『いつか天魔の黒ウサギ』

二万歩先に進んだアニメ。

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いつか天魔の黒ウサギ - Wikipedia
いつか天魔の黒ウサギとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2011年。鏡貴也著のライトノベル『いつか天魔の黒ウサギ』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は山本天志。アニメーション制作はゼクシズ。ヴァンパイアのヒロインと彼女の力によって不死身の体を得た男子高校生を巡るオカルティックファンタジー。盛り沢山の設定と派手な超能力バトルといかした台詞回しが満載のいわゆる「中二病アニメ」である。

・作画


 何だ、このコンテ。今までいろいろなアニメを見てきたつもりだけど、まだ、こんなレベルのコンテのアニメが残っていたとは。世界は広い。
 まず、見た目がおかしい。不安感を演出するために画面を斜めに傾けるのはよくある手法だが、何と本作は最初から最後まで一貫して傾いているのである。シリアスシーンも日常シーンもギャグシーンも。しかも、その傾いだ水平線がパースと混在することで、建物自体が歪んでいるように見える。欠陥住宅か。不安を煽る手法は他に幾らでもあるだろう。シルエットにするとか、引き絵にするとか、魚眼レンズ風にするとか。まさに、馬鹿の一つ覚えと呼ぶに相応しい。
 レイアウトとカット割りも当然のように拙い。レイアウトが亜空間化し、繋がっていないカットが多々発生する。作画枚数を節約するためか、やたらとパンを多用する。かと思ったら、どうでもいいお色気シーンではよく動いたりする。そういった画的な稚拙さが如実に表れるのが戦闘シーンである。人物と巨大生物を同一線上に並べてスケール感を失ったり、キャラクターがジャンプするカットを真横から映して、そのままスライドさせるようなことを平気でする。フラッシュアニメじゃないんだから。エフェクトにこだわる暇があるなら、もっと根本的な部分に力を入れて欲しい。

・勢力


 本作の最大の欠点は、登場人物がどの組織に属していて、それらの組織がどのような行動原理で動いているのか分かり難いという点である。もちろん、劇中で何度か説明されているのだが、いまいちピンと来ない。軍、教会、天魔、月の外側の神、主人公達という複雑な勢力図を初見で把握できた人はほとんどいないだろう。その理由は明白だ。なぜなら、彼らの中心にいるはずのヒロインの設定自体があやふやだからである。
 ヒロインはヴァンパイア。一万年以上生きているらしい。基本的な性格は攻撃的だが、なぜか主人公の前だけでは可愛いキャラ。それは二重人格ということではなく、意図的な物らしい。普通、それを日本語で「ぶりっ子」と呼ぶはずだが。強い力を持っているようだが、使ったり使わなかったりとその潜在能力がよく分からない。九年前、主人公に呪いをかけた後、軍と教会に捕えられていたようだ。理由は不老不死に関することのはずだが、詳しい説明はない。天魔の予言によると、世界を破滅させる力を持っているらしい。そのため、軍が保護することになったのだが、人によって殺そうとしたり守ろうとしたりと行動に一貫性がない。以上、当て推量ばかりになってしまったが、全て事実なのだから仕方ない。
 ぶっちゃけるが、本作の設定は漫画『3×3 EYES』のパクリである。もちろん、『3×3 EYES』の設定の方が明らかにすっきりとしていて把握し易い。「ヒロインが死ぬと主人公も死ぬ」「力を使い果たすとヒロインは寝てしまう」「世界中の妖怪が不老不死の力を狙っている」といった条件のおかげで、主人公がヒロインを守らなければならない絶対的な理由があるからだ。一方、本作はヒロインの設定が曖昧なので、主人公がヒロインを守る理由は個人的な「主観」でしかない。それゆえ、彼女を狙う敵組織が善か悪か判断付きかねるのである。すると、物語に対立軸が存在しなくなり、誰と誰が何のために戦っているのか分からないという困った状況が発生する。バトル物で、この欠陥はかなり致命的である。

