『ココロ図書館』

音楽劇。

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ココロ図書館 - Wikipedia

・はじめに


 2001年。髙木信孝著の漫画『ココロ図書館』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は舛成孝二。アニメーション制作はスタジオディーン。街外れの図書館で司書を営む三姉妹の穏やかな日々を描いたハートフルストーリー。人気声優・斎藤千和の実質的なテレビアニメデビュー作品に当たる。なお、次女のあるとを演じているのは、『機動戦士Vガンダム』のシャクティ役で御馴染みの市原(黒田)由美である。

・ヘンテコ


 不思議な作品である。まず、大半の人は初見のキャラクターデザインで今後の視聴を躊躇するだろう。主人公は純粋無垢な十歳の女の子、いわゆるロリ。絵柄は必要以上に目を大きく描く少女漫画風デザイン。そして、図書館が舞台のはずなのに、なぜか司書の制服はメイド服である。数ある萌えアニメの中でもかなり痛い部類の外見だ。一体、誰の趣味なのだろうか? 親父か!? 親父なのか?
 もっと不思議なのは、世界観がよく分からないということだ。住民が普通に日本語を話し、名前も日本風なのでどうやら舞台は日本のようだが、建物や生活様式は明らかに近代ヨーロッパ風で、隣国とは地続きらしい。蒸気機関車が走っているかと思えば、アンドロイドが普通に出てくるなど時代背景が不明。主人公達の乗っている車は、なぜかメイド服に似合わない軍用水陸両用車。そう言えば、彼女達はまだティーンエイジャーのはずだが、学校はどうしたのだろう。後、どうやって司書の資格を取ったのだろうか。と、このようにあらゆる設定が適当で全体の統一感に欠けるのだが、そのヘンテコさこそが、逆にここではない遠いどこかのファンタジーワールドを演出することに成功している。そのため、見た目だけで判断すると激しく後悔することになる。

・雰囲気アニメ?


 街まで往復二時間という山の奥に、利用者が週に二・三人しかいない小さな図書館があった。そこには可愛い三姉妹の司書がいて、両親の遺してくれた図書館を守りながら穏やかで楽しい日々を過ごしていた。長女の「いいな」はおっとり系、次女の「あると」はしっかり系、そして、主人公である三女の「こころ」は司書になったばかりの十歳の女の子。本作は、そんな三姉妹の心温まる日常を描いた一話完結型のハートフルストーリーである。最近では、「雰囲気アニメ」や「日常系アニメ」などと呼ばれるジャンルに該当するだろう。基本的に登場人物全員が善人で、街は優しさに包まれている。人々の想いが集まれば、必ず奇跡が起きる。そうやって悩みも苦しみもないこの世の理想郷を描く一方で、それを裏で支えている人々の存在を示唆し、努力次第で理想郷は実現できると伝える。これらの雰囲気アニメのテンプレートをしっかりと守ることによって、現代にも語り継がれるような名作の一つになっている。
 ただ、この頃には、まだ作品ジャンルの明確な区分がなかったため、現代的な感覚で見ると少々ズレたところが幾つか発見できる。少女漫画風のゴテゴテしたキャラクターデザインもそうだが、一番の違和感はのんびりとした日常描写とそれ以外のギャグ・シリアス・萌え・お色気、そして、戦争描写までが同一演出上で描かれていることだ。そのため、見ている人は笑っていいのか萌えていいのか泣いていいのか、そもそも制作スタッフがどこまで本気なのかよく分からないという困った事態が発生してしまう。雰囲気アニメにあざとい萌えもお色気もいらないし、ギャグシーンはもう少しギャグらしく描いてくれて結構なのだが。ちなみに、脚本家は『極上生徒会』や『機動戦士ガンダム00』等で知られる黒田洋介である。

・音楽


 本作の最大の特徴にして最大の長所は音楽である。雰囲気アニメの系譜なのだから、音楽の質が高いのは当たり前だとしても、本作はその使い方が抜群に上手い。一見、画面の裏で延々とBGMが流れ続ける素人臭い演出だ。ところが、よく聞くと何と場面場面で曲調が細かく変化するのである。落ち着いた場面では楽器数が減り、盛り上がる場面では一気に音楽も華やかになる。第九話のクライマックスシーンなどは、音楽だけでキャラクターの心情を巧みに描写している。これは極めて映画的な演出だ。もっと言うと、かつてのサウンド版サイレント映画を髣髴させるような音響効果である。一体全体、どういう仕掛けになっているのだろうか。一つ言えるのは、元となるサウンドトラックの一曲一曲が長く、曲中に様々なパターンを用意しているということだ。そのメロディーに合わせてコンテを切っているのか、それともコンテに合わせて曲を加工しているのかは分からないが、両者の噛み合わせが完璧に近いので、映像のリズム感・グルーヴ感が実に心地良い。長いアニメ史の中でもトップクラスに優秀な音楽である。

