『魔法遣いに大切なこと ~夏のソラ~』

究極のダメ脚本。

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魔法遣いに大切なこと - Wikipedia
魔法遣いに大切なこと~夏のソラ~とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2008年。山田典枝原作の『魔法遣いに大切なこと』シリーズの一作。全十二話。監督は小林治。アニメーション制作はハルフィルムメーカー。前作のテレビアニメ『魔法遣いに大切なこと』と世界観は同一だが、物語上の繋がりはない。北海道の美瑛から魔法士の研修を受けるために上京した十六歳の主人公が、様々な人々と出会いながら成長する様を描く予定だった。

・実写背景


 まず、本作を視聴した全ての人を驚愕させるのが「実写背景」である。実際に撮影された風景画像(一応、フィルター処理を行っている)の上でアニメーションのキャラクターが動くビジュアルは、不気味なほどにリアルでインパクトは強烈。ただし、やはり映像表現には無理があるらしく、スケールやパースの歪みが頻発し、一枚の風景画の裏で声優が話すだけのいわゆる「紙芝居状態」が続出する。どうやら、コンテを切ってから風景を撮影したのではなく、事前に撮影した写真を元にコンテを切ったらしい。特に酷いのが第八話のイルカ救出シーンで、カット割りが大雑把過ぎて画面上で何が起こっているのかすら理解できないレベルだ。また、実写の光源と合わせるためにアニメ画の陰影を極端に濃くしており、全体的に画面が薄暗い。影を強調して空の光を際立たせる演出なのかもしれないが、正直、辛気臭いだけである。
 ただ、アニメーションとしてはダメだが、実写背景の実験作として見ると非常に面白い試みだと言えよう。実写とアニメを融合させるための様々な努力の跡が見られ、文章から想像する以上に違和感は少ない。かつての実写アニメ(映画『ロジャー・ラビット』等)の気持ち悪さを思うと、格段の時代の進歩を感じさせる。決して、実験が成功したとは言い難いが。

・トンデモ設定


 前作で物議を醸したトンデモSF設定は本作にも受け継がれている。それどころか、明らかに悪い方向へパワーアップしている。
 本作の世界では、魔法遣いの素質のある人間は、一定の年齢に達すると強制的に魔法局へ召集され、一ヶ月間の研修を受けなければならない。そこで彼らは魔法士の資格を取得させられる。前作の魔法士が営業免許扱いだったのに比べて、随分と管理社会化したものだ。しかも、相変わらず「魔法遣いであることが発覚した人が迫害を受ける」という余計なシーンが存在するせいで、楽しい魔法研修が強制隔離施設に見えてくる。もっとも、参加は強制だが、脱落は比較的自由らしい。それでは何の意味もないと思うが……。ただ、前作には存在した「魔法士の資格を取らなかった魔法遣い」の描写が一切出てこない(未能力者は除く)ので、もしかすると裏で密かに抹殺されているという可能性がない訳ではない。
 ちなみに、魔法士の資格を取ったからと言って、全員が公認魔法士になるわけではなく、彼らの夢はサーファーだったり外交官だったりする。魔法士の資格とは、すなわち魔法遣いの身分証明書のような物らしい。現代日本で言う外国人登録と同類だろう。要するに、社会が魔法の危険性を十分に認識し、厳格な管理を要請したということだ。一体、前作からの数年間で世界に何が起こったのだろうか。

・ストーリー


 そんなバイオレンスな世界観であるが、ストーリーはハートウォーミングである。「魔法は万能である」と思っていた魔法遣い見習いの主人公が、一ヶ月間の魔法研修をこなしながら、魔法遣いに大切なことを学んで行くというお馴染みのものだ。ただし、これは『魔法遣いに大切なこと』、ちょっと首を捻るようなエピソードもちゃんと用意されている。
 第五話がその典型だろうか。主人公は魔法局より依頼を受けて、一年以上も植物状態の患者を覚醒させる。誰の目にも明らかな医療行為である。未熟な研修生がするようなことではないし、魔法で簡単に目覚めるのなら、なぜ、一年も放置しておいたのだろうかという疑問が生じる。しかも、「意識は戻せたけど、記憶は戻せなかった」と主人公が思い悩むおまけ付き。相も変わらず、魔法制限と失敗した時の社会的影響というものには全く無頓着な脚本家である。
 そんなストーリーだが、前作に比べると法律違反も少なく、依頼人の魔法依頼も地に足付いたものばかりで好感度は高い。日本全国から集められた研修生達の恋と友情も、ベタではあるが丁寧に描かれており、面白いかどうかは別にして脚本の質は高い。そう、第九話までは。

