『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルてZ』

パロディーの距離感。

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ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて - Wikipedia
ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルてとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2002年、2004年。テレビアニメ『The Soul Taker ~魂狩~』のスピンオフ作品。全六話+全二話。監督は武本康弘、荒川真嗣、米たにヨシトモ、玉川真人、松園公。アニメーション制作は京都アニメーション、タツノコプロ。テレビアニメ『The Soul Taker ~魂狩~』の人気キャラクター・中原小麦を主役に沿え、当該作のキャラクターも多数登場するが、設定的な繋がりはない、いわゆるスターシステムで作られた作品である。なお、マジカルての「て」は何を意味するのかとよく疑問にされる。言われてみると納得できるが、なかなか気付き難い。また、萌えアニメのパチンコ・パチスロ化の走りでもある。

・邪道魔法少女


 本作は『撲殺天使ドクロちゃん』『大魔法峠』と並んで、「邪道魔法少女三部作」の一つに数えられる。ただし、各々に物語的な繋がりはおろか、制作会社の共通性もなく、ただ製作元が商売上の理由で勝手に自称したというだけの話である。言ってみれば、映画の配給会社が、主演俳優が一緒というだけで「○○シリーズ」と名付けて上映するような物だ。そもそも、邪道魔法少女に該当する作品は、劇中劇や番外エピソードなどを加えると古今東西に数え切れないほど存在し、本作を悪い意味で何倍もパワーアップさせた『ぷにぷに☆ぽえみぃ』という偉大なる先駆者もいる。そういった意味で、本作はパイオニアでもなければ代表作でもないのだが、その一方で様々な革新性があったのも事実である。
 では、邪道魔法少女とは何だろうか。その前に、まずは元となる「魔法少女物」というアニメのジャンルを説明しなければならない。魔法少女物とは、何の取り得もない普通の少女が、ある日突然、何らかの外的要因によって魔法の力を手に入れるという人類共通の変身願望を描いた作品である(中には元々魔法使いの家系の主人公もいる)。その魔法の力を使って、大人になったり問題を解決したり悪と戦ったりする。お約束としては、メルヘンチックな変身シーンや魔法を発動させるためのヘンテコな呪文などがあるが、それらは大して重要ではない。最も重要なのは「小さい女の子向け」ということだ。純粋無垢な女の子が気兼ねなく楽しめるよう、やっていること自体は多少えげつなくても、血生臭さや汗臭さを一切排除して、夢と希望と「可愛らしさ」を前面に押し出す作りに徹している。

・大きい男の子向け


 一方、邪道魔法少女とは、その魔法少女をパロディー化した物である。要するに「小さい女の子向け」という大前提を覆し、可愛らしい見た目はそのままに中身だけを「大きい男の子向け」に強引に作り変えることで、笑いや萌えやエロさを誘うというパターンだ。魔法少女の世界に大人の論理を持ち込んだり、性や暴力を直接的に描いたり、主人公が純粋無垢でも何でもなかったり、そもそも魔法を使わずに拳で語り合ったり。表と裏のギャップにエンタメ性を求めるという、ドラマ制作の方法論としては極めて安易な物である。それもこれも全て魔法少女というテンプレがしっかりと出来上がっているからこそできる芸当であり、先人が成したことにただ寄りかかっている状態だ。その定義から言うと、人気アニメ『魔法少女リリカルなのは』や『魔法少女まどか☆マギカ』も邪道魔法少女のジャンルに区分されるわけである。作り易いのは分かるが、いつまでも同じネタを使い回さず、そろそろ次の段階へ移ってはどうだろうか。
 ちなみに、邪道魔法少女物のアニメは、本作同様に話数が限定されたOVAが多い。誰の目にも明らかな一発ネタであり、1クールも続けるような高尚な物ではないからだ。また、魔法少女物は常に一定の需要があるので、商売的にもやり易いという理由もあるのだろう。ただし、よく事前に情報を公開した上で販売しないと、リアルに詐欺行為になりかねないので注意。

