『SHOW BY ROCK!!#』

糞脚本。

公式サイト
SHOW BY ROCK!! - Wikipedia
SHOW BY ROCK!!(アニメ)とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2016年。テレビアニメ『SHOW BY ROCK!!』の続編作品。全十二話。監督は池添隆博。アニメーション制作はボンズ。タイトルの読み方がさっぱり分からないのだが、「ショー・バイ・ロック・シャープ」でいいのだろうか。

・第一話


 プロローグ。前作の舞台である「サウンドプラネット」を包囲する謎の宇宙大艦隊。女首領の号令で巨大なビームが惑星に突き刺さり、壊滅的な被害が発生する。その中心にいるのは闇のオーラを身にまとった三人組のガールズバンド。その光景を見ていた忍者風の集団が呟く。「このままではまずいでござる。闇の女王の陰謀を未然に防ぐのだ。ならば、過去に戻るしかない」そう言って、彼らは時を遡り、現代へとやってくる。
 というわけで、第二期はまさかのタイムスリップ物である。それも制作者自ら「B級のSF映画設定って感じ」だと楽屋オチをするぐらい幼稚なストーリーだ。そもそも、「陰謀」って何だ? 宇宙からビームをぶっ放すのは思いっきり直接的な手段だと思うのだが……。それはそうと、謎の忍者軍団が歴史を変えるために取った方法は二つ。一つは前作でサウンドワールドを救った主人公をもう一度召喚すること。もう一つは主人公達に全てを打ち明けて、街のどこかに潜伏している闇の女王の正体を探らせること。いや、何で隠れているって知ってるんだよ。女王は宇宙から来たんだろう? これだけでもよく分からないのに、さらに話を複雑にしているのは、ちょうど同じタイミングで前作の黒幕が例のガールズバンドを引き連れて復活し、忍者軍団が何の根拠もなく彼女を闇の女王だと断定したことだ。先にネタバレすると、前作の黒幕は闇の女王とは何も関係がない。つまり、意図的なミスリードをやろうとしたのだが、世界の案内役であるはずの忍者軍団が小学生レベルのミスを連発したことで、話の本筋自体が曖昧になってしまったのである。なお、これも後から分かることだが、闇の女王のプロフィールや闇落ちした理由は事務所の社長ですら知っている有名な情報である。もう、設定・ストーリー・演出、全てがお粗末過ぎる。悪いことは言わないから、早めにB級SF映画に謝っておいた方がいい。
 何にしろ、これで期限内に闇の女王を見つけ出し、彼女の「陰謀」を阻止しなければ世界が滅ぶことが確定したわけである。当然、主人公達は世界を守るために闇の女王の捜索に躍起になる……はずもなく、「今、私達にできることはバンドとしてのスキルを磨いて、音楽の力で倒すしかない!(原文ママ)」と言って、何事もなかったかのように芸能活動に精を出す。それもお菓子作り対決や水泳大会といった音楽と直接関係ないことばかり。死ぬのが怖くないのか、この人達は。まぁ、彼女達はミュージシャンであって警察ではないのだから、気持ちは分からないでもない。ろくに自己紹介もしないまま姿を消した忍者軍団が悪いのだ。ただ、迫りくる世界の危機という緊張感の演出をしたくないなら、タイムスリップ設定自体がいらないのである。カオスさを売りにした作品は数多くあるが、ここまで「何をやりたいのか分からない」作品は珍しい。

