『R-15』

U-15。

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R-15(ライトノベル)とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2011年。伏見ひろゆき著のライトノベル『R-15』のテレビアニメ化作品。全十二話+OVA一話。監督は名和宗則。アニメーション制作はAIC。天才ポルノ小説家の高校生が妄想に塗れた日々を過ごすエロチックハーレムコメディー。過激なシーンが多いため、地上波放送版では全面的に白塗り処理が施され、訳が分からなくなっている。最近の「クソアニメ」を語る際、『バスカッシュ!』や『あっちこっち』などと並んで必ず名前が挙げられる作品の一つである。

・公式が病気


 まず、何も聞かずに本作の公式サイトを見て頂きたい。そして、「キャラクター」の項目を見て頂きたい。そこで貴方は衝撃の光景を目にするだろう。何と、キャラクターの画像の横に担当声優の顔写真が同じぐらいの大きさでデカデカと掲載されているのである。これは斬新過ぎる演出だ。昨今、いくら声優の人気度が視聴動機の大きなウェイトを占めるようになったとは言え、あくまで声優業は裏方である。これはキャラクターのイメージが損なわれるため、できるだけ声優の顔は見ないようにするという方針の人に、真っ向から冷や水を浴びせる行為であろう。何を思ってこんな暴挙に出たか。当然、この業界に長く浸っている人なら言わずもがなだが、彼女達は声優事務所がこれから売り出そうとしている新人声優である。事務所がキャスティング権自体を買い取り、所属声優の宣伝と修行の場として用いる。つまり、本作は完全に出汁にされたわけである。酷い話であるが、逆に言うとその程度の商品価値しかないと制作側にも認められているということであり、同情するだけ無駄である。
 これで彼女達が演技力に秀でているのなら擁護のしようもあるのだが、まぁ、新人声優らしい拙さである。滑舌が悪く、声のトーンが不安定で、キャラクターが固定できない。それも一人二人ならまだいいが、ほぼ全員である。コメディーは演者の実力差が最も如実に形になるジャンルだとは何度も書いてきたことだ。さらに言うと、本作は内容が内容だけに、卑猥な台詞や嬌声を発する機会が多い。どう考えても新人声優に顔出しでやらせる仕事ではなく、これが芸能界でなければ即訴訟レベルの重大なセクハラであろう。本編とは何も関係ないが、ある意味、近年のアニメ業界の悪いところを集約したような状態になっているのが、本作の立ち位置をよく示している。
 なお、本作に出演した新人声優達が現在どうなっているかは、寡聞にして存じ上げない。気になる人は各自検索して頂きたい。きっと、本作の何十倍もドラマチックである。

・主人公


 「みんなは分かっていない。表層的な嫌悪感や道徳観に目を奪われ、真実を見失っているんだ。なぜなら、性こそが人間の源。性を書くことは人の本質を書くことなのだ。そう、それこそが僕の文学!」
 主人公は日本中の天才達が集う特殊な高校の男子学生であると同時に、プロの官能小説家(劇中ではポルノ小説家)である。この設定を目にした瞬間、胸に去来するどす黒い感情は一体何だろうか。百歩譲って、中学生(当時)が官能小説家としてデビューするという荒唐無稽な設定は許そう。一万歩譲って、女性経験のない童貞男子が官能小説を書くという非現実的な設定も許そう。しかし、絶対に許せないのは、彼が全国に多数のファンを抱えた人気天才作家であるということだ。官能小説の読者は中高生が中心のライトノベルとは違い、皆、十八歳以上の「大人」である。中には四・五十代の男性もいるだろう。それらの読者に人気があるということは、作家自身も読者層と同じ年代の感性を持っているということである。しかし、劇中の言動を見る限り、彼の人格はどこまでも子供っぽい。事あるごとにヒロインを使った淫らな妄想をするのだが、それがまさに中学生レベルの青臭い(直接的で捻りのない)妄想なのである。主人公のCVが女性声優であることも、その未熟なイメージに拍車をかけている。さらに、詳しくは後述するが、彼は不遜な態度とは裏腹に官能小説家であることを恥じている様子が見て取れ、「妄想とリアルは別」という余計な台詞まである。そういう人間が現実世界で人気官能小説家になれるはずがないと思うのだが、どうだろうか?
 これらの設定的な矛盾がなぜ起こっているかを考えると、官能小説という物を都合良く定義しているからに他ならない。ちなみに、アニメ版では全く説明がないが、原作では「ポルノ小説」とは年齢制限のない準官能小説のような物という設定になっているらしい。要するに、「ポルノ小説=性的な要素が濃いライトノベル=本作その物」なのである。この公式を冒頭の主人公の台詞に当てはめてみると非常に面白いことになるだろう。「人の本質」、これを本作は如何様に描いてくれるのか、その出来栄えに注目したい。

