『ローゼンメイデン』

奇跡のバランス。

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ローゼンメイデン - Wikipedia
ローゼンメイデンとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2004年。PEACH-PIT著の漫画『Rozen Maiden』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は松尾衡。アニメーション制作はノーマッド。不登校の中学生の元へローゼンメイデンと名乗る生き人形が現われたことから始まるファンタジー冒険活劇。アニメ版のストーリーはかなりオリジナル色が強くなっており、原作第四巻までを元にしつつ本クール内で完結するように再構成されている。

・ノンジャンル


 今でこそ削除されているが、かつてWikipediaの項目では、堂々と「ノンジャンル」と記されていたという不思議な経歴を持つ作品である。確かに、本作は作品ジャンルを一つに固定するのが非常に難しい。見た目は、フリル満載の色鮮やかな西洋ドレスに身を包んだお人形さんが多数登場する少女向けファンタジーアニメだ。原作者が女性ということもあって、画面の各所を薔薇の花で飾るなどの古き良き少女漫画風のエッセンスが散りばめられており、純粋な男性向けアニメとは一線を画している。そもそも、お人形遊びは女の子の特権だ。その一方で、錬金術で動く生き人形がテーマということもあり、オカルティックなおどろおどろしい側面も持っている。退廃的な部分が足りないため正統派のゴスロリとは少々趣を異にするが、基本コンセプトは通じる物があり、これまた思春期の女子中学生が好む物である。つまり、ビジュアル面だけで見れば、とても二千年代中盤に一時代を築いた男性向け美少女萌えアニメだとは信じ難いのである。
 ところが、蓋を開けてみると、実際の中身はデフォルメとボケツッコミを多用する少年漫画風のノリを持ったドタバタコメディーである。見た目に反してバトルシーンも多く、各キャラクターが個性的な攻撃手段を持っているため、非常にゲーム的だ。かと思えば、家という限られた空間内で家族・兄弟が笑いあり涙ありの日常を送るホームドラマとしての面白さもあり、ダメ人間が他人との関わり合いを経て徐々に成長していくヒューマンドラマとしての面白さもある。また、人造人間を取り扱っていることで、「人間とは何か」を考察する設定の奥深さも兼ね備えている。よくもまぁ、一つの作品の中にこれだけのネタを詰め込めた物だ。感心する。しかも、各要素が全て一つのジャンルとして成立しており、どれを取ってもそこらのアニメより完成度が高い。さらに、それらが互いに良さを消し合うことなく、高度なバランスでまとまっているため、萌えアニメでありながら老若男女、誰しもが楽しめる娯楽作品になっている。まさに、奇跡の産物としか言い様がない作品であるが、ここではその中でも設定・キャラクター・ストーリーの三つに絞って詳しく見て行きたい。

・設定


 まずは設定を紹介しよう。ローゼンメイデンとは、中世ヨーロッパに活躍した伝説の人形師ローゼンが制作した七体の生き人形シリーズのことである。それらは、錬金術によって生み出された「ローザミスティカ」という永久エネルギー源によって仮の命を与えられており、魔法のような強い力を使うことができる一方、激しい活動するためにはさらに「ミーディアム(媒介)」となる人間と契約を交わして、エネルギーを補給する必要がある。彼女達の目的は、究極の少女「アリス」となってお父様(ローゼン)に会うことであり、そのためには他のローゼンメイデンと戦う「アリスゲーム」に勝利し、ローザミスティカを全て集めなければならない。
 簡単に書いているが、これは極めて斬新な設定である。なぜなら、マッドな科学者が究極の少女を作ろうとする従来の人造人間譚と違って、本作の場合は人形であるはずの彼女達が自ら「究極の少女を目指す」と公言しているのだから。第五ドールの真紅は言う。「生きることは戦うことでしょ?」と。この恐ろしさをお分かり頂けるだろうか。人形は人間の形を模して作られた物体であるが、完全なるコピーではない。特に容姿に関しては人工物という特性上、人間を遥かに超越した理想的な美貌を誇っている。また、ローゼンメイデン達は人間にない特別な力を行使することができ、何事にも動じない気高き精神も持っている。そんな彼女達が自分自身の手でさらなる高みを目指そうと言うのだから、その時点で人類に勝ち目はない。彼女達の目的が果たされた時、万物の霊長であるはずの我々は支配される側の存在になるだろう。だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。それは彼女達の目標である究極の少女「アリス」とは何かである。当然、それは「究極の人間」のことなのだが、では、究極の人間とは? 何を持って最善最高とするのか? それは人が人形になることではないのか? そもそも、そんな物はこの世に存在し得るのか? 等々、基本設定だけで、ここまで哲学的な思索ができるアニメは他に類を見ない。
 だが、そんな無敵のローゼンメイデンにも欠点がある。と言うのも、彼女達はミーディアムとなる人間からエネルギーを分与してもらわなければ、この地球上で活動ができないのだ。そのため、否応なくミーディアムと共存共栄の形を取る必要がある。そこに人間と人形の切っても切れない強い関係性が生じる。つまり、「絆」である。その絆こそが物語の重要ポイントになるのだが、ストーリーを追う前にまずはキャラクターを見て行こう。

