『キノの旅』

及第点。

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キノの旅 - Wikipedia
キノの旅とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2003年。時雨沢恵一著のライトノベル『キノの旅 -the Beautiful World-』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は中村隆太郎。アニメーション制作はA.C.G.T.。小さな都市国家が点在する架空の世界を舞台にして、一人の少女がバイクで旅をする寓話型ファンタジーロードムービー。個性豊かな異世界像とその皮肉と悲哀に満ちたストーリーから、現代版『星の王子さま』と呼ばれることも。

・旅


 異世界探訪物と言えばいいだろうか。それとも、ファンタジー股旅物と言えばいいだろうか。ジャンル名は名付け難いが、アイデアとしては昔から比較的よくあるタイプの物である。旅人が旅を続ける途中、様々な変わった因習の残る国を訪れる。そこで遭遇した奇妙な体験を通じて人間を見つめ直し、「人はどう生きるべきか」と読者に人生訓を問いかけるといった古今東西のおとぎ話や説話などでは定番のコンセプトの作品であり、それこそ『星の王子さま』という傑作も存在する。ストーリーテラーなら誰でも一度は挑戦してみたいと思っているテーマであろう。それゆえ、作品のハードルは飛び抜けて高くなる。「良い話だね」程度では誰も見向きもしてくれない。
 そもそも、現代劇ではなく異世界劇である。空想の中の世界ということは、作者の思うがままに空間を創造できるということだ。それは現代劇とは比べ物にならないぐらい簡単で楽な作業である。具体的に言うと、自分が訴えたいことと正反対の悪習に満ちた国を登場させ、それが如何に奇怪で間違っているかを示せばいいわけだ。ある意味、反則的な裏技である。そのため、当たり前のことを当たり前にやっていては評価してもらえないどころか、かえって自分の首を絞めることになりかねない。ならば、とことんまで突き詰めるしかない。人間の暗い部分をこれでもかと醜悪に描き、悪意と皮肉に満ちた物語を作り上げる。そして、徹底的に汚い世界を構築しておいて、その中に一輪の花を見つけ出す。一瞬でも妥協してしまったら試合終了だ。それゆえ、作者は主人公と同じくらいの覚悟を持って果てしない旅を続けなければならない。

・序盤


 ストーリーの序盤は、まさに上記のような構造で物語が構成されている。冒頭のテロップで「世界は美しくない」と画面いっぱいに大写しにするのだから本気だ。文字通り人の痛みが分かるようになったら、人間関係が崩壊した『人の痛みが分かる国』。雪山で遭難した人を助けたら、実は……という『人を喰った話』。ただの悲しみの詩が予言の書となって世界に広まり、戦争を生んだ『予言の国』。大人になるということは物理的に感情をなくすことだという『大人の国』。いずれも人の愚かさが結果的に最悪の結末を生むという皮肉を描いている。自称ヒューマニスト達の批判に屈せず、真正面からタブーに立ち向かう様には好感が持てるが、第一話を除いてほとんど物語に救いや癒しがないので、一歩間違えるとただの悪趣味・奇怪趣味になりかねない。そのため、この逃げ場のないブラックな責め苦に耐えられるかが、視聴者にとっての最初の関門になる。
 なお、本作のテーマは「旅をすること」なので、その対論として「地道に働くこと」という裏テーマが各所に散見できる。地道に働くことはつらいことである。余計な雑念があったら、単調な毎日には耐えられない。しかし、もし働かなくていい世界があったとしても、人は仕事というストレスを得るために働き出すだろう。なぜなら、人は退屈に耐えられるほど高尚な精神を持っていないからだ。本作ではそういった奥深いテーマを取り上げており、この点に関しては文句なしに素晴らしいと言えよう。ここに、一日の余暇のために他の三百六十四日を犠牲にする「祭り論」の観点が加われば、もっと良かったのだが。

