『コードギアス 反逆のルルーシュ』

ゼロ年代のロボットアニメ。

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コードギアス 反逆のルルーシュ - Wikipedia
コードギアス 反逆のルルーシュとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2006年。オリジナルテレビアニメ作品。全二十五話+総集編二話。監督は谷口悟朗。アニメーション制作はサンライズ。神聖ブリタニア帝国に支配され「エリア11」と名を変えた日本を舞台に、皇帝の息子である主人公が母の復讐と妹の未来のために単身、帝国に立ち向かうピカレスク型ロボットアニメ。眉目秀麗なキャラクター達が男女問わず人気を集め、大ヒットアニメとなった。放送前に設定が反米左派的なのではないかと論争が起きたり、2クール目のOP曲が作品イメージに合わないと話題になったり、最終話の放送形式に批判が集まったりしたのだが……もう、誰も覚えていないだろう。

・新時代ロボットアニメ


 本作の舞台は、現代とは全く違った歴史を歩んだ架空の地球。サクラダイトという鉱物資源の産出国だった日本は、世界制覇の野望を持つ神聖ブリタニア帝国に占領され、日本はエリア11、日本人はイレヴンというコードネームで支配されていた。そんな中、過去の事件で母親を亡くし、同時に視力と歩行能力を失った妹と共にエリア11で暮らしていた帝国第十一皇子のルルーシュは、テロに巻き込まれた際にC.C.という魔女と出会ったことから、他人を思い通りに操る超能力「ギアス」を授かる。新たな力を手入れた主人公は、母と妹の復讐のため、正体不明の仮面の男「ゼロ」として打倒帝国に立ち上がる。
 七十年代のガンダム、八十年代のマクロス、九十年代のエヴァの跡を継ぎ、ゼロ年代の新しいリアル系ロボットアニメの指針を作るに当たって、制作者が出した結論は、そこに「超能力」という要素を加えることだった。結果から見ると、その試みは成功したと言うべきだろう。ロボットはあくまで添え物、メインは超人性を携えたカリスマ主人公を中心とした人間劇、そして、政略&戦略ドラマである。また、学園生活を取り入れ、魅惑的な女性キャラクターを多数登場させるといった萌えアニメのフォーマットをベースにする一方、耽美な絵柄で人気の女性漫画集団・CLAMPをキャラクターデザインに起用するなど、男女の分け隔てなく楽しめるように工夫している。
 これらに共通して見られるのは、やはり「セカイ系」の要素だ。社会や組織の中で個人が翻弄されるのではなく、主人公が単独で行動して世界その物と戦おうと奮闘するという子供じみた非現実性。そのため、話のスケールだけは大きいが、物語的には非常に狭い範囲で完結するという極めてゼロ年代らしい作品に仕上がっている。それが良いことか悪いことかの判断は難しいところだが、エンターテインメントとしては間違いなく優秀であり、結果的に一時代を築くに至ったのは確かだ。

・ヒーローとアンチヒーロー


 本作は、ルルーシュとスザクという正反対の思想を持った幼馴染みの対立を物語の軸に置いている。ただ、本作の独自性はその劇中における役割を逆にしている点だ。主人公のルルーシュの方が一般的には悪役であり、ライバルのスザクの方が如何にも正義のヒーロー然とした立ち位置にいる。つまり、本作はアンチヒーローによる世直し物というピカレスク小説的な側面を持った作品である。
 主人公のルルーシュはいわゆる天才少年。大人顔負けの知力と政治力、そして、カリスマ性を備えている。そんな彼が、己の信念とギアスを武器に、仮面で素顔を隠した謎のヒーロー「ゼロ」として圧倒的な軍事力を誇る帝国に単身立ち向かう様は痛快である。一見、非の打ち所のない完璧超人に見えて意外と抜けたところがあり、かっこ付けようとして失敗したり、女性に対して奥手だったりと決してパーフェクトでない部分も魅力的だ。また、ロボットアニメの主人公でありながら、運動が苦手でロボットの操縦も人並み程度にしかできないという点も目新しい。
 さらに、彼が人を惹き付けるのは優秀だからだけではない。彼は基本的に自分と妹のことにしか興味がない人間だ。それゆえ、日本人の独立を助けようとするのは、あくまで自分の利益のためであって、彼らは理想の駒に過ぎない。それは人として間違っていることであるが、言い換えると自分に正直であるということだ。その誰にも縛られない自由さこそがアンチヒーローの魅力である。そのため、同じ目標を持ちながら、正々堂々と組織の中から変えて行こうとするスザクがかえって胡散臭く見えてくるのが面白い。「インテリは世直しのことが分かっていない」とは別のロボットアニメの主人公の言である。

