『アルドノア・ゼロ』

大駄作。

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アルドノア・ゼロ - Wikipedia
アルドノア・ゼロとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2014年、2015年。オリジナルテレビアニメ作品。全二十四話。監督はあおきえい。アニメーション制作はA-1 Pictures、TROYCA。地球と火星が覇権を懸けて争うロボットアニメ。ストーリー原案を『魔法少女まどか☆マギカ』『翠星のガルガンティア』で知られる虚淵玄が務めている。

・設定


 本作はクソアニメである。それもアニメ業界の常識を覆すレベルの歴史的な大駄作である。創作の勉強をしている人は、本作を反面教師にすることで今後の活動の大きな糧を得られるだろう。そうでない人も、業界の最底辺を知ることで今後のアニメライフがより充実した物となるに違いない。
 地球と火星、両惑星に住む人々は十五年前から戦争状態にあった。その状況を憂慮した火星の姫が友好親善のために地球へ向かう。ところが、歓迎パレードの最中にテロリストのミサイル攻撃を受けて死亡する(後に替え玉だと判明する)。それを受けて、火星は地球に宣戦布告する。実は、テロは火星の自作自演だったのだ!……この中学生が考えたような安っぽい導入部もどうかと思うが、それ以上に本作を視聴した人が共通して感じるであろうストレスは、「この人達が何で戦っているのか分からない」である。地球人と火星人が争っているのは理解できるが、誰が、どこで、何のために、何をしているのかが全く頭に入ってこない。火星の騎士達は全員が同じ性格と容姿で判別ができず、戦闘地域が地球のどこなのか詳しい説明がない。敵は意味もなく主人公達を付け狙い、魔法にしか見えない謎の科学技術を披露しては一話で退場する。キャラクターの思想が場面場面でコロコロ切り替わり、昨日言ったことを今日には否定する。それゆえ、誰と誰が対立しているのか分からず、ただただ無意味に繰り返される戦闘行為を冷ややかに傍観するだけのアニメになってしまう。
 結局、本作の何がクソアニメたらしめているかと言うと、それは「マクロな目線とミクロな目線の描き分けができていない」ことである。もう、これに尽きる。惑星間の人類存亡を懸けた宇宙大戦というマクロな目線と、主人公を中心にした己の生命を懸けた局地戦というミクロな目線、または「なぜ生きるのか」「なぜ戦うのか」といったマクロな目線と、「今日を如何にして生き延びるのか」といったミクロな目線、それらが完全に同じテーブル上で同じテンションで描かれるのである。例えば、『機動戦士ガンダム』では、冒頭のナレーションで設定が語られた後は、ずっと主人公の周囲で起こる小競り合いに終始し、物語中盤で敵の総大将の演説を聞いて初めて自分が置かれている状況を知る。一方、本作では戦略的な作戦と戦術的な作戦の差異が区別できず、しかも、それを立案する人と実行する人が同一人物という異常な事態が頻発する。また、火星の指導者が全世界規模の演説をYouTuberの如く気軽に何度も配信する。その結果、個人と世界がダイレクトに繋がり、個人的ないざこざがなぜか世界規模になり、世界規模だったはずの問題がなぜか個人の感情で処理される。かつて「セカイ系」という言葉が流行したが、本作における「世界」の扱いはそれよりも酷い。その証拠に、本作には地球と火星の「一般市民」が最初と最後を除いて全くと言って出てこない。そんな上から目線のロボットアニメが面白くなるわけがないのである。