・中盤


 中盤はやや中だるみする。第五話辺りからは本作特有のショック演出にも徐々に慣れ始め、マンネリ化という作者にとって最大の恐怖が去来する。すると、本作は見た目のインパクトが強いだけで、内容自体は想像の範囲を超えるまでには至っていないという事実に視聴者は気付き出す。基本的にプロットがワンパターンなので、先が読めてしまうのである。飽きると言ってもいい。特に『コロシアム』や『魔法使いの国』や『機械人形の話』は、アニメのクォリティ自体は高いものの、あまり本作でする必要性が感じられないエピソードである。
 ただ、その中でも『本の国』だけは異彩を放っている。ある意味、本作における屈指の問題作と言っても過言ではない。タイトルを見れば大体内容が分かると思うが、厳しい検閲によって健全な図書だけが図書館に収められている国の話だ。自分の好みで本を選別する批評家を批判しつつ、この回自体が本の中の物語だというメタフィクションで締めくくる。それ自体は、まぁ、よくある話だ。しかし、上記の通り、本作は裏技的な手法を用いて作られている作品である。そこへメタフィクショナルな思考を持ち込むと、禁じ手を使っていることを暗に認めることになってしまう。つまり、「劇中に出てくる美しくない国々は、作者にとっての都合のいい創作なんですよ」と宣言するに等しい。なぜ、自分で自分の首を絞めるようなことをするのか、理解に苦しむ。

・終盤


 そうして、マンネリ化が看過できないレベルまで高まった時、主人公の訪れるのが第十二話の『平和な国』である。この回は妥協なきブラック展開がついに限界突破する。言わば「いくら異世界でもこれはない」というレベルだ。バトル漫画における敵のインフレと同じで、インパクト重視で突き進んだ結果、視聴者の予想を超えるためにはこうするしかないという最終到達点である。なるほど、世界は美しくない。しかし、こうも美しくない国ばかりが続くと、旅の目的に自己矛盾が生じてしまわないだろうか。少なくとも、見ている方は気が滅入る。
 そんな心配を余所に、続く最終話で訪れた『優しい国』は、これまでとは正反対に旅人に対して優しい理想の国であった。それは、今まで情が移らないように三日間しか滞在しないと決めていた主人公が滞在延長を申し出るほど。もちろん、これも大方の予想通り、実は……と続くのだが、それでも最後の最後で美しい国を出して全体を総括するという役割は十分に果している。ただ、力不足なのは否めない。やはり、ラストには視聴者の心を揺さぶるような何らかの強い希望を示さなければ、ただ人の愚かさを描いただけで終わってしまうだろう。それはこの醜い惑星を生み出した作者の義務でもある。一番良い方法は、独立したサブストーリーを各話のアバンタイトルなどに走らせ、最終話のエピローグでメインストーリーと結び付ける手だ。これだと原作を改変することなく、明日へと続く希望を加えることができるだろう。

・キノ


 本作の主人公である。実は本名ではない。少年のようだが、本当は少女である。クールで無表情、感情の変化が少なく、自分の身を守るためなら人殺しも辞さない。心の中では強い正義感を持っているが、基本的に他人の行動には干渉しない。このように、全体を通して無属性でコスモポリタンな人間として描かれているのは、物語的に彼女は中立の立場でなければならないからだ。何にも属していない自由因子が動き回るからこそ、各国の偏った風習が浮き彫りになる。もし、主人公が何らかの思想に傾倒していれば、非常に説教臭い作品になっていただろう。そう考えれば、主人公の台詞が棒読みなのも意味があると言えなくもない。
 そんな彼女が旅を始めた理由と旅を続けている理由は劇中で描かれる。旅を始めた理由は実の両親に殺されそうになったから、旅を続けている理由は回によって変わるが、基本的には好奇心と自分探しだ。もちろん、これ自体におかしな点はない。ただ、絶対に描かなければならないという点でもない。それよりも描くべきは「なぜ、普通の生活ができないか」だ。確かに旅は楽しいことだが、同時に寂しいことである。自由と引き換えに、結婚して子供をもうけて温かい家庭を作るという当たり前の幸せを捨てていることになるからだ。人が生きる上で、これ以上の哀しみはないと言ってもいい。本作において決定的に欠けているのがこの視点である。

・総論


 アニメの枠を超えた作品ではあるが、どう考えてもハードルを上げ過ぎだ。この設定で名作を生み出せたら、それこそノーベル文学賞レベルであろう。残念ながら、本作程度では及第点である。

星:☆☆☆☆☆☆(6個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:04 |  ☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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