『夜桜四重奏 ~ホシノウミ~』

アニメーションの真髄。

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夜桜四重奏 ~ヨザクラカルテット~ - Wikipedia
夜桜四重奏とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2010年。ヤスダスズヒト著の漫画『夜桜四重奏 ~ヨザクラカルテット~』のOVA化作品。全三話。監督はりょーちも。アニメーション制作はタツノコプロ、パープルカウスタジオジャパン。原作第五巻~第七巻のエピソードを元にした漫画単行本付属のOAD。『鉄腕バーディー DECODE』の総作画監督等でお馴染みのりょーちもの初監督作品である。

・OAD


 本作はOADである。OADとはオリジナルアニメーションディスクの略であり、一般的には漫画の単行本の付録として同時発売されたアニメのことを指す。言葉の意味や制作形態自体はOVA(オリジナルビデオアニメーション)のそれと全く同じだが、最大の相違点は視聴者ターゲットがピンポイントで「原作ファン」であることだろう。テレビアニメやOVAと異なり、視聴者が全員、元のストーリーを知っているのである。その状況下で漫画をアニメ化するのは、不特定多数の人向けにアニメを作るのとはまた違ったプレッシャーがあるはずだ。当然、ストーリーをアレンジすることはご法度だし、独自解釈で新要素を付け加えることもできないため、正攻法で勝負するしかない。それゆえ、ある意味、アニメ制作スタッフの力量が最も問われる場と言っていいかもしれない。小細工抜きの正攻法で名作を生み出せる人が本当に優秀な制作者である。そして、本作こそ、その枠に該当する数少ない作品の中の一つである。
 さて、内容に入る前に一つ特記しておくべきことがある。それは、本作の声優陣が二年前に制作されたテレビアニメ『夜桜四重奏 ~ヨザクラカルテット~』からそのまま全員継続されていることである。『侵略!イカ娘』のように成功した作品ならともかく、オリジナル展開に進んだシナリオも含めて全般的にあまり評判が良いとは言えず、そのせいで制作会社まで変わった作品からキャスティングを引き継いだのは、一視聴者として嬉しい誤算だ。実際、同じ漫画雑誌『月刊少年シリウス』に連載されていた『怪物王女』のOADは、ファンの意向を無視して全キャストが変更されている。もちろん、評判が悪いと言っても演者に問題があるわけではなく、配役の経験値という点を考慮しても継続させるのが当然なのだが、当然が当然じゃないのがこの業界。それゆえ、今はただこの英断に賛辞を送りたい。

・導入


 本作は、人間と妖怪が共存する街「桜新町」へ二年前にやってきた鈴というキョンシー(中国版ゾンビ)の少女を仮の主人公にして物語が綴られる。彼女が桜新町を訪れた目的は、妖怪達が幸せに暮らすという「あの世」に送ってもらうこと。不死人である彼女は、かつて人間達から激しい迫害を受けており、全身に生々しい傷跡が残っている。死にたいぐらいつらい状況なのに死ねない彼女にとっての最後の希望が、あちらの世界へ行くことだった。しかし、桜新町の人々の温かさに触れ、彼女はしばらくの間この街に留まることを決意する。なお、このエピソードは原作でも描かれているが、テレビアニメ版第一話の方がより綺麗にまとまっているので、そちらを参照するのをお勧めする。ついでに、『夜桜四重奏 ~ヨザクラカルテット~』という作品の登場人物や舞台設定も学べるはずだ。
 本作の冒頭、彼女はラーメン屋の出前のアルバイトをしながら、この二年間の出来事と街の様子をモノローグで振り返り、今の自分は幸せだと語る。その時間は約一分。驚くべきことに、この短い導入シーンだけで「人間と妖怪が平和的に共存した街」の雰囲気を本作は完璧に描写し尽している。それはテレビアニメ版が全十二話かけてもできなかったことだ。台詞自体は原作にも存在するが、それを脚本で膨らませつつ、モンタージュ風の巧みなカット割りと良質の作画・音楽で演出することで、一切の過不足がない的確な舞台説明の役割を果している。何より、それを冒頭に持ってくるという構成センスの良さだ。のっけからテレビアニメ版との圧倒的な演出力の違いを見せ付けられ、視聴者の期待が最大値まで膨らむ。

