『ストライクウィッチーズ』

変態飛行。

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ストライクウィッチーズ - Wikipedia
ストライクウィッチーズとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2008年。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は高村和宏。アニメーション制作はGONZO。舞台は1944年、地球とよく似たパラレルワールドに侵攻した謎の敵「ネウロイ」に対し、ストライカーユニットと呼ばれる航空具を装着した少女達が立ち向かう萌え戦争アニメ。元々は、「メカ少女」で知られるイラストレーターの島田フミカネが、雑誌に寄稿していたコラムからのメディアミックス作品である。愛称は「ストパン」。公式ではないが、「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」がキャッチフレーズ。

・パンツアニメ


 島田フミカネの創造した本作のメインガジェットである「ストライカーユニット」は、若い女性が素足の上に装着する特殊な航空器具である。そのため、キャラクターの下半身を覆う布の面積は極端に狭くなっている。具体的に言うと、太ももは全て露出し小股が切れ上がり……要は「パンツ」である。まぁ、本作は男性視聴者が気持ち良く視聴することにのみ注力して作られた「萌えアニメ」なので、あからさまに下品なお色気もそれはそれで分からないでもない。ただ、本作は何を血迷ったか、そこから斜め上に限界突破する。何と、彼女達は普段の生活でも戦闘中と同じ格好をしているのである。つまり、「パンツ丸出し」である。しかも、パンツ風の衣装ではなく、現代社会における下着その物であり、ご丁寧に小さなリボンまで付けている。要は、女の子が恥ずかしげもなくスカートやズボンを脱いだ状態だ。
 変態である。節操がないと言うか、エロのベクトルが本能に直結していると言うか、完全に「おっさんの妄想」だ。一応、パンツじゃないから恥ずかしくない(=この世界における日常服)という設定になっているが、文化人類学的に考えるとさすがに無理がある。どの歴史を紐解けば、生物的に最も重要なパーツである下腹部だけを露出した民族がいるのだろうか。下劣にも程があるわけだが、これこそが本作の最大のセールスポイントであり、制作スタッフも分かってやっているため、批判するのは筋違いかもしれない。よって、涙を飲んで、評価の対象からは除外することにする。

・ストライカーユニット


 本作の舞台は魔法が自然に存在する世界であり、ストライカーユニットも魔力によって動いているという設定なので、それ自体の問題点は特にない。問題なのは、その運用方法である。というのも、奇妙なことに脚部のユニット以外の身体は完全に生身なのである。当然、そんな物で空を飛べば一瞬で上半身が吹っ飛ぶわけだが、彼女達が風圧やGを気にしている様子はない。その辺りは、きっと魔法的な何かが働いているのだろうが、それなら風で髪の毛が揺れているのはおかしい。また、彼女達の服装が普段の軍服のままで、専用パイロットスーツを着ていないこともビジュアルの奇怪さに拍車をかけている。ヘルメットにゴーグルとまでは言わないが、せめて魔法プロテクターのような物が欲しいところだ。原作イラストの再現にこだわって、メカニック的な面白さを捨ててしまっては本末転倒だろう。
 さて、そんなユニットを用いて行う本作の戦闘シーンだが、GONZOが身を削って(後日、経営難で上場廃止)制作しただけあって、実によく動く。ただし、一つのカット内で動いているだけで、コンテと連動したダイナミックな映像演出は少ない。そもそも、ユニットが人間サイズなので、画的に小さ過ぎるのが問題だ。そのスケールで巨大航空機に立ち向かうと、カメラが近付けば何が起こっているか分からなくなり、遠ざかれば人が芥子粒大になってしまう。それに、こういった人型航空機の最大の利点は「機動力」であるはずだ。つまり、小回りが利くのがメリットなのであって、本作のような海上上空がその機動力を最も生かせない舞台である。障害物を華麗にかわしてこそのユニットであり、山や谷などの複雑な地形やビルの立ち並ぶ大都市などを舞台にするべきではないだろうか。そうでなければ、普通の飛行機で何も差し支えはないのだから。