・ストーリー


 このような見出しを付けたが、本作には語るべき物など何もない。なぜなら、本作のストーリーは『機動戦士ガンダム』と『伝説巨神イデオン』の焼き直しに過ぎないからだ。すなわち、主人公を含む地球の少年少女が戦渦に巻き込まれ、敵国の姫と共に最新兵器に乗って逃げ回り、やがて自軍の本部に辿り着く。そして、組織の一員となって反抗作戦に参加するという黄金パターンである。だが、本作の場合は、根本的な作劇レベルが恐ろしく低質なので、オマージュではなくただの悪質なパクリになってしまっている。分かり易い例を挙げると、主人公達は逃避行の途中で軍に徴兵されるのだが、その理由がこれと言って特にない。別に人手不足というわけでもないのに、なぜか学生が操舵手などの重要ポジションに就いている。こんな感じで、休戦命令が発せられたと思えば、次のシーンでそれを破る人間が出てきたり、かと思えば、すぐに宣戦布告し直したり、地球全土を攻撃できる侵略兵器を持っているのに、地球征服が遅々として進展しなかったり、地球連合軍の秘密基地の場所が当たり前のようにバレていたりと、とてもじゃないが本気で戦争しようとしているとは思えない。また、全般的に回想シーンの扱い方が極めて悪く、華々しく作戦が始まった後に回想で作戦内容を説明するということを何度も何度も繰り返す。こんな駄シナリオでどう盛り上がれと言うのか。
 2クール目以降は、元ネタ通りに地球側の反抗作戦が始まるのだが、実際に決行されるのは第二十二話で、それまでは例の如く意味不明な小競り合いを繰り返しつつ、火星内部での内輪揉めを延々と描いている。政治劇として見るとそれなりに需要があるかもしれないが、戦争ドラマとして見ると1クールの間に最高司令官が何度も入れ替わるという恐ろしいストーリーである。視聴者は皆、同じことを考えると思うが、ここまで内輪揉めをフィーチャーするなら、最初から地球など出さずに火星の内戦を題材にした物語にすればいいのだ。その方が何倍も設定が引き締まって面白くなっただろうし、地球侵略作戦が新春お笑いラブラブ大作戦になることもなかっただろう。
 さて、我らが地球連合軍の反抗作戦はどうなったかと言うと、それが驚異の「総力戦」である。つまり、何の策略も用いずに真正面から全軍をぶつけ合うということである。第一話の時点では、火星の方が圧倒的に軍事力も科学力も高かったのに、『機動戦士ガンダム』で言うところのジムの開発やオデッサ作戦の勝利のようなターニングポイントが何もないまま、いつの間にか立場だけが逆転していることに驚かされる。パクるならちゃんとパクれ。

・主人公


 もっとも、上記の欠点はあくまで演出上の問題であって、根本的な欠陥は別の所にある。本作の最大の特徴にして最大の問題点、それが「主人公」だ。
 彼はいわゆるクール天才キャラであり、常に沈着冷静な朴念仁である。一介の高校生でありながら、なぜか専門家顔負けの豊富な科学知識と軍事知識を誇り、ほとんど訓練を受けていないにも係わらず練習用の機体を駆って戦場で無双する。それはそれで大問題だが、ここでは特別に不問にしよう。では、本作の主人公の何がおかしいかと言うと、それはどのような状況に置かれても「常に無表情」なことである。友人が戦死しても無表情。戦いを決意しても無表情。命の危険に晒されても無表情。女性と良い仲になっても無表情。その女性と別れても無表情。よくバトルアニメに出てくる感情が欠落した戦闘マシーンキャラを思い浮かべてもらえると分かり易いが、視聴者には彼が何を考えているのか全く判断できない。しかも、本作の主人公の場合は、別に感情を失ったわけではなく、むしろ己の感情のままに(無表情で)突っ走るからさらに質が悪い。自分で勝手に作戦を立てて、自分で勝手に行動し、仲間の忠告も聞き流して、上から目線で他人に命令する。それでいて、誰も聞いていないのに海原雄山のように(無表情で)自説をペラペラと解説する。社会経験など何もないのに、なぜか世の中を達観しており、「戦争とは何か」「人生とは何か」「人間心理とは何か」を(無表情で)偉そうに語る。なぜ、そのような性格になったのか、どうやって高度な知識を身に付けたのかなどの設定付けは一切ない。2クール目以降は、本当に体の一部がサイボーグ化して人間性を失うのだが、元が元なので大して変わらず、むしろ表情が豊かになるという本末転倒さを見せる。ところが、こんなに奇怪な人間なのに、深夜アニメの原則通り、周囲の人間は徹底的に彼を甘やかす。実の姉という保護者的な立場の人間がずっと彼の側におり、複数のヒロインがなぜか彼に惚れている。ふざけているのか。この主人公に自分を重ね合わせられる視聴者が一人でもいるなら、今すぐここに連れてきてほしい。
 本作の制作者は、なぜ、このような人物を主人公に据えようと思っただろうのか。『機動戦士ガンダム』や『新世紀エヴァンゲリオン』の内向的な主人公が当時の世相を反映していたので、それにあやかって主人公を機械人間にすることで、二十一世紀の新たなコミュニケーション論を世に問おうとしたのだろうか。正直、分からない。それを判断するには、あまりにも設定とストーリーとキャラクターが貧弱過ぎる。ただ一つ言えるのは、こんな主人公を抱えた本作は死ぬほどつまらなく、娯楽作品のはずなのに腹が立って仕方ないということだけである。