・奇跡


 第九話まで、いろいろな人々の想いが詰まった図書館の素晴らしさを描いた後、第十話から劇的に物語が動く。ある日、新しく赴任した美人市長が図書館に現われ、突然、市からの助成金の打ち切りを告げる。「やっぱり助成金が出ていたんだ」という驚きと、「そりゃ税金の無駄だわな」という納得が視聴者の胸に去来して微妙な空気になるところ、両親の想いを受け継ぎたい三姉妹は図書館の存続を訴える。ココロ図書館は奇跡が起きる場所。その言い伝え通り、三姉妹が市役所へ直談判に向かうと、街の人々が広場に集まって図書館閉鎖に抗議するという奇跡が起きる。その市民の声を聞いて、市長は補助金打ち切りを取りやめる。
 これ以上ないというぐらい王道の物語である。第十話のサブタイトルを見た時点でこうなることは予想できるだろう。ただ、この手のハートフル物語にしようと思ったら、普段は寂れている図書館がどれぐらい街の人々に必要とされているかを事前にしっかりと描かれなければならないのだが、週二・三人の利用者数ではあまり説得力がない。まるで閉店セールの時だけ大入り満員になる商店のようだ。本来なら、利用者は少ないけれどここに来た人は皆、図書館で幸せな気持ちになれる。そんな彼らが図書館の危機に対して誰からともなく自発的に駆け付けるという話にしなければならないはずだ。だが、本作は絶対的な話数が少ないため、図書館に係わる人が少な過ぎて最後の盛り上がりに欠ける。できることなら、2クールの物語にしたかったところだ。
 ただ、そのハンデを本作はあるトリックを用いて覆している。たった一話で数話分の力を持つトリック。それが次に紹介する第十一話である。

・過去


 話が前後するが、市長に図書館閉鎖を告げられた後の第十一話において、亡くなった父親の日記という形で図書館の過去が描かれる。おそらく、二十年ほど前の話。その当時、街は隣国との激しい戦争の真っ只中にあった。軍人だった三姉妹の父親が赴任した時には、すでに大規模な空襲を受けた後で街は壊滅状態。しかも、そこは国境地帯であるらしく、付近には敵軍が迫りつつあった。水陸両用車の伏線があるとは言え、これまでの穏やかなアニメの雰囲気からは、ほんの少し前に戦争があったなど全く想像だにできないので、この展開は衝撃的である。もちろん、これらのギャップは意図された物だ。天国の対極にある地獄を描くことで、理想郷は天から与えられた物ではなく人が作り上げた物であるとしっかり示している。
 その後、父親の機転で隣国との戦闘が回避されると、和平条約が結ばれて戦争が終結する。そして、戦後に起こったとある小さな奇跡により、父親は街の郊外に図書館を建設することになる。それゆえ、「ココロ図書館には奇跡が起こる」と呼ばれるようになるのだが、このエピソードの上手いところは、第十話までのストーリーに登場したゲストキャラクターが全員、この二十年前の出来事に係わっている点だ。その中には市長の父親も含まれる。つまり、今までの話は全て壮大な伏線だったということであり、言い換えると、ある意味こちらが本編で、現実の世界に対する夢の世界が『ココロ図書館』ということだ。このエピソードがあることにより、市役所前に市民が集まるというラストの奇跡が何倍も強調される。要するに、集まっている人々の想いの上に二十年前の人々の想いも加えられて、二重写しになっているのである。これは、あらゆる設定的なハンデキャップを逆手に取った素晴らしい脚本だ。なぜ、本作が今でも名作と言われているのかの理由が、全てこの第十一話に詰まっている。ただ、細かい不満点を挙げるなら、母親のCVは長女役の沢城みゆきではなく、主人公役の斎藤千和本人がするべきだっただろう。

・総論


 見た目は上級者向けの萌えアニメなので二の足を踏みがちだが、中身は現代における雰囲気アニメに必要な要素を全て兼ね備えた名作である。特に音楽に関しては、音声加工技術が発達したはずの現代ですら再現不可能なレベルだ。2001年という早い段階で本作のような作品が生まれたことは、日本のアニメ業界のポテンシャルの高さを示しているだろう。後は、これがロストテクノロジーにならないことを祈るばかりだ。

星:☆☆☆☆☆☆☆☆(8個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 23:35 |  ☆☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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