『げんしけん』

今こそ再評価。

公式サイト
げんしけん - Wikipedia
げんしけんとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2004年。木尾士目著の漫画『げんしけん』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は池端隆史。アニメーション制作はパルムスタジオ。大学のオタクサークルに集う学生達ののんびりとした日常を描いた自虐的青春コメディー。タイトルの「げんしけん」とは、サークル名の「現代視覚文化研究会」の略である。劇中劇である『くじびきアンバランス』は、後に単独アニメ化されるほどの人気を博した。なぜか(略)シリーズ第五弾。

・オタク


 本作は、大学のオタクサークルでたむろするアニメ・漫画・ゲーム・コスプレオタク達の生態をリアルに描いた作品である。今でこそ当たり前になったが、原作の連載が開始された2002年頃には非常に珍しいジャンルだ。もちろん、それまでオタクを話の題材にしたり、劇中エピソードなどで描かれたりしたことは何度もあるが、オタクサークルのネガティブな日常を誇張せずにそのまま描くという作品は、あまり他に類を見ない。当時の流行の発信源であるエロゲー界隈では、『アキバ系彼女』等のオタクサークルを舞台にした作品は多数存在したようだが、本作とどちらが先だろうか。ただ、アキバ系という言葉が世間に浸透したのは間違いなくこの頃であり、本作が登場した時期を境にオタクという物が日陰から少しずつ表に顔を出し始めたのは歴史的な事実である。
 もっとも、この設定は卑怯だ。なぜなら、アニメの視聴ターゲットがアニメオタクである以上、主人公をそれにすれば視聴者からの共感を得られ易いのは当然のことだからだ。映画オタクの青春を描いた『ニュー・シネマ・パラダイス』が映画ファンから高い評価を受けているのと同じ構造である。つまり、この設定を取り入れた時点で、他作品より何倍ものアドバンテージが存在するわけであり、そのため、本作が評価を得られるかどうかは「本作を見た非オタクの一般人が、内容の好き嫌いは別にして、登場人物の言動に共感したり、青春を感じたりすることができるか」の一点である。

・春日部咲


 本作の主人公の名前である。一応、設定上は別の男性が主人公ということになっているが、活躍するのは第一話ぐらいなので無視してしまって良い。一方、彼女は最初から最後まで話の中心になるだけではなく、本作のテーマを身を持って体現している人物であるため、他の誰よりも主人公らしい。
 彼女はオタクが嫌いな一般人である。社交的でファッショナブル、当然、恋愛にも積極的で元カレもいる。また、自分の意志が強く、姉御肌で他人に流されない。だが、大学入学後に付き合い始めた彼氏がオタクだったので、仕方なくサークルに顔を出している。彼女は、リアルな一般人同様にオタク趣味が理解できず、オタクという人種を気持ち悪がっている。そのため、事あるごとに他の会員を罵倒したり、世間から見たオタクに対する正しい認識を伝えたりする。要するに、オタクが生理的に嫌悪するリア充のスイーツ(笑)(=軽薄な若い女性の意)が主要メンバーの中にいるということだ。何と斬新な設定であろうか!
 ……いや、待て。グループ内に対立思想を持つキャラクターを入れて、その意見の対比によってテーマに深みを与えるというのはオーソドックスな創作の手法である。にも係わらず、それが著しく斬新に見えるのは、昨今のオタクを題材にした作品では、オタクを批判するキャラクターが全く出て来ないからである。出てきたとしても、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の主人公の父親のように、最初から論破されることが前提で、主人公側を正義に仕立て上げるためのスケープゴートとしてのみだ。後述するが、昨今のアニメは何の障害も存在しない楽園で過ごすことが目的なので、あらゆる対立構造は不要なのである。一方、本作は春日部咲という一般人の視点を挟むことで、自虐的・自己批判的にオタクという物を描いている。この時点で本作が如何に独創的で如何に健康的かが分かるだろう。ただし、これはわざと捻くれた設定にしているのではなく、ゼロ年代前半ではこういった見方が普通だったということに留意して頂きたい。

