『true tears』

普通の恋愛ドラマ。

公式サイト
true tears (アニメ) - Wikipedia
true tearsとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2008年。La'cryma制作の恋愛ゲーム『true tears』を元にしたオリジナルテレビアニメ作品。全十三話。監督は西村純二。アニメーション制作はP.A.WORKS。富山県の美しい景色を背景にして、「真実の涙」をテーマに高校生の男女の爽やかな恋愛と青春を描く。同名ゲームとテーマは共通だが、物語的な繋がりはない。放送後、舞台となった富山県に聖地巡礼をするファンが殺到し、アニメによる町興しのモデルケースとなった。

・恋愛ドラマ


 非常に珍しい作品である。何が珍しいかと言うと、深夜発のオリジナルアニメでありながら極めてオーソドックスな恋愛ドラマを構築している点だ。男性主人公にヒロインが二人、そして、ライバルと友人とサブヒロインが一人ずつ。本当は互いに想い合っているが、気持ちのすれ違いから誤解が誤解を呼び、そこに恋敵も加わって人間関係がもつれる。だが、最後に想いを伝え合って、恋が芽生えるという王道の少女漫画展開である。深夜アニメの恋愛と言うと、無駄にハーレムだったり、性欲と愛情を混同していたり、相手が同性や兄弟だったり、そもそも人間じゃなかったりする中、しっかりと恋の発生から成立までを描いている。ここまでオーソドックスだと、逆にアニメである必要性を感じなくなるが、日本のドラマ界には高校生年代の名役者がいないのだから仕方ない。
 ただ、やはり、恋愛ゲームが原作ということで、深夜アニメらしさも幾つか残っている。まず、ヒロイン達がほぼ無条件で主人公に惚れているという点。これと言う明確なエピソードがなく、過去話との絡みなどで気が付いたら恋に落ちている。また、主人公も基本的に受身で主体性がなく、自ら積極的には動かない。一応、最後の最後でその卑怯さに気付いて自分から行動し出すのだが、その頃にはすでに全ての障害は排除され、後は主人公が意思決定をするだけである。ここまでお膳立てされないとダメなのかと情けなくなるが、それでも、本作の主人公は「絵本作家になる」という夢に向けて日々努力を重ねている人間なので、そこらのハーレムアニメの主人公に比べれば、何百倍もましである。

・アニメーション


 作画は丁寧だが、アニメーションとしての出来栄えはと言うと、かなり厳しいものがある。まず、目立つのが、監督の癖なのか、真上からの俯瞰アングルの多さだ。好意的に解釈すると上空を飛ぶ鳥目線なのだが、それなら逆にアオリのショットで空を映すべきで、この視点は嫌味な圧迫感があり重苦しい。加えて、顔のアップも目立つ。特に奥から手前にズームアップしてカメラを覗き込むカット。萌えアニメとしては普通なのかもしれないが、本作は普通の恋愛ドラマを意識して制作されているため、その部分だけが確実に浮いている。もう少し全体的にカメラを引いて欲しい。そして、何より評価を下げているのがシーンの繋ぎの拙さだ。フィルムで言うところの「編集が粗い」という奴で、急に場面が飛んだり人がワープしたりする。絵本を意識しているのか、随所に絵画風のカットを挿入しているのだが、それも繋ぎの悪さに拍車をかけている。そもそも、この絵画風カットの存在意義が分からない。
 演出にも問題がある。第九話の事故シーンや最終話の告白シーンは、演技の「溜め」ができておらず、ひどく稚拙な出来になっている。主人公が行方不明になった人物の居場所を簡単に探り当てるという神がかった行為を何度も繰り返すのも問題だ。また、第五話にわざわざ時間を巻き戻して、ヒロイン側の視点でシーンを描き直すという最低の演出がある。ここまでしないと視聴者は心情を理解できないとでも思っているのだろうか。これに限らず、本作は全体的に登場人物の感情が単純で分かり易い。もう少し、複雑であってもいい。