・下ネタ


 主人公は「散歩する肉欲」とヒロインの一人に称されるほど、性的な事象に興味津々で、常に卑猥な妄想に捕らわれている人間である。官能小説家だからと言って別に全員が性欲過多な人間ではないし、下手すると名誉棄損で訴えられてもおかしくないのだが、それはこの際置いておこう。とにかく、彼の卑猥な妄想は具体的な映像としてアニメ劇中に度々登場する。女性の下着や裸は当たり前、官能小説風のアダルトなシチュエーション下でヒロイン達があられもない姿を晒しまくる。当然、リアリティなどという物は思案の外だから、彼女達は恥ずかしげもなく男性中心のご都合主義な妄想にお付き合いする。よくもまぁ、地上波で放送しようと思ったなと逆に感心するぐらいの低俗さだ。
 ただ、下ネタが多いだけなら、普通は「クソアニメ」とは称されないだろう。精々、「馬鹿アニメ」や「変態アニメ」などと良識的な人々に誹られるぐらいだ。それが現在、一般的にクソアニメと評価されているのはなぜかと言うと、一言「幼稚」だからである。妄想自体が中学生レベルだとは前述したが、出てくる下ネタも「風が吹いてスカートがめくれて主人公が鼻血を出す」といった小学生レベルの代物である。笑えない、興奮しない下ネタほど寒い物はない。それは下ネタ以外の普通のギャグも同様で、いろいろと滑稽な動きをしたり、大げさな小道具を出したりして視聴者を笑わせようとしているのだが、どれこれも『月刊コロコロコミック』のような低学年向けギャグ漫画レベル……いや、比べるのも失礼か。ここは一つ、『R-15』というタイトルを返上して『U-15』に改名しては如何だろうか。
 さらに、その幼稚さを決定付けているのが作品の舞台である。日本中から各分野の天才を集めた学校ということになっているが、その天才達の特殊能力が如何にも取って付けたような安直さなのである。例えば、主人公の親友は数学の天才という設定だが、劇中で披露した数式は高校レベルにも達していない。また、ヒロインの一人はコンピュータの天才という設定だが、やっていることはキーボードを乱打してペンタゴンにハッキングといった一目でいい加減だと分かるような代物である。天才を描くためには、彼ら以上の天才でなければならない。コメディーだから細部のリアリティは適当でいいと思っているのなら、クソアニメと呼ばれるのも致し方なしだ。
 ちなみに、第十話でクラス対抗オリエンテーション大会を行っている際、主人公が面白いことを口走る。「エロは人間の本能だよ。そこに訴えれば、自然と人間は集まるのさ。誰しもエロスの誘惑には勝てない。これで一気に逆転してやるさ」と。第十話と言うと、すでに本作=クソアニメという評価が完全に定着した頃である。さて、彼の言う通り、エロスの力で逆転できたのであろうか。

・ストーリー


 高校生ポルノ小説家の主人公は、ある日、ひょんなことからクラリネット演奏の天才であるヒロインに一目惚れする。しかし、純粋無垢なヒロインに対してだけは、嫌われたくないという想いから自分がポルノ作家であることを打ち明けられない。一方、ヒロインはクラリネット演奏について悩んでいた。自分は本当に音楽の才能があるのか、ただ、父親に強制されたから続けているだけではないか。そんな彼女を勇気付けるため、主人公は自分がポルノ作家であると告白することを決意する。その方法は、クラスで歌う合唱曲の歌詞を自分らしい卑猥な言葉で埋め尽くすこと。彼が作り上げた変態歌詞の合唱曲を聴いて心を揺さぶられたヒロインは、クラリネットに対する情熱を取り戻す。
 このように、ヒロインの苦しみを主人公が癒すという典型的なギャルゲーシナリオであるが、意外とメインストーリー自体はよくできている。官能小説家設定もちゃんと生かしているし、「人の本質」というメインテーマからも一応外れていない。物語の中心軸が崩壊している他のライトノベル原作アニメとは雲泥の差だ。とは言え、すなわちよくできた作品かと問われれば、残念ながら首を横に振らざるを得ない。何より問題はクライマックスの合唱シーンだ。一言で言うなら、ハードルを上げ過ぎなのである。「官能小説家のスキルを生かした卑猥な歌詞の歌で、ヒロインのクラリネットに対する情熱を取り戻す」という無茶苦茶な物語を具体的な映像で見せなければならないのだが、当然、「天才」ではない普通のアニメ制作者にそんなことができるわけがない。すると、そこに映し出されるのは見るも無残な光景であった。卑猥な歌を淡々と歌う高校生達。感動する観客。称賛するライバル。そして、自分らしさを思い出すヒロイン。何じゃそりゃ!? 失笑とはまさにこのような時に使う言葉である。結局、エロスは主人公が考えているほど万能ではなく、ダメな物はダメなのであった。