・物語


 本作は、オタクサークル内で気の合う仲間同士、何の目的もなくゆるゆるとした居心地の良い日常を過ごすのが趣旨である。劇中でも、真面目に活動している漫画研究会やアニメ研究会と比較して、「自分達では何も生み出さない温い連中の集まり」ということになっている。近年流行の「○○部」のはしりと言ってもいいだろう。特に、第三話では厳格な他サークルと比べて適当な現視研の優位性をしっかりと描いている。同じドラマ構造でありながら、完全に破綻した『けいおん!』第九話と見比べてみると面白いかもしれない。
 しかし、本作が後発の作品と決定的に異なるのは、上記の春日部咲がいることである。何でもない普通の日常描写に、オタク文化を理解できない一般人の視点を入れることによって、それがちゃんと「物語」になるのである。第八話などは、会員がプラモデルを作るだけの話だが、そこにプラモデルの良さが分からない彼女を加えることで物作りの面白さを伝える物語になっている。逆に第五話では、サークルがなくなるかもしれないのに弱腰なオタク達に代わって、社交的な彼女が一肌脱ぐ物語だ。価値観の異なる二つのベクトルが重なり合うことで、そこに化学反応が起こり、ドラマを生む。基本に忠実なよくできた作品である。
 だからと言って、単純に「非オタクがオタクになる」ストーリーだったら、それはひどくつまらない物になるだろう。本作の演出テーマである自虐・自己批判と矛盾することになる。そのため、本作では最後まで彼女はオタク嫌いなままである。ただし、徐々にオタクという生き物を理解し、上手く会員達と付き合うようになる。本作ではそれを「オタクとの適切な距離感」と称している。オタク趣味を肯定も否定せず、一人の人間として彼らと接する。日本語には「情が移る」という綺麗な言葉があるが、まさにそういう状態だ。それはオタク・非オタク関係なく、全人類が共通に持っている喜びの感情であり、本作視聴後に味わう抜群の後味の良さをもたらしている。

・その後


 本作は、オタクサークルにおける心地良いリアルな日常をそのまま描くという点においてエポックメイキングとなった作品である。しかし、何かを勘違いした制作者によって、本作の一部のみを取り出して「リアル」「自己批判」という最大の特徴を蔑ろにした劣化コピーが後に跳梁跋扈することになる。そして、2006年という歴史的なターイングポイントを経て、「オタク」が日陰者の象徴から、仲間との一体感を得るための一種のステータスになると、無趣味な人間が自らに箔を付けるためにオタク文化に手を染めるようになり、本作に登場するような骨のあるオタクが少数派になる。その結果、人はオタクであることを恥じなくなり、言動はオタクその物なのに見た目は一般人という「主人公=視聴者の美化」が始まる。さらに、『らき☆すた』の泉こなたを筆頭に、「メインヒロインがオタク」という昔からは到底考えられない状況が出てくると、最終的には『生徒会の一存』のように「登場人物全員が美化されたオタク」というおぞましい状況になる。そのシチュエーション下で何をやっているかと言うと、本作以上に「自分達では何も生み出さない温い連中の集まり」だ。非現実的な理想郷で穏やかな日常を過ごすこと自体が目的なので、当然、彼らを否定する者は現われず、物語もない。それはアニメ文化を否定する行為である。つまり、自称アニメオタクが登場するアニメでありながら、アニメであることを軽視するのである。安全な場所に引き篭もるのは勝手だが、自己批判が存在しない文化は衰退しかないということを覚えておかなければならない。

・欠点


 とまぁ、ここまで本作を賞賛してきたが、純粋なアニメーションとして評価すると、いろいろな面で厳しい。特に、脚本と演出の拙さが結果的に間の悪さを生み、俗に言う「テンポが悪い」状態を作り出している。せっかく面白くなりそうなシチュエーションなのに、演出が悪いせいで台無しになっている場面が多々あるのはもったいない。さらに、脚本的な不備を挙げるなら、春日部咲が彼氏を好きになった理由がよく分からないという致命的な欠点がある。劇中では、容姿の一目惚れと幼馴染みだったからということになっているが、彼氏を追いかけてオタクサークルに入り浸るほど惚れている理由としては弱い。これは本作のメインテーマに係わる重要事項なので、できれば、幼馴染み設定を生かした過去の思い出話をもっと挿入して欲しかったところだ。
 また、主人公の妹の処遇にも問題がある。地味なオタクの兄と違って、派手なコギャルの妹。ただ、ギャル系女子はアニメのデフォルメ演出と対極に位置するため、非常に描き難いのである。そのため、彼女一人だけが画面の中で完全に浮いてしまっている。それが直接の原因ではないと思うが、続編の『げんしけん2』では存在自体が抹消されており、全く出てこない。この「ギャルが描けない」という問題は、アニメ演出の限界を示す物であるため、業界全体で考えていかなければならない大きな課題だろう。

・総論


 非常に文化的価値のある作品だが、アニメとして見るとどうかと言われると、様々な不具合が目立つため評価は厳しくなる。ただ、本作の特徴である「リアル」「自虐」「自己批判」といった要素は、昨今の萌えアニメではほとんど見られなくなった物だ。それゆえ、今こそ本作を再評価すべき時だろう。後、大野さんが可愛い。

星:☆☆☆☆☆(5個)
関連記事
スポンサーサイト
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:09 |  ☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
twitter
検索フォーム
最新記事

全記事一覧
評価別一覧
年代別一覧
掲示板
カテゴリ
リンク
カウンター
RSSリンクの表示



にほんブログ村
PR1
PR2