『げんしけん2』

モラトリアムからの卒業。

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げんしけんとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2007年。テレビアニメ『げんしけん』の続編作品。全十二話。監督はよしもときんじ。アニメーション制作はアームス。前作のエンディング後、主人公達が大学三年生になった初夏から物語がスタートする。原作で言うと第五巻~第七巻に相当し、物語的には一区切りが付いているが、作品としてははまだまだ続くため、本作中にも回収できていない伏線が幾つか見られる。恋愛要素の濃い原作に対し、アニメ版は人間ドラマに重点を置いている。

・注意


 まず、注意して頂きたいのは、テレビアニメ『げんしけん』第一期の直接の続編は、本作ではなくOVA『げんしけん』全三話だということだ。つまり、本作は一期から通算すると第十六話に相当し、ストーリーに数ヶ月の空白期が生まれている。第二期の主要キャラクターである荻上千佳の初登場はそのOVA内で描かれるため、原作未読者は先にそちらを見なければ、誰が誰だかよく分からないという状態になってしまうだろう。しかも、問題なのは、そのOVAは単独で販売されているのではなく、テレビアニメ『くじびきアンバランス』のDVD-BOXの特典だということだ。原作の有名な台詞である「オタクが嫌いな荻上です」や「ホモが嫌いな女子なんていません!」を聞こうと思ったら、スピンオフ作品とは言え、全く関係ないアニメのDVDを買わなければならない。これはちょっと不誠実ではないだろうか。本筋と関係ない幕間劇ならまだしも、重要エピソードでそういうことをする神経はちょっと理解できない。数ある特典商法・抱き合わせ商法の中でもかなり悪質な部類に含まれる。(※なお、OVAは本作の一年後に単独で発売された)

・一期との違い


 一期と二期との間には放送時期に三年もの開きがある。一見、大した期間ではないように思われるが、深夜アニメ的には途中に激動と呼んでいいほどの進化を遂げた時期を挟んでいるため、雰囲気が大きく様変わりしている。ある意味、本作の歴史がそのままアニメの歴史と言ってもいいぐらいだ。
 まず、作画。原作の絵柄の変遷に従って、キャラクターデザインはより漫画チックになっている。デフォルメ画が登場する回数も多い。つまり、現代的な萌えアニメ風になっているということだが、劇中アニメとの対比という意味でも、リアル寄りの画だった一期の方がテーマ的には合っているだろう。そのキャラクター描写もレギュラーに女性が増えたせいか、やや記号的になっている。春日部咲などは以前の刺々しさがほとんど見られず、ただのご意見番キャラになっている。要は、言動が単純になっているということで、あれだけ現実感のある人間描写に徹していた一期を思うと不満が残る。
 また、全体を通して直接的なパロディーが増えているのはどうだろうか。ガンダム風のOPムービーに始まって、登場人物が過去のアニメ・ゲームの名台詞を度々口にする。一期では、あくまでオタク知識の披露という形で設定にリアリティーを与えるのが目的だったが、本作では明らかにギャグ目的になっている。そして、それらをも凌ぐ最大の相違点は、性的な要素が増えていることだ。女性の裸や性行為描写が当たり前のように画面に登場する。前作では、そういう話題でもできる限り直接描かないように努力していたのだが……。いわゆるエロ・パロは、近年の萌えアニメにおける二大悪と呼んでいいような代物であり、それらがそのまま本作にも取り入れられているという事実は、分かっていても哀しい。

・荻上千佳


 筆みたいなヘアスタイルが特徴の新キャラクター。春日部咲と同じく、信条は「オタク嫌い」。ただし、嫌いなのはオタクという人種であって、サブカルチャーその物は好きで、自身もかなり濃い目の腐女子である。服装やリアクションはオタクその物、クールを気取っているわりに妄想癖があり、テンパると東北弁が出る小動物系いじられキャラ。オタク嫌いなのは中学時代のトラウマがあるせいだが、アニメ版ではそれを匂わせる程度しか語られない。その代わり、劇中の会員の台詞で「ただの近親憎悪。誰でもいつかは通る道」と簡略化して説明されている。もっとも、「オタク嫌いなオタク」は意外と結構な割合で存在するものだ。特に、彼女のような一芸を持った人物は他と同類にされるのを嫌うことが多い。それを近親憎悪の一言で片付けてしまうのは忍びない。
 では、トラウマうんぬんを別にして、彼女と他の会員との相違点を考えると、要するに自己表現の方向性が違うのである。普通のオタクは他人が作った物を受容することが自己表現だが(コスプレも他人が作った記号と一体化する行為)、彼女達は自ら物を生み出して他人に認められることで自分を表現する。荻上千佳で言うと、それは「漫画を描くこと」だ。それら二つを同じ一つの「オタク」という単語でまとめているから話がややこしくなる。創造系のオタクを「マニア」と定義付けられればいいのだが、そんな単純な話ではないか。どちらにしろ、彼女の存在は本作の名物である「オタクに対する別の視点」の一つである。そんな「他人に認められたい」と願う彼女の気持ちは、二期のストーリーに新たな風を吹き込むことになる。