・アンチヒーロー


 さて、主人公について長々と論じてきたが、実を言うと本作はW主人公制を取っており、火星側にも主人公と対になるべきアンチヒーローが存在する。『コードギアス 反逆のルルーシュ』におけるルルーシュとスザクの関係を想像してもらうと分かり易い。当然ながら、彼は主人公と比べるとより感情的で考えもしっかりしている。だが、2クール目以降、とある事情で彼は火星の支配を企てるようになり、その結果、感情を表に出さなくなって常に無表情になる。ヒーローとアンチヒーローがまさかの「キャラ被り」するという異様な光景が見られるのは、本作ぐらいな物であろう。そもそも、二人には思想の対立がない。と言うか、主人公に思想がない。にも係わらず、なぜか彼らは自分の手で相手を抹殺したいと考えるほど憎しみ合う。ここまでお粗末なライバル関係は見たことがない。
 では、彼がしようとしたことは何か、これがまたよく分からない。彼の思考は無茶苦茶で、その行動も無茶苦茶である。確定しているのは、好きだった女性を失ったことで自暴自棄になったということだけだ。だが、そういった負の感情で生まれたモチベーションは長続きしない。そこに視聴者との解離が生まれる。例えば、コードギアスのスザクは、組織の中で出世することで内から世界を変革しようと考えていた。そういった正の感情で動いていたからこそ、己の信念を最後まで貫き通すことができ、敵側の人間でありながら視聴者に受け入れられたのである。一方、我らがアンチヒーローは、何もかもがやけくそなので行動に論理性がなく、最終的にただの悪しき支配者になる。ラスボスに魅力のないロボットアニメがどうなるかなど自明のことだ。
 最終決戦の最中、彼は想い人に怒られたことで突然考えを翻意し、自軍の基地を爆破して火星全軍を投降させる。その時、なぜか地球軍の方が優勢という扱いになっている。そして、特に理由もないのに主人公とアンチヒーローの一騎打ちが始まる。と言った誰の目にも明らかな「打ち切りエンド」である。これ以外にも、ラスト二話ぐらいから急にメタ的な台詞や他作品のパロディーが増え、制作の行き詰まりがひしひしと感じられて哀しい。結局のところ、本作は『機動戦士ガンダム』や『伝説巨神イデオン』を見た人が、「自分ならもっと上手く作れるはず!」と己を過信して作ってみたら、言うは易く行うは難し、見事に大失敗した作品である。四次元殺法コンビコピペではないが、まずは王道を作ってみて、その上で独自要素を注ぎ足していって欲しい。

・総論


 一般的に言うクソアニメとは次元の違う酷さ。究極の自己満足アニメ。アニメ業界は、本作をこの世に生み出してしまったことを業界を挙げて反省すべき。

星:★★★★★★★★★★(-10個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:21 |  ★★★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
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