『Just Because!』

光と影。

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Just Because! - Wikipedia
Just Because!とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2017年秋。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は小林敦。アニメーション制作はPINE JAM。卒業を間近に控えた高校三年生の男女五人の恋愛模様を描いた学園青春ドラマ。様々な企業がタイアップし、プロップデザインに協力している。

・第一話


 まず、本題に入る前に処理しておかなければならないことがある。それは、本作の第一話が非常に「分かり難い」ことである。淡々とした普通の学園生活の中で多くの高校生が一度に登場し、取り留めのない行動を繰り返す。盛り上がる場面が少なく、ストーリー全体の目標も掴み難いため、次話への視聴意欲が沸き上がらない。それゆえ、多くの人々がいわゆる「一話切り」をしてしまうだろう。ただ、本作は終盤に向けて徐々にギアを上げていくタイプの作品である。分かり難いからと言ってここで視聴を止めてしまうと非常にもったいないので、事前に公式HP等で内容をチェックして、その上で判断することをお勧めする。

 なぜ、分かり難いのか。その理由は簡単で、それは本作のジャンルが主人公格のキャラクターが五人もいる「群像劇」だからである。しかも、その五人にはあまり大きな外見的特徴がなく、脇役との差異が少ない(余談だが、筆者は第一話を三回見るまでヒロイン二人を混同していた)。そのため、視聴者は感情の置き所が分からず、物語の中に上手く入り込むことができない。ただ、五人はアバンタイトルであらかじめ登場し、ちゃんと特別扱いされている。また、後々の伏線が各所に散りばめられており、後から見返すと第一話自体はよくできている。おそらく、映画だったら評価されているだろう。これが連続ドラマの第一話の難しさだ。多くの条件を同時にクリアしないといけないため、なかなか完璧な第一話という物には巡り会えない。

 さて、その五人だが、恋愛ドラマなのでそれぞれが一方通行の恋愛感情で繋がっている。つまり、分かり易い言葉で言えば「五角関係」である。今時、少女漫画でもなかなか見られないような複雑さだろう。もっとも、五角とは名ばかりで、実際のところは五人が直線状に繋がっているだけだ。具体的に名前を挙げると、小宮恵那(♀)→泉瑛太(♂)→夏目美緒(♀)→相馬陽斗(♂)→森川葉月(♀)という流れである。この相関図をよく見てもらえば分かると思うが、実は中央の夏目美緒が相馬陽斗への片思いを諦めて泉瑛太の方に振り向けば、それだけで全てが丸く収まるのである。当然、そこでストーリーも終了だ。この一見複雑そうに見えて、実はシンプルという構造がミソである。そして、その夏目美緒がメインヒロインで、彼女に片思いする泉瑛太が本作のメイン主人公である。この辺りの設定の練り込み具合は抜かりない。

・モラトリアム


 本作の最大の特徴は、高校三年生の二学期末から物語がスタートすることである。卒業をテーマにした作品は数あれど、ここまでピンポイントに期間を絞った作品は見たことがない。この特殊な設定を補強するために、高校三年生の三学期に転校する主人公という特異な人物を出すほどの念の入れようだ。ただ、公式紹介文では「季節外れの転校生との再会は(中略)彼らの気持ちに小さなスタートの合図を響かせた」と、まるで主人公の存在がドラマを動かしたような扱いになっているが、実際はそこまでのキープレイヤーではない。きっかけと言うより、同時多発的なシンクロニシティの一種だろう。

 経験者なら分かると思うが、高校三年生の三学期は非常に不思議な期間である。一応、登校日は定められているが、すでに通常授業はなく、学校に行くも行かないも自己判断である。受験を控えている人は神経を尖らせ、そうでない者は弛緩している。高校生でありながら、もう高校生でないような奇妙な感覚だ。その空白の時間において、人々は否応なく過去と未来に向き合わざるを得なくなる。そして、自分を見つめ直して先へ進むために、主人公達が選んだ行動の一つが、今までずっと片思いをしていた相手に告白することだった。そう、今更訂正するのは申し訳ないが、実はこの作品の本質は恋愛ドラマではない。成長物語でもない。次のステップへと進むために、モラトリアム(猶予期間)から卒業することである。それゆえ、恋愛と同時並行して主人公五人の心の変化が描かれる。相馬陽斗は過去の野球部での失敗にけりを付ける。夏目美緒は本当に自分がやりたいことのために志望校を変更する。森川葉月は地味だった自分を変えるためにオシャレを始める。小宮恵那は部存続のために写真コンクールで入賞を目指す(ただし、彼女はまだ高校二年生)。そして、メイン主人公の泉瑛太は、すでに推薦入学が決まっている身でありながら、夏目美緒と同じ大学へ通うために受験勉強を始める。

 そのストーリーだが、第七話、センター試験に遅刻しそうになった夏目美緒を泉瑛太が助けたことで、もう彼女の心は彼へと傾いている。つまり、先述した通り、恋愛ドラマとしてはそこで終了である。だが、二人の心は噛み合わないまま、小宮恵那の横恋慕を加えて最終回までグデグデと続く。それはもちろん、受験という恋愛が霞む程の重大イベントがすぐ側に控えているからである。もし、本作が己の性欲のままに突っ走るタイプの作品なら話は簡単だが、人間社会はそう単純ではないわけだ。そういう意味で言うと、本作は本能と理性がせめぎ合うタイプの作品だと言うことができるだろう。