・メロディシアンストーン


 話がややこしくなるので前回は書かなかったが、本作の重要な基本設定に「メロディシアンストーン」と呼ばれる物がある。簡単に言うと、音楽の力を具象化した水晶のような物体で、人間なら誰しも持っているが、主人公のような音楽センスに秀でた者はより強力になるらしい。これだけなら何もおかしくはない。ただ、本作の場合は、それを物理的なエネルギーと定義しているため、大変に妙なことになっている。そのエネルギーは、前作のように敵との戦いに使うだけでなく、本作ではライトを点けたりロボットの動力源になったりするなど、極めて実用的な扱いになっている。エネルギー不足の惑星を救うために音楽を普及するという珍妙な話も存在する。そのため、この世界のミュージシャンは、より強い音楽エネルギーを拡散して社会に貢献できるよう一生懸命バンドの練習をしている。
 この設定の奇怪な点は何かと言うと、要するに「音楽の良し悪しを数値化している」のである。当たり前だが、音楽に良い悪いはない。もちろん、理論や技法的な意味での出来の良さは判別できるが、結局は気持ちの問題である。その音楽が個々人の心にどう響くかだ。例えば、日常生活で我々は「音楽に力を貰った」という表現をよく使う。これは音楽を聴いて感動し、結果的に生きる勇気やポジティブな感情が湧いたという「比喩表現」である。だが、この世界では違う。「力を貰った」とは文字通りの意味であって、音楽を聴くことで体内に物理的なエネルギーが発生し、メロディシアンストーンが進化する。良い音楽であればあるほど、そのエネルギーは上昇する。逆に言うと、悪い音楽ならエネルギーを減らすこともできる。それはすなわち、音楽を聴いた時に生じる感情の変化すらも数値化できるということである。
 こういった「心の数値化」は作り手にとって非常に便利な道具である。前作のラストのように、主人公が強い音楽エネルギーで物理攻撃することによって、ラスボスに肉体的なダメージを与えると共に、なぜか改心もするという無茶苦茶な流れを強引に処理できるからだ。さらに、本作の場合は、イレギュラーながら闇の力がメロディシアンストーンを増幅させることもできるようになっている。その結果、音楽の良し悪しや努力の有無だけでなく、善と悪までもがたった一つのリソースで処理できるのである。作り手にとってこれほど楽なことはない。もちろん、視聴者はそんな裏事情は知ったことではないので、本作から受ける印象はただの一言、「手抜き」である。

・物語


 上記に関連して、前作を席巻した「気付きを得るのが早過ぎる問題」、それを今作でも踏襲しているどころか、むしろ何倍もパワーアップさせている。何か問題が発生しても、誰かが一つ前向きな発言をしただけで、すぐに当事者が「ハッ!」と気付く。そんなワンパターンな演出を事あるごとに繰り返すため、天丼ギャグか何かに思えてくる。もう少し引き出しを増やさないと、1クールアニメの制作者としては厳しい。
 その最も分かり易い例が、第二期から新たにライバルとして登場した新星ビジュアル系バンドだ。彼らはメンバー全員がお金持ちという設定で、ライブ中に空から現金をばらまくという奇抜過ぎるパフォーマンスで人気を博していた(なお、それが本当にパフォーマンスなのかどうかは劇中で全く言及がないため詳細不明)。そんな彼らが主人公の同僚のバンドとの対バンを通して、「音楽の感動はお金では買えない」という気付きを得るという物語である。それ自体は定番のネタだが、では、どういった方法でそれを成立させているのだろうか? ビジュアル系バンドの圧勝で終わった対バンは、案の定、彼らが金で審査員を買収した物だった。それを主人公達に糾弾されるも、「金を使って何が悪い」と開き直る。ところが、メンバーの一人が「俺達はアーチストだ!」と一言発した瞬間、「ハッ!」と気付いて改心する。何だそれは。「音楽の感動はお金では買えない」ことを訴えたいのなら、「お金では買えない音楽の素晴らしさ」を描かないと意味がない。すなわち、対バン相手の演奏を聴いて初めて心を動かされるのがセオリーだろう。また、メンバーの一人は実は貧乏だったという伏線があるのだが、なぜか事態が全て終息した後に明かされる。全てのパーツの順番がバラバラで何一つ繋がっていない。結局、結論から逆算して論理的に物語を構築していないから、こうなるのである。
 この問題は主人公も例外ではない。新曲を作れずに悩んでいた主人公だったが、ちょっとしたきっかけですぐに「仲間との協力が大切」と気付いて改心する。ただし、主人公にまつわる物語は本当にこれぐらいしかない。主人公とは思えないぐらい出番が少なく、彼女自身のキャラクターも薄い。唯一の特徴だった人見知り設定もとっくの昔に解消され、ただのポジティブな自信家になっている。なぜ、こうなったかと言うと、本作は根本的に登場人物が多過ぎるのである。群像劇をやりたいのは分かるが、ただ単に一人分の持ち時間が減っただけで、結果的に物語が崩壊しているのならば、そのやり方は間違っていたということだろう。己の力を過信した末路として後世に語り継がれるレベルの失態である。

