『Angel Beats!』

中学生レベル。

公式サイト
Angel Beats! - Wikipedia
Angel Beats!とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2010年。オリジナルテレビアニメ作品。全十三話+特別編一話。監督は岸誠二。アニメーション制作はP.A.WORKS。死後の世界において、成仏することを嫌がった高校生達が理不尽な神に対して戦いを挑む学園バトルコメディー。美少女ゲーム制作会社「Key」所属の人気シナリオライター・麻枝准が、初めてアニメの原作・脚本・音楽を手がけた作品である。

・設定


 作者が本作でやりたかったことを突き詰めていくと、要は「学園内で学生が戦争をする」という一点に辿り着く。俗に言う「中二妄想」である。その妄想を実現するために本作は特別な舞台を用意しているのだが、それが非常に難解かつ曖昧な物に仕上がっており、そこが一番の批判ポイントになってしまっている。
 舞台は死後の世界。そこには一つの学園があり、魂を持たない「NPC」が延々と同じ学園生活を続けていた。その学園の目的は、恨みを残して死んだ学生の霊を呼び集め、楽しい学園生活を味わわせて成仏させること。だが、それを良しとせず、理不尽な人生を与えた神に対して復讐を企む者達が集い、反抗部隊「死んだ世界戦線」を結成した。彼らは風紀を守ろうとする生徒会長を「天使」と呼び、彼女を銃撃して足止めしている間に、校則違反の問題行動を起こすということを繰り返していた。彼らの言い分によると、模範的な生徒は天使に消されてしまうので、わざと暴れているのだと。しかし、主人公の働きによって、生徒会長は神の下僕ではなく、ただの人間であることが明らかになり……。
 以上が基本設定になるが、ここまでハチャメチャな舞台はプレミア級だ。一つずつ疑問点や矛盾点を挙げていけば、優に百は下らないだろう。何より凄いのが、明らかにシステム自体が破綻していることである。いくら楽しい青春を送れなかった人達だとは言え、チャンスをやるからもう一度学園生活をやり直して成仏しろと言われ、「はい、そうですか」と素直に従う幽霊が何人いるだろうか? しかも、戦線側に大義名分を持たせるために「学園生活は校則が厳しくてつまらない」という設定になっており、学園の外に出ることもできず、恋愛も禁止。そんな退屈な学園生活を誰が満喫できるだろう。神はアホなのか? 我々の世界を作った偉大な神様は、こんなことも分からないぐらい痴呆なのか?
 ここまで設定が壊れていると、もう一から作り直した方が早い。つまり、どうすればストーリーが破綻しないで済むか、だ。神は死者を安らかに成仏させたいのだから、当然、イベント満載で嘘臭いほど楽しい学園生活を用意するだろう。しかし、それは教師主体の押し付けがましい強制イベントだったため、生徒の自主性を求める主人公達が反発するという形になるのが普通だ。もちろん、その設定を成立させようと思えば、絶対に死者の記憶を消さなければならない。でなければ、誰も学校になど行きたがらない。そして、神との戦いを経て彼らが記憶を取り戻した時、自分がここにいる訳に気付いて成仏する、これだ。どうしても、アニメ『灰羽連盟』のパクリっぽくなるが、それでも余程ましだろう。今のままでは、パクリ以下のゴミみたいな代物なのだと認識する必要がある。