・卒業


 本作の前半は、サークル内で同人誌を作る物語である。その時点で、一期の目玉だった「気の合う仲間と安全な場所で心地良い時間を過ごす」というコンセプトからは逸脱することになる。初めての同人誌作り、当然、その過程で会員同士が本気でぶつかり合い、サークル内にギスギスした空気が流れることになる。これまで外部の人間と争うことはあっても、内輪で揉めることはなかった。春日部咲という異物があったとは言え、居心地の良い楽園の雰囲気は保たれていたのだ。しかし、自分達で何か新しい物を生み出したいと願うなら、そういった意見の衝突は必要不可欠な物である。それを乗り越えた時、初めて人は成長することができる。
 第七話では、四年生になった主人公の先輩達がついに大学を卒業する。この時に味わう切なさ・寂しさは堪え切れない物がある。それはただ単に気の合う仲間がいなくなるからというだけではなく、自分の属しているコミュニティが徐々に壊れていく様を目の当たりにするからである。どんな楽園も永遠には続かない。それは十分に理解しているはずだったが、改めてその現実を目の前に叩き付けられると言葉にならない絶望感を覚えるだろう。世にはびこる「○○部」といったゆるい日常アニメも、いつかはこうなる運命なのだ。それを率先して描いた本作はやはりパイオニアである。

・就職


 第八話以降、大学四年生となった主人公が就職活動を開始する。希望は出版関係。しかし、生来の気の弱さも手伝って上手く行かず、連戦連敗、とうとう秋まで引きずってしまう。自暴自棄になりかけたところ、他の会員の叱咤激励で何とか立ち直り、出版社の下請け派遣会社の就職面接を受ける。そこで、主人公は同人誌制作の経験をアピールし、何とか内定を勝ち取る。
 上記のように、サークル内での同人誌制作は、何の悩みもない理想郷を描いた一期とはテーマを異にする物である。そのため、それが理由で就職を果したということは、一期の物語を全否定するということである。事実、就職を諦めかけた主人公に、春日部咲は「それって単なる逃げじゃん。自嘲と自虐で自己弁護。オタクの常套手段だよね」と発破をかける。これは、オタクという物を自虐的に描いていた一期をさらに否定する言葉である。人が一人で生きて行こうと思ったら、必ず現実と向き合わなければならない。そのためには、いつまでも好きな物だけにのめり込むオタクであってはダメなのだ。本作は、そういったモラトリアムからの卒業と心の成長を描いている。成長物語はドラマ制作の基本だが、本作でそれをやるとどうしてもオタク否定にならざるを得ないため、これは大きな冒険であろう。そして、「残念ながら」その冒険は大成功に終わる。
 ただ、一つだけ、たった一つだけ一期を肯定した部分がある。それは、主人公の面接を担当した人物が漫画『くじびきアンバランス』の編集者だったことだ。『くじびきアンバランス』と言えば、いつまでも続くと思っていた一期の幸せな日常を象徴する物だ。その作品と就職面接という究極のリアリズムがリンクすることで、一期の日常も無駄な物ではなかったと明らかになる。厳しい現実の中にあるほんの小さな理想を描く、それが本作にこの上もない爽やかなエンディングをもたらしている。

・総論


 モラトリアムからの卒業を描いた作品は幾らでもあるが、それを日常系アニメの元祖とも言える本作でやることに多大な意義がある。ただ視聴者に夢を売るだけがアニメではない。理想と現実を両方描いて初めて物語になるのだ。本作はオタクという題材を上手く使うことで、そういった難しいテーマに意欲的に挑戦した名作である。後、荻上さんが可愛い。

星:☆☆☆☆☆☆☆☆(8個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:04 |  ☆☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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