・LINE


 本作にはコミュニケーションアプリの「LINE」が実名で登場し、非常に重要な役割を担っている。現在、高校生のスマホ所有率は90%を遥かに超え、一説によるとその内のほぼ全員がLINEを使用しているらしい。つまり、LINEを知らない高校生を探す方が難しい状態である。そういった状況下で高校生のリアルな恋愛を描こうと思えば、どうしてもこのアプリが登場せざるを得なくなる。ただ、他のアニメでもLINEっぽいアプリが使われることはよくあるが、本作ほどメインガジェットとして使用している作品はない。本作の場合は、主人公達が劇中で使用するだけではなく、その会話内容が画面上に逐次表示され、ストーリーの一部に組み込まれている。LINEがなければ作品が成り立たず、最早、完全に電話や電車と同じ公共インフラ扱いである。昔、ポケベルが流行していた時に『ポケベルが鳴らなくて』というタイムリーなドラマが作られて、今となっては笑い話になっているが、本作も二十年後にはそうなるのだろうか。

 LINEに限らず、こういったSNSが人類にもたらした物は何かと言うと、当然、それは人と人の繋がりの強化である。たとえ遠くに離れていても、たとえ相手がどこにいるか分からなくても、リアルタイムにコミュニケーションを取ることができる。それは間違いなく便利だが、作劇をする際には少し困った事態になる。なぜなら、恋愛ドラマにおいて「すれ違い」は極めて重要なファクターだからだ。場所がすれ違ったり、気持ちがすれ違ったりして会いたいという気持ちが募り、切なさが生まれる。その様子を視聴者が見て共感する。それが恋愛ドラマの醍醐味だ。かつて、手紙や電話がメインだった頃はすれ違いを生むのは容易だったが、SNS時代になるとそうはいかない。むしろ、身を隠す方が難しい。そこで、本作はその状況を逆手に取り、できる限り人と人を対面させるようにしている。SNSだけに限らず、街中でもあり得ない確率で偶然出会うぐらいだ。ただし、一番大事な本心だけは徹底的に覆い隠すことで、バランスを取っている。このオープンとクローズの極端な分断、それがSNS時代の新しい恋愛ドラマの作り方だろうか。

 もっとも、本作は最終盤になると「未読」というパワープレーを用いて無理やりすれ違いを生み出し、エンディングに繋げている。やはり、恋愛ドラマのセオリーからは逃れられないらしい。結局こうなるのだから、現実に寄り過ぎるのも考え物である。『ポケベルが鳴らなくて』の二の舞になりたくなければ。

・実写


 高校生同士の恋愛をリアルに描写するためか、本作は実写を加工したリアルな画像を背景美術に採用している。ただ、『魔法遣いに大切なこと ~夏のソラ~』や『TARI TARI』でもそうだったように、実写加工背景は手書きのキャラクターとの間にレイアウト的な歪みを生み出し、結果、キャラクターが異常な方向に動き出すなど、非常に不安定な作画になってしまう。それゆえ、本作の単純なアニメーションとしての評価は正直あまり高くない。

 本作のようなリアル寄りの学園青春アニメを批評する際、いつも言っていることがある。それは「アニメである必要性だ」だ。リアルさを追求するなら、実写ドラマでいい。いや、実写ドラマの方がいい。当たり前だ。そのため、アニメならではのメリットを主張しなければならないのだが、残念ながら、本作はかなり厳しいところがある。分かり易い例を挙げると、真冬の物語にも関わらず、登場人物の口から白い息が出ていない。人物の現実感や極寒の中での寂寥感を表現する絶好のポイントのはずだが、予算の都合上か、本作では一部を除いてカットされてしまっている。また、絶対的な優位性があるはずの俳優の演技力に関しても、若手声優ばかりの本作では特に長所になっていない。特にメインヒロインは最後までキャラクターが定まらず、本作の不安定さの象徴になっている。

 では、本作はただの劣化実写ドラマなのかと言うと、一概にそうは言えない不思議な魅力を持っている。それは何かと考えると、やはり「光」の演出が抜群に優れているからだろう。街灯の明かりや車のヘッドライトやスマホのバックライトなどが強調され、さらに画面全体にエフェクトをかけることで陰影を浮き出させ、幻想的な雰囲気を作り出している。そこにピアノ主体の美しい音楽が加わることによって、不安を抱えた高校生の複雑な感情が見事に表現されている。同じことを実写でやるとサブカル色の強い尖った演出になってしまい、普通の高校生らしさが失われてしまうのだが、アニメでは違和感がない。これは明確にアニメのメリットだろう。作画はあまり良くなく、CVにも問題を抱え、シナリオも平凡。だが、こういったビジュアル面を愚直に頑張ることによって、本作は不足分をカバーし、他作品に負けないぐらいクオリティを高めている。この特徴は回を重ねるごとに洗練されていくので、第一話で諦めてしまうのは非常にもったいない作品である。

・総論


 「アニメってここまでできるんだ」と、アニメーションの可能性を感じさせてくれる良作。後もうちょっと予算があればね……。

星:☆☆☆☆☆☆☆☆(8個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
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