『BanG Dream!』

サイコホラー。

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BanG Dream! - Wikipedia
BanG Dream!とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2017年冬ナカムラコウ著の小説『BanG Dream! バンドリ』のテレビアニメ化作品。全十三話+OVA。監督は大槻敦史。アニメーション制作はISSENXEBEC。ガールズロックバンドに青春を燃やす女子高生達の夢を描いた学園ドラマ。ブシロード製作のメディアミックスプロジェクトの一環であり、漫画やゲームなど多方面に展開されている。タイトルの読み方は「バンドリ」であって、「バンドリーム」ではない。

・キラキラ


 主人公は無邪気で夢見がちな少女。常に自己中心的で、一度思い込んだら他人の目などお構いなしに突っ走る面倒臭い性格。そんな彼女の生きる目標、と言うか「座右の銘」を自身の台詞から引用してここに記そう。「私、小さい頃、星の鼓動を聞いたことがあって、キラキラドキドキして、そういうのを見つけたいです。キラキラドキドキしたいです!」……きっつ。ドキドキは分かるが、キラキラって何だよ。それはあくまで他人の評価だろうが。そんなに光りたいなら、アルミホイルでも体に巻いてろよ。それはともかく、彼女はキラキラドキドキしたい人間で、ガールズロックバンドにそれを見つけたというのが本作のストーリーになる。タイトル通り、何の捻りもない。この時点で見る気をなくす人間が大半だと思うが、頑張って付いてきて欲しい。

 物語冒頭で主人公は高校に入学する。中高一貫のお嬢様系の女子高である。そこで主人公は数多くの友人を作り、何の悩みも苦しみもない楽しい学生生活を過ごす。その段階で、誰がどう見ても彼女はキラキラしている。作画的にも演出的にも、文字通り画面がキラキラしている。それでもなお、主人公はキラキラドキドキを求めて止まない。完全に「キラキラ中毒」である。別に、どんよりとした学生生活を描けとは言わない。しかし、バンド活動にキラキラドキドキ感を求めようと思うのなら、現状に対する不満や放課後の鬱屈を事前にしっかりと描かなければ、話に説得力も何もないだろう。すでに欲しい物を全て手に入れているのに、さらに無い物をねだる、このような主人公に誰が共感できると言うのだろうか。

 本作に限らず、萌えアニメでは無邪気で天真爛漫な女の子がよく主人公に選ばれる。なぜなら、一般的にオタクと呼ばれる人達は、自分の優位性を保持するために、より精神年齢の低い女性を好む傾向があるからだ。だが、本作の主人公の場合は、無邪気と言うより、ただ自分の世界の中だけで生きている頭のおかしな人である。そのため、何事においても自分勝手かつ自己中心的で、声優の演技の下手さも相まって、非常に不快感を覚えるキャラクターになってしまっている。そんな人間がどれほど傷付き苦しんだところで、「ざまぁみろ」という感想しか生まれない。本作はあまり世間の評価が芳しくない作品だが、その最大の要因は間違いなくこの主人公の性格にあるだろう。

・ホラー


 ある日の放課後、キラキラ中毒患者の主人公は道端で星のシールを見つけ、それを追いかけて一軒の古い質屋に辿り着く。主人公は迷わず不法侵入し、蔵の中で一台のエレキギターを発見する。そこに登場する質屋の娘。口論の末、なぜか二人でライブハウスに行くことになる。主人公は蔵から勝手にギターを持ち出してライブハウスに行き、そこでガールズバンドの前奏を聴いただけで「凄い!」と絶賛して、質屋の娘にバンドをやろうと提案する。その後、主人公は勝手に質屋に上がり込んで朝食を食べたり、勝手に蔵の片付けを手伝ったりと、執拗なまでに質屋の娘に付きまとってバンドメンバーへ勧誘する。質屋の娘は「どうせギター目的だろう」とその行動を看破するが、主人公はそれを否定しつつ、ギターへの興味を隠そうともしない。すると、主人公は誤って三十万円もするギターを壊してしまう。二人は雨の中をずぶ濡れになって楽器店へ走り、修理してもらう。その結果、なぜか質屋の娘の態度が軟化し、ギターを五百円で主人公に譲り渡した上で、バンドへの加入を決心する。

 信じられないだろうが、これが本作の第一話と第二話である。今まで多くのアニメを見てきたつもりだが、背中がぞっとするような本物の「恐怖」を覚えたのは、これが初めてである。最早、サイコホラー以外の何物でもない。そう感じる一番の原因は、言うまでもなく「主人公が何を考えているのか分からない」からだ。前述したように「なぜ、キラキラドキドキを求めるのか?」も分からないし、「バンドの何に対してキラキラを感じたのか?」も分からない。そして、何より「なぜ、そこまで質屋の娘に固執するのか?」がさっぱり分からない。ついさっき出会ったばっかりで相手のことなど何も知らないし、彼女が音楽好きという描写もない。主人公が勝手に運命を感じているだけだ。実際、一番の友人であるパン屋の娘には、バンドへの参加を断られるとあっさり諦める。これではただのストーカーである。

 本作のやりたいこと・やろうとしたことは、内向的な人間の心が純粋無垢な人間の積極的な行動によって解放されるという作劇の王道パターンである。しかし、相手が何かに困っているという事実を示さないまま、主人公だけが勝手に動き回るため、彼女の考えが全く理解できず、温もりではなく恐怖感を覚える結果になってしまっている。キャラクターの心情を何でもかんでも台詞で語ってしまうのは三流だが、かと言って何も語らないのは論外だ。主人公は物語の案内役であると同時に、視聴者の分身であることを理解しないと、ただのホラーになるということを本作が体を張って証明してくれる。

