『紅 kurenai』

バラバラ。

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紅 (小説) - Wikipedia
紅(ライトノベル)とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2008年。片山憲太郎著のライトノベル『紅』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は松尾衡。アニメーション制作はブレインズ・ベース。「揉め事処理屋」を営む高校生の主人公が、大財閥から逃げ出した七歳のヒロインと共に奇妙な共同生活を行うバイオレンス&ヒューマンストーリー。アニメ版のタイトルは、ロゴマークに書かれている通り『紅 kurenai』が正式なはずだが、公式サイトですら『紅 kure-nai』『紅-kurenai-』『紅』と混同して使用している。もう少し統一してくれませんか?

・幼女


複雑に練り込まれた設定・ストーリーを持つ作品ではあるのだが、結局のところはいたいけな幼女と一つ屋根の下でイチャイチャするのが主目的のアニメである。となると、女の子の可愛らしさが評価を分ける大きなポイントになるのだが、本作のヒロインはいわゆるアニメアニメした理想的な天使の美少女ではなく、ややリアル寄りに設定されているため、その道の趣味の方にはあまり喜ばれないかもしれない。現実の子供らしい小汚い部分や下膨れの体型などもきっちりと描かれ、無邪気の名の下に嫌らしく視聴者に媚びることもない。それゆえ、倒錯した偏愛の対象ではなく、愛しい我が子を見るような視線になるのは、物語としては正しいが深夜アニメとしてはどうなのだろうという単純な疑問を覚える。
 もちろん、アニメらしいデフォルメされた要素も用意されている。例えば、彼女は見た目と実年齢に反して、お嬢様育ちゆえに性格や言動が大人びていてひどく礼儀正しい。だが、同時に他人の親切が理解できないぐらい世間知らずである。そういったアンバランスさが本作の売りなのだが、その一方で制作者の意図しないアンバランスな部分も幾つか散見できる。まず、アニメの特性上、必要以上に頭身を低く描く傾向があるため、七歳という年齢よりも若干幼く見える。逆に、声質はどう贔屓目に見ても小学校高学年のそれだ。また、子供にしては感情の揺らぎが少なく、表情が固い。大人びた子供というより、小人化した大人といった雰囲気である。そのため、ギャップ萌えを通り越して不気味にすら感じることも。全て、最初から空想上の美少女ならば気にならない点だが、下手なリアル嗜好が徒となってしまっている。

・主人公


 そんなヒロインと安アパートの一室で一緒に暮らすことになった主人公だが、過去に壮絶な修羅場を潜り過ぎたせいで、この異常なシチュエーションに対しても全く慌てる素振りを見せない。もう、その時点で本作は物語の旨味をほとんど湯の中に捨て去っていることになる。突然、見知らぬ幼女と一緒に暮らすことになった。子育ての経験がないので、彼女とどう接すればいいか分からない。子供特有のわがままに振り回され、自分の時間が削られてイライラ。しかし、彼女の純粋さにほだされて、主人公は忘れていた物を思い出す。そういったコミカルかつハートウォーミングな流れがこの手の擬似家族物の華なのに、こうも主人公が冷静では話にならない。つまり、視聴者が自分を重ね合わせて見ることができないため、主人公に共感できなくなるという致命的な欠陥だ。
 特に、日常的な生活描写が少ないのは決定的である。子供と暮らすということは、アニメファンが想像する以上に過酷である。食事一つ取っても簡単には終わらない。すぐに物を壊し、すぐに体調を崩す。創作作品のように簡単には心を開かない。本作のヒロインはしつけが行き届いているという設定だが、それでも、世代が違い過ぎるゆえの感情のすれ違いが頻発するだろう。ただ、そういった苦労こそが子育ての一番楽しい部分なのである。それをアパートの女性住民に任せてしまっては意味がないどころか、ただのネグレクトだ。ミュージカルをやっている暇があるなら、何気ない普通の一日をもっと丹念に描くべきであろう。