・総論


 実は意外と評価が難しい作品。下ネタに関しては明らかに論外。幼稚な作風はまさにクソアニメの鑑。ただ、メインストーリーは言われているほど悪くない。アニメ以前の問題と見るか、究極のクソアニメと見るか、他の不愉快な作品よりはましと見るか。当然、本ブログが選ぶのは……。

星:★★★★★★★(-7個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 22:29 |  ★★★★★★★ |   |   |  page top ↑

『かのこん』

性的虐待。

公式サイト
かのこん - Wikipedia
かのこんとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2008年。西野かつみ著のライトノベル『かのこん』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は大槻敦史。アニメーション制作はXEBEC。女狐の妖怪に惚れられた男子高校生が、性的に誘惑されて大変な目にあうエロティックコメディー。原作の新人賞受賞時のタイトルは『彼女はこん、とかわいく咳をして』である。今ならこちらが正式タイトルになっていただろう。

・問題作


 ガチ問題作である。本項のようなネットの隅っこのブログでひっそりと叩かれただけでなく、実際にマスコミなどから社会的な批判を浴びた。そのため、近年の萌えアニメの異常性を示す代名詞のような扱いを受けている。そもそも、本作は中高生向けライトノベル原作の全年齢アニメのはずなのに、地上波での放送は全滅。唯一放送できたのは有料放送のAT-Xだけで、しかも、視聴制限がされた。苦肉の策としてネットで無料配信を行ったところ、低年齢層が無制限に殺到したことで問題になり、第七話以降は配信禁止。残るは有料配信だけとなり、実質的にOVA化した。
 こうなった理由は簡単だ。「性描写が過激過ぎた」のである。だからと言って、本作がアダルティックな大人向けラブストーリーだというわけではなく、どこにでもある使い古されたハーレム萌えアニメである。逆に言うと、ただの萌えアニメに係わらず、このような処置を受けたということは、内容が如何なる物か容易に想像が付くということだ。実際、本作を見てみると、なぜ放送できなかったかが一目で理解できるだろう。
 ただし、本作には一つだけ功罪があった。と言うのも、本作の発表された時期が、ちょうどネットによるアニメの配信が始まろうかという時期であり、良くも悪くも本作が注目されることによって、ネット配信がメジャー化したのである。テレビしかりVHSしかりインターネットしかり、性風俗が新しい時代を作るというのはいつの世でも変わらない。

・エロス


 本作の内容を一言で表現すると「ヒロインが淫乱」である。グラマラスなヒロインが、身持ちの堅い主人公を自分の方に振り向かせるため、あの手この手で性的に誘惑するというだけの単純でくだらない物語だ。当然、女性の裸や下着が画面を覆い尽くすことになる。スキンシップと称した男女の肉体の絡みは日常茶飯事。それだけではなく、性行為を思わせるような擬似動作も頻繁に登場する。しかも、本作の主人公は、高校生なのに小学生にしか見えない純朴な少年、いわゆる「ショタ」なため、年上のヒロインが一方的に弱々しい主人公をいたぶるような形になっている。無知及び拒絶する相手に無理やり性行為を強要すると、それは男女問わず「性的虐待」に当たるのだが、アニメ業界人がまともな社会常識と法知識を持っているわけがないので、当たり前のように犯罪行為が画面上で繰り広げられる。はっきり言って、こんな物が地上波で放送できるわけがないのだが、制作スタッフは企画段階で誰もおかしいと思わなかったのだろうか。
 なお、なぜ、昨今のアニメにポルノと見紛うばかりの性的な要素が氾濫しているのかに関しては、明確な理由がある。それはアニメの製作方式の問題だ。いわゆる「テレビショッピング方式」と呼ばれる物で、製作委員会は放送局から放送枠を購入し、自社商品の宣伝としてアニメを放送する。制作費を回収する方法は、唯一、DVDなどのグッズを販売するだけであり、メディアが売れなければ赤字になってしまうため、確実に売れる要素、つまり、エロが劇中に必要なのである。本作もそのセオリーに従って性的な要素を闇雲に増やしてみたが、明らかにやり過ぎた。結果、宣伝媒体を失ってOVA化したわけで、お馬鹿な自業自得としか言い様がない。(※ただし、売り上げ自体は高い。人はそれを「売り逃げ」と呼ぶ)