・萌えアニメとミリタリー描写


 本作のジャンルは萌えアニメであるため、結局は女の子が可愛ければそれでいいわけである。ただし、それではアニメーションとしての評価は絶対に得られないので、ほんの少しでも歴史に名を残したければ、それ以外の部分にも注力しなければならない。本作で言うと、それは戦争アニメとしてのミリタリー描写である。
 例えば、本作において「萌えアニメだから」で許される部分は、「部隊が全員若い女性」と「無駄なお色気シーン」の二点だけである。それ以外の部分は、萌えアニメであろうとなかろうと細部までしっかりと作り込まなければならないのだが、そういう観点で言うと本作には致命的な欠点がある。それは、主人公達の所属している部隊が「最前線」だということだ。戦場の最前線は意外とのんびりしている物だというのは戦争映画等でよく知られた雑学だが、それは普段、命を賭して戦っているからこそ、余暇はできるだけリラックスしようと意図的に振る舞っているのである。ところが、本作にはそのメリハリがなく、平常時も緊急時も同じメンタルなのだ。そのため、傍目には遊んでいるようにしか見えず、徹頭徹尾「萌えアニメ」になってしまっている。つまり、どこまでも緊迫感のない「戦争ごっこ」なのである。
 想像して欲しいのだが、自分達の住んでいる星が謎の生命体に侵略され、故郷を破壊された。既存の戦力は全滅し、ユニットを行使できるウィッチーズが最後の希望。彼女達の砦を突破されると人類は敗北する。そういう状態で人々は一体どのような行動を取るだろうか。考えるまでもなく、ある人は彼女達を全力でサポートしようとするだろうし、ある人は彼女達を権力で管理しようとするだろう。家族や故郷のトラウマなど知ったことではない。使えない人間は容赦なく切り捨てる。そこに「個人」の意志など一切介在しない。なぜなら、この戦いに人類の存亡が懸かっているのだから。それが「最前線」という意味である。お色気シーンは好きなだけ入れればいいが、それを緊急時にまで引きずっているようでは、ただの馬鹿だ。これでは子供騙しのお気楽戦記物に過ぎない。

・ストーリー


 ストライカーユニットの開発者の娘である主人公は、ある日、その魔法の腕を見込まれて軍にスカウトされる。皆を守るため、ストライクウィッチーズに入隊した彼女は、仲間と共に謎の生命体であるネウロイと週に一度の交戦を続ける(ネウロイは一週間ごとに活動するため)。その最中、人型のネウロイと接触したことで、主人公はネウロイが本当に敵なのかどうか疑問を抱く。その事実を知った軍上層部は……と、この概要を見たら分かる通り、ぶっちゃけ『新世紀エヴァンゲリオン』のパクリである。正確に言うと、元イラストからメディアミックスを行う際、エヴァの設定とストーリーを下敷きにしたということで、ある意味、より悪質かもしれない。最終的には、エヴァよろしく軍部のお偉いさんが基地に現われて、君達は捨て駒だから解散という流れになるのだが、それまでの腑抜けた生活を見る限り「ですよね」としか言い様がないのが哀しい。
 ただ、その後の展開が酷い。軍部が極秘開発した新型機「ウォーロック」が、ウィッチーズに代わってネウロイの巣を襲撃する。その作戦は成功したかのように思われたが、敵殲滅が終了した刹那、突然、ウォーロックが暴走して味方を攻撃し始める。その機体は、実はネウロイの技術を応用して作られた物だったのだ。そこで、ウィッチーズ達が再集結してウォーロックを撃破し、世界に平和が戻る。一見、ウィッチーズの活躍が世界を救ったように見えるが、ウォーロック暴走という予想外の事態はあったものの、結果的にネウロイを倒したわけだから、軍部の判断の方が正しかったのである。週に一度の戦争ごっこに明け暮れていたウィッチーズに任せていては、いつまで立っても戦争は終わらなかっただろう。結局、何の感動もカタルシスもなく、自分達で自分達のヒーローの価値を下げただけのダメエンディングの典型例である。

・総論


 紛うことなき変態アニメであるが、その分、内容的にも予算的にも好き勝手できるわけである。だが、戦争アニメとして見ると細部の詰めがとことん甘く、低俗な萌えアニメの域を脱してはいない。パクリ元の足元にも及ばない作品だ。アニメ人として生きる以上、監督はもっと向上心と野心を持って、上を目指して頂きたい。

星:☆☆☆(3個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 23:07 |  ☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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