・ストーリー


 本作は、仮面で素顔を隠した主人公が、独立を願う日本人レジスタンスのリーダーとなって、帝国に反旗を翻すストーリーである。限られた戦力しかないレジスタンスが、様々な策略を用いて強固な大国を翻弄するという物語は、人々の心に強く訴えかける物がある。その切り札がギアスであり、個人の力で圧倒的に不利な戦局を覆すという逆転劇を生み出して、物語的な面白さを増幅している。一方、主人公は普段は普通の学生であり、ゼロの正体が周囲にバレないように必死に取り繕う様はコミカルで笑いを誘う。このように、本作はロボットアニメという枠に捕らわれず、様々な娯楽作品の良さを貪欲に吸収した極めて質の高い作品になっている。
 その面白さを生む最大の要因は、占領下の日本を舞台にしていることだ。視聴者が日本人である以上、劇中における日本の屈辱的な処遇に対して激しい憤りを感じ、日本を支配から解放させようと努力する主人公(たとえ、個人的な利害の一致であっても)にエールを送るのは至極当然の感情である。これには個人の思想は一切関係ない。住んでいる街を守ろうとするのは人間の本能がさせることだ。それゆえ、この設定を作り上げた時点で、もう本作は「勝ち組」である。もし、これが架空の国の物語だったら、主人公のアンチヒーロー的な振る舞いの数々に賛否両論が起こっていただろう。本作は、そういった事前の企画が見事に当たった数少ないアニメ作品である。

・右肩下がり


 そんな抜群の面白さを誇った本作も、第十一話『ナリタ 攻防戦』をピークにして、急速に劣化する。前半の山場を乗り越えた後、一度クールダウンするのだが、そこからいつまで立ってもエンジンがかからないのである。第十七話までは、あってもなくても本筋には影響のないボトルショー。第十八話以降は、行き当たりばったりとしか言いようのない超展開が続く。目を覚ますとそこは世界遺産。突然の第三勢力の軍事介入。急に目覚めた力で大虐殺。そして、最終回は反攻作戦の途中でぶつ切りエンド。
 結局、小さい蟻が大きな象を倒すという下克上のドラマが面白いのであって、作戦が成功して味方の陣容が整うに従って、徐々に面白さが減っていくのである。これはRPGなどでよく見られる「成長のジレンマ」と同様の現象だ。強くなるために経験値を貯めてレベルを上げるのに、いざ強くなってしまうと戦闘に歯応えがなくなってつまらなくなる。ゲームだとより強いボスを出すことでユーザーに飽きさせない工夫をしているが、本作の場合は政治劇と超能力バトルがメインなので、そういった少年漫画のセオリーが通じず、脚本家にシナリオの構成力だけでグイグイと視聴者を引っ張っていく力量もない。それゆえ、以後、最後の最後までこのようなダラダラ展開が続くことになる。

・総論


 1クール目の時点では、文句の付けようのない面白さを誇る傑作アニメである。しかし、2クール目に入ると目に見えて右肩下がりになる。この状態からどうやって挽回するのか、それとも、このままズルズルと堕ちて行くのか、そんな視聴者の不安を抱えたまま、物語は完結編の二期『コードギアス 反逆のルルーシュR2』へと突入する。

星:☆☆☆☆☆☆☆(7個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:25 |  ☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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