・ご都合主義


 その後も主人公の暴走は続く。さすがに質屋の娘よりはましとは言え、残りのバンドメンバーに対する勧誘もかなりの強引さを極める。なぜ、そのような暴挙が許されるかと言うと、結局のところ、あらゆる事象が主人公にとって都合良く配置されているからに他ならない。質屋の娘にしても、「実は友達が欲しかった」という非常に都合の良い理由により、主人公のストーカー行為は不問にされる。主人公の周りには都合良く楽器経験者が集まり、音楽面のサポートをしてくれる。何の話し合いもないまま、主人公がボーカル兼リズムギターに就任する。質屋の蔵の地下が練習スタジオになる。明らかにモラルに反した行動を取っても、周りの人が笑って見過ごしてくれる。気持ち悪いのは、それらを徹底的に「いい話」として描いているところである。そんな物は美談でも何でもなく、ただ単に主人公を甘やかしているだけだ。

 その最たる例が前述したパン屋の娘である。実は、彼女は元ドラマーだったというご都合主義にも程がある設定が、第六話になって突然明らかになる。当然、彼女を再びバンドに勧誘する主人公。と言うか、勝手にメンバーに入れる。だが、パン屋の娘は、母親が病弱なので家事を手伝わねばならず、他のメンバーに気を遣うのは嫌だからという理由で申し出を固辞する。それに対し、主人公はこう言って彼女を説得する。「何でも一人で決めちゃうのずるい!」……いや、お前が言うな。また、パン屋の母親はこう言って彼女を励ます。「その優しさをもっと自分に向けて」……いや、主人公はもっと他人に優しさを向けろよ。だが、彼らの言葉に心を打たれたパン屋の娘は、遅刻しそうになって走って学校へ向かい、文化祭のステージに飛び入り参加する。そして、一度も練習していないのに、主人公達と完璧なセッションを披露する。あれだけ「練習していないから皆に迷惑かけるのが嫌」と言っていたのは何だったのか。自虐風自慢か、おい。

 これの何が問題なのか分からない人は、主人公がキラキラを感じた対象が、ガールズバンドではなく「女相撲」だったらどうかと考えてみて欲しい。すると、必ずや「女性は土俵に上がるな」と面倒なことを言ってくる奴が登場するだろう。そういった自分の力だけではどうにもならない都合の悪い敵を乗り越えて、初めて本当のドキドキキラキラを味わえるのではないか。狭い温室の中で人工的な光を浴びるのと、広い世界の中で太陽の光を浴びるのと、どちらがより光り輝くかは考える間もなく自明のことだ。

・エゴイスティック


 第一話で主人公が初めて行ったライブハウスは、「ガールズバンドの聖地」と呼ばれる有名な場所だった。しかし、この度、オーナーの意向により閉鎖が決定する。そこで、主人公は閉鎖前に一度はステージに立ちたいと、バンド結成二ヶ月にも関わらず出演オーディションを受ける。主人公自身はその演奏を「やり切った」と思ったが、結果は不合格。それどころか、後日、オーナーに「アンタが一番できてなかった」と直接ダメ出しされる。それを聞いた主人公は、ショックを受けて激しく落ち込み、なぜか声が出せなくなる。と、リアルなサイコホラー路線に変更する。そこで、他のバンドメンバーは「みんなで歌う」というアクロバティックな解決法を提案し、すぐに主人公も立ち直る。そして、二度目のオーディション、演奏の質は前回と大して変わりないぐらい下手だったが、今度はなぜか合格。実は、オーナーは「技術よりも本人がやり切ることが大事」という思想の持ち主で、前回ダメだったのは、主人公だけが独りよがりだったから。こうして、主人公達は閉店ライブにデビューすることが決定する。

 一見すると過去の主人公を批判し、それによる心の成長を描いているように見えるが、本作には決定的に抜け落ちているポイントがあることに、視聴した人は皆、多かれ少なかれ気付いているだろう。それは第三者の視点である。特に本作の場合は、高校の文化祭だけではなく街のライブハウスを舞台にしているため、当然のことながら「客の視点」が必要不可欠である。料金を取って演奏を聴かせる以上、「技術よりも本人がやり切ることが大事」などという自己中心的な思想は絶対にあり得ない。しかも、このライブハウスは、ガールズバンドの聖地と呼ばれている大切な場所だ。主人公達とは比べ物にならないぐらい思い入れのある人は、日本中に幾らでも存在するだろう。だとすると、結成二ヶ月の下手糞な素人バンドが閉店ライブのステージに上がれるわけがないし、それを客が温かく迎え入れることは100%ない。ブーイングされて、ステージから引きずり降ろされるのがオチだ。

 本作は、最初から最後まで全てにおいてこの思想が貫かれている。すなわち、「他人よりも私が大事」「私さえ楽しければいい」「私を邪魔する物はいらない」というエゴイスティックな思考である。最後のエピソードにしても、結局は「私が」から「私達が」に移行しただけで本質は何も変わっていない。本来、他人の評価である「キラキラしている」を自分自身で使っている時点で確信犯(誤用)なのだろうが、この思想をアニメファンに訴えて、本作は一体どうしようというのだろうか。ただでさえ、オタクは自分の殻に閉じ籠もってエゴを肥大化させていると批判されているのに、それを助成するような行為は決して良いとは思わない。

・総論


 エンターテインメントの本質は客を楽しませることという根本的な視点が抜け落ちている。こんな気持ちで作っているアニメが面白くなるわけがない。

星:★★★★★★★★(-8個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 09:14 |  ★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
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