・構成


 美少女ゲームの人気シナリオライターがアニメ制作に初参戦、言葉だけを見ると威勢が良いが、要するに「素人」ということである。そんな素人脚本家が手がけたストーリー構成は、如何にも初心者らしい支離滅裂さに溢れている。まず、普通は一回でも出てきたら大仕掛けと言われるような「価値観の逆転」が、全十三話の物語で三回も出てくるのである。価値観の逆転、言い換えると「敵の交代」であるが、最大の敵であった天使が第五話で早くも失脚すると、今度は生徒会長代理が敵になり、それを倒すと天使の分身が敵になり、最後は自称神の作り出した影が敵になる。こうも攻撃対象がころころ入れ替わると、登場人物だけでなく作者までもが物語の目的を見失って、ラスボスを倒した時点で全ての問題が解決したかのような錯覚に襲われる。もちろん、実際には何も終わっていないのだが、そんな視聴者のツッコミもむなしく、爽やかに物語が終幕する。
 そもそも、価値観の逆転などと簡単に書いたが、登場人物にとっては存在意義をも揺るがすような大事件であるはずだ。劇中では何の説明もないが、もう何年間も戦い続けていたらしい天使が、敵でないどころか天使ですらなかった。つまり、戦いの大前提が崩れたわけである。そうなると、根本から自分達の大義を再構築しなければならないのだが、上記の通り、話が無駄に混迷化するため、それをやっている暇がない。すると、何が起きるのか。それは第一話で掲げた作品テーマの破棄である。「理不尽な神に対する復讐」や「何に生まれ変わるのか」といったテーマをなかったことにして、適当な友情物語へとシフトする。そんな物はこれほど複雑な世界を用意しなくとも幾らでも描ける物だ。つまり、本作には中身と呼べる物が何もない。最終話で「トラウマを克服したから成仏した」かのように語っているが、正しくは「目的が分からなくなったから成仏した」である。これはもう劇中の台詞を引用して作者に言ってやらなければならない。アホだ。
 この手のハードウェアな構成のミスに比べれば、各回のソフトウェアな構成のミスは可愛い物だが、それでも全体的に低品質である。何より回想シーンの扱い方が格別に酷い。突然、回想が始まったかと思うと、ダラダラと話の終わりまで続く。Aパートはシリアスな過去話なのに、Bパートはオチャラケた馬鹿話という回も存在する。これらは全て、章立てという概念がなく最初から最後まで連続するゲームシナリオの手法であって、映像作品として見るとまさに素人レベルである。

・脚本


 繰り返しになるが、美少女ゲームと美少女アニメの最大の違いは、動く映像があるかどうかである。映像があるということは、状況描写や感情表現を文字や文章で行う必要がなく、直接的に画で見せることができる。逆に言うと、画で見せられなければ映像にする意味が何もない。ところが、本作はなぜか異常なまでに台詞の数が多いのである。ギャグシーンだけならまだしも、あらゆる場面のあらゆる事象を全て台詞だけで説明しようする。回想シーンで延々と自分語りが続くのは視聴者を馬鹿にしているのだろうか。とりあえず、主人公が大声で精神論を叫んでいれば物語が盛り上がると思ったら大間違いである。ちなみに、この手の作品テーマを全て台詞で語ってしまう現象は、映画制作に初挑戦した新人監督がよくやるミスである。分かり易い例を挙げると、紀里谷和明監督の『CASSHERN』がまさにそれだ。本作はその作品と物語構造がよく似ている。餅は餅屋、アニメの脚本はアニメの脚本家に任せるべきではないだろうか。
 その他、脚本的な問題点を挙げるとキリがないので、最も批判されている最終回だけを取り上げよう。つい三日前まで一緒に戦っていたはずの戦線メンバーは、リーダーが眠っている間に勝手に成仏し、残った主要キャラ五人だけの寂しい卒業式が開かれる。その後、一緒にこの世界に残らないかと提案する主人公に対して、天使は衝撃の事実を打ち明ける。彼女は生前に主人公から心臓移植を受けて楽しい青春を過ごし、その礼を言うためにこの世界に留まっていたのだと。時系列がおかしいだろうとか、脳死じゃないのに心臓移植はできないだろうとか、何で死後も心臓がないままなんだよとか、何でそのことに本人が気付かないんだよとか、楽しい青春を過ごしていたのならこの世界に来られないだろうとか、いつでも礼を言える機会はあっただろうとか幾つも矛盾点はあるのだが、中でも一番の問題点は、この一連の二人の会話が何の物語にもなっていないことだ。礼を言いたい天使と愛情を伝えたい主人公の気持ちが芸術的なまでにズレており、結果、ドリフのコント並みに噛み合わない会話になってしまっている。そこにあるのは、ただ単に主人公が女の子にフラれただけの無様な光景だ。だが、背後で感動的な挿入歌が流れ、登場人物が何となく感情を昂ぶらせていると、たとえ内容がドリフのコントでも「泣けるアニメ」にランクインする、それがアニメ業界の現状である。別に感動するなとは言わないが、自分が見てきたアニメのストーリーぐらいは視聴後に反芻して欲しい物だ。