・ストーリー


 本作は全三話のOADなので、原作の長いストーリーを全部描くのではなく、劇中の1エピソードだけを抽出してアニメ化するという形式を取っている。それがこの「ホシノウミ」であり、元々原作でも人気のあるエピソードだ。かつて、鈴を人間から守ったことで彼女の唯一の友人になったざくろが、「墜ちた」ことにより悪の死霊使いに身をやつし、桜新町まで彼女をさらいに来る。鈴を守ろうとする生活相談事務所の面々との激しいバトルが勃発する中、愛する街を巻き込みたくない鈴は自らざくろと共に立ち去る決心をする。しかし、四重奏達はそれが彼女の本心ではないことを見抜き、あくまで「町民」の一人を守るため彼女を追う。やがて、彼らの活躍によってざくろは昔の自分を取り戻し、鈴と共にこの街で生活を始める。以上、ただの幕間劇ではあるが、それ単体で見ても非常によくできたストーリーである。部外者を受け入れる暖かい街の姿を見せることで、人間も妖怪も関係なく、みんな大切な仲間なのだと訴えかけている。その背後にあるのは、差別や迫害に対する強い否定の心だ。これも、物語の冒頭でしっかりと鈴の視点による導入シーンを描いているからこそできる芸当である。
 ただ、原作がよくできているからと言って、すなわちアニメも同質になるとは限らない。実際、テレビアニメ版はお世辞にも面白いとは言い難い作品だった。だが、OAD版の巧みなところは、アニメ化する際において、大事な部分を残し、余計な部分を省き、足りない部分を付け加えるという取捨選択に迷いがない点だ。あらかじめ、しっかりとしたストーリーの軸を決めているからこそ、それに関係しない点はバッサリと切り捨てることができる。具体的には、恋愛に関する部分や敵組織に関する部分などだ。全体のストーリーを考えると必要なピースであっても、あくまで本作のテーマは鈴とざくろの友情物語であるため、それを濁らせる要素は極力削っている。全三話で完結させなければならないOVAであることが、かえって良き結果を導き出している。

・アニメーション


 そして、その削った尺に何を追加しているかと言うと、本作の最大の目玉である戦闘シーンである。『鉄腕バーディー DECODE』同様、りょーちも監督が総作画監督を兼任してダイナミックでアクロバティックなバトルシーンを巧みに演出している。しかも、今回はOVAということで、テレビアニメよりも予算と時間に余裕があり、彼の意図するところをほぼ完全に再現できている。特に、第一話の強盗犯との戦いや第二話の言霊を使った戦いなどは、非常に「らしい」肉弾戦になっており、『鉄腕バーディー DECODE:02』第七話Bパートを髣髴させる。数あるバトル系アニメの中でもトップレベルの面白さと言っても決して褒め過ぎではない。
 また、ぬるぬる作画が生かされているのは戦闘だけではない。最もそれが効果的に活用されているのは、劇中におけるキャラクターの「表情」だ。女の子の可愛らしい表情やざくろの狂気に満ちた表情が、少し崩したタッチで情感豊かに描かれており、人間ドラマとして見ても実にクォリティーの高い作品に仕上がっている。しかも、それを原作よりもコケティッシュなキャラクターデザインでやるのだから、萌えアニメとしても優秀だ。ちなみに、第三話にある擦りガラスを使った演出は出色なので、ぜひ、ご自身の目で確かめてみて欲しい。
 最後にまとめると、結局、漫画をアニメ化することに対する期待値は何かという話である。一つは当然、キャラクターのアクションであり、もう一つはストーリーの再構成(リメイク)だ。三十分×数話の枠内に収めるため、連続した物語を新たに構成し直す際、原作者以外の第三者の視点が入ることによって良いケミストリーが生まれる、その可能性に対する期待である。本作は、前者は言わずもがなだが後者の部分が実に上手い。第一話で街の日常を描き、第二話でそれを壊す者を登場させ、第三話で彼女を苦しみから解放する。余分な物が一切なく、全三話で綺麗にまとまっている。それゆえ、長期連載漫画の一エピソードに過ぎないのに、一つの完結したストーリーに変貌を遂げている。そして、それにプラスされるのが、アニメでしか味わえない高品質のアクションシーンということで、三百六十度、どこにも穴がないほぼ完璧な作品だ。方法論はオーソドックスだが、アニメーションの基本に則った丁寧な作品作りは、もっと賞賛されてしかるべきである。

・総論


 アニメとはこうやって作る物だという見本のような作品だ。ところどころカットの繋がらない箇所があるものの、初監督作品とは思えないほど完成されている。小手先の技に頼るのではなく、やるべきことをしっかりとやるというアニメーションの真髄を感じられる快作である。

星:☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 23:11 |  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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