・主人公


 主人公はヒロインがかけた呪いにより、「十五分間に七回死ぬまでは不死身」という特異体質になってしまう。この設定はなかなか面白い。だが、この設定が物語に生かされているかと言うと、例の如く「否」だ。まず、どう考えても七回は多過ぎる。どうせ、最後の一回まで行かないと話が盛り上がらないのだから、それまでの六回を素早く消化しないといけない。すると、まるでスペランカー先生の如く主人公が簡単に死にまくることになる。と言うより、普通の人間だと重傷で終わるようなケガ程度で死んでいるような。まさか、雨に打たれただけで死ぬとは思わなかった。はっきり言って、これではコントである。こんなことなら、二・三回で十分だろう。
 また、せっかくの「十五分間に七回死ぬまでは不死身」という設定なのに、それをサスペンス演出に使わないという本末転倒な問題がある。当然、「十五分」「七回」といった「数字」が物語上の大きなキーワードになるはずだ。今まで何回死んだか、最初の死から何分経過したかという数字を強調し、生と死のギリギリの戦いを煽れば、視聴者をよりハラハラドキドキさせることができるだろう。そこに何らかのトリックを用いて、絶体絶命のピンチからの一発逆転をしてみせれば、これ以上ないカタルシスが味わえるはずだ。しかし、本作の主人公は漢らしい真っ向勝負(意訳:脳筋)しかしないので全く盛り上がらない。もっとも、それ以前に彼は「腕時計すらしていない」という頭の弱さなので、盛り上げようがないのも事実だ。十五分間に人生が懸かっているのだろう? 命が惜しくないの? なぜ、最も重要なはずのセールスポイントがこれほどまでいい加減なのか、理解に苦しむ。

・過程


 元々が中高生向けのライトノベルという事情もあるだろう。長いストーリーを強引にテレビアニメ化したことで、物理的に尺が足りないという事情もあるだろう。だが、それらを差し引いても、本作には物語の「過程」がない。なさ過ぎる。
 特に第二話。第一話でヒロインと主人公が再会した後、すぐに彼女を捕獲しに来た敵との戦闘になるのだが、それがラストバトルと見紛うばかりに迫力のある戦闘なのである。おかしいだろう。主人公は何の戦闘訓練も受けていない普通の高校生、ついさっき自分が不死身だと知ったばかり、そんな人間が真正面から異形の敵と戦えるはずがない。リアルがどうという話ではない。例えば、『3×3 EYES』だと最初の方は不死身の身体を生かした捨て身戦法ばかりだ。その後、四年間の修行を経て、ようやく敵と対等に戦えるようになるのである。そういった段階を踏まえて徐々に成長するからこそ、物語的な面白みが生まれるのであって、のっけから主人公がヒーロー的な活躍したら、そこで試合終了だろう。一体、制作者は何を考えているのか。
 続く第三話~第五話も酷い。寂しがり屋のヒロインは、主人公と幼馴染みが仲良くしていることに対する不安から「幸福」という名の謎の嫉妬パワーを発生させる。そのパワーは世界を滅亡させるぐらいの力があるらしい。ところが、三人が三角関係になったエピソードは、第三話のコロッケパンを巡る騒動ぐらいしかないのである。普通、こういった話は三角関係が熟成した物語の後半でやる物だろう。ストーリーのクライマックスにしてもいいぐらいだ。幾ら何でもコロッケパンに壊される世界って……。
 そう言えば、生徒会書記が生徒会に入る話がごっそり抜けているような気もするが、どうでもいいか。

・最終回


 本作は典型的な「設定詰め込み型」のアニメである。物語が一つ進む度に何か新しい設定・新しい人物が追加される。しかも、既存の設定を使い切る前に新しく増やす物だから、どんどんストックが溜まっていき、最終的にはパンクする。これは作者の物語作成能力が低いからだ。ちゃんとした物書きなら、主人公の七回死亡設定だけで1クールの物語ぐらい作れるだろう。
 だが、終盤の第十話・第十一話は、教会の傭兵に幼馴染みがさらわれ、人質交渉に行ったヒロインも捕まったため、主人公達が二人を助けに行くという単純明快な話になる。最初からそうしとけよとは口が裂けても言えない。そこでは、主人公のライトノベル原作らしい熱い啖呵を味わうことができる。ろくな伏線がなくても、瀕死の身体で熱い台詞を語っていれば、とりあえずは場が盛り上がるよねという考え自体が問題なのだが、まぁ、彼のヒロインに対する愛だけはよく伝わる。ただし、上記のように主人公がヒロインを守る動機は「主観」でしかない。彼女は命の恩人だということになっているが、彼が死ぬ原因を作ったのもヒロインである。そのため、明らかに敵側の言い分の方が説得力がある。また、「全部手に入れてやる!」という台詞も良くない。幼馴染みも敵に捕まっている状態なのだから、それでは二股交際宣言だ。まぁ、実際、ヒロインを助け出した後のエピローグではそうなるのだが。
 ちなみに、真の最終回は第十二話である。それは何かと言うと……まさかのお風呂回! 尺余ってるし。

・総論


 長編作品のクライマックスシーンだけを繋げた総集編のような作品。設定だけは豪華だが、それらは全く物語に生かされない。特に主人公とヒロインに関する描写は酷過ぎる。一言で言えば、「ライトノベル原作」ということだが。

星:★★★★★(-5個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
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