・ライトノベル


 本作はライトノベル原作であるため、読者層に合わせて主人公の設定を高校生にしている。この瞬間、本作は茨の道に足を踏み入れたと言っても過言ではない。主人公が二十歳過ぎの大人なら話は簡単だ。要は「父性」の物語になる。大人と子供の考え方の違いや人生訓、そして、だらしない生活を送っていた主人公が守るべき者のために一念発起して立ち上がるという成長ストーリーが容易に作成できる。しかし、高校生だと父娘にしては歳が近過ぎ、兄妹だと歳が離れ過ぎるという最も中途半端な立場になり、二人の関係性が希薄になる。しかも、CVは女性声優の沢城みゆき。これでは父性が働かず、視聴者の深層心理を揺さぶることが非常に難しくなってしまうだろう。そうすると、ライトノベル原作らしい「話に深みがない」という状態に陥ってしまう。
 では、わざわざ高校生と幼女の関係にして本作で何を描いているかと言うと、主人公の過去の追体験である。主人公と似た立場のヒロインを登場させ、生き方を比較させる。そして、笑顔を忘れた人生を送っている主人公に笑顔を取り戻させるというストーリーのはずなのだが、肝心のヒロインが意外と元気なため、その効果は薄まっている。もう少し悲壮感に溢れたキャラクターにして、日陰者同士が「傷を舐め合う」という状態にしておかないと物語自体が成立しなくなるだろう。
 なお、主人公こそ高校生だが、話の内容やアニメーション演出自体は明らかに大人向けである。むしろ、現役高校生が見るにはちょっと渋過ぎるように思える。それなら、最初から大人を主人公にしておけばいいと感じるのは下世話だろうか。そういった意味でも、本作は全体的なテーマの統一感に欠けた作品である。

・ストーリー


 ヒロインは日本有数の財閥の一人娘。古きしきたりより、その家で生まれた女性は「奥の院」に閉じ込められ、成人後は実の兄弟の妾として一生を過ごす。「人を愛すること」を知りたいと願う七歳のヒロイン。主人公達はそんな彼女を不憫に思い、命懸けで奥の院から救い出そうとする。これが本作のストーリーだが、こういう物語だと主人公が子供であることには意味がある。つまり、理不尽な大人の社会に立ち向かう純真な子供という構図だ。大人は無茶をしないから大人なのである。子供らしいわがままさで無慈悲な世界を変えようと努力する青年の成長物語として見ると、一本の筋が通っている。
 だが、そうすると今度はヒロインが幼女である意味がなくなってしまう。当然、年齢は性交・妊娠・出産という物がリアリスティックに感じられる十三歳以上にすべきだろう。その方が冒険活劇としても、恋愛物語としても何倍も価値を増す。幼女である理由が「可哀想だから守ってあげなければならない」だけだと、どこぞの評論家が好んで使いそうな「レイプファンタジー」になってしまう。小さい子供が自分を守ってくれる人を愛するのは当たり前のことだ。そんな人間を相手にしないと恋愛物語を描けないようでは、男として、人として情けない。
 ちなみに、細かい話だが、ラスト二話は明らかに尺が余っている。不要なシーン・不要な台詞が多く、尺を埋めるために何度も同じことを繰り返す羽目に陥っている。ラスト近辺の長台詞の応酬は、聞いている方が飽きてくるレベルだ。これは明白なストーリー構成上の失敗だろう。派手な立ち回りは最終回直前で終わらせておいて、最終回は数年後の後日談にしておくのがスマートな構成という奴だ。

・音響


 本作では、同監督による後発のテレビアニメ『夜桜四重奏 ~ヨザクラカルテット~』と同じく、プレスコ収録(作画の前に音声を収録する)を行っている。もっとも、素人目にはプレスコを行うメリットはさほど感じられない。しいて言えば、本作のような台詞が中心の演目では、より舞台劇としての臨場感が増すことぐらいだろうか。一方、デメリットは明らかで、演技の下手な演者はより下手に聞こえるということである。特に、本作が初のメインヒロイン役である悠木碧は正直厳しい。ただ、最も難しい子供役を新人声優にやらせるという判断自体が無謀なわけで、難しいことを考えず幼女役に定評のある沢城みゆきを当てていれば、本作の評価はもっと上がったはずだ。
 それよりも、議論の俎上に載せるべきは音楽である。『スケッチブック ~full color's~』でアニメ作曲家デビューを果した村松健の手がけるBGMは、ピアノを中心とした美しいメロディーのインストロメンタルであるが、全般的に曲調が明る過ぎて『紅』というタイトルの持つバイオレンスな雰囲気や、おぞましい慣習の残る旧家の雰囲気とマッチしていない。そのため、本作の欠点である「コンセプトのまとまりのなさ」を感じる最大の原因になっている。

・総論


 各要素を取り出してみると十分にハイクォリティなのだが、全体を通して見ると全てがバラバラで統一感がない。原作の時点でアンバランスではあるのだが、その辺りの問題点はアニメ制作の段階である程度修正できるはずだ。しかし、実際は原作よりもさらに悪化したわけで、監督のプロデュース能力に疑問を覚える。

星:☆☆☆☆☆(5個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:06 |  ☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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