・テーマ


 話が前後するが、ここで本作の原作・脚本・音楽を務めた麻枝准の作風を解説しよう。彼の代表作である『ONE ~輝く季節へ~』『Kanon』『AIR』『CLANNAD』等(注:前二つは『天体のメソッド』でお馴染みの久弥直樹がメイン)に共通する要素は、ヒロインが皆、不幸な境遇にあるということだ。それは家庭の問題だったり、過去のトラウマだったり、身体の障害だったりする。そんな彼女達を見て「可哀想」と感じる同情心を上手く「可愛い」と感じる恋愛感情にすり替え、「俺が守ってやる」とユーザーに思わせる。結果、ヒロインは主人公によって癒され、感動のエンディングを迎える。その際、重要なキーワードになるのが「死」である。ヒロイン自身が死ぬこともあれば、彼女達の大事な人が死ぬ、または消えることもある。ただし、それがストーリー上、絶対に必要なことかどうかは疑問が残り、ただ安易な感動のためだけに意味もなく殺していると取ることもできる。例えば、『AIR』などは前世の呪いで幼児化したヒロインが理不尽に死ぬだけの物語である。そのため、しばしば「人の命に対する考えが軽い」と批判されることもある。
 さて、話を戻そう。途中でなかったことにされているとは言え、本作の基本的なテーマは「反体制」である。学生達に楽しい学園生活を送らせて安らかな成仏を促す神に対して、生前の理不尽な仕打ちに納得できない「死んだ世界戦線」の面々が反抗するというのが大まかなストーリーだ。では、彼らの攻撃目標である「神」とは一体何か。どう考えても根本的に破綻しているこのシステムを構築した人物は誰か。これはもちろんシナリオライター・麻枝准その人に他ならない。それゆえ、本作は物語の登場人物が創造主に対して反旗を翻したメタフィクショナルな作品と解釈することができる。作者本人にどこまで自覚があるかは分からないが、今までずっと都合良く殺してきたヒロイン達に対する贖罪の気持ちが本作を作らせたのであろう。そういう意味では、非常に哲学的な概念を含んだ作品だと言える。
 ところが、だ。この「神への反乱」という大きな目的は、第一話の段階で早くも手段の目的化により矮小化し、「学校への反乱」という小さな目的にすり替えられてしまっている。システム自体に歯向かわなければならないのに、やっていることは『ぼくらの七日間戦争』ごっこ。戦線メンバーも、ただ校則に逆らって一般生徒に迷惑をかけるだけの不良生徒と大して変わりない。さらに、最終的には彼らも改心し、神の下に跪いて成仏する。反体制などどこ吹く風、結局、このアニメが言いたいことは「学生は遊びとか恋愛とか余計なことを考えずに勉強しろ」なのである。本当に彼が今までの罪と向き合っているかどうかは怪しい。

・総論


 美少女ゲーム業界で一時代を築いた伝説のシナリオライターも、畑が違えばただのライトノベル作家以下のド素人脚本家であった。妄想たくましい中学生に同じことをやらせれば、きっと似たような脚本を書き上げて来るだろう。そんな素人脚本を用いてアニメを作るということに対して、プロの制作スタッフは何も感じないのだろうか? 頼むから、何かを感じて恥じて欲しい。

星:★★★★★★★★(-8個)
関連記事
スポンサーサイト
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:17 |  ★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
twitter
検索フォーム
最新記事

全記事一覧
評価別一覧
年代別一覧
掲示板
カテゴリ
リンク
カウンター
RSSリンクの表示



にほんブログ村
PR1
PR2