・キャラクター


 本作ではローゼンメイデン七体の内、五体が登場する。元々、人形なのだから容姿が可愛いのは当たり前、加えてパーソナリティーも非常に個性的で、異常なほどキャラが立っている。それこそ、ヒロインそれぞれに個人ファンが付くほどに。また、各々のイメージカラーの西洋ドレスに身を包んだ彼女達は、戦隊物的な集団の華やかさも備えている。何より、キャラクターの雰囲気との相似を重視して選んだというCV(キャラクターボイス)が素晴らしく、何気ない掛け合いを聞いているだけで場の楽しさが伝わってくる。
 さらに秀逸なのが、彼女達が「姉妹」である点だ。人間の性格を決定付けるのは、その人が生まれ付き持っている人格だけではない。必ず周囲の環境や立場に左右される。特に家族間での役割が人格形成に大きな影響を与える。姉は姉らしく、妹は妹らしく、常に上下関係を意識させられ、立場によって行動が制限される。言ってみれば、各キャラクターの性格という横軸に姉妹という縦軸を加えることで深みが増すのである。まるで大家族物ドキュメンタリーのような彼女達の言動は実にコミカルで、一見、荒唐無稽な設定であるアリスゲームも、壮大な姉妹ゲンカとして見れば微笑ましく感じるだろう。
 もう一つ忘れてはならないのは、ドール達は自らアリスを目指すという設定上、全員が個人として自立しているという点である(第六ドールの雛苺は除く)。彼女達は常に主人公と一定の距離を置いて好き勝手に振る舞っているし、主人公側もそんな彼女達の存在を疎ましく思っている。ヒロインが主人公に依存し、性欲処理の道具扱いされるのが当たり前になっている昨今の萌えアニメ業界において、この淡白な関係性は非常に珍しい。しかも、真のヒロイン役として、ちゃんと人間の幼馴染みキャラも用意する念の入れ様。このハーレムアニメのようで決して本物のハーレムにはならないという自制心はとても大切なことで、そこが何の苦もない楽園だと主人公が成長する余地を奪ってしまうのである。だからと言って、反目し合うというわけではなく、あくまで人間と人形という適切な位置に身を置いているのも絶妙だ。ベッドの上で背中合わせに本を読んでいるカット(第二期より)などがその象徴で、友達でも恋人でも家族でもない、新たな関係性を視聴者に提案している。そして、それは三次元と二次元の本来あるべき立ち位置のはずだ。

・ストーリー


 さて、遅ればせながらストーリーを紹介しよう。本作は、受験失敗のトラウマにより自室に閉じ籠った男子中学生の元へ、ローゼンメイデンと名乗る人形達が現れたことから始まる落ち物系の成長物語である。この設定だけ見れば分かる通り、人間でありながら社会生活を放棄して人形になろうとする主人公と、人形でありながら究極の少女を目指そうとするローゼンメイデンが対になっている。最初は人形達を否定していた主人公も、わがままと言えるほど生き生きと動き回る彼女達に触発され、次第に生きる力を取り戻して行く。そして、物語の終盤、主人公の精神世界で再開されたアリスゲームにおいて姉妹同士が激しく争う中、主人公は自分自身の弱き心との対決を余儀なくされる。その際、キーになるのが第一ドールの水銀燈である。彼女は制作途中で廃棄されたローゼンメイデンの成り損ないであり、お父様に会いたいという執念だけで活動していた、ある種の欠落した存在である。つまり、気高く純潔で完璧な存在であるローゼンメイデンの影(シャドウ)に当たる。また、彼女は人間との絆を否定しているため、特定のミーディアムを持っておらず、第五ドールの真紅とは思想を異にしている。本作はそんな正反対の二人の戦いを通して、究極の少女とは何か、人間とは何かを我々に問いかけている。
 水銀燈との戦いの最中、彼女の攻撃を受けた真紅は片腕を失ってしまう。究極の少女を目指すローゼンメイデンは完全な存在でなければならない。そのため、壊れた人形に価値はない、もう自分はアリスになれないと悲嘆する真紅の姿を見て、主人公は傷付くことを恐れていた過去の自分自身を見つめ直す。人間を模して造られた人形は、人間の心を映し出す鏡。そして、人間もまた人形の心を映し出す鏡。彼女を通じて自分の影と向き合い、過去のトラウマを乗り越えた主人公との絆の力により、真紅は片腕を取り戻して水銀燈との戦いに勝利する。
 戦いを終えた真紅は、これからはアリスゲームに頼らずにアリスを目指すと宣言する。つまり、彼女の中で「究極の少女」の概念が変化した瞬間である。それが何かはここでは言及しない。ただ、間違いなく言えるのは、彼女達は人形でありながら、この戦いを通じて一つ「成長した」ということであろう。そして、それは主人公も同様で、自室から出て街を散歩する彼の頭上には抜けるような青空が広がっていた。

・総論


 深みのある設定と個性豊かなキャラクター、そして、それらを最大限に生かしたストーリーという奇跡的なバランスで作られた傑作アニメである。美少女が多数登場する萌えアニメでありながら、ベタベタし過ぎず、バトルやコメディー要素も満載で、設定を深読みするのも楽しいという老若男女が楽しめる作品だ。手放しでオススメできる逸品である。

星:☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9個)

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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 21:49 |  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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