・ヒロイン


 ヒロインは狐の妖怪。もう四百年以上生きているらしい。そんな彼女が、ある日、転校生の主人公に一目惚れしたことから物語が始まる。執拗に主人公にアタックするヒロイン。と言うより、強引に既成事実を作ろうとするヒロイン。明らかに、主人公に対して物理的・社会的に危害を加えているが、全くそのことには気付かない。傍目には狂気の沙汰だが、本人は至って真面目らしく、第五話で性的な接触を禁じられると会話すらできなくなるほど。過去にどういった事情があったのかは分からないが、男女交際=性行為と心から思い込んでいるらしい。病院に行け。
 そういったストーリーゆえ、本作には高尚なテーマなど何もないが、あえて一つ付け加えるとすれば、「他人の愛し方を知らないヒロインが本当の愛に目覚める物語」ということになるだろう。一応、最終回ではそれらしき流れにはなるのだが、やはり、口より先に手が出るため何も成長しないまま終わる。この手のハーレムアニメにまともな物語を期待する方が間違いだ。
 ちなみに、彼女は処女らしい。四百年も生きていて。もう、現実世界だと一発で嘘と分かる話だが、萌えアニメ的にはありらしい。しかも、主人公を好きになった理由が一目惚れとか……どう考えても、新しい男を見つけたらすぐに乗り換えるタイプ。主人公、哀れ。そもそも、こういうストーリーにするなら、それこそヒロインを狐ではなくサキュバスか女郎蜘蛛にするべきだろう。『ご愁傷さま二ノ宮くん』と設定を交換してもらえ。

・主人公


 ストーカー被害に遭う可哀想な男子高校生。ヒロインの異常な愛情(性欲)に対して明らかに迷惑がっている。CVは能登麻美子。どう考えても、ヒロインより可愛い。第三話では、相手の気持ちを思ってダメなことをダメと言えない主人公に対して、クラスの委員長が「君は偽善者です」と諌める。なるほど、彼女の言う通りだ。まさか、こんなアニメでちゃんとした正論が聞けるとは思わなかった。しかし、その一件は直後のドタバタで完全に忘れ去られる。この手のハーレムアニメにまともな物語を期待する方が間違いだ。そして、最終回近辺では、なぜか主人公はヒロインのことを愛している。当然、迷惑から好きに変わった明確な転換点など存在しない。ただ単に愛欲に溺れたようにしか見えないのだが、結局、彼も一人の男だったということか。人はそれを「調教」と呼ぶ。

・内容


 上記のような問題点を除いたとしても、アニメーションとしての評価は著しく低い。脚本・コンテ・作画といずれも低レベルだ。特に第一話は、カメラがイマジナリーラインを何度も越える(右から吹いてきた風が右に向かって流れる等)ので、映像の勉強をしている人は「悪い例」として見てみると良いだろう。脚本的にも、サブヒロインが主人公を好きになった理由が何もない、ヒロインが主人公の捕まっている場所をヒントなしで見つけ出す、など全編に渡って壊れている。何より、「主人公は実は秘められし力を持っていた!」的な展開があっさりとスルーされるのは芸術的だ。どうせ、二期などあるわけないし、誰も興味がないだろうから、その分、エロを描いていた方がいいということか。なるほど、制作スタッフの言う通りだ。ぶっちゃけ、このアニメ自体がいらない。

・総論


 ただのエロアニメ。典型的なヤクザ商売。業界への悪影響という意味では星-10個でも構わないのだが、実質OVAなのでこんな物か。

星:★★★★★★★(-7個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 19:35 |  ★★★★★★★ |   |   |  page top ↑
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