『涼宮ハルヒの憂鬱 エンドレスエイト』

オワコン。

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涼宮ハルヒの憂鬱 (アニメ) - Wikipedia
涼宮ハルヒの憂鬱(アニメ)とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2009年。谷川流著のライトノベル『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズのテレビアニメ化作品。全二十八話。総監督は石原立也。監督は武本康弘。アニメーション制作は京都アニメーション。非常に特殊な放送形態が取られた作品であり、一期を時系列順に並び替えた物を再放送した際、何の事前予告もなく新作回を付け加えた。それゆえ、本シリーズに一期・二期という分類はなく、公式でも単に2009年版と称している。ここでは、便宜的に新作・旧作を含めた全二十八話分を二期として、シリーズタイトルを「エンドレスエイト」と呼ぶことにする。

・オワコン


 2010年近辺に流行した新語に「オワコン(終わったコンテンツの略)」という物があるが、この単語の発祥が本作にあることを知っている人は少ないだろう。正確に言うと、2chの某スレッドにおいて、悪意ある住民が本作の売り上げの低迷に対し、「ハルヒは終わったコンテンツ」と誹謗したのが始まりである。もちろん、ハルヒ自体は今でも人気シリーズであり、しっかりとした固定ファンが付いている。そもそも、この単語自体が全く根拠のない主観の産物だ。ただ、前作アニメの盛り上がりが凄過ぎたことによる反動もあって、本作が非常に話題性の乏しい作品だったのもまた紛れもない事実である。
 三年のブランクの間に本作に変わる話題作が次々と生まれていたから、ゆるい日常系全盛期でSFストーリーの需要が減ったから、シリーズ演出の山本寛が抜けたため明らかに映像の質が低下したから、作画が同時期に制作していた『けいおん!』と酷似しており違和感が大きかったから、本作の最大の顧客であるライトオタクは一つの物事に執着しない人々であるから等々、様々な原因は存在するが、何よりその低迷傾向に止めを刺したのが、第十二話~第十九話に渡って放送された連作エピソード「エンドレスエイト」である。

・エンドレスエイト


 いわゆる「ループ物」である。楽しい夏休みを過ごした主人公達SOS団一行であったが、ヒロインだけは何か不満が残ったらしく、無意識の内に夏休みをループさせてしまう。同じ時間を何万回も過ごす中、徐々に主人公達は異変に気付いて、そこから脱出する方法を探し出す……というよくある物語である。問題はその手法だ。放送第一週は普通の日常回、第二週はループに気付く回、その後、何と第三週から第八週の最終盤まで延々と同じ話を繰り返すのである。さすがに、コンテと演出は各回ごとに変えてあるが、そういう問題ではない。八回も同じエピソードを放送すること自体、前代未聞の大珍事である。
 何を思って、このような暴挙に出たのか。劇中の主人公の台詞ではないが、「何がしたいんだ、こいつは?」である。考えられる理由は二つ。一つは、たとえ脚本が同じでも、コンテと演出を変えることで全く別の物語に見せる自信があったから。だが、それは明らかに「自惚れだ」と言わざるを得ない。演出を変えると言っても、せいぜいレイアウトと衣装を変える程度だし、それ以前に言うほど上手いコンテではない。もう一つは、ループという特殊体験を視聴者にも実感させるためには、八回ぐらいは必要だと判断したから。それはそれで視聴者を舐めている。そんな物は二回もやれば十分だ。
 何より、SFミステリーとしても低レベル過ぎるのが一番の問題だろう。各週の脚本はただの使い回し。八回もあるなら、原作を改変し、そこに様々な伏線を仕込むことは可能だったはずだ。最低でも七週目で解決法に気付き、八週目で皆と協力し合ってループから脱出するのが定番ではないか。最後の最後に「思い付いたから」では、八回どころか二回でも十分過ぎる。要するに、本エピソードを評するに相応しい言葉は一言、「手抜き」しかあり得ない。

・涼宮ハルヒの溜息


 第二十話~第二十四話は、小説『涼宮ハルヒの溜息』をベースにしたストーリーで、二期のメインとなるシリーズである。その内容は、文化祭用に映画を撮ることになったSOS団が、架空の世界を構築するという作業に魅入られて暴走したヒロインの力に翻弄されるという話である。ストーリーとしてはありふれており、肝心のオチを一期のシャッフル回ですでにバラしているため、あまり話の盛り上がりはない。ただ、自主映画を撮影するという作業その物はやはり心躍る行為であり、それなりに面白い。今までヒロインに振り回されっ放しだった主人公が、初めて彼女のわがままを叱る(団員に止められるが)というシーンがあるのも見過ごせない。
 それより、本エピソードの良いところは、SF話はそこそこにして単純な恋愛物語に落としている点である。映画制作という作業を通して、ヒロインの主人公に対する感情が上手く表現されており、特に主人公とケンカをした後、彼の好きなポニーテールの髪型にしようかと迷うヒロインの姿などは、無自覚のほのかな恋心が見事に表されていて、視聴者の胸を打つ。そのため、どんなに練り込まれたSFよりも、王道の恋物語の方が心に響くというSF作家にとっては少しつらい結論になっている。

・ライブアライブ


 一期でも二期でも、同じ残り三話の場所に位置する人気エピソードである。この回が注目されたのは、リアルなライブ演奏を描いたことに加えて、ヒロインが明確にSOS団を否定する方向に動いたからである。自分の力を他人が喜ぶことに使い、礼を言われる。それは彼女にとって初めての経験だった。その時、初めて本作の方向性、「最終的にSOS団を解散して自立すること」が明らかになる。ただ、そういったヒロインの成長を描いたエピソードは全二十八話中、この回だけであり、二期のために新たな最終回を付け加えることもない。結局、モラトリアムの継続を望む制作スタッフにより、彼女は今後もわがままを言い続けることになる。
 余談になるが、時々、ヒロインを思春期の女性の不安定さを描いたものだと論じる人がいるが、明らかな誤りである。ただ、彼女は子供なだけだ。もっと言うと発達障害であり、病名を付けるなら典型的な境界性人格障害である。それを「ツンデレ」と呼ぶ萌え業界には恐れ入るが、そんな甘やかしが彼女の成長を妨げていることに気付かなければならない。

・総論


 エンドレスエイトは最悪。溜息はそこそこ。というわけで、合算すると評価はマイナスになる。「あのハルヒが?」と一期の頃の視聴者は耳を疑うだろうが、時間の流れは残酷であった。

星:★★★★(-4個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 21:33 |  ★★★★ |   |   |  page top ↑
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