・パロディー


 主人公の中原小麦は女子高生コスプレアイドル。ある日、ムギまるという謎の生き物を助けたことにより、悪のウイルス「あんぐら~」の魔の手から地球を守るため「まじかるナース」となって戦うはめに。この概略を見て分かる通り、本業がコスプレアイドルという特殊性はあるものの、実に真っ当な魔法少女である。特に、キャラクターデザインは現在でも十分に通用する完成度を誇っている。ただし、これは邪道魔法少女、可愛らしい見た目に反して、主人公は平気で毒を吐くし、周りはすぐに暴力を振るうし、マスコットキャラクターはスケベである。そして、本作を最も本作たらしめている物は、物語の節々に登場するパロディーネタだ。自社作品を中心に数々のアニメの要素を取り入れ、ハチャメチャ感を増幅させている。
 パロディーネタは、数あるギャグの中でも最も使いどころが難しいネタの一つである。なぜなら、あまりにも簡単過ぎるからだ。凝ったレトリックを考える必要がなく、劇中で過去の有名作品の1シーンを再現するだけでいい。いわゆる「猿でもできる」という奴で、対費用効果は抜群だ。ただ、ここぞという場面でさりげなく使うならいいが、あまりに多用し過ぎると制作者のセンスが疑われる。「これしかできない奴」という評価を受けたが最後、その人は間違いなく一発屋で終わるだろう。
 本作の場合、あまりそういった不快感を感じない。その理由は本作の成り立ちの特殊さがゆえだろう。そもそもが他作品のスピンオフであり、応援してくれたファンと一緒に遊ぶという感謝の目的で作られたファンアイテムであるため、「全力で馬鹿をやる」ということに徹しており、その結果が上記の不快感のなさに繋がっている。そういう事情を理解していない短絡的な制作者が、安易にパロディーネタに手を出すと必ず手痛いしっぺ返しを食らうので、気を付けなければならない。

・2ちゃんねる


 本作が歴史に名を残している理由の一つに、メジャーなアニメで初めて2ちゃんねるネタを取り上げたことが挙げられる。具体的に言うと、不登校の少年を題材にした第一話で、2ちゃんねる発のアスキーアートであるモナーや八頭身が敵として登場するのである。当時、この暴挙とも呼べる行為に対して、2ちゃんねるの反応は賛否両論、全体的には少し賛の方が多かった。なぜなら、2002年頃の2ちゃんねるは完全なアングラであり、実態を把握している人自体が少なく、その中で自分達発の物が公共に流れるという事実は誇らしいことだったからだ。だが、2004年の『電車男』ブーム、2005年の「のまネコ問題」以降、2ちゃんねるが一般化してアニメにも普通に登場するようになると、生来のアイロニカルな面が噴出して、逆に拒絶する方向へ流れている。ただし、2ちゃんねるの隣接ユーザー、つまり、まとめブログや動画サイトなどに入り浸る若い人々には当然のように受け入れられているようだ。
 本作におけるネットネタと昨今のアニメにおけるそれとの最大の違いは、本作が生粋のパロディー、しかも、かなり悪意に満ちたパロディーであることだ。暴走したアスキーアートが街を破壊するなど、基本的に恥ずべき物として自虐的に描いている。それは、ネット上の小ネタを制作者と視聴者の共有財産として好意的に描いている昨今の作品とは大きく異なる点である。ただ、面白いことに、そういう風にある程度突き放して描いた方が、当事者には受け入れられ易いのである。下手に媚びるとただの内輪ウケになってしまい、結果的に一番欲しい層の取り込みに失敗してしまう。それゆえ、パロディーネタを行う際に最も気を付けるべき対象との「距離感」を本作は教えてくれる。

・総論


 本作自体に罪はない。十分に面白いし、歴史的な価値のある作品である。しかし、本作が切り開いた先に待っていた物は、「内輪ウケ」という名の見るも無残な光景であった。近年、急激に増えた過去作品のパロディーと流行ネタでしか笑いが取れない低俗な制作者は、本作を見て何かを学び取って欲しい。

星:☆☆☆(3個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:20 |  ☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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