・最終話


 ところで、プロローグで語られた「闇の女王の陰謀」とは何だったのか。それが最終話まで辿り着いても、さっぱり分からない。女王がやったのは、マネージャーに扮して事務所の金を横領したことと、前作の黒幕がモンスター化したのに乗じて正体を現したことだけだ。後者に関しては黒幕の力を吸収してパワーアップしたと無理やり解釈できなくもないが、前者に関しては完全に意味不明。本作はタイムスリップ物なのだから、最終的には宇宙船団が惑星にビームを打つというプロローグの光景に繋がらないといけないのに、その気配が全くない。まさか、横領した金でビーム砲を購入したのではあるまいか。何より、その一件に歴史修正の使命を託された主人公が全く関わっていないのは致命的である。SFの基礎ができていないどころか、端からやる気もない人間がなぜ複雑なタイムスリップ物に手を出したのか、不思議でならない。
 それはそうと、闇の女王の正体を知った我らが主人公様御一行はどうしたか。例によって例の如く「音楽で倒さなければ意味がない」という伝説のギターリストの訳の分からない主張に従って、野外ライブで敵を迎え撃つことを決意する。前作の黒幕と違って、今作の闇の女王は予め無差別攻撃を宣言しているのだから、観客に被害が出ることは必至。その懸念に対して、事務所の社長は「このライブを闇の女王が狙っています。万一の時は速やかに避難して下さい」と観客に宣言した上でライブを強行するという、無責任にも程があるとんでもない策を取る。はっきり言おう。日本語ではそれを「囮」と言うのだ。なぜ、世のクソアニメは最低限度の倫理観すら持ち合わせていないのか。アニメを作る前にやらなければならないことがあるだろう。
 ともかく、主人公達は最終決戦で力を合わせて一つの楽曲を演奏し、良き音楽パワーで闇の女王を撃退する。そして、女王は「音楽は楽しい」という気付きを得て改心する。いやいやいや。女王はメロディシアンストーンのパワーが欲しかっただけで、別に音楽に恨みがあったわけではない。彼女が闇落ちした理由は「力を欲する親友に裏切られたから」だ。確かに、音楽は楽しかった思い出の象徴かもしれないが、逆恨みにも程がある訳で、そんな物をストーリーのメインに据えるという発想自体が理解できない。だったら、最初から世界中の音楽を破壊する「無音の女王」にでもしておけば済む話だ。結局のところ、音楽=力だと制作者が定義してしまったからこそ起きる自業自得としか言い様のない初歩的なミスである。
 ちなみに、忍者軍団はどうなったかと言うと、事件解決後にのこのこと現れて「無事、未来は救われたでござる」と言って帰っていく。それは良かったでござる。二度と来るなでござる。

・総論


 馬鹿馬鹿しい第一期と違って、第二期は作り手の頭の中でのみ成立した幼稚な設定を垂れ流しているだけなので、ただただ不快。センスないんだから、もうアニメ制作から手を引いた方がいいよ。マジで。

星:★★★★★★★★★(-9個)
関連記事
スポンサーサイト
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:30 |  ★★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
twitter
検索フォーム
最新記事

全記事一覧
評価別一覧
年代別一覧
掲示板
カテゴリ
リンク
カウンター
RSSリンクの表示



にほんブログ村
PR1
PR2