・乃絵


 メインヒロインの一人であり、本作のキーパーソンである。性格は良く言うと無邪気で子供っぽい、悪く言うと電波な不思議ちゃん。彼女は、幼い頃に交わした祖母との約束から「涙をあげた」と思い込んでいる。彼女の夢は「高く飛ぶこと」であり、「真心の想像力」によって主人公にその素養を見出す。彼が絵本を描いていることを知ったのはその後であり、なぜ、彼の才能を見抜けたかの論理的な説明はない。それから、彼女の兄のお節介もあって、二人は付き合い始める。二人が恋仲になっている間だけは、彼女の電波的な行動がなくなり、普通の女の子になっているのが面白い。その際、重要なキーアイテムになっているのが、学校で飼っている鶏である。彼女は、空を飛ぼうとした鶏を雷轟丸と呼んで可愛がり、飛ぼうとしない鶏とジベタと呼んで蔑んだ。しかし、ジベタは飛ぼうとしないのではなく、あえて飛ばないことを選んだのだと気付き、彼女は自分の誤りを知る。鶏にそこまでの思考能力はないとツッコミを入れるのは野暮か。
 この鶏の件からも分かる通り、彼女は脚本家にとって非常に便利なキャラクターである。地面に石で告白メッセージを残すなどの無茶苦茶な伏線も、彼女の奇行の一つとして処理できる。それは主人公にとっても同様で、彼女は自分の才能を無条件で認めてくれる最も都合のいい「男の夢」のような存在だ。そんな彼女の好意によって、主人公は目標に向けて再び立ち上がることができた。ただし、トリックスター的役割の登場人物は得てして報われないもの、本作もその例外ではない。物語は彼女にとってつらい方向へと流れて行く。

・比呂美


 もう一人のメインヒロイン。性格は乃絵と対称的に理知的で大人っぽく、その代わり、自分にも他人にも厳しい。ただ、人一倍、泣き虫という側面も持っている。彼女は数年前に両親を亡くし、それ以来、主人公の家に居候している。二人は密かに両想いであるが、ある理由からヒロインは主人公を避け続けていた。それは、彼女が自分の母親と主人公の父親との不倫の子、つまり、二人が実の兄妹ではないかという疑念からだ。しかし、後にそれは主人公の母親がついた嘘だと明らかになる。嘘なら嘘で、なぜそこまで彼女の母親を嫌っているのかの理由を描かないといけないのだが、特にその説明はない。普通は、夫に対する疑念を持っていたが、ある事件がきっかけで疑いが晴れたとしなければならないはずだ。それはともかく、障害がなくなったことで二人は晴れて恋人同士になる。ただし、そこには乃絵という最大の懸念材料が残っていた。
 なお、乃絵との差別化を図るため、彼女は非常に肉感的に描かれている。グラマラスなシルエットや下着姿、そこはかとなく漂う大人の色気。乃絵の「好き」が精神的な子供の恋であるのに対して、比呂美のそれは年齢相応である。それは同時に視聴者の性癖も投影されているため、両派の意見が交わることは絶対にない。両派が和解するのは、キリスト教徒とイスラム教徒が手を組むより難しいだろう。

・真実の涙


 実際のところ、本作においてちゃんと恋愛ドラマが成立しているのは比呂美だけである。むしろ、恋愛はあくまで表側のテーマであり、裏側の、そして、メインのテーマは乃絵の成長物語である。つまり、「涙をあげた」乃絵が真実の涙を取り戻すまでのストーリーだ。
 主人公と比呂美が想いを通じ合わせたことで、結果的に乃絵はフラれてしまう。元々、二人は好き合っていたのだから、当然の結末だ。自分の可能性と戦っていた主人公にとって、乃絵は一時的な気持ちの拠り所=きっかけに過ぎない。酷い言葉で言うと、「踏み台」だ。そして、長い冬が終わり、壊れた石のメッセージを見てそれを実感した時、彼女は真実の涙を流す。この涙を、本作では大人と子供の対比として使っているのが特徴的だ。子供っぽい言動を繰り返し、真心の想像力で人の気持ちは分かる、自分は高く飛べると信じていた彼女は、失恋を経験したことで一つ大人になる。それは、人としていつか味わわなければならない通過儀礼。彼女に大人の恋は早過ぎたのだ。
 本作はWヒロインという性質上、どちらにも一定数の個人ファンが付いた。そのため、乃絵に対して感情移入をしていた視聴者は、最終回を見てつらい想いを味わったそうだ。ただ、上述の通り、物語的に乃絵はフラれないといけないのである。仮に、主人公と乃絵が付き合いを続けていたなら、彼女はいつまで立っても夢見る少女のままだっただろう。そして、真実の涙を取り戻すこともできなかったはずだ。それゆえ、乃絵派の方には大変申し訳ないが、このエンディングがベストである。

・総論


 我ながら評価が甘い。これだけ欠点があって星7個はないだろう。ただ、それは他のアニメやドラマが情けないからであって、相対的な高評価である。あくまで本作は標準点、他の作品には易々と超えてもらわなければ困る。

星:☆☆☆☆☆☆☆(7個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:12 |  ☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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