『ゆるゆり』

無。

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ゆるゆりとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2011年。なもり著の漫画『ゆるゆり』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は太田雅彦。アニメーション制作は動画工房。タイトルは「ゆるい百合」から。その名前通り、女子中学生がのんびりとした日々を過ごす百合系日常アニメである。

・企画


 本作を一言で説明すると、明確に視聴者ターゲットを設定した純然たる「企画アニメ」である。現代のオタクと呼ばれる人々が好む物をよく研究し、それらの要素を作品の中に詰め込めるだけ詰め込んでいる。当然、それらが一つの物語になっているわけがなく、ただ単にキーワードを並べているだけだ。具体的に言うと、ゆるい日常、百合、○○部、生徒会、漫画、ゲーム、魔法少女、コスプレ、コミケ、幼女等々。オタクが好きな物、言い換えるとそれは「オタクに売れる物」である。そのため、本作は商業主義の権化のような作品になっている。ドラマで例えるなら、バブル期のトレンディドラマ。音楽で例えるなら、全盛期のavexサウンド。映画で例えるなら、世界の亀山モデル。よって、本作を好きな人は、マスコミの仕掛けた流行にほいほいと乗ってしまう若い女性や韓流オバサンと同類だということである。もう、その時点でオタクでも何でもないという自己矛盾が面白い。
 なお、これは本項が勝手に言っているわけではなく、アニメ放送前のプレスリリースで、本作のターゲットは「マンガ・ゲーム・アニメ・アキバ系情報(2ちゃんねるなど)に興味がある「アキバ(オタク)の流行を追う」事を趣味とした顧客層」であるとはっきりと明示されている。普通の人間の感覚では、これを「馬鹿にされている」と受け取ると思うのだが。

・ゆるい


 便利な言葉である。「ゆるい日常」とさえ言っていれば、あらゆる作品上の不具合が全て許されるのだから。ストーリーもない、物語もない、訴えたいテーマもない、独創性もない、キャラクターの個性もない、人間的な深みもない。日常系アニメの元祖である『あずまんが大王』には、たとえ中身がなくても「ネタの面白さ」という唯一無二の要素があったが、本作にはそれすらない。毒がなく、演出も弱く、ツッコミのキレも甘く、同じオチを飽きるほど繰り返すため、ギャグアニメを自称するのは失礼なレベルにある。また、コメディーの質は声優の演技力の良し悪しが大きなウェイトを占めるが、本作は若手声優が中心なので恐ろしくレベルが低い。ちゃんと声の演技で客を笑わせているのは、眼鏡関西人役の豊崎愛生ぐらいな物だろう。こういうのを聞くと、つくづく『キルミーベイベー』の赤崎千夏の凄さを思い知る。
 ただ、考えてみると、女の子同士の普段のおしゃべりを他人、特に男子が聞いて面白く感じるわけがないので、リアルと言えばリアルかもしれない。むしろ、つまらない方がいいのだ。この手の日常系は、女の子が楽しそうに学校生活を過ごしている様子を、視聴者がすぐ側で生暖かく観察するのが目的なのだから。世の萌え系四コマ漫画家の多くが女性なのは、そういった理由からである、そして、本作の原作者も女性である。
 ちなみに、最近の日常系アニメのテンプレに従って、主人公達の親は存在を隠匿されている(出てきても声と後姿のみ)。それぐらいならまだいいが、なぜか主人公達は家族がいようがいまいがお構いなく、当たり前のように他人の家を歩き回って勝手に台所を使う。一体、どういう躾を受けているのだろうか。地上波で放送する以上、頼むから日本人として当たり前の礼儀ぐらいは守らせて欲しい。

・百合


 本作唯一の独自要素と言えなくもないのが「百合」である。いわゆる女性同士の精神的な恋愛関係。それが肉体関係まで行くと「レズビアン」になるが、全てにおいて適当な本作では両者の明確な区分はない。
 なぜ、今、百合が視聴者に求められているかを簡単に説明すると、萌えアニメである以上、女の子の数は多ければ多いほどいい。その結果が主人公+複数ヒロインのハーレムアニメなのだが、そこからさらに邪魔な存在である男性主人公を省いて、登場人物全員を女性キャラにしたのが日常系アニメである。しかし、恋する乙女の可愛らしさや性行為のエロスも捨てがたい。となると、残された手段は女性同士で恋愛をするしかない、というひどく打算的で後ろ向きな論法だ。そのため、女性が好むボーイズラブとは少々ニュアンスが違った物になっている。実際、百合好きな男性は多いが、レズ好きな男性は少数派である。
 結局、売れ筋路線の追加要素でしかないということであり、本作で真面目に百合を描いているということは決してない。グループ内で誰かが誰かを好きになるとどうなるか、当然、起こるべき感情の軋轢がないので現実感は皆無である。基本的に、オタク業界における同性愛の扱いは殊更に酷く、ほとんどギャグとしてしか使われない。例えば、第五話で主人公に友人が無理やりキスをする話があるが、これは普通に強制猥褻ではないのだろうか? 何でこれが笑い話扱いになっているのだ? 男女の恋愛だと問題で、百合なら何をやってもOKだという独自基準が分からない。本作は一事が万事そのような感じなので、女性同士の恋愛がただの記号でしかなく、人によっては不快感を覚えるぐらい極めて適当だ。第八話で双子の姉妹愛を描いているが、そちらの方がよほど百合である。

・娯楽部


 またまた出ました○○部。原作漫画が発表されたのは2008年だから、この時点でもう五十番煎じぐらいだろうか。本作における主人公達が属している部活の名称である。外敵が誰もいない安全な場所に閉じ籠もって、何をするでもなくグデグデとした日常を過ごすのが目的だが、本作の場合は何もしないどころか、部室にたむろすることすら稀なので存在意義が不明である。要はただの他作品のパロディーか。もっとも、かつて茶道部の部室だった学内の茶室を勝手に乗っ取っているのだから、数ある○○部の中でもかなり悪質である。なぜ、最近のアニメは、自称ジャンルが柔らかければ柔らかいほど犯罪行為に走りたがるのか。ちなみに、背景美術がいい加減なので、全く茶室らしからぬ部屋になっている。本当に日本人が作ったアニメなのだろうか。
 そんな理想郷も劇中に二度危機が訪れる。一度目は第二話、生徒会に目を付けられて、二度目は第十一話、頭を打った友人が優等生キャラに変化したことにより。どちらも、大して事件になることもなく、いつの間にか解決している。特に第十一話の方は、友人をどうやって元に戻すかに主眼が置かれ、部室の問題は気持ちいいぐらいにスルーされる。一度、自分達で「不法占拠は悪いことだ」と言っておきながら、それを解消せずに放置すると、自ら不法行為を認めることになってしまうのだがいいのか? 何だろう。監督と脚本家は馬鹿なのだろうか。

・総論


 「中身がない」を通り越して、「何もない」作品。いろいろな要素を詰め込んでいるが、どれもこれも物になっていない。それを「ゆるい」の一言で片付けるのは結構だが、制作者側が手抜きの言い訳として使っているのが現状なので同情はしない。

星:☆(1個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 20:31 |   |   |   |  page top ↑
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