など防ぎようがない。実際、魔法士の資格を取らなかったハグレ(もぐりの魔法士)も多数いるらしい。何て恐ろしい世界だろうか。
 ただ、問題はそれだけではない。1988年に法律が制定されたということは、その直前に何か大きな事件があったということだ。法律は犯罪の再発を防ぐために作られるのである。では、一体、魔法局がなかった時代は、どれほどまでカオスな世界だったのだろうか。いや、現代にも魔法局に相当する機関がない国は大量に存在するはずだ。未開の地では、今も世界の根底を揺るがす大魔法が普通に使われているのかもしれない。何とこの世界は、柔らかな見た目と違って、『北斗の拳』ばりの腐敗と自由と暴力の真っ只中のバイオレンスワールドだったのである。

・一般人の魔法遣いに対するイメージは?


 このようなハチャメチャな設定を成立させる唯一の方法がある。それは『魔女の宅急便』や『かみちゅ!』のように「住民全員が優しく親切で、能力者は皆から尊敬されている」という舞台背景にすることだ。つまり、物理的な防壁に加え、心理的な防壁を作ることで、魔法遣いの暴走を抑止するのである。その際は必ず「全員」でなければならない。たとえ非現実的であっても、一人でも魔法遣いの存在に反感を抱く人間がいたら、その時点で世界観は崩壊する。
 ところが、本作には魔法遣いに偏見を持った人間が当たり前のように登場する。人権保護法が必要なぐらい、過去には迫害を受けていたらしい。よく、本物の能力者に逆らう勇気がある物だと感心するが、一般人と魔法遣いの確執は想像以上に根深いようだ。もっとも、魔法遣い側も低能力者を見下したりしているのでお互い様かもしれない。そうなると、突き進む先は、間違いなくSFの王道の「人類とサイキッカーの存亡を懸けた戦い」になるだろう。もう、魔法局がどうという問題ではない。地球滅亡へのカウントダウンだ。
 結局、これらの設定のトンデモ化は「魔法力が強過ぎる」ことに端を発している。魔法制限はファンタジーの基本なのだが、なぜ考慮しなかったのだろうか。原作者のSF知識の拙さが痛い。

・ストーリー


 本作のストーリーは、高校二年生の新米魔法遣いが一ヶ月間の魔法研修を通じて、「魔法は万能ではない」ということを学んで行く一話完結型のハートフルな成長物語である。ただし、本作は魔法が法律で禁じられた世界だ。そのため、魔法を無理やりストーリーに絡めようとすると、毎回のように何らかの法律違反を犯すことになる。
 例えば、第三話に「魔法を使って依頼人に宝くじを当選させる」という話がある。その当選金三億円を全額寄付するというハートウォーミングストーリーなのだが、実際にその金を出すのは胴元なので、これは明確な「詐欺」である(有価証券偽造罪)。いや、無から有を生み出す魔法の特性を考えると「窃盗」に当たるだろうか。基本的に、原作者は「個人の幸福のためなら、多少の法律違反は仕方ない」と考えるアナーキーな思想の持ち主らしく、この手の「バレなければいい」「元に戻したからいい」「謝ったからいい」という自分ルールが随所に散見できるのは、地上波アニメとして如何な物か。
 また、魔法の依頼主が「魔法でしか解決できないから」ではなく、ただ単に「専門業者を雇うと高く付くから」という理由で魔法士に依頼するケース(例:ガラスを綺麗にして)が目立つのも見苦しい。それでは、明らかに専門職の仕事を奪ってしまうことになる。社会の仕組みや経済観念に対する考えが足りない、あまりにも浅慮なシナリオだ。アニメだからと手を抜かないで、世間に発表する前にもう少し脚本を練り込んで欲しいところ。

・良点


 このようにいろいろと問題を抱えたアニメではあるが、作品全体を包む柔らかい空気感に関しては素直に素晴らしいと言える。「魔法は万能ではなく、相手を思いやる心が大切」と訴えかけるストーリーもよくまとまっている。キャラクターデザインも可愛い。主人公のCVを担当した女優の宮崎あおいも、拙いながらよく頑張っており、声質の良さはプロ顔負けである。
 その中でも特に秀でているのが、羽毛田丈史の作り出す音楽だ。ピアノが主体の美しいメロディーは、本作の持つ透明なイメージをさらにクリアにしている。その中でも、様々な場面で流れるメインテーマは一聴の価値がある。OP曲とED曲も上質。ただ、どう考えてもOP曲とED曲は順番が逆である。

・総論


 雰囲気とキャラクターは最高なので、基本的にはオススメ作品なのだが、やはり、トンデモ設定と犯罪推奨ストーリーを見過ごす訳には行かず、どうしても低評価にならざるを得ない。細かい点が気にならない人には、ぜひ見て頂きたい作品だ。気になる人は気になる人で、ぶっ飛んだ設定にツッコミを入れながら鑑賞するのも、また一興だろう。

星:★★★(-3個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 21:37 |  ★★★ |   |   |  page top ↑
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