・超展開


 穏やかな物語が過ぎ去った直後の第十話で、突然、衝撃の事実が明かされる。主人公は一年前から「魔法遣い特有の病気」にかかっており、余命は後わずか、もうすぐ死ぬらしい! 何と、本作は難病物だったのだ! 何やねん、魔法使い特有の病気って! 確かに、「主人公は体が弱い」という描写は幾度か出てきたものの、あまりの超展開に視聴者は置いてけぼりを食らう。しかも、第一話の時点で主人公は自分の余命を知っていたらしい。普通に活動し、普通に走り回っていたのに、誰がそれに気付けたというのだろう。便利過ぎるぞ、魔法遣い特有の病気!
 その後、魔法士の試験に合格した主人公は、研修の卒業式を経て故郷へ戻る。そこで亡くなった父の「娘の花嫁姿を見たい」という依頼(遺言)を魔法で叶え、母親の腕の中で安らかに息を引き取る。視聴者、唖然。何て恐ろしいんだ、魔法遣い特有の病気。なお、その依頼の内容は最終回でいきなり明らかになる(父と「約束」があること自体は第一話で示唆されている)ので訳が分からない。

・脚本家に大切なこと


 本作の最大のクライマックスは、最終回で主人公が死ぬ場面である。しかし、そのシーンはびっくりするぐらいに盛り上がらない。なぜなら、そこへ至る伏線である「父の依頼」は、最終回で慌てて用意された後付け設定だからだ。物語のギミックも「魔法士は依頼がないと魔法を使えない」という一つだけで、あまりにもお粗末過ぎる。はっきり言って、プロの仕事ではない。
 まず、一番の問題は、魔法がストーリーに絡んでいないことだ。花嫁姿なら魔法を使わずとも見せられる。父が本当に見たかったのは、魔法コスプレではなく娘が恋人と幸せになる姿である。そもそも、今まで散々法律を無視して勝手に魔法を使ってきたのだから、わざわざ魔法士の資格を取る必要もない。つまり、「なぜ、命を懸けてまで魔法士の資格を取りたかったのか?」と「娘の花嫁姿を見たいという父の依頼」が全くイコールになっていないのである。これでは中年女性の涙腺すら崩せない。
 プロの仕事なら、当然、伏線は第一話の時点で用意しないといけない。少なくとも、父との回想シーンは第十話までに入れるべきだ。ギミックも後二つはいる。例えば、「魔法はイメージしないと使えない」とか「花嫁姿になるには相手がいる」とかだ。そうすることで、初めて魔法をストーリーに絡めることができ、主人公の恋人や東京での魔法研修が意味を成すのである。今のままでは、上京したのは完全に無駄足だ。大体、魔法で何でもできるというトンデモな世界観のくせに、最後に奇跡的なことの一つも起こせない平凡な脚本に何の価値があるのだろうか。

・映画化と漫画化


 こんなダメ脚本でも、なぜか本作は同年に実写映画化されている。正確に言うと、元々、映画化企画が先にあって、本作は同じ脚本を用いた先行アニメ化なのだそうだが。確かに、『魔法遣いに大切なこと』はそこそこ名の知れたシリーズではあるが、オリジナル脚本を用いて実写映画化されるほどの人気はない。一体、原作者はどのような魔法を用いて、その座を勝ち取ったのだろうか。魔法局は調査に入るべきである。
 また、前作同様、よしづきくみち作画により漫画化されているが、本作では原作者はあくまで原案という立場に止まり、ほぼ漫画版独自のオリジナルストーリーが展開されている。それが、驚くことにアニメ版の設定を踏襲しつつ、見事に良質な物語として昇華されているのである。上記で挙げたような欠点も劇中の描写でほとんど解消されており、「魔法は人の幸せを想う善き心がないと使えない」という魔法制限もしっかりと付け加えられている。特にラストシーンの出来栄えは雲泥の差だ。両者を見比べてみると、「プロの仕事とはどういう物か」がよく理解できるだろう。

・総論


 実写背景のせいでアニメーションとしての出来は最悪、整合性も何もないトンデモ設定、そして、そこに脚本家の自己満足の低レベルな脚本まで加わる。もう、全方位に壊れた正真正銘、本物のクソアニメである。こんな物が地上波で流れたということが、すでに魔法である。

星:★★★★★★★★★(-9個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